うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




冷たい風の刃が頬を、手足を斬りつけるように吹きつけてくる。


銀時が屯所を訪れてから既に一週間が経っていた。



師走に入ったばかりだというのに、気の早い店々は緑と深い赤色、2色のコントラストに彩りを変え、天人が持ち込んだイベントの都合の良い部分だけを取り込んで賑わっている。

今日は猫探しの依頼を受けて、街を歩き回っていた。

着流しの両袖を通すだけでは今日の寒さには打ち勝てそうにない。
風の刃が容赦なく痛みと冷たさを銀時にもたらす。
こんなことなら、別の場所を捜索している神楽や新八のようにジャンパーを着て来ればよかったと後悔しながら、袂に手を入れた。

手が小さな固形物に触れる。
爪にあたって、微かな音を立てる二つの香。

銀時にとってトラブルしかもたらさなかった吉原の秘薬。
人によっては喉から手が出るほど欲しいものであるに違いない。

使うか、処分か。

明らかに沖田は銀時の気持ちを察した上で、土方に使うなら使えと渡したのだろうが、銀時は処分のつもりだ。
こんなものを使って土方に惚れてもらおうとは思わない。
自分で処分出来ないのなら、正直に沖田に押し付けられたと山崎を捕まえて返し、恩を売りつければいい。

薬の類に引っ掻きまわされるのはごめんだ。

だが、誘惑もなくはない。

その証拠に、一週間たっても処分することが出来ずにいた。


「人の欲、ってぇのは…」


適量を銀時が土方の前で使ったなら、どうなるのか。

元から惚れた男相手に使うのだ。
手あたりしだい口説くわけでも、気持ちを歪めるわけでもない。
吉原で愛染香を吸い込んでしまった銀時は自分の意志の外でオンナへの口説き文句がすらすらと口を出ていた。
あんな風に、さらっと口説き文句も、言い訳もでてくるのではないか。

土方に使うわけではない。
問題はないのではないか。

そこまで考えて、いやいやと首を振った。

元よりいくら言葉巧みに口説こうとも、土方が答える可能性は片鱗も無いのだ。

袂の中でぴんっと一方を指ではじくと、逆の効果を持つもう一つの香にこつんとぶつかった。

「いかんいかん。ネコネコ、キジで青のリボン…」

大した額ではないが、今の万事屋の家計にはありがたい久々の仕事だ。
現実に向き直り、停まってしまっていた足を動かす。
自身が猫になった経験もあるから、かぶき町にある猫の集会場や餌場にはいくつか心当たりがある。
ただ、探しているのは野良ではなく生粋の飼い猫だ。
一日二日で気の荒い猫たちに混ざって生活できる、とは思えない。
猫好きの人間に愛想を振っているか、どこかで弱っているか。
そういったパターンも考慮しつつ、丁寧に路地裏や積み重ねられた段ボールやビールケースの隙間を探していた。

猫を探す方が、土方の言葉の意味を、思考を探るよりも簡単だと吐息を零しながら、薄暗い路地を通り抜ける。

猫が数匹ゴミバケツの上で丸くなっていたが、キジ猫はいない。
どの猫も銀時に気が付くと、耳をひくりと動かして警戒する。
銀時のブーツが小石にあたり、ゴミバケツの側に転がった。
一斉にいつでも毛を逆立たせ、威嚇できる様に口を少し開けて、僅かに腰を持ち上げる。

そのうちの一匹、黒い猫に目がとまった。
とがった牙を剥き出し、怒りを伝えてはくるが、飛びかかってまではこない。

「悪ぃ悪ぃ、怒んなよ」

あの日、出ていけといった土方の様子に似ていると思い、すとんと「何に」己が一番ひっかかっているのか理解した。

吉原の一件についても、無差別に口説きはしても個別に責任を取らなくてはならないような状況には至らなかったこと。
もちろん近藤とも何ともなかったと申し開きはした。
居酒屋で零した言葉も酔っ払いの戯言だと伝えた。

目的は達成したのにすっきりとしなかった理由。

土方は目の前の黒猫のように、慎重に銀時の様子を観察していた。
そして、出ていけといった顔は元から銀時に対して無愛想な顔が基本であるから、大して気にも留めていなかったが、実は怒っていたのかもしれないと。

なぜ、土方は怒っていたのか。
また、普段から瞬間湯沸かし器のように怒鳴りまくる男が、その感情を表面に出さず、飲み込んだのか。

睨んでくる猫を銀時も見つめ返す。

静かに手を伸ばせば、猫は戸惑ったように髭を揺らす。
引っ掛かれ、痛い思いをしてしまうかもしれない。
だが、何かを掴めるような気がした。


ガンっと他の猫がトタン屋根の上に飛び上がった。

その音に黒猫も、掴みかけていたものも、去っていってしまった。

溜息をついて、のばしかけた手で頭を掻く。それから、キジ猫の写真をもう一度確認し、路地を再び歩き出した。
薄暗い路地から見える表通りは太陽を遮るものがなく明るい。
銀時は大股ぎみに足を動かしてに光に向かった。



路地を抜けると、商店が立ち並ぶ一角に出た。
師走の人々はどこか慌ただしい。
八百屋が愛想よく今日のおすすめを客に説明し、魚屋からは威勢のいい笑い声が上っている。

「っ!」

黒猫がいた。
黒猫とはいっても、先ほど遭遇した本物の猫ではなく、黒猫を思わせる黒い隊服をきっちりと着こなして瞳孔を常時開かせた人間の方だ。

花屋の壁に背中を預け、相変わらず煙草を吸っていた。
路上喫煙禁止地区であろうと、お構いなしだ。

会いたくて、会いたくない男。

何も整理できていないのだから、このまま銀時を見つける前に立ち去った方がいい。
解かっていても、もう少しでも眺めていたいという欲求が足を動かすタイミングを遅らせる。
町行く人々を見るともなしに見ていた土方の視線が銀時を捕えた。

思わず、びくりと身を竦めて、後退しそうになる。
一方、土方はむっとした顔をした。
つよく噛んだのか、不自然な方向に煙草が歪んだ。

やはり、銀時に対して、土方は何かしら怒ってる。
銀時は、その正体がわからぬまま、ぶつけられる勇気を持たなかった。
だから、手元の写真を見るふりをして、雑踏に紛れようと動き出した。

「トシ、ごめん。お妙さんの花束もうちょっとだけ時間かかるって。
 あ、万事屋じゃねぇか!丁度良かった!」

花屋から出てきた近藤の声にも振り返らなかった。

「聞こえないのかな?おーい!万事屋ぁ!」

だが、声は銀時の事情など知る由もなく、無遠慮に大声で繰り返す。
歩行者が銀時と声の主を見比べているのが肌に伝わってきた。

しかも、追いかけてくる気配までしては、無視を決め込むわけにはいかなくなって、さも面倒くさそうな態度を作り上げてから、ゆっくりを振り返る。

「万事屋!ちょっと聞きてぇことがあってな!」

予想通りの人物、真選組の局長ことゴリラゴリラゴリラが男臭い笑みを浮かべて立っていた。


「あんだよ?ゴリラ」
「近藤さんはゴリラじゃねぇ。
 ゴリラに限りなく近いかもしれねぇが、近藤さんはゴリラじゃねぇって何遍…」
「トシ…あんまり、フォローになってないから」
「で、なんだよ?ゴリラ」
どう土方に返して良いかわからず、よよと、泣き崩れるふりをする近藤に呼び止めた理由を問うた。

「酷い…女嫌いと女にも男にもなれないゴリラ、
 一度はおさまる所におさまろうとした仲じゃない…」
「近藤さん、本当でも謹んでくれ。この腐れ天パがどこで、どう浮名を流そうと、
 どんな悪評つけられようと知ったこっちゃねぇが、アンタは俺らの大将だ。
 ちったぁ、周囲の目を気にして…」
「おいおい!おめェこそ何遍言わせる気だ?コラ!俺とゴリラは何にもありません!
 今は女嫌い拗らせた中二病のチェリーでもねぇし!
 けど、俺だって食えるバナナと食えねぇってもんがあるからな!な?近藤!」
「忘れようっていったじゃないの…」
「だからっ!やめてっ!その誤解を招くような物言いやめてあげてっ!
 ゴリラは動物園に帰ってください!お願いします!」
「んなこたぁどうでもいい!てめェにその香のことで聞きてぇことが…」

土方の手が銀時の腕を掴んだ。

「どうでもいいと言うわりに、こだわってんのは土方の方だろ…うが?」

思わず、それを振り払った勢いで、袂から、小さなハート型が転がり落ちてしまった。

「あれ?愛染香?」
「オイ、何処で手に入れやがった?総悟か?」
「え…いや、これは…」

沖田に押し付けられたのだが、こう日にちを開けては言い難い。
かといって、自ら吉原から持ち帰ったと言えば、何に使う気だったのだとまた誤解される可能性もある。
返答に困り、言葉がでてこなかった。

「万事屋、ちっと屯所まで同行願おうか。
 テメェがどんな不純な動機で手に入れたか知ったこっちゃねぇが、
 そいつは先日、規制薬物に申請された。入手先に関して、徹底的に吐いてもらおうか」

土方は拾い上げた愛染香と愛断香、二つを手のひらに並べて、突きつける様に銀時の前に差し出した。
突き放すような物言いに、首の後ろがどくりと脈打つ。

銀時は土方の手から愛断香だけをひったくった。

「土方。火ぃ、貸せ」
「あ?」
「使ってやるよ。今度は使用容量ちゃんと守ってな」
「万事屋、お前、何言って…」

にらみ合う銀時と土方の間で近藤が飛んでしまった話の方向を怪訝そうに見守る。

愛染香ではなく、愛断香を使えば。
近藤を見れば、敬愛する親友に未練があるなどという疑いから、
土方を見れば、このもどかしい思いから解放される。
土方も銀時の言動に惑わされることもなくなる。
ひっそりと抱えていたかった想いを、神楽や新八といった人間に感じる温かさとは別の温かいものを引き換えに。
本当の犬猿の仲になればいい。

「馬鹿が!」

苦々しく、吐き出すように土方の口から出てきたのは、そんな言葉だった。
愛染香を持っていた事情を話そうとしない態度に向けてではない。
愛断香を叩き落として、踏みつける土方の革靴がそれを語っていた。

「近藤と俺が仲良くなるのが、土方の周りをうろうろすんのが気に食わねぇんだろ?
 怒ってんだろ?」
「あ゛ぁ?違ぇよ!」
「じゃあ、何怒ってるんだ?あ?土方くんも混ぜて欲しかったんですかぁ?
 大好きな近藤間に3P希望?でも、悪いけど、俺はゴリラ挟んだ時点で無理だから」
「てめェは…もう、黙れ!」!

まさか、と小さな期待のようなものが生まれつつある。
期待をねじ伏せる為にも、銀時は言葉を更に続けた。

「そんなに大事な大事なゴリラなら檻にでも入れとけ。
 確かに俺ぁ愛染香だか愛断香だか、紛らわしい薬でとんだ茶番に巻き込まれたが、
 生憎と銀さんのギンギンさんはデリケートなんだよ!
 恥ずかしがり屋のシャイボーイなの!んなケツ毛ボーボーのかったいゴリラの尻なんざ
 薬使われたってな戦闘態勢になんねぇよ!なってたまるか!
 惚れてねぇ野郎の穴に入っていけるような甘い照準じゃねぇっての!
 これはおめェの為でも…」
「恥ずかしがり屋もシャイボーイも同じ意味だろうが…」
「そこ要らねぇツッコミぃぃ!」
「俺が腹立ててんのは、てめェの減らず口はいくらでも叩けるくせに
 肝心な所だけ誤魔化すところだっ!」
「誤魔化していませんー」

ここにきて、土方は拳を振るった。
踏みとどまるには足場が悪く、花屋の店先に並んだバケツや花桶をひっくり返して、尻もちをつく。
倒れた拍子に地面に流れ出た水が冷たい。

「誤魔化しただろうが!漸く惚れてるって告白すっから、覚悟決めたかと思えば、
 また、ごちゃごちゃと空回りやがって!」

期待するな期待するなと念仏のように唱えていた心の声が殴られた拍子に途絶えてしまった。
覚悟、と土方が言ったのだ。
空回っていると、漸くと。

「あー、ちょっとちょっとお二人さん…」
「「あ?だからゴリラは黙って檻に…」」
「二人して酷いっ!でも、ちょっと聞き逃せないことがね?
 銀時、お前、愛染香じゃなくて、愛断香使うことがトシの為って言ったな?
 想い人を嫌いになっちゃう薬でトシを嫌ってあげることが?」
「………」
溢れるものを止めようとすることで精いっぱいだった銀時は戯言だといった言葉を自らひっくり返してしまっていることに指摘で気が付いた。
恋の花は咲かずとも、地面の下ではしぶとく根をはった植物がアスファルトの隙間から顔をのぞかせる様に。

水が着流しにじんわりとしみ込んでしまったことが、腰を重くしている原因では勿論ないが、立ち上がれないまま、二人の警察官の足元を見るともなしに見つめていた。

「トシも、銀時が覚悟決めるの待ってたの?」

近藤の問いに、土方は新しい煙草を咥えるだけで答えなかった。

「なんだ。そういうことだったの。いつも以上にトシが銀時になんで怒ってるのか
 不思議だったんだけど。やだ、言ってくれないから、勲、お邪魔虫しちゃったじゃない」
「近藤さんキモチワルイ…、けど、こっちこそ、すまねぇ。
 屯所にしょっ引く前にこの唐変木と話してきてもいいか?」
「大丈夫大丈夫。総悟の話通り万事屋が愛染香と愛断香、一個ずつ未使用で
 持ってたんだから、事情聴取いらないだろ。この後非番にしとくからゆっくりな」
「だから、何なの?!」

話が見えない。
いや、見えてはいるのだが、追いつけないのだ。

「トシは銀時が告白っていうか、踏み出すの待ってたって話」
「は?はぁぁぁっ?」
「ダダ漏れだ馬鹿。ほら、腹括りやがれ!」

腕を取られて、地面から引っ張られる。
先ほどまで、あれほど重たかった尻が、咥え煙草を揺らしてどこか楽しそうな男の顔を見た途端、軽くなった気がして、自分の現金さに少しだけ呆れた。

「ダダ漏れ、だった?」
「あぁ…。あんな面して見られたら、いくら鈍い鈍いって言われる俺でも気が付くわ」
「マジでか…」
それ以上、何と言っていいのかわからず、天然パーマをかき混ぜる。
かき混ぜるたびにくるんくるんと絡まり、縺れて、指先に嫌な感触を増やしていった。

隠せていた筈のものが、隠せておらず、しかも、待たれていたとあっては。

もはや、尻込みどころの話ではない。


「あ、出来ました?このダメになった花も、俺が買い取りますんで領収書下さい」

恐る恐る店内から出てきた店員の手にはお妙へ贈る予定の花束があった。
近藤はそう言って銀時が倒した花を拾いあげる。

「俺は溢れんばかりの花と気持ちをお妙さんに。でも…」

予約していたお妙への花束と違って、かき集めた花は種類も色もバラバラだ。

「恋の花って柄じゃ、ねぇよ…お前らは。
 咲いて、枯れて、何度でも蔓延った根っこで再生する。簡単にゃ折れない。
 そんな雑草みてぇな恋でいいじゃねぇか」

花と土方、そして銀時を見比べ近藤は目を細めて笑い、幸せな気持ちだからおすそ分けですと、通りかかる人に買い取った花を配り始めた。

土方が着いていくと決めた真選組の局長の広い背に無言の礼を言い、銀時は土方に向き直った。

「あー、あれだ。覚悟というかよ。宣言というか。
 俺土方くん相手じゃ砲弾制限なしだからね。本番倍安鞍、全然いらないから。なんで…」
「な、なな…?」
「男前の土方くんには悪いけど、俺が上で、突っこむ方でよろしくお願いします!」

言った途端、衝撃が今度は腹を襲う。
けれど、今度は予想範囲内だ。腹を抱えるものの、踏み止まった。

「これだけは譲れねぇから」
「うるせぇ!」

先を行く土方の耳と項の赤さが、拒絶はしていないと伝えてくる。

「土方!待てって!」
「待てるか!」

難しく考えること、いや、逃げることはやめることにした。

惚れた相手も一度は誰の手も取らないと決めていたはずだ。
それでも、覚悟を決めて、銀時が踏み出すことを待ってくれていた。
底なし沼だと、それ以上沈まないことだけを思い悩んで足掻いている銀時を、土方は強引に引っ張り上げてしまった。

そんな男前を幸せにしてやりたい等、おこがましい。


どんな手練手管も愛し方も愛され方も忘れ去ってしまう。
ままならない花を一輪咲かせているのは女だけではない。
しかし、近藤の言うように、銀時の中にあるのは散る、咲き誇る花でもない。
雑草のようなしぶとく、強い想い。

幸せにするではなく、幸せになれでもない。

幸せになる。

ただ、それだけでいい。

ぐんっと地面を蹴る足に力を入れて一気に、土方との距離を縮めていった。




『花にあらず』 了

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