うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




夕べ入ってきたと、先ほどすれ違った元依頼人の老女から情報は得たのだから、この先にまた痩せたであろう土方がきっといる。


少し間を開けてしまったら、土方の病室の扉が鋼鉄で出来ているんじゃないかと思うほどに重たくなってしまった。
でも、顔を見たい。

「やっぱ、便所…」
なんの時間稼ぎにもならないことを承知しつつ、ぐっと握りしめていた手を一度離し、厠に向かう。

廊下は相も変わらず静かだった。
もともと、患者の少ないフロアであるから人の動きも少ない。
どうしても響きわたってしまう靴音を最小限に気を付けながら銀時は厠へ進んだ。
厠の扉もなんとなく、そぉっと開けかけて、手を止めた。
声が聞こえる。
静かだから、は言い訳だ。
静かであろうと聞きたくない声、情報で無ければ脳は都合よく処理し聞こえないように除外してしまう。
つまりは、銀時にとって気になる話だったのだ。

「そういえば、1005号室の多串さん」
「山本さん担当でしょ?夕べ夜間でまた入ってきた…」
「多串さんってば、午前中のうちに外出しちゃったんですって」
「えぇ?」
聞き手らしい看護士と一緒になってえぇぇぇ?と喚きそうになった口を両手で押さえる。

「先生が退院許可ださないもんだから、抜け出したって。
 とうとう先生がこれ以上酷使しつづけるならば担当医として強制的な処置を取らざるを
 得ませんって忠告はしたのによ。処置が遅れたら手遅れになる可能性もありますって
 きっぱり」
「それなのに、抜け出してんの?長期療養か、手術、薦められてたんだっけ?」
「でも、手術したとしても、あんな環境じゃ無駄よねー」
「荷物、そのままってことは、すぐ戻ってくるつもりはあるってこと?」
「どうなんだろうね…」

聞き捨てならない単語がいくつか聞こえてきた。
最初の日、検査だと言っていた土方も、何度も訪れるうちに隠しても無駄だと思ったのか、過労とだけ説明が銀時にあった。
時々息苦しそうな表情をして胸を抑える姿も見てはきたが、まさかそこまでの状況だとはと拳を握りしめる。
偶々、給湯室で顔を合せての看護士2人の会話だ。
見栄えの良い訳有りの年頃の男性ともなれば噂したくなる。
守秘義務も当然ある彼女たちもこんな特別病棟に部外者が入ってきているとは思っていないうえでのおしゃべり。

頭が真っ白になっていた。

病室で力なく横たわっていた青白い顔。
外を眺める憂いをのせる横顔。
共に手錠を沖田に掛けられた時にはあんなに細くはなかった手首。

身を粉にしているのに、近藤は夕べ何をしてた?
沖田は仕事を織り交ぜて、土方に度の超えた嫌がらせをしていなかったか?

水音が響き、カップを洗って仕事に戻ろうとする音が廊下の銀時の耳に入ってくる。
いてもたってもいられなくなっていた。

ここに土方はいない。
では、どこだ?

次の瞬間、ブーツが廊下を蹴る音がけたたましく響くのを気にもせず銀時は走り出していたのだった。



深く考えることは放棄した。
呆気にとられる屯所の門番を置き去りに、正面玄関から乗り込んだ。

真選組とは腐れ縁。
銀時の方が顔を覚えておらずとも、銀時の方を誰かと認識できる隊士は大勢いたようで、おろおろと静止の声を上げるに上げられずといった態で道を開け、代わりに隊長クラスの人間を探しにいったようだ。
お陰で、軽く大暴れも覚悟だったのだが、すんなりと奥へ奥へと進んでいくことが出来た。
何が幸いするかわからない。
蚊に似た天人の騒ぎの時に、屯所の中はほぼぐるっと回った為に土方の部屋も予想がついた。
巡察に出ているのであれば、部屋で勝手に待てばいい。

とにかく、一言、言ってやらねばとそればかりを思って木の廊下を大股で歩いた。

「何事…」
「いた!」
騒ぎは奥まった場所にある土方の部屋にも聞こえたのだろう。
廊下に土方が顔を出したのを見つけ、さらに速度を上げた。
もうほぼ走っているといって過言ではない。

「万事屋?」
「なぁんでおめェはここにいんのかな?」
「っ!てめェ…行ったのか?」
「俺の質問が先なんですけどー?なんで、びょ…」
「黙れっクソ天パ!」
聞かれたくないと知ってわざと大きな声で尋ねたのだ。
追い返すことよりも、まず口をとじさせねばと思ったらしい土方に胸ぐらを掴まれると、部屋に押し込まれた。
「見世物じゃねぇ!さっさと仕事に戻れ!」
遠巻きに見ていた隊士一同に怒鳴り散らしたあと、障子をぴしゃんと後ろ手で閉めて男が戻ってくる。

「何しにきやがった?」
「なんでここにいる?」

もう一度、同じ質問をして、銀時は答えるまで帰らねぇぞとばかりに胡坐に頬杖をついて土方を見上げた。

「仕事がある」
「お前、馬鹿だよね?真選組の頭脳とか言われてるけど馬鹿だよね。
 そんなに死にたいの?」
「てめっ!」
立ったままの土方が再び銀時の胸ぐらを掴んで引っ張り上げられかけたが、ぐっと丹田に力を入れるだけで、銀時の身体は持ち上げられることはなかった。

「んな力しかでねぇくせに」
「事務仕事する分にゃ問題ねぇ!急ぎだ。邪魔すんな」
「可愛くねぇな!
 その事務とやらも、全部おめェがやんなきゃいけねぇもんだったのか?
 急ぎになったのはおめェのせいか?違うんだろ?」
「てめェに何が…」

「失礼しやーす」
土方も銀時もそこで言葉を切った。

「万事屋が飛び込んで来たって本当だったんだな」
「旦那が血相変えて土方さんとこに飛び込んで来た、修羅場だーって大騒ぎでさぁ」

一般隊士なら兎も角も不穏な空気を物ともせず障子を開ける人間が屯所にいたらしい。
顔を上げると近藤と沖田が縦に並んで覗き込んでいた。

「取り込み中だ。向こう行ってろ。近藤さんも」
「おや、本当に修羅場ですかい?しかも、痴情の縺れってやつで?」
「総悟!」
「いいじゃん。沖田くんとゴリラにも聞いてもらえば?」

土方は聞かれたくない話なのは十二分に承知の上で銀時は火に油を注ぐことにした。
火、といっても、土方の怒りの方ではない。銀時の、だ。

「万事屋てめェ!」
「どうせ、こいつらをおめェが甘やかしてるのが原因だろうが」
「土方に甘えるとか気持ち悪いこと言わないでくだせぇ」
「トシ?」
「本当に何でもないんだ。近藤さ…ん」

文机から煙草を取出し、一本口に銜えた。
平静を保とうとする気持ちは分らなくもないが、煙草って身体にどうなのよと止めかけ、銀時は固まった。

ぐっと土方が息を詰まらせた。

「おっと、引っ掛かりやした。わさび塗のマヨボーロ」
にやにやと沖田は笑うが、銀時はそれどころではなかった。
悪戯で辛さで詰まらせているわけではないと直ぐに分った。

「土方!」

土方は胸を抑え、身体を折る。
呼吸をしたくても痛みでできないのか、はくはくと鯉のように口を開けるばかりだ。

「土方!薬は?!」
必死で伝えようとしてはいるのか、指先がかすかに持ちあがった。
銀時はおおよそその方向にあった隊服の上着を探る。
中から出てきた錠剤を出して土方を後ろから抱え込むように起こして口に押し込もうかとも思ったが、気管に入るかもしれない。
医師の判断を仰ぐべきかと冷や汗をかいた身体と摩りながら、息をしてろよと声をかけ続ける。

「ジミー、いや救急車呼べ!大久保病院心臓外科罹りつけ。多串歳三。
 心臓発作、意識有り、嘔吐無し。常備薬はコレな」
「わ、わかりやした」
土方の状態に青くなって固まっていた沖田が投げられた薬を慌ててキャッチして、弾かれたように携帯を開く。

「トシ?」
「近藤!救急車着いたらすぐに乗せてぇ。隊士どもに野次馬させんな」
「あぁ、わかった。しかし、銀時、お前…」
「話は後だ!土方!いいか?玄関まで移動するぞ」
痛みで固く閉じられていた瞼が動き、長い睫が持ち上がる。それを了承とみなして銀時は土方を横抱きに抱えた。
「出来るだけ、そっと動かすけど、きつくなったら言え」
出来るだけ身体を丸くしたままの状態を保つように気を付けながら銀時は足を進める。

痛い。
痛い。
苦しい。

銀時が土方に対してもつ感情の行方。
これは、きっと世間一般でいうところ指し示すであろう言葉を見つけた。

ヒトはきっと、コレを「 」と呼ぶのだろう。


騙しようがない。


抱き上げた体の軽さにどうしようもなく、銀時の心臓をも痛め続けたのだった。




『ヒトはこれを戀と呼ぶのでしょうか−陸−』 了 




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