うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




「うめェなぁ…」

酔っていた。
強か、というほどではないにせよ、銀時は酔っていた。

「おぅ…」
銀時がほろりと落とした言葉に、多少苦笑めいた響きで返した男が熱燗を猪口に注いでくれる。

酒の失敗など数知れず。
果てはあまりの横暴さに近しいもの達からドッキリに嵌められて、真っ青になったことさえあるのだが、それでも酒の誘惑になかなか打ち勝てるものではない。

ほろ酔いが一番気持ち良い。
そのほろ酔いで止められていればいいと知りつつも止められぬのが酒。

「だってよ…当たりだぜ。この店」
「あぁ、確かに…」

少しばかり実入りの良い仕事をして、飲みに出て、初めて入った店があたりだったのだ。
古びてはいるが、程よい客加減と店主の声、腹持ちの良い気の利いた酒の肴。

銀時も隣の男の猪口に注した。
男もこの店は初めてらしい。
銀時とこの男が偶然鉢合わせることはよくあることだ。
嗜好が似ているわけではないのに、思考が似通っているのか。
なんにせよ、ひとしきり定型文のやりとりをした後は、今晩は無意味な意地の張り合いを長引かせることはさせず、互いに大人しく隣で飲んでいる。

「ひじかたぁ、おめェ、しあわせ、か?」
「らしくねぇな。もう酔ってやがんのか?」

カウンターに顎を乗せ、指先でくるくると猪口のふちを数度なぞる。
なぞって、濡れた指を口に含めば、やはり今日の酒はやけに甘い気がした。

「よってませんよぉ…ぎんさんは」
「酔っ払いは得てして自分のことはそういうもんだ。
 全部平仮名で喋ってるみてぇに聞こえるぞ」
「よってませんー。ただ…よー」
「あ?」
「ほれたあいてのとなりでこんなふうにおだやかにのめるひがくるとかよ…」
「………おい…?」

溢れた。

「ひじかたぁ…」

猪口にいれた酒が縁ぎりぎりまで注がれて、ぽとりと一滴伝い落ちる様に。

しばしの沈黙ののち、口説く相手が違ってねぇか?と尋ねた声に酔っていませんと答えともいえない言葉を返した、ような気がする。

その後、自宅前まで送り届けてくれた駕籠の運転手によって起こされるまでのの意識は途切れてしまったのだった。






「馬鹿だろ…俺…」

新台開店に並んで、目的の台に座りながら、二日前の出来事に溜息をつく。

酔ってはいたが、しっかりと眠りこけてしまうまでの記憶は銀時には残っていた。

ハンドルを回すと銀色の玉がぴんっとガラスの内側に飛び上がり、釘にこんこんとあたりながら四方八方へと散っていく。
散って、一部はデジタルの絵を動かすことに成功し、一部はパチンコ台の裏側にただ吸い込まれていく。
ぼんやりとその動きを見つめながら、また溜息を吐いた。

土方十四郎。

かぶき町で何でも屋「万事屋銀ちゃん」を営む坂田銀時は彼に想いを寄せていた。
想いを寄せると言っても、あくまで銀時の片恋。
片恋を成就させようとは端から思いもしない密やかな銀時の中で湧いているだけの感情だ。

男同士ということもある。
好かれていない自覚もある。
けれども、それ以前の問題。

男であろうが、女であろうが、銀時には誰かの手をとるという選択肢が己の中に浮かばないのだ。

物心ついた時には血なまぐさい場所にいた。
やっと得た「居場所」は奪われ、結局また戦火に身を置いた。
後悔もした。
己がもう少し強かったならば、
しかし、今はもう少し手を伸ばせたならば、護れたものがあと一つでも増えただろうかという悔しさだけ。

護りたいものは今でもある。
もう護りたいものを作りたくないと思っていても、いつのまにか出来てしまう。
出来てしまえば、護るしかない。
腹を括って、己が「武士」だと思う道を。

だからこそ、「己から」選ぶということにことさら重さを感じてきたというのに、
どうにも気になって仕方がない男が現れてしまった。


武装警察真選組の鬼の副長。

女と見間違うほど華奢ではない。
結野アナのように、朝一番が似合う爽やかさとは縁遠い。
男前だが、愛想が良い方でもない。
口も素行も悪い。
食べ物の嗜好も合わない。

けれども性的な意味で土方を見てしまう自分を自覚してしまった。

「アイツも酔って覚えてない…とかは都合のいい話はねぇよなぁ…」

駕籠に銀時を押し込んで、その上、金を握らせて運転手に万事屋までと言ったのは十中八九土方だ。
一見の客にそこまで親切にする店主もいない。
証拠に銀時の財布の中は店に入る前と変わっておらず、運転手ももう頂いていますと苦笑いしたのだから。

惚れている、と告げるつもりはなかった。
本当にうっかりと、ほろりと零れてしまったのだ。

吐き出して、砕け散ってすっきりとする方が良いとわかってはいても、自分などに懸想されていると知られて引かれたくないと、腐れ縁が少しだけ、知人と呼べる仲になって、穏やかに年を過ごしていきたかった。
それだけで満足だと言い聞かせていたのに。

「口説く相手が違う、か…」

忘れていないなら酔っ払いの戯言、と流してくれていたならばいい。
普通に考えるならば、犬猿の仲でもある銀時にそんなことを言われて信じる方がおかしい。
おかしいが、それで流して欲しくはない気持ちも奥底にはある。

「銀さん!銀さん!」
「へ?」
「かかってるかかってる!」

隣の台で打っていた長谷川の声に一気に現実に引き戻された。
中央の液晶画面が賑やかに祝いの言葉を並び立てていた。
いつも寄進しているお布施を回収せねばと気合をいれて慌てて、ハンドルを握り直す。

「どうしたの?銀さん、ぼんやりしてさぁ」
「あー…昨日の酒がさぁ」
「そ?ぶつぶつ口説くとか何か言ってるし。
 この間のトラブル片付いてないのかと思っちゃったよ」
「トラブル?」
声に出していたことに冷や汗が背を流れていくが、幸いなことに長谷川に気にした様子はなかった。

「あれ?銀さん、先週吉原でとんでもないすっごいスケコマシになって口説き回ってたって
 聞いたんだけど。あれ、眉唾?」
「はははは、長谷川さん?なんでアンタ、それ知ってんの?」

思わず、画面から目を離して、隣のサングラスを凝視してしまった。
吉原に長谷川が行くとは思えないのに、何故知っているのか。
今断片的にとはいえ声に出していた話よりも、微妙な方向に話は動き出した。
暖房のきいたパチンコ店なのに背中の汗が一気に冷える。
久々の大当たりだ。限られた時間を有効に使って、しっかりと釘を見て家賃分、当座の生活費も捻出せねばならないというのに、まさかの長谷川の言葉に動揺を抑えられなかった。

「なんだ!やっぱり本当だったんじゃん。いや、けっこうみんな知っていると思うよ?
 銀さんが吉原で種まきまくった上に、最後はみんな袖にして、男色に走ったって」
「み、みんな…って?」
「俺はこの間、キャバクラの呼び込みしていたヅラっちに聞いたけど、
 ヅラっちは真選組を偵察中に聞いたとか聞かないとか…」
本来真選組の業務は吉原の自治に関して含まれていない。
吉原の中のことは吉原で。
暗黙の了解の上で成り立った約定のようなもの。
とはいっても、今回ばかりは真選組も組織全体とは言わずともかかわりがあの一件になかったわけではない。
他でもないトップであるゴリラ局長がその騒ぎの中心近くにいたのだから。
零れてしまった言葉にばかり気を取られていたが、土方が銀時の所業を知っていてもおかしくはない。
近藤からきちんと詳細が伝わっているのならまだ救いはあるが、長谷川が聞いたような、全く嘘ではないにしても他者にふくらまされたような中途半端な情報の可能性も。

「…真選組…の、誰?」
とうとうハンドルから手を離して、立ち上がっていた。

「そこまでは知らないけど。え?銀さん?まだ、台リーチ中…」
「用思い出したから。代わりに打っといてくんない?」
「え?いいの?」

叶わぬ、敵わぬ恋だとは言っても、愛染香という吉原のアイテムに踊らされた結果をそのまま鵜呑みにされるのはあまりに本意ではない。

もしも、土方が愛染香騒ぎを、銀時の行動を知った上で、二日前の呟きを聞いていたならば。
口説く相手が違うのではないかとの問いは口説きまくってしまった遊女たちのことを指しているとしたら。

堪らなくなった銀時は、驚く長谷川をその場に残し、パチンコ店を後にしたのだ。






『花にあらず−壱−』 了




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