うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




習慣になってしまった。
一か月前と違った意味で銀時は頭を抱えていた。

始まりは、ちょっとした悪戯心が引き起こした失敗。
土方十四郎の土方十四郎らしくない姿に動揺した。
黒いはずの男が白かった。
記憶よりずっと細く、儚げに病院のベッドにいた。
独りで吐き出す声に張りもなく。

動揺した。
柄にもなく、ずっと動揺させられ続け、払拭するために再び病院に足を向けた。

もしかしたら、一度退院した姿を見たのだから、いくら数日また見かけなくなったとはいえ、必ずしもいるとは限らないというのに。

そっと、確認するだけのつもりだった。
とはいえ、万が一にも真選組副長の病室近くをうろうろして不審者扱いされても困る。
だから、検診なんて理由を引っ提げて向かった。まさか、本人に見つかり、何度も入院する度に顔を見に来るようになるなど、誰が想像出来ただろう。

おかしい。

昨日、行ったばかりなのに、また今日も行かねばと思うなんて。
入院初日は痩せ細り、身体が受け付けないとあまり口から物を入れなかったという男が銀時が持ち込んだマヨネーズを大事そうに口に運ぶ様子に切なささえ感じるなんて。
剥いたリンゴをウサギではなくマヨネーズの形にしただけで目の奥を輝かせる様を見て、嬉しくなるなんて。

少し、顔色が良くなったら、病衣からのぞく細くなった手足が力を持ち始めたら、安堵と何故か焦燥を感じるだなんて、
おかしい。
習慣になってしまっている。

「うん、連日は…うん、ねぇ、ありえねぇ」

今日見た様子ではよほどのことがなければ退院できない。
せめて一日空けよう。
それくらいであれば、まだ居る。

行かないという選択肢を思い浮かべることもなくそう己に言い聞かせた。





だが、一日あけて訪れてみると、土方のいた病室は空になっていた。
すっかり顔なじみになった看護士やクラークに声をかけると、夕べ急に退院したのだという。
土方のいない病室。
綺麗に清掃され、新しいシーツの整えられた薬品のにおいのする部屋。
定宿のようにここを使う人間がいてさえ、いるからこそ、殺風景な空間は、さらに空洞感を銀時に与えた。

土方がいない。

二日前の状態では到底回復していない。
昨日来ていなくても、それくらい素人の銀時でも予想がついた。
同時に、真選組の土方以外に対処できないであろうトラブルで呼び出されたのだともわかる。
近藤を、真選組という近藤を同じように守るための組織を大切にする土方の気概は銀時も存外気に入っている。
サムライであろうと、
魂を貫こうとする時、引けない場面というものは、必ずはある。

「なぁ…」

主のいない部屋に銀時は尋ねた。

「今、おめェが背負ってるもの全部が全部、「それ」だと言い切れるのか?」

答える声があるはずもなく、銀時はかぶりを振って静かに病室の引き戸を閉めたのだった。




銀時が土方を次に見つけたのは、巡察中のパトカーの中だ。
相変わらず、機関車のように煙を口から絶えず吐き出していた。
ゆっくりと道路を部下が運転するパトカーの中で土方は書類に赤ペンを入れつつ、時折気配を探るようにあたりを見渡し、また、紙面に目を戻す。
一見変わりがないように見えなくはない。
相変わらず、横柄にみえる態度であるし、目つきも悪い。
チンピラがシマを取り締まるようにも見えさえするほどに凶悪といったほうが近い顔だ。

「オイオイ…」

銀時は嘆息した。
今ではわかってしまう。
煙草は気力で仕事に意識をはっきりとさせるための麻薬代わり。
凶悪にみせているのは顔色の悪さ。
目つきが悪いのではなく、隈ができにくい体質ではあるが、明らかに書類仕事で酷使された瞳。
また、いつ倒れてもおかしくなさそうだと、もう一度嘆息する。

一瞬だけ銀時と絡んだ視線は少しだけ細められた。
どこか共犯者じみた視線だった。

わかっている、いいやしねぇよと同じように視線で返す。
それを受けて満足げに男は小さく笑った。
痛々しい笑顔が嬉しくて、もどかしくて、せつない。
ぎゅっと詰まった肺の感覚を深呼吸で流し、銀時も日常に戻るしかなかった。



言わないとは言ったにもかかわらず、銀時の心中をさらに複雑に揺らしたのはスナックすまいるでみかけた真選組の局長だ。

「そういや、おたくらって最近忙しいわけ?」

秋の売上強化月間だとか言われてお妙に強制召喚されたのだが、相変わらず金があるはずもない。
隅っこでお妙の眼に出来るだけ触れないように気をつけながらちびりちびりと飲んでいたところに飛ばされてきたゴリラを捕まえて尋ねてみたのだ。
緊急で土方が呼び戻されるような事件は新聞に出ていなかったからだ。
報道がないが、いつぞやのように将軍のお忍びで借り出された可能性もある。

「そうでもないぞ。穏やかにお妙さんの身辺警護に身をいれることができている」

しかし、あまりにあっさりと局長に否定された。

「身辺警護っておめェ…あのメスゴリラの警護はひつよ…うお!」

どこからともなく、酒瓶が飛んできた。
危うくたたき落とさずキャッチしたものの、そのラベルをみて固まる。
「どんぺり」
格調高い、ついでに値段も高すぎる酒。
きっと銀時がオーダーしたことにされているに違いない。
いっそ、蹴りが飛んでくる方がましだったと冷や汗が出てきた。

「おめェんとこの副長さんは忙しいんだろ?」
「あぁ、まぁな。事務仕事はほとんどトシにまかせっきりだから、忙しいとは思うが、
 最近はちゃんと休みを取るようになってな。外泊も増えたからいい人でもできたのかなって。いいよねーイケメンは。頑張らなくても彼女さっさと作れちゃうんだもん」
「だもんじゃねぇよ。アイツは…」
思わず反論しかけ、止める。
銀時の口は丘に上がった鯉のようにぱくぱくとさせるにとどまった。

『彼女どころじゃねぇよ。自分の身体の管理もままならねぇことになってるじゃねぇか。
 なのに、なんでゴリラはここで呑気に酒飲んで、女の尻追っかけまわしてる?
 あいつが身を粉にしてゴリラが苦手な書類をさばいて、決裁して、
 筋肉馬鹿どもの尻拭いをしてると思ってんだ。
 大体、あんだけ近くにいて、あんなにやせ細って顔色の悪い様子、気にならねぇのか。
 それでよく親友だとか言えるもんだ』

捲し立てたかった。
しかし、土方が絶対に言わないと決めたことを銀時が代弁することも覆すこともできない。

「ん?」
「いや、別になんでもねぇ」

銀時は口をあの形に開けたまま、しばし固まった後、唇とへの字に引き締めた。
近藤は気が良いが、大らか過ぎるという欠点とも長所ともいえる部分を最大限に発揮して近くを通りかかった目当ての女に声をかける。

「お妙さぁぁぁん!俺はここにいます!愛の狩人近藤勲はここにっ!」

ツカツカツカっと着物であるから草履であるにも関わらず、高い音を見事に立てながらお妙はやってくると一見菩薩のように見える笑顔で新しいドンペリのボトルを開けた。

「お妙さっ!んぐっ」

お妙は終始笑顔だ。
笑顔で微炭酸の酒を近藤の口に無理やり押し込みラッパ飲みをさせる。
勢いよく流しこまれる液体で近藤の眼は白黒していたが、銀時に止めるすべはない。
止めれば、同じ道に己も強制連行されかねないからだ。
そのあたりは十二分に学習している。
それに今は近藤をみてイライラする気持ちも手伝って余計に止めさせる気持ちにはならなかった。

「あと2本いけますよね?」

拒否権はない。
アルコール度数12。焼酎などよりずっと度数は低いが、酸味が強くて、飲みにくい酒。
一気に注ぎ込まれたら悪酔いしてもおかしくはない液体を2本きっちりと注ぎ込まれた近藤は息も絶え絶えにその場に崩れ落ちた。
大柄な体が、床に転がっている隙に銀時もすまいるを抜け出す。
これ以上、カモにされてはたまらない。

翌日、新八経由で回ってきた請求書と世間話に銀時は眉を寄せた。
深夜と呼んで差し支えない午前0時であったにもかかわらず黒く重たい隊服を着た右腕が伸びた近藤を迎えに来たと。
請求書の数字は容赦がないが、それ以上にまた、青白い土方の顔が心を攻撃してきた。

また、『いつもの』病室に逆戻りするに違いない。
直ぐに飛んでいきたい。
気の利かないゴリラの代わりに話し相手になりたい。

けれども、銀時には叶わなかった。

このところ積極的に仕事を入れていなかったこともあり、すまいるの請求書、たまりにたまった家賃のせいでお登勢に再びかまっ娘クラブに売られるという事態に陥ってしまったのである。

たった、数日。
市中でも、病院でも顔を見ることが出来ない。

行かないという選択ではなく、行けないという状況。

煌びやかなステージで瞼の裏を土方がちらつき続ける。
儚げで、そのまま消え去ってしまうのではないかと思わせる横顔が。
そんなものは病院という特殊な空間がみせる幻影だ、吹き飛んでしまえとばかりに、扇子を振りに振って踊る数日を過ごしたのだ。




『ヒトはこれを戀と呼ぶのでしょうか―肆―』 了 







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