うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




今回ばかりは危なかった。

けして柔らかいとは言えないベッドに逆戻りした土方は二の腕で目を隠し反省する。
幕僚が催す大きな茶会の警護の件でこのところ緊急ではないにしても雑務に追われていた。
捕り物であろうとイベントであろうと、何かの目的に合わせて動くことは大して苦にはならない。
土方を今回追い込んだのは実務面以外の雑務だ。
土方があとは近藤の決済のみと纏めていた書類を沖田のバズーカーが吹き飛ばし、
慌てて作り直して近藤の部屋に持っていけば、大将はストーカーに出かけておらず、あまつさえ、未決済の山の中から提出期限の過ぎたものを見つけ、すまいるまで迎えに行った。
結局つぶれた近藤を引き摺って帰り、風呂に押し込んで酔いを醒まさせた後、決済印を押させ、提出期限の過ぎたものは鑑を差し替える作業をする。
誰それが勤務中にけがをしたと報告が入れば、シフトを組み直し、勘定方に受理できない団子屋の領収証があると突き返され、沖田を呼び出せば、返事の代わりに催涙弾を焚かれ、目をやられた。
散々だと、気分転換にマヨネーズを啜ろうとしたが、力つきて畳に倒れ込んでいるところを山崎に見つけられて夜半病院に押し込まれた。

山崎の判断は誤っていない。
あのままであれば、遅かれ早かれ討ち入りの一番大事な場面で失態を侵しかねなかった自覚はあるのだ。

「くそ…」

時折、このまま医者が脅す様に心臓発作を起こしてあっさり逝ってしまえるのではないかと誘惑にも似たものに駆られていた。
それでも、まだ、身体が重たくとも、自分の仕事は山ほど残っている。
夕べよりはマシになったのだから、少しでも早く戻らなくてはならない。
病室の引き戸が軽くノックされ、土方は顔を上げた。
先ほど看護士は出て行ったばかりだ。
ここにくるなんて人間は一人しか思い浮かばなかった。情けない顔を見せたくはない。
両手で顔を擦って、深呼吸して引き戸が開くのを待つ。



「失礼します」

そっと入ってきたのは土方を病院に連れてきた山崎だった。

「山崎か…」
「悪かったですね。山崎で」

悪かぁねぇよと答えて、身体を起こそうとしたが、部下は慌ててベッドサイドに寄ってきて制した。

「言っても無駄だとは知ってますけど、アンタいい加減に自分の限界知って下さい」
「無駄って知ってんなら言うな」
「無駄だと知っていても言いたくなるのが人情というものです」
「人情、ねぇ」

誤魔化しはしたものの、山崎が部屋に顔を見せた途端、がっかりとした己に土方は愕然としていた。
この部屋を訪れるものは少ない。
医者と、看護士と、山崎。
そして、万事屋・坂田銀時。
土方は咄嗟に、坂田だと思ったのだ。
坂田が来たと、なんだてめェまた来たのかと言いかけたのだ。

入院する度にやってくる男は何事にもやる気がない風でいて、よく人を見て気遣う人間だ。
結果、お節介をされたと後で気が付くのだが、押し付けられている瞬間、坂田がこの場所で軽口を叩いている時間は忘れてしまう。
仕事で来ていると口では言うが、相変わらず経営は火の車のようであるし、毎度毎度となれば流石に全部が全部と思う程土方も鈍くはない。

「副長?」
黙り込んでしまった土方を山崎が窺うように見ていた。
山崎の様に心配を前面に出すでもないけれど、坂田の人情というべきか、心配されている、遠まわしな気遣いは伝わってくる。

「いや…」
山崎を坂田だと思って、舌打ちしそうだった。
遅かったじゃねぇかと入院を知らせもしていない男に言おうとした。

これではまるで来ることを期待している。
よぉとふわふわと重力に逆らった銀髪を揺らしながら入ってくるのを待っているようではないか。

「なんでもねぇ。何か医者に言われたか?」
「まだですけど?」
「なんか、てめェに話したら俺の身体のことは俺に話をしろって言っとけ」
「アンタがそうやって話しても聞きゃしないから俺が呼ばれるんでしょうが」

甲高い声で喚く部下から視線を外し、窓の外を眺める。

待っているわけではない。

きっと、隊士でもない坂田と秘密めいたものを共有しているという共犯者じみた一連の出来事がそう思わせるに違いない。

先日市中でパトカーの中から目があった時がそうだったではないかと己に言い聞かせる。
言うんじゃねぇぞと視線で訴えれば、
わかっている、いいやしねぇよと返された。
読み違いではないはずだ。坂田は正しく土方の希望を受け取り返した。

伝わること、知ってもらっていること。
照れくさくて、もどかしくて、せつない。

土方は、山崎を帰し、腕につながったチューブを見るともなしにみる。

きっと、この「病院」という特別な空間であるからこそだと。
全快してこの場所で逢わなくなれば、それよりも坂田が面倒だということに気が付き、訪れることがなくなれば終わってしまう、脆い繋がりだ。

ぎゅっと詰まったような心臓の痛みはいつものものと違う。
土方は眉間に皺をよせ、じっとその痛みが遠ざかるのを静かに待つのだった。





『ヒトはこれを戀と呼ぶのでしょうか―伍―』 了 









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