落葉掻きの仕事はきちんと滞りなく行われた。 枯葉で焼けと芋を渡したが為に、丁度、巡察から戻って来た沖田と神楽が一線交えるとうハプニングを除けば。 再び散った落葉を慌てて新八が片付け、二人が報酬を手に万事屋に戻っていく頃には日もすっかり落ちてはいたが、夜の会には十分間に合ったはずだ。 相変わらず、めげずにすなっくお登勢へストーカーしにいった親友は、殴られて伸びたと志村妙から連絡があった。 そっと、心の中だけで祝おうとおもっていた土方は到底、銀時と顔を合せるつもりがなく、山崎に迎えにいかせたから実際を見てはいない。 が、きっと祝いのプレートの乗った苺のまっしろいケーキを囲んで、お登勢の店で大騒ぎしたに違いない。 室内の時計は疾うに0時を回り、日付は変わっている。 チャイナや眼鏡はもう休んだだろうか。 銀時はお登勢や猫耳のホステスたちにからかわれながらも、穏やかに過ごしただろうか。 土方は各種報告書を分類する単純な作業を進めながら、自室で昼の出来事を振り返り、先ほどまで起こっていたであろうに場面に想いを馳せていた。 自分がいなくとも変わりない誕生日を迎えられたならいいじゃないか。 ちょっとした自己満足も満たされた。 何も変わらない。 それでいいじゃないか。 自分に言い聞かせるように疲れ目でしょぼしょぼしてきた目じりを指で抑える。 静かな夜だ。 いつも誰かしら起きている建物ではあるが、今日は大きなトラブルもなく予定通りの交代時間までは皆、出来るだけ休息をとっている。 秋の虫の声がよく聞こえた。 周囲に不穏な動きはなかったし、殺気や物騒な気配も土方の感覚に入ってくるものはなかった。それでも、鈴虫の声がほんのわずか、旋律を止めたことを聞き逃しはしない。 土方は刀を引き寄せ、腰を浮かす。 意識を向ければ、やはり気配を殺して副長室に向かってきている者がいる。 隊士なら気配を隠す必要はないし、外塀を超えてやってはこない。 部屋の明かりを消し鯉口をきった。 障子越しに月明かりがある外の方が明るくなる。 障子が左右に割れたと同時に土方は問答無用で斬りかかった。 「うお!」 流水紋の袖が翻り、土方の突きを相手は躱した。 「物騒なお出迎えだなオイぃぃぃ」 「不法侵入だ!叩きっ斬っぞ」 障子に映った陰で銀時だとわかってはいたのだ。派手にはねた天然パーマは誤魔化しようがない。 「んなに過剰反応しなくていいじゃねぇか。おばけだと思ってビビった?」 「ビビッてねぇ」 「ま、いいんだけどよ。あのさ」 もっと文句を言ってくるかと思ったが、あっさりと引くと、有無を言わさず部屋に入り込み、きょろきょろと部屋を見渡してから、土方の文机の傍に腰を降ろした。 じっとりとした視線を居心地悪いと思いながら、土方も明かりをつけて元座っていた位置に戻った。 「なんか、俺に言うことねぇ?」 「…思いあたらねぇ」 これまで祝った試しはないのだから誕生日のことではないと即座に否定した。 「そうかよ」 銀時は懐に手を入れると白い封筒を引っ張り出した。 そちらには見覚えも、心当たりもあった。 差し出された封筒は万事屋の子どもたちに給金として渡したものであり、銀時に知れたのかと土方は唇を噛む。 「気持ちはありがたいけど、甘やかさないでくんない」 「これはあいつらの労働に対する対価だ。てめェが口を挟むことじゃねぇ」 甘やかし、とは思っていなかった。 銀時の口調は低く、冷たさを帯びている。想像していた以上に銀時の気分を損ねたらしい。 「小銭って呼べる金額じゃねぇだろ。たった2時間落ち葉掻きしただけで、 この金額、おやつ付とか明らかにおめェが色つけてんだろう?」 「文句あるなら、捨てるなりどうにかしろ。でもガキ共責めんなよ。 『万事屋』さんの従業員を勝手に使ったことに腹をたてているなら俺が…」 それほどまでに、土方が万事屋のことに関わること、子どもたちと接することが気に食わないのかと、大きくなった銀時の声に土方の心は冷えていく。 「俺が悪かった。だから、出ていけ」 土方と銀時の間で詫びを互いに入れることは滅多にない。意地の方を押しやり詫びてでも早く帰って欲しかったのだ。 「まだ、話終わってねぇ」 「話なんざ、これ以上ねぇだろ?てめェは金を突き返しにきて、断られた。 後は持って帰って好きにすればいい」 「土方」 銀時は怒鳴っているわけではないが、十分びぃんと響く声に真摯さを感じたが土方に聞こえないふりをした。 「出ていかねぇなら実力行使で…」 再び刀を手をのばした土方よりも銀時の方が一歩動きは早かった。 鞘ごと上から押さえつけられ、至近距離で赤みを帯びた目が土方を睨んでくる。 「この間からなんなの!なんか言いたいことがあんじゃねぇの?」 「また、それか!ねぇったらねぇ!」 「それがねぇ人間の態度かよ。本当は何か言いてぇことがあんのに、 黙ってやってる的な顔されても迷惑なんだよ!エスパーじゃねぇんだ!わかるかってんだ! この間だって、さっさと帰っちまったから、緊急でなんかあったのかと思ったのに、 ジミー捕まえりゃ、屯所で素振りしてただぁ?ふざっけんな!」 向かい合った状態で、片や両手を畳に押さえつけられ、片や押さえつけ、少し尻を浮かせて睨みあい、怒鳴り合うさまは滑稽だ。 けれど、手が出せない分、口は止まらなかった。 「別に、てめェんとこいたっていっつもゴロゴロしてるだけで、何するでもねぇだろうが! 有意義にすごしたかったんだ俺は!」 「へぇ」 言い過ぎたと土方も口を閉ざした。 銀時を纏う空気が更に、ぐっと下がったのだ。 この部屋に来てから一番低い声と共に、握られていた手が離れていった。 「俺と過ごすのは有意義じゃねぇんだな。おめェにとって」 「そこまでは言ってねぇ」 「そう言ったも同然じゃねぇか」 「違う!それをいうならてめェの方が…」 手首が痛い。胸も肺も何処も彼処も痛い。 痛いところだらけで、土方はこめかみを左手の親指と中指で抑える。しかも失言を立て続けにしてしまったと頭まで痛い。 「俺が何?」 「とにかく!俺は仕事中なんだよ!」 伸びてきた手を払落し、顔を机の上に向ける。 銀時が来るまで、仕事を確かにしていた。嘘ではない。 「仕事っつうか、ゴリラゴリラゴリラの為になること、だろうよ。 おめェの頭ん中で優先されて、有意義な事項ってのは!」 「近藤さんは俺にとって恩人で…」 「そりゃわかってる!そういう意味じゃねぇよ! おめェには他に目を向けたり時間をとる余裕とか気持ちとかないわけ?」 「あ?」 話がずれてきたと土方は眉を潜めて、銀時を少し身を引いて俯瞰気味にみた。 「この間も、ソファがどうのって勝手に買い換えろそうしろって決めつけて、 断りゃ急に静かになって、一人で朝黙って帰って、俺は話もさせてもらえねぇのに、 神楽たちにゃ焼き芋ごちそうしたっていうし!」 「焼き芋、そこかよっ!」 真面目に銀時の言わんとしたことを探ろうとしていただけに、思わず大声で怒鳴り返してしまい、慌てて口をつぐむ。ここは静まり返った屯所であるから、いつ誰が異変に気が付きやってきてもおかしくはない。 「俺にどんな思い入れがあるか、俺が何考えてるか、俺のことなんざ知ろうともしねぇ! 俺はおめェの誕生日知ってっけど、おめェ、俺の知らねぇだろ!」 「知ってっよ!少し声、落せ」 「知ってんのに、スルーかよ!もっと性質悪ぃぞ!」 「うるせぇ!性質悪くて結構」 土方の注意の方を無視されたこともあり、ことさら意識して低く素っ気なく聞こえる様に答えて銀時に向けていた身体を文机に向け直した。 「かっちーん!可愛くねぇ」 「俺を可愛い言う方がおかしいわ! 元はといや、てめェが俺なんぞに何も贈られる筋合いがねぇって言ったからだろうが!」 自分の性格の悪さも、可愛げのなさも百も承知だ。 銀時とて土方にそれを求めているはずもないのに、敢えて重ねてくる男に土方は本日三度目の失言をした。 「それ、ソファの件?」 「っ!」 「なに、貧乏見かねて言ったんじゃなくて、誕生日のつもりだったの?」 「違っ」 勘のいい男にここまでヒントを与えてしまったら隠しようがない。 逃げ出したいのに、ここは屯所で、しかも土方の自室だ。 書面から顔を上げられずにいる土方の下から覗き込もうとしてくる。 「ちょっと!んなこと何も言わな…」 「言えるか、ぼけ」 覆水盆に返らず。 毀れたミルクは戻らない。 言葉を変えても意味は同じだ。 「ぼけって…おめェ、反則!って、いたいたいたいたっ! 禿げる禿げる!いくら天パ抜けてもストレートにはならないから!」 「禿げ散らかれ」 銀時から反対の方向に首を曲げ続けても追ってくる顔に、銀時の額から前髪を鷲掴み引きはがすという強硬手段に出ることにしたのだ。 「こんな天パでも棺桶まで一緒に連れていく予定なんで止めて! ついでに照れ隠しを暴力に変換するのも!警察がDV走ったらおしまいだからね! で、アレか?アレで間違いないな? 土方くん最大のデレを稀っっっっー少ーーーーーーなデレを! 俺が勘違いして甘ーーーーーーーっい誕生日イベント逃したってことで ファイナルアンサー?」 一気に捲し立てる男の口を手で押さえつけようにも、土方の強硬手段を講じることも意味合いもあるのか、がっちりと正面から抱き締められた体勢に踏み切られた後ではそれも叶わない。 その上、馬鹿力で二の腕ごと包み込まれていては、銀時の背中を殴っても威力はなかった。 「デレでもDVでもねぇ!ためるな、のばすな、ファイナルアンサーはもう古ぃ」 なにより、失言をした、という自覚が土方の中にある分、心で既に負けている。 それでも、負けを認めたくない土方は必死で口を動かした。 「まさかのまさかだけど、神楽たちに気をつかってくれたのって俺がらみ?」 「碌に給料払わねぇ雇用主を選んじまった子どもを放っておけなかっただけだ」 この場に及んでも、線引きされたことが寂しかったとは絶対に知られたくはなかったというのに、密接した相手の胸や肩の振動から笑いをこらえているのが伝わってくる。 これは完全に知られている。 舌打ちを零せば、そっかと小さく呟かれ腕の力が緩んだ。 自分の顔を見られずに済んでいた分、それまでみることのできなかった銀時の顔が正面に見える。 「言ってくれねぇと、真選組大事なおめェにどこまで甘えていいか、わかんねぇんだよ」 ふわりと元々近かった顔が寄って、唇が相手の唇で湿りを得る。 懐くような軽い接触だけで、すっと離れていくのを素直に惜しいと思う。 甘えていいかわからないということは、甘えたいと思ってくれているとイコールだ。 「顔キモチワルイノデ離シテ下サイ。オネガイシマス」 「なんで片言?まぁ、いいや。 おめェはこれから休憩時間な、あ、もういっそ非番にしろ。うん、それがいいわ」 「は?」 にやけきった顔は見ている方が、先ほどまでとは別の意味で土方を羞恥に落とし込み、更に混乱へと突き落とされる。 「手加減する自信ないから俺。でもここで押し倒したらおめェ激昂するだろ?」 「するわっ!ここ何処だと思ってやがる!」 「でしょ、だから行こうぜ。お誂え向きに神楽はババァんとこで潰れてる」 まるで諭すような、穏やかな物言いでありながら、情欲の色をちろちろと浮かべる瞳を魅入ってしまった。 「ソファは確かに古ぃし、万事屋始めた時から中古だったもんだから もう限界近いかもしんねぇけど、最後まで使ってやんのが万事屋の主の責任だろ? 恋人に買ってもらって見せびらかす類のもんじゃねぇし? 大体買ってもらったり、一緒に選んだりとかしたら、新婚さんみてぇで嬉しいけど、 座る度に息子が起きちまう。ほら、今みてぇに、な?」 魅入られて、言葉を咀嚼することに意識を持っていかれて反応が遅れた。 いつの間にか自分の手が銀時の中心に導かれ、服の上からも伝わってくる熱と質量の上に置かれている。 驚いて、灼熱から逃れようともがいた力の方向をうまく利用されて、無理やり立ち上がらされた。 手際よく衣文掛けの着流しを畳んで風呂敷に詰める動作は普段ののらりくらりとした動きからは察することのできない速さであり、呆気にとられている間に再び手を握られ、障子の外へと導かれる。 「ま、そういうことなら来年は遠慮なく諸々おねだりさせてもらうから」 「も、諸々ってなんだ…よ?」 外の空気は冷たく、握られた手のひらが余計に熱く感じる。 「来年のお楽しみ。取り合えず、今年分祝って」 「今年分もまた後日改めまして…」 「すいません。暴れん坊の息子さんが、無理って言ってます! 前回の非番分も取り戻させて下さいって」 ここで、無駄な意地を張っても仕方がないかと土方は手を振り払い、自分の意志で玄関に回る。 草履をはいて、門の外へ。 少し離れた場所で、先に侵入してきた外塀を乗り越え出た銀時が待っている。 鍵は不要だった。 鍵は土方に対してかかっているようでいないも同然だから。 鍵のかかっていなかった万事屋でこの後きっと、為すまま為される儘。 一日遅れの誕生日を祝うのか、祝わせてもらうのか。 きっと、古くて、成人男性が二人並んで座れば軋むソファが、全体重を掛けられて悲鳴を上げさせられることになるのだろう。 土方は息を吐く。 自室で鼻腔をくすぐった銀時の匂いは記憶にある『万事屋』のものとも完全には一致しなかった。 一致はしないが、全く別物でもない。 万事屋は銀時であり、3人と1匹であり、 銀時は万事屋だ。 真選組は近藤のいる場所であり、土方の在り処。 土方は真選組の副長だ。 線引きできない。 同じなのだろう。 銀時は土方を望み、土方は銀時を望む。 望みながら、全てではないことに、焦り、悶え、模索する。 互いに。 歳をかさねてもなお、きっとこの先ずっと。 ならば、ソファのように最後までつきあっていくしかない。 土方にはまだ扉は見える。 けれど、もはやそこには鍵はかかっていない。 ノックをすればいい。 屯所の門をでて、見えてきた流水紋の男の笑い顔に改めて覚悟を決めた。 神無月の夜のことであった。 一週間後。 怠惰にソファで昼寝していた銀時の上に定春と神楽がダイブしてきたことによって、ソファは予想より早い寿命を迎えた。 万事屋の主人が恋人に、金だしてと無心してはり倒されるのは、また別のお話である。 『鍵』 了 (156/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #栞を挟む |