参二人で呑みにいこう。 という、誘いは呆気なく断られた。 うすら寒いの感想付きで。 断られることぐらい、それまでの銀時と土方の関係を考えるならば予想範囲内だ。 けれども、神楽と新八の半強制的に塾頭ごっこに参加させられて始めて、早一月。 剣術馬鹿というべきか、根っからの喧嘩好きというべきか。 かめはめ波の指導は絶対にするなとのアドバイスに従い、少々真面目に稽古っぽいことをしてみれば、思いのほか、土方は穏やかに話す様になった。 (相変わらず、屋根の上で一本取られている土方は竹刀で良いから立ちあえと言いはするが、そこは口先三寸で逃げている。わざと負けて臍を曲げられても厄介であるし、真剣に勝負して怪我をするのも、させるのもご免だからだ。) 小さな口喧嘩はするが、それでも、徐々に、道場のこと、互いの個人的な事、近しいものたちのことを織り込んだ会話、いわゆる世間話は出来るようになった。 と、おもう。 だからこそ、正直なところ距離が近くなったと思い込んで、ほくほくしていた身に、険のある言い方で断られてしまったという事実は少々重たい。 「銀ちゃん!まずは、みんなでご飯すればいいアル! それならトシちゃんも嫌がらないネ」 「あ?おめェらも連れて、みんなでお食事ってか? いやいやいや!バツイチ子持ちのデートじゃないんですけどぉ!」 すっかりと、万事屋の応接セットは土方攻略の作戦会議の場を化していた。 本当に子どもたちに背中を押されまくるバツイチ子持ちじゃねぇかこれじゃあと自分で言った科白で落ち込みに拍車を掛けてしまった。 「そうは言っても銀さん。ここはみんなで様子見た方が…」 「あ、ぱっつぁんまで?」 「僕、なんとか銀さんのいいところ、アピールしようと努力してるんですよ?これでも。 でも、微妙な顔、するんですよね。嫌そうっていうか難しい顔っていうか…」 「オイオイオイオイ!何、イメージアップどころかマイナスにしてくれちゃってんのぉ!」 新八が熱心に土方に話しかけている様子は度々道場で目撃していた。 経営についてのアドバイスを建前に元々呼びつけているのであるから、二人が話し込んでいてもおかしくはない。 おかしくはないし、新八にその気がないのは重々承知してはいるのだが、穏やかに話す土方の姿はどうにも面白くない。 昨日は特に銀時が席を外している間という状況に不機嫌を隠しきれなかった。 なんとも、余裕がなさすぎると自分でも思う。 「誤解も何も、もとからマイナススタートアル。失うものなんてないのヨ」 「正直すぎることが罪なこともあることをいい加減覚えろ!」 「褒める所もそう沢山はないんで…同じことばっかり繰り返しすぎたのかも…」 「ちょちょちょっと新八!おめェはやればできるメガネだよ? 今すぐ行って誤解解いてこい!」 「無理ですって!」 玄関の方向を指さして、とっとと行け、わざわざそれだけの為に行けますかとの問答を止めたのは、にやりと笑った神楽だった。 「だから、ぱーてぃをやるネ」 「ばーてぃ?なんの?」 銀時は首をひねった。 「11月3日だね!」 「そうアル!」 三人は顔を見合わせた。 神楽の誕生日だ。 何だかんだと女子どもに優しい土方だ。神楽にねだられれば顔を出さないということはないだろう。 「銀ちゃん、ここが正念場ネ」 「お、おう…?」 銀時としてはいや、もっとゆっくり近づいていけたらそれでいい。 土方にドン引かれるような事態は出来るだけ避けたいのだが、あまりに自信たっぷりに協力してくれる、子どもたちの笑顔に反論しかねてしまった。 「いつも通り、お登勢さんのお店よりも恒道館の方が土方さん寄りやすいよね?」 「その方がいいアル!広いし!」 「じゃあ、ウチってことで」 元気に階下に降りていく二人を見送り、銀時はソファに沈んだ。 日々成長する新八の背。 土方の憂い顔。 どうにも頭から離れてくれない一つ予測が銀時のなかに生まれていた。 伝えたくないわけではない。 伝われとは思ってはいる。 けれど、その予測が正しかったら。 土方に拒絶される以上に厳しい事態に発生しかねない。 今まで以上に、伝えた後のことが銀時にとって、恐ろしくなっていたのだ。 神楽の誕生日当日までは万事屋にしては慌ただしい日が続いた。 1年のうち、依頼が入っている日数をそうでない日数が超えることのない何でも屋には珍しいことだ。 その珍しい事態は現実の打開も、予測の検証もできなかったということでもあり、つまりは神楽がいうところの正念場だか、王手だか、玉砕だかの心つもりが何も進まなかったということでもある。 それでも、神楽の誕生日に参加しないわけにはいかない。 結果が出ようと出まいと。 「遅くなった」 土方がやってきたのは、皆がそれぞれに祝いの言葉を神楽にかけ終わり、お登勢が作った料理や持ち寄られたケーキがひとしきり少女の胃袋に消えた頃。 メインから神楽が離れたタイミングを狙ってお登勢が避けておいたらしい新しい食べ物を用意し、ようやく、それに諸々招かれた客が手をつけはじめた時間だった。 「トシちゃん!」 「おめっとさん」 「うわ!何アルカ?」 ひゃっほーいと、雄叫びをあげて、本日の主役は差し出されたラッピングを受け取り、ひとしきり跳ね回った後、座り込んで開封作業に移る。 派手な音をたてながら破かれた包装紙からは、酢昆布の箱と白いのウサギの縫いぐるみが転がり出てきた。 「めっさふわふわネ!」 「布唖布唖星だったか、毛布衣星だったか…まぁ、人気商品らしい」 持ってきた当の本人はよくキャラクターを解かっていないようだが、デフォルメされたウサギは頭が大きく、胴体は小さい。女性向けなのだろう。 耳の内側部分はピンクのハートを模されていた。 ぎゅっと抱きしめて、立ち上がるとお妙達に見せに行ってしまった少女を少し目を細めて笑ってから、土方は部屋の端っこに、縁側近くに移動していった。 銀時は焼酎で舌を濡らしながら、それを目で追う。 すでに一足前に侵入していた近藤はお妙に気絶させられていた。何故だかいつの間にか沖田も紛れ込んでいたから後は任せたと下手をすると、このまま近藤を置いて帰るかもしれない。 どうすべきか、迷っているうちに銀時の隣でわざとらしく大きなため息をついた新八が先に席を立った。 遠目でその様子を眺める。 新八が話しかけると土方はほっと息をつくように笑った。 先ほど銀時に突撃を払いのけれらた猿飛が、飛んで行った先で大トラになった月詠に呂律のまわらない口調で何か絡まれているし、お妙たちはUNOをしているらしいが、ルールがあるのだかないのだかどうにも無法地帯らしく必ず誰かが叫んでいた。 顔見知りもいるであろうが、賑やか、というよりも騒がしい面々に落ち着かなかったのだろう。 喧騒で土方と新八の会話までは聞こえない。 少年が少し眉を寄せて何かいい、男がゆったりと返す。 おおよそ、新八が来てくれた礼をいい、土方がそれに答えたというところか。 新八は土方を出会って最初の頃のように嫌っていない。 トッシーの騒ぎで拳を交えたこと、あってか、どちらかというと土方に懐いている風にもみえる。 歳の離れた兄と弟にもみえないことはない。 しかし、土方はどうなのだろう。 銀時に見せたことのないような柔らかい瞳だけなら、まだ良い。 鬼の副長と恐れられる男ではあるが、女子どもには甘く、また沢山の部下の面倒をみているフォロー体質だから、素直に土方に相談しにくる新八を厭うことはない。 そう、柔らかな瞳だけなら。 瞳が銀時の視線に気が付いたのか持ち上がり、銀時を見た。 柔らかな瞳が瞬間、苦いものを含んだ。 銀時を睨んだのではない。 睨んだのなら、それも、まだ良い。 苦しそうに見えたのは、銀時の思い違いではない。 また新八の声に土方の瞳が少年に戻る。 ちろちろと瞳は遠目でもわかるほど、切ない色を帯びたままだ。 土方は一度だけ、新八の頭をくしゃりと撫でると、廊下へと出ていく。 慌てて、新八が呼び止めたようだが、足を止めることが出来なかった。 新八の瞳が助けを求める様に今度は銀時に向かってきた。 予測はほぼ確信になった。 それなら、それで、もういいかと、ぎゅっと胸が痛み飲み下す様に、底1、2oほどしかなくなった焼酎を煽る。 グラスを置いた机が音がかんっと少し高い音を立てた。 「土方!」 恒道館の門扉を超えたところで直ぐに黒い着流し姿に追いついた。 「万事屋?」 「もう、帰んの?」 「あぁ、仕事片付いてねぇんだよ。なんか用、か?」 『用』と『か?』と問いかける音の後に妙な間が開いたことを銀時は見逃しはしなかった。 銀時に呼び止められる理由が思い当たらないというよりも、探られなくない「何か」がある風に見える。 「用、っちゃようだな。ちょっと時間いいか?」 「なんだ。てめェらしくもねぇ。さっさと済ませろ。 中のメガネたちはてめェが抜け出してきてんの知ってんのか?」 「アイツらアイツらで楽しんでら。俺がちょっと抜け出したぐれぇで騒ぎゃしねぇよ」 「んなこたぁねぇだろ?さっきだって、メガネはてめェの話をしきりにしてたぜ。 あんまりガキどもに心配させるな」 それは新八が銀時の気持ちを知っているからだ。 でも、土方は銀時の気持ちも、新八の含むところも知らない。 単に自分に懐いてくる可愛い新しい弟分。 生真面目で、ツッコミ担当で、苦労性。 アイドルオタクだけれど、トッシーのふりをしていたぐらいだ。ある程度の理解もしている。 そんな相手。 フォローしているうちにが愛おしさの種類が変わったのではないか。 「その、新八、のこと、なんだけどよ」 「あぁ、もしかしたら、アレか?もう道場に来るなとかそういうことか?」 「は?誰もそんなこと言ってね…」 思わず掴みかけた腕を振り払われた。 指先が銀時の手の甲を掠り、爪があたる程度の接触であったが、ふつふつと銀時の中で抑え込んでいたものが一気にあふれ出てしまった。 多少煽っていた酒の力もあったかもしれない。 今日と云う日のプレッシャーもあったかもしれない。 そして、傷つけられたのは銀時であったはずなのに、なぜか傷ついた顔をしている土方ののせいもあったかもしれない。 「なに?新八と会える機会を奪われたくないって心配? どうせなら新八が追いかけてきてくれたらよかったのにってか?冗談じゃねぇよ? アイツあれでも恒道館の跡取りだからね。 衆道の道に引き釣り込んでもらっちゃ困るんですけどー」 「メガネのことをんな風に見たことなんざねぇよ!安心しろっ!」 今度は打って響くような迷いない返事が怒声となって帰ってきた。 「ほんとに?」 「当たり前だろうがっ!」 「ほんとのホントだな?」 意外に感情的に見えて、真選組の頭脳などと呼ばれている男だ。 いつか問いただされると予測し、用意していた言葉であるのではと素直に言葉を受け取ることなど出来ない。 何度、当たり前だと、本当だと、繰り返し聞こうとそれは変わらなかった。 「ほんとのホントの本当だ!くどい!テメーが…」 「俺が?」 「テメー…テメーが自分がそうやって自分の気持ちにブレーキかけてやがるからって、 そんな色眼鏡でヒトのこと見てるんじゃねぇよ!」 「な、なななんのことかな?」 まさか土方は気が付いていたのかと、一気に血の気が引いていった。 銀時が土方に惚れていることを知っていた? 知っていて、答えられないから気が付かないふりをしていたのか? 苦い表情がいつまでたっても解除されないのは根本的な理由だったのか? 「テメーがメガネを、その…憎からず想ってるからって」 「ストップっ!ストップ!ストッーーーーーーープ!」 土方を、 そして、銀時自身に対して大声で静止の声をかけたのだ。 『思い内にあれば−参−』 了 (166/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |