うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




土方は目を覚ますと、いつも坂田の座る椅子に近藤が、その横に沖田が居た。
近藤は力なく笑い、全部、万事屋と山崎に聞いたと頭を下げた。

「すまねぇ。トシが意地っ張りだと、我慢強いと知っていたくせに、
 ここまで身体、壊すほどの状態になっていたなんて気が付かなくて」
仕方ねぇなぁと言いながら、フォローしてくれるトシに甘えていたとも。

それに対して、沖田の口調だけはいつも通りだった。
「そんなに悪いなら、もうずっとアンタは長期療養していなせぇ。
 あとは副長の俺が全部片付けてやりまさぁ。
 もう帰ってこなくてかまいやせん」。
即座に近藤に拳を入れられた上に、こいつ、自分が仕込んだワサビ付の煙草でトシが倒れたのかと思って動揺しまくっていたくせに、とばらされ、そっぽを向いてしまった。

後から入ってきた山崎を睨んではみたが、土方自身もあんな風に盛大に屯所で倒れてしまっては、誤魔化しようがないこともわかっている。
けれど、そうは捉えなかった山崎はひぃっと身をすくめて、近藤の後ろに隠れてしまった。

「そういえば、俺たちには知らせなかったくせに、
 旦那はちょこちょこ見舞いにきてたそうですねぇ」
「ハイハイ!俺も知りませんでした!」
「偶々ばれちまっただけで…それに、見舞いっつっても…
 アイツがこの病院に知り合いに会いだか仕事だか貰いにくるついでに
 寄って行ってただけだぞ」
「そうなの?すごい剣幕で一発殴られたし、仲良くなったんだなぁって思ってた」
「近藤さん!殴られたのか?あんのクソ天パ〜〜〜〜」
またお妙に殴られたものだと決めつけていたために気に留めてはいなかったのだが、坂田が犯人ならといきり立とうとして失敗した。

「ほらほら、無理しない。トシ、落ち着いて!俺らが悪かったんだから当然だから!」
「近藤さんは悪くねぇ!こんなになる前に相談しなかった俺の…」
「ソウダソウダー」
「総悟くんは黙ってて。またトシが倒れるから」
「近藤さん、大げさ…」
「お医者さんからもくれぐれも十分な休息をとらせてくださいって叱られました」
それを言われると反論しようがない。
元々、今回は入院翌日に無断で抜け出した挙句に、発作を起こすという大失態だ。大きく出られなかった。
「でもな、近藤さん…」
「でもじゃない。トシが倒れた時に組中のみんな心配したんだからね!これは命令です。
 2週間の入院決定!その間のことは…まぁ、何とかする!」
「無理…」
それが出来るならば、土方もこれほど根を詰めなかった。
小言も言ってきた。
局中法度でなんとか抑制しようともした。
それでもなんともなりそうにないから、土方は屯所を離れられなかった。

「無理でもなんでも!トシに甘えてばっかりだって、みんな反省してるし。
あ、それで思い出した!みんなが勤務の合間に見舞いに来るっていってっから。抜け出したらすぐバレるからね」
「それじゃ、休めるもんも休めな…」
「そこは諦めて。勤務時間外に部下が上司の見舞いにくるのを停める理由なんて俺は思いつかねぇしよ」
「大げさなんだよ」
頭を掻こうにも、刺さった点滴のチューブが邪魔で、腕を持ち上げることは諦める。
近藤は大きく息を吐き、トシ、と更に改まった。
「大げさじゃないんだよ。万事屋の処置が速かったから良かったようなものの、一歩間違えば心臓止まってたんだからね!俺の心臓も止まりそうだったし」
「万事屋…か」

病室に坂田はいない。
目覚めて最初に土方の目は銀髪を探した。
発作の最中、坂田の声だけが土方を光の方へ引っ張ってくれていた気がする。

土方は、気恥ずかしさのあまりこの場に男がいなくて助かったと思う反面、物足りなさも先ほどからずっと感じていた。

「あ…」
いたのか、お前という程、大人しく隅にいた山崎の声に一同が視線を集める。

「なんでぇ、山崎言ってみな」
「いや、その…こう病室に通ってきてたんでしょ?旦那」
「通って、っていってもまぁ、俺の入院日数がまちまちだから通ってというのも
 おかしいかもしれねぇが」
「尚更、そんな不規則な入院患者のところは、かぶき町からちょっと離れた
 こんな病院にそうそうあのやる気のなさそうな旦那が来たなと思いまして。
 まぁ、旦那のキャラ考えなかったら、ほらよくある恋愛フラグのパターンだなと」
「ああ!俺もちょっと思ったよ!儚げな美少女、
 見舞客もない彼女を慰める周囲から誤解されやすい少年、
 いつしか二人の間には友情よりも更につながりを求め始め…って
 純愛パターンだな!」
恋愛ゲームのやり過ぎだと突っ込む余裕が土方には欠如していた。
妙に盛り上がる近藤と山崎を、いつもと変わらぬ平坦な目でみつめる沖田をぼんやりと代わる代わる見る。

「そうそう!それです。少女は少年の来訪を心待ちにって」
「なんでぇ。旦那と土方さんで?」
「や!だから、ないですよねーと。第一副長、美少女ってキャラじゃないし」
「確かにな!でも、友情は生まれてそうだな!銀時のあの様子を見た限りじゃ!」

偶然を装って、日参する男。
日常から離れた切り取られた空間で生まれた繋がり。
来なくなった相手を待ちわびる患者。

「土方さん、どうなんでぃ?」
「どうも、こうも…」

状況を当てはめ、そこに自分の気持ちを走らせた土方は沖田の問いに答えることが出来なかった。
思い当たることが多すぎるのだ。

「うわ!顔真っ赤じゃないですか!局長!そこのナースコール押してください。
 熱が出てきたみたいです!」
「なんでもねぇから。看護士も医者もいらねぇから!」
「すまんな!無理させちまったようだな!俺たちも今日はお暇するからゆっくり休めよ」

自分の中に思い当たることは多くとも、相手は必ずしもそうでない。
証拠に男はこの場にいない。
出口に向かう三人の背をみながら自嘲する。

手を振って出ていく近藤の後に続きかけた沖田が不意に振り返る。
じっと色素の薄い目が土方を見つめ、見透かされているようで落ち着かない。

「総悟―?」
近藤の呼びかけがあるまでしばし入口に立っていた沖田はようやく、一言だけ声にすると、ゆったりとした歩調で引き戸を閉めた。

「旦那、屋上にいるみてぇですぜ」と。





身体は相も変わらず重たい。
だが、心は少しではあるが軽くなっていた。
覆水盆に返らず。
近藤や沖田に知られたことを情けなく思いはするものの、そのことにいつまでもこだわってはいられない。
これで近藤のストーカー行為がゼロになるはずも無いが、少しはたまった書類を自分で片づけるという習慣に結び付けば恩の字であるし、沖田もアレで反省していることは長い付き合いでわかるから、せめて仕事の支障になるような嫌がらせを控えてくれるようになるなら、それでいい。

土方の心を軽くしていたのは、別のことだ。

ぎぃっと屋上へと出るための鉄製の扉を開いた。
何処までも高く青い空と、フェンスと、むき出しのコンクリートの床。
遠くに見えるターミナルと行き交う船。
それから、フェンスの金網越しに男が一人、空を見ている後ろ姿があった。

多分、空をみていたのだと思う。
数分前までは。
気配を特段消してはいないから、階段をよたよたと登っている辺りから土方のことには気が付いていたのだろう。
視線は前を向けたまま、自分の武士道以外になにも捕らわれない男の神経がこちらを全力で探っている。
そのくせ、話しかけられることを拒否しているようにも見えた。

「よぉ」

それでも、土方は声をかけて歩み寄ることにした。

「…おぅ」

諦めたように、男が振り返る。
動きに合わせて、流水紋の着流しの裾が風で翻り、がしゃんとフェンスに凭れかかったことでまた動きを停めた。

「てめェのせいで情けねぇところを近藤さんや隊士たちに見せちまったじゃねぇか」
並んで立ち、先ほどの男と同じように空を見上げる。

「いいんじゃね?おめェだってこのままいつまでも誤魔化せねぇってわかってたんだろ」
「まぁ、な」
坂田のいう通り、その件は土方の中で片付いている。
フェンスに指をかけるとカシャンと軽い音が立った。
眼下に見下ろす市中の雑踏のなかではなく、柵で囲われたこの空間、病院、病室という場所を意識した。

「もう、来ねぇのかと思った」
「…まぁ…もう、近藤達がうるせぇぐらいにこれからは来るだろうからな。
 俺が暇つぶしによる場所じゃなくならぁな」
必要もねぇだろうしと最後の言葉は風に溶けてしまいそうな細い声だった。

「…それが一番困るつうの」
「へ?」
「あの人たちがいると落ち着いて休めねぇ。新しい避難場所みつけねぇと」
「オイオイオイ!おめェはいい加減学習し…」
「今後はちゃんと仕事もしてもらうし、大腕振って休ませてもらうけどな。
 屯所にいたらどうしても気になって手ぇ出しちまうし、休息十分に取れるなら
 本当は病院で毎回点滴してもらう必要もねぇんだよ。
 だから組の野郎どもに煩わされること無く、避難できる場所」
「…あー、うん、そういうことね」
意図は伝わったらしい。同時に土方の心臓は発作を起こしたのではないかと錯覚するほど動きを活発にしていた。
自分のズルい物言いに坂田の顔を見ることが出来ず、雲を何かの形に見立てられないかと探してみるが、どうにも形は見えてこない。

「だったら、おめぇの条件ぴったりの場所、提供してやろうか?
 昼夜問わず、押しかけてきて休んでいい、
 必要があれば病院まで内密に連れて行く、
 食事はマヨかけ放題。煙草も窓さえあければおーけー。
 多少にぎやかだが仕事からは離れられるし、安全は約束する」
「…ぼったくるつもりだろう?」
ややあって答えてしまったのは、そこまでの返事を期待していたわけではないからだ。
どこか休息所を探してくれるとか、新しい避難場所にまた来てくれるかとか。
土方が予想していたのはその程度のことだった。
坂田の指し示す物件はどうみても男が住まい兼仕事場にする万事屋。
今までのような日常から離れた場所、ではなく、いきなり懐も懐、生活圏の真っ只中。

「通常腐れ縁コースなら、一回20000円」
「んだ。ここの個室料以上じゃねぇか」
あぁ、なんだ。
本当に商売のつもりだったかと、山崎が変なこというから、この場に残っていると聞いたから、期待してしまったじゃねぇかと人のせいにして煙草を病衣から取り出した。
煙草を咥え、火をつけようとするが、風が邪魔をする。

「んで、お友達コースなら一回10000円」
「友達からも金とってんのかよ…てめェ友達少ないだろ?」
「おめェに言われたかねぇよ。こら、まだ全快じゃねぇだろ」
手で風よけを作って、何とか一息吸い込んだところで、すっと抜き取られた。
そのまま坂田の口に運ばれる動作があまりに自然でただ見送ってしまった。

「で、だな」
「あ?」
「他にも一応あるにはある、特別コース」
「ある、のか?」
坂田の口に挟まれた煙草を取り上げることも、新しい煙草を取り出すことも出来ずに尋ねた。

「万事屋銀ちゃんは銀さんが頷いたもんなら、たとえばチョコに付いてるシール一枚だって
 引き受けるんだわ」
「ただでさえ、閑古鳥ないてやがるのに何やってんだか…」
「ちょっと、黙ってろ。話、続けてんだから。
 だからよ、まぁ、おめェならその特別コースで引き受けてやってもいい」
「それは金じゃなくて、労働で返せとかそんな話か?」
「労働っておめぇ休みにくるはずなのに働かせてどうするよ?
 神楽とか新八への手土産、その程度でいい。」

腐れ縁でもない。
友達でもない。
でも、それ以上の破格の待遇。
いくら万事屋のチャイナ娘が大喰らいとはいえ、手土産程度では先ほど提示した金額よりは安いだろう。
ボランティアや同情の可能性もまだ否定は出来なかった。

「なんか、胡散臭ぇ」
土方が期待してしまったような感情が相手に存在しないなら他に言いようがなかった。

「ひでぇ言われようだなオイ。好意は素直に受け取っとけ!
 もういい加減、こちとら、病院来る言い訳のネタ尽きてんだよ。察しろよ」
「そう、か…」
土方は俯いた。
俯くと、白い着流しの袖から手が伸びてきて、土方の病衣の裾をつまんでいる。
煙草を取り上げた後だろうが、いつからつままれていたのか、たった今、土方は気が付いた。

「なんだよ?」
「こっ恥ずかしい奴」
「うっせっ!」

今まで気が付いていなかった自分も恥ずかしいのだが、指先を指摘すれば銀髪の下の顔も、首も真っ赤になるのが見て取れ、ようやく土方の肩から力が抜けた。

「でも悪くねえ。悪く、ねぇから困ってる」
「そうかよ」
「あぁ」
「おめェはやっぱり走ってる方が似合ってやがるんだからよ」
自分の口からではなく、甘党の口から煙草の煙が秋の空にあがっていく。
不思議な感覚に揺蕩いながら、低温で耳触りの良い声を聞く。

「万事屋…」
「ん?」

口に挟んだままの煙草を土方は取り返して、一息に吸い込む。
紙煙草は一気に先から灰になって、風に舞った。

「次の非番からいいか?」
「…神楽の胃袋ブラックホールだから、そこんとこよろしくな」
「結局高くつきそうだ」
くくっと喉を鳴らして、土方は笑う。
銀時も髪を掻き混ぜて、空を見上げる。

「そろそろ戻ろうぜ」
「あぁ、まずは退院しねぇと」

『戀』

ふいに一文字が頭に浮かぶ。
恋ではなく、戀。

ミツバの時とも違う。
けれど、糸と糸がもつれるように、心が乱され、銀糸に絡め取られている。

これを『戀』と呼ぶのだろうか。

答えは、閉鎖されたこの空間を出てから、ゆっくりと出すしかない。

土方の手首を銀時の手が掴んだ。
手を繋ぐというよりも、手首自体を確認するように、きゅっと一度握って緩め、そうして、もう一度握って階段室へと引かれる。


そうして、秋の風が静かに誰もいなくなった屋上を吹き抜けた。



風は飛んでいくだろう。

冬の色を纏った風がかぶき町を舞う頃、答えを互いに出した二人の元へ。

糸を絡めた二人の元へ、飛んでいくのだ。




『ヒトはこれを戀と呼ぶのでしょうか』 了 




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