弐失敗した。 好奇心から後をつけていって、みつけた場面はあまり気分のよいモノではなかった。 病院で土方を見かけて二日。 ずっと銀時の頭の中をはかなげな横顔が離れない。 「あのヒジカタだぞ…」 秋晴れの空の下、団子屋の軒先で小さく呟く。 初対面から刀を突きつけられた。 二度目で刀を振り下ろされた。 瞳孔を四六時中開かせた物騒な男。 顔を合せれば、互いの食の嗜好を罵り、職を嘲り、つまらないと自分たちでわかっているような些細なことで張り合い、墓穴を掘り、殴り合う。時に抜刀までする。 けして仲がよいわけではない。 同じ、江戸という町に住んでいて、攘夷志士なんてものをやんちゃなお年頃に経験してたり、竹馬の友が指名手配だったり、ちょっと人よりもトラブルに巻き込まれやすいよろず屋家業をしているから、普通に生活してればそうそう深いかかわりをすることもないであろう武装警察の面々と腐れ縁になってしまっただけだ。 基本的に警察と仲良くなって、メリットがあるわけではない。 眼鏡の姉をストーカーしているゴリラ局長と知り合いだと仄めかしても、スピード違反で切符を切られることに変わりはないし、万が一、またマンションの窓際で着替えをしていたオネエサンを風景の一部だと見るともなしに見ていて痴漢容疑で逮捕されても、友達だと大好きな自分の姉に紹介したサディスティック星の王子が助けてくれる気配はミジンコほどもない。 そんな集団の中でも、銀時の頭から離れない横顔の主は、ふてぶてしさ、愛想のなさでは抜きんでている。 銀時は嫌ってはいないが、苦手意識はある。 「銀さんと土方さんって、仲が悪いんだか、いいんだか、紙一重ですよね」と、町中で衝突する度に生意気に苦笑していたのは新八だ。 似ているから気に入らないのか、似ているから気になるのか。 面倒な男だとわかっているのに、あの澄ました顔を見ているとどうにもからかいたくなる。 唾を飛ばし合う距離で顔を真っ赤にして怒鳴り返す土方。 眉間に青筋を立てて、嫌味や強がりを口にする土方。 銀時の胸ぐらを掴み、殴りかかる腕。 ほぼ同じ体格の、頑健な男だ。 トラックにはねられても、銃弾で肩を打ち抜かれても、手足をもがれない限り立ち向かう男だ。 ふわりと涼しいを通り越して肌寒さを感じさせる風が、かさかさと何処からか飛ばしてきたピンクチラシを転がしていた。 カラーで印刷された紙は通行人に踏まれ、蹴りあげられ、風に巻き上げられ移動していく。 銀時は物思いに耽っていた頭のまま、音を見送った。 チラシは黒い革靴にひっかかった。 それを白い手が拾い上げる。 無意識に追えば、手の主は真選組の幹部服を着ていた。 拾い主は成人にはまだ数年残す一番隊の隊長だ。 「土方さん、アンタ向けのチラシですぜ」 「いらねぇよ。捨ててこい」 「あ、丁度いいところに、ゴミ箱がありまさぁ」 銀時は身を強張らせた。 明々後日、つまりは明日までに退院すると山崎と話して諌められていた男がそこにいたのだ。 まだ退院できる状態じゃないと言われていた。 なぜ、普通の顔をして、普通に隊服をきて、仕事をしてるのだろう。 「はい、旦那」 「へ?」 土方を見ていた為に、近づいてきた沖田への反応が遅れた。 「あげまさぁ」 「…この手の店、実際にはこんな可愛い子いた試しないんだよね〜。じゃなくて! ちょっ!いらねぇよ!つか、さっきゴミ箱捨ててくる言ってたよな? 銀さんをゴミ箱扱いですかコノヤロー!」 ピンクチラシを広げると、二十代前半の女が上目づかいで胸の谷間を強調する写真と煽り文句が並べられていた。 「いえ、あっちのゴミ箱に拒否されたんで、こっちのゴミ箱でリサイクルです。 俺地球に優しいドS目指してるんで」 「リサイクルしねぇよ!間に合ってんよ!大体地球に優しいドSってなんだオイ! チンピラ警察飛び越えて真選組は一体目指してんだ!」 「それは、ドM副長さんに聞いてくだせぇ」 銀時一人の問題ではあるが、出来るだけ今日は接触したくない人物に話の矛先をむけられ一瞬息を飲んだ。 「総悟」 「土方さぁん、こちらの旦那がドMの醍醐味お知りになりたいそうなんですがねぃ」 「誰がドMだ!ったく、てめェらはすぐそうやって自分らの趣向で分類したがりやがる。 世の中、全部をドSとドMに分けられるわきゃねぇだろうが!」 土方は銀時が入院のことを知っていることを知らない。 気まずいのは銀時一人なのだと、意識して平静を装う努力をした。 「待て待て待て!俺まで巻き込まないでくんない?俺ぁ何も…」 「旦那があんまり熱い視線で土方さん見つめてるんで、 先回りして聞いて差し上げただけでぃ」 「見つめてねぇよ!」 鬱陶しいのが来たって思っただけだ。 そうは続けるものの、今日ばかりは反論できないことは銀時も気が付いている。 そして沖田もまた気が付いていることを知りながら、あくまでしらを切った。 「へぇ、ですってよ?土方さん」 「毛玉に構ってねぇで、てめェは反物屋に侘びに行くんだ!さっさとしろ」 「あぁ、いとう屋」 しまったと一度は去りかけた二人の視線が銀時に戻ってきたことに内心で舌打ちする。 病院で話を立ち聞きしたと気取られるわけにはいかない。いつもの自分であればありえない類の失敗ばかりだ。 土方に手首を掴まれていた。 しかし、捕縛されるような内容だったとも思えない。 「……てめェ…」 「あんだよ。別にいとう屋の看板を不良警官が派手にぶっ壊したって、 みんな知ってることだろうがよ」 はったりに納得したのか舌打ちと共に掴まれた手を乱暴に振り払われた。 いつもなら、文句のひとつもぶつけるか、胸ぐらを掴むかしていただろう。 してやりたいけれど、銀時の口も腕もうまく動かなかった。 「いくぞ、総悟」 「じゃあ、旦那失礼しやす」 今度こそ去っていく二つの背。 土方のいましがたまで握っていた自分の手首を銀時は見比べる。 細かった。 土方の手首が何度も掴まれ、殴られるたびに見たことがあった筈の手首が別人かと思えるほど細かったのだ。 小さくなっていく土方の真っ直ぐな黒い背はいつもどおりしゃんと真っ直ぐだが、 あの隊服に隠された躰は手首と同じように線を細くしてしまっているのか。 どすんと乱暴に再び長椅子へ腰を降ろして頭を抱える。 また、あの横顔が銀時の中を埋め尽くし、浸食していく。 失敗した。 同じことを一人ごち、串についた団子4つを一気に頬張る。 和菓子特有の優しい甘さが贅沢に広がって、銀時の中にしみ込んでいく。 けれども、一向に気分は上昇することがなかったのだ。 ニュースで大きなテロを真選組が未然に防いだと、珍しく褒め称える報道が流れた後から、また銀時は土方の姿をみることが出来なくなっていた。 もしかしたら、また入院しているのかもしれない。 銀時は予感というよりも、ほぼ確信をもって、そう思う。 思うけれども何が出来るでもない。 出来るでもないのだがと、ため息をついて子どもたちの様子を窺う。 ぼんやりとデスクに足を上げて座り、眠るでも、ジャンプを読むでもない銀時を確認しながら、子どもたちは子どもたちで、わざとらしくソファに座って茶をすすりながら話し始めた。 「銀さん、機嫌悪いよね」 「きっと、糖が脳まで辿りついたネ。 もしかしたら、あの毛玉、本物の綿菓子になってるかもしれないアル」 「いや、それはないと思うけど。 この間、痛み止め貰いに病院行った辺りからおかしかったのはおかしかったよね。 お医者さんに何か言われたのかな」 手をワキワキと動かして今にも毟ろうとする神楽を横目で見ながら新八も、やや辛辣な口調で疑問を口にした。 「銀ちゃんのギンギンちゃんがパーンとかアルか?」 「神楽ちゃん…女の子がそんな言葉使っちゃいけないって。でも、確か…」 「おーい!聞こえてんぞぉ」 構わないという選択肢も銀時にはあったのだが、敢えていつも通りの口調で間に入った。 「聞こえるように言ってるアル」 新八と神楽がずっと心配していることには気が付いていた。とうとうしびれを切らしての主張であることも。 けれども、銀時自身、ずっと続いている気分の低迷の原因が分らないのだからどうしようもない。 デスクの引き出しを開けて、薬袋と一緒につっこんだチラシを引き出した。 『糖尿病検査のすすめ』 具体的な検査の方法、それによって分類される3種類の判定。 検査の為に必要な絶食時間や注意事項がわかりやすくかかれている。 再三、罹りつけ医に言われても節制する気持ちは片鱗さえないことは今も変わらない。 が、しかし、あの病院にまたいく言い訳にはなる。 皺の寄ったチラシを手で伸ばし、予約の電話を掛けるべきか。 迷うふりをするには限界がきていることは承知していた。 黒電話の受話器は重たい。 じりじりりりりと回すダイヤルも時間がかかる。 それでも、電話はその機能を果たし、検診直通の窓口に音を繋いだのだ。 二日後。 銀時は病院に予約をし、朝から消毒薬と病院特有の籠った匂いのする廊下にいた。 前日からの絶食、ブドウ糖の摂取、指定された時間の採血。 すでに2度目の採血がおわり、次の採血まで一時間あける、というところまできていた。 トイレに行ってくる、そう看護士に伝えると銀時はそわそわと検診者用の控え室から抜け出したのだ。 不思議なもので、検査用の病衣を着ているだけで場から浮くことなく、この場に馴染めているような錯覚を銀時にもたらす。 すれ違う看護士もちらりと銀時に目は向けるものの特に呼び止められることなく、前回と同じルートを辿った。 銀時自身、甘味を咎められると分かっている上に、一銭にもならないどころか、こちらが検査料を支払ってまで理由をつけて、土方を見に来たのか、未だにはっきりとわかってはいなかった。 わかっているのは、あんな土方は幻だったと確認しなければ、落ち着かないままだということ。 それだけ。 入院していても、普段通りのふてぶてしさを確かめられたなら、きっと解放されると信じて。 銀時の予測通り、名札の付けられていない特別室に、土方はいた。 丁度、点滴のパックを取り替えにきたらしい看護士が引き戸を開け放った状態で作業していたためにカーテン越しではあるが容易に察することができたのだ。 ガチャガチャとステンレスとガラスが擦れる音と看護士に礼をいう男の声。 掠れてはいるし、いつものような張りはないが真っ直ぐに銀時の耳に入ってくる声は紛れもなく土方のもの。 ここまで半ば勢いで来てしまったようなものであるが、どうするかと迷った時だ。 女の声が銀時にかけられた。 「万事屋さんじゃない?」 振り返ると、以前、依頼を受けたことのある老女だった。 心臓の手術と半年以上の入院、その後施設に入る予定になっていた彼女の為に最期までみてくれる愛猫の引き取り手を探したのはまだ記憶に新しい。 まさか、こんなところで彼女に会うとは夢にも思わなかった。 「あら、入院してるの?」 「いや、俺は検査で、その…」 「あら、ごめんなさい。そうよね。この棟のみなさんって、心臓患っていらっしゃる方が多いから、外見では分らなくって。お見舞い?」 心臓、と銀時は心の中だけで無意識に復唱していた。 「この病室の方?そういえば、お年も近かったわね、山本さぁん、お見舞いですって」 「へ?」 彼女に悪気はなかった。 壮年女性特有のおせっかいというべきか、年をとっても八郎のかあちゃんではないが、やはり元「かぁちゃん」なのか。 銀時が留める間もないほどの早業で、土方の病室の引き戸を形とばかりに数度ノックし、処置をしている看護士に声をかけてしまった。 「ちょっちょっ!違うって!」 「はぁい?多串さんに?」 看護士はしゃしゃんと廊下側のカーテンを開いた。 避けようがなかった。 あちゃあと銀時は顔を手で覆う。 いくら顔を隠してみても、しっかりと四つの目が病室から銀時に向かってきていることは伝わってきた。 そろりと指の間から、諦めて覗いてみれば、にこにこと笑う三十路の看護士と、 口を半開きにしたまま、こちらを見ている真選組の副長がそこに見えたのだ。 『ヒトはこれを戀と呼ぶのでしょうか―弐―』 了 (158/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |