うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

『悪戯の先に 後篇 』




「であるからしてぇ…」

壇上で松平が挨拶をしているのを部屋の端から聞くともなしに聞きながら会場内を見渡す。
立食式のパーティーには300名を超える人間が溢れていた。
みな、思い思いおばけの扮装をして誰が誰だかわからない。
天人の文化から入ってきたお化けが多いようだった。
顔色のわるい人造人間、包帯ぐるぐる巻きのミイラに、どぎついメイクを施した魔女。
犬の被り物をしているのは狼男のつもりだろうか。
真選組の隊士は目印代わりに左手に浅葱色のリボンをつけている。
刀は来客にも遠慮してもらっている手前、会場内の人間は銃もしくは伸縮式の警棒を携帯させているが、正直な所心もとない。

「土方さん」
「総悟?なんつー格好を…」
「知らねぇんですかい?ゴスロリ黒魔女さんでさぁ。似合ってますでしょ?」
沖田はスカートであることに何の躊躇もないらしい。
「いや、その手に持ってんは何かな?」
「魔法すてっきですが?」
「いや、それ鞭だろ?それ…」
「そんな小さいことに拘ってちゃいけやせん。これは新たなドMへの扉を開く魔法の…」
「そんな魔法いらねぇよ!」
変なところでHPをこれ以上減らさないでほしいと頭を垂れる。

「んなことよりアンタこそ、そりゃ旦那の趣味ですかい?」
「これしか残ってないとか抜かしやがった。あの糞天パ…と、ちょっと待て」
視界の中で、土方を警戒させる何が掠めたのだ。

(なんだ?いや、どれだ?)
目に再び止まったのは、料理の追加を運ぶ従業員の姿だった。




今日は従業員もハロウィンらしい仕様をさせられていた。
とはいっても、仕事であるから従来のホテルの制服に化け物のマスクと腕には「STAFF」の腕章が付けられている。
土方が気になった男はその統一された事項を外している部分はない。

「総悟」
「なんですかい?このインラン猫」
「だれが淫乱だ!ごら!外、張っておけ」
それだけ言うと、沖田は別段それ以上軽口を聞くこともなく人込みの中に移動してった。

「山崎。出口塞いどけよ」
『はいよ』
インカムで部下に呼びかけながら、自らも目標との距離を詰めるために歩き出す。

「すいません…」
ボーイは気が付いていないのか、土方の呼びかけに反応しない。
「ちょっと…」
肩を掴もうとした途端に、追加のスープが入っているはずの鍋が土方に投げつけられる。
「!?」
立食式であるから、熱いままサーブテーブルに運ばれるはずだったもの。
しかし、土方はその熱に臆することなく相手に向かう。

投げつけた猫手のグローブで相手の視界を妨害し、その隙にあらかじめ開いていた前ジッパーの内側から愛刀を引き抜いた。

「鍋運んでんのに素手ってどんだけ冷たい料理だよ?」
派手に床を転がる金属の音。
ボーイの首元に突き付けた刀。

「あっぶねぇ…」

そして床にスライディングで飛び込んできた銀時の姿があった。
その腕には鍋に仕込んでいたらしい爆弾のような機械が抱えられていたのだ。



「近藤さん!」
土方は警護対象である将軍と松平の傍の様子を確認する。
そちらは、まさに扇情的なドレス姿の魔女が将軍に「とりっくおあとりーと?」といいながら、菓子をねだっているところのようだった。
将軍のみならず、松平と近藤の鼻の下も伸びている平和な光景だ。

「あちらの方は大丈夫だな」
インカムから沖田が追撃した仲間の方も確保したと報告が聞こえてくる。

「ちょっと!土方!これ何かカチコチ言ってんですけど!」
「あ?」
まだ床に座り込んだまま受け止めた丸い機械とにらめっこしている銀時がいた。
「ものっそ!ごっつ!数字が減っていってんですけど!」
「不味いな…爆発物処理班は別件の爆弾の処理に地下駐車場にいっちまってる」
「ったく!」
勢いよく銀時は立ち上がると、黒いマントを翻して走り出した。

「万事屋!それ寄越せ」
「やだね!オメーこそ現場離れてねぇで戻れよ!」
俺の仕事だと手を延ばしたが、抱え込んで離さない。

「あっちは近藤さん達がいるから大丈夫だから!こっちに寄越せって!」
「んな子ネコちゃんに任せられっか!」
だれが猫だ!と突っ込みかけて銀時がいつもの恰好でない事に気が付く。

「そういや!なんだ!テメーその衣装は?!」
「へ?吸血鬼のつもりですがそれが何か?」
ご丁寧に牙まで口に仕込んでいるようだ。
「俺聞いたよな?他にねぇかって!」
「あ〜だってコレ、俺んだもん。前に肝試しの手伝いした時にこっそりかっぱら…譲ってもらったもんだから!」
「今かっぱらったって言ったよな!テメ!窃盗罪でしょっ引いてやる!」
「いや!きっともう時効だし!つうか!んなこと言ってる場合じゃない気がすんだけど!」

ホテルの廊下を怒鳴りながら走る。
会場は最上階のラウンジで行われていたから地下よりは屋上の方が早い。

ホテルの図面を頭に描きながら非常階段の扉を開け、駆け上がった。


「カウントは?」
「あと30秒!」
鍵のかかった扉を二人で体当たりして壊し、ヘリポートにもなっている殺風景な場所に飛び出す。

ビルの外に投げ出すとしても町の真ん中だ。
タイミングが早すぎれば地上近くで爆発して惨事になる。
逆に、遅すぎれば将軍のいるこのビルが吹っ飛ぶかもしれない。

「万事屋!代われ!んで避難しろ!」
「んなこと惚れた奴残してできるわきゃねぇだろうが!コノヤロー」

あと、5秒のカウントで、銀時が大きく振りかぶる。
出来るだけ上空へと角度をつけて丸い物体を投げ上げた。

「万事屋!」
フルスイングし終わった銀時の身体を土方が階段棟の陰に引っ張り込む。

パン!

盛大な爆発音がするはずだった。
否、すると思っていたにも関わらず響いたのはパーティ用のクラッカー程度の音。


「あれ?」
「なんだありゃ…」
揃って、暮れはじめた空からふわふわと落ちてくる物体と眺めた。

爆弾だと思っていた球体はパラシュートのようなものを出し、ふわりふわりと落ちていく。垂れ幕のようなものをたなびかせながら。

『とりっくおあとりーと』
と墨で描かれた文字。
その『とりっく』の部分にだけ朱で丸が付けられていた。

「ヅラの野郎…」
「…どういうことだ?万事屋」
忌々しそうに舌打ちしたのを聞き逃せるはずもない。

「へ?は?な、な、なんのことかな?」
「ヅラって桂のことだよな?白夜叉殿?」
佐々木兄弟の一件で、坂田銀時=白夜叉であることは既に確認がされている。
ただ、今現在関わりを持っていないという理由で逮捕を逃れていることは目の前の男も知っているはずだ。

「いやいやいやいや!べ、別に今更現役復帰したとかそんなんじゃねぇから!
 ただ、ちょっと変なことアイツが言ってやがったから…」
「怪しすぎンだよ。テメーは」
『真選組副長』の立場では、場合によっては確保せねばならない。
(せめて、結ばれた腐れ縁を保つためにもそれは避けたいのだが…
 そういやさっきコイツ…)

「んなこと言ったって…
 今日、この催しでひと騒動起こすってワザワザ怪盗よろしく予告状送り付けてきやがってよ」
「んなもん受け取ったんなら『一般市民』ならさっさと通報しやがれ!」
「まぁ、そうすんのが筋なんだろうけど…」
ぺらりと銀時はポケットからカードのようなものを取り出し、土方に差し出してきた。

『来る10月31日大江戸ホテルで執り行われる『はろうぃんぱーてい』なるものに参加する。お前の護りたいものが警備に来るだろうが、どちらに血が流れても、手出し無用のこと』

「なんだこりゃ…」
余りに漠然とした内容すぎた。

「うん。これ持って行ってもアレだ。説明難しいだろうが。どうしよっかなと思ってりゃ、ジミーが衣装かき集める依頼なんか持ってっくるし…どんな符合だよ?と」
「…んで、パーティに潜りこんでたのか?衣装配り終わった後も」
そういうこと、と首に手をあてて、コキコキと鳴らすと階段室の方へと歩き出した。



「万事屋」
その背に声を掛ける。
踏み出していいのか、ツッコむべき所なのか迷わないこともない。

「俺は護られるような存在じゃねぇぞ」
ぴくりと銀時の肩が揺れた。

「知ってっよ」
少しだけ振り返った顔はいつものような死んだ魚のような眼をしていなかった。
だから、自分の自惚れでないのだと、どさくさに紛れて言われた言葉が口八丁のこの男の戯言でなかったのだと知ることが出来る。

「よ…」
口を開きかけた土方の言葉は、イヤホンが他の隊士と繋がった音でとめられる。

『副長!予定より早いですが、将軍が次の会場に移動されるそうです!』
「わかった!」
恐らく、今度は松平が夜の街になだれ込ませるつもりなのだろうとため息をつく。


銀時は黙ったままその場に残っていたが、踵を返すと、もう一度土方に寄り、
内緒ごとをするように耳元で話しかけてきた。

「Trick or Treat」
「あ?」
「今晩お菓子用意してねぇと、悪戯すっぞ?」
そうして、次の瞬間にはいつもの緩い顔つきに戻っていた。


「じゃ、にゃんこ副長さんはお忙しいみたいだしぃ、一般市民は退場するわ」
土方が言葉の意味を理解する前に、素早い逃げ足で階下へと立ち去る。

「な…なんだ…そりゃ…」

囁かれた耳を抑え、言葉の意味について再考する。



言葉通りならば…
お菓子を用意するか、しないかで返事をしろということで。

(しかも、今晩中に?)

『副長!先程沖田隊長が捕らえた浪士はそちらの爆弾とは無関係らしく…』
またイヤホンから声がかかる。

「今いく」

(今晩中に仕事が片付かなかったらどうするつもりなんだか…)
ゴシゴシと紅くなっているであろう顔と耳を擦り、土方自身も歩き出す。


「菓子なんぞ買いに行く時間ねぇよ」


意地っ張りを、どこかで大かぼちゃに笑われていると知りながら
そう、呟いた。





『悪戯の先に』 了





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