幕風が冷たい。 カーテンで仕切られていた証明写真の撮影機から出て最初に長谷川が感じたのは肌寒さだ。 冬になる前に、定職を見つけて路上生活から抜け出さねばと気合を入れて伸びをした。 「お?」 顔を上げた先に、見知った顔を見つける。 路上で派手に喧嘩をしている真選組の副長と万事屋の主人がいた。 周囲の目を気にするでもなく、子どものような言い争いをし続ける二人を町の人々は遠巻きに眺める。 互いに胸ぐらを掴み合い、罵声を浴びせあっている。 どうにも、互いの身内自慢から、偏食嗜好に発展して、どちらが食に関してこだわりがあるのかといった点に話は移っていったらしい。 途中から聞く長谷川にも容易に内容が把握できた。 そろそろ手が出るかな、腰のモノに手が伸びるかなと心配を始めたのだが、土方の携帯電話が鳴り、二人は同時に動きを停めた。 「チッ、仕事だ、今日は勘弁してやらぁ」 「ケッ、良かったなぁ。こんな大衆の面前で真選組の副長さまのメンツ、完全に潰されなくてよぉ」 「潰されてねぇよ!毛根が捩じれてると、自分の都合のいいように現実も捩じって見えるもんなんだな。カワイソウニ」 「天パ関係ねぇよ!」 「あーもう行く。てめェなんざに構ってられねぇ!」 土方は銀時に背を向けて足を踏み出す。 「あれ?」 背を向けた途端、銀時の顔がかすかに曇ったことに二人を側面から見る形になっていた長谷川は気が付いた。 対照的に土方の口元は持ち上がっているのだ。 「おーおー、オメェは税金分きっちり仕事してきやがれ!そんで過労死でもしてろ!」 銀時の言葉に土方の靴先が数歩進んで、止まった。 「真選組の勤務体制にいちゃもんつけようってのか?ゴラァ! 大きな問題なけりゃ、予定通り休み取るっつうの!」 「なら、決着は近ぇうちにつけてやらぁ」 ふんっと鼻息荒く今度こそ左右に分かれて歩き始めた男たちに、見世物は終わりかと野次馬も散って行く。 電子音が鳴って、印刷完了した証明写真がかたんと出てきたことを理解はするが、繰り広げられた出来事に気を取られて直ぐに取り出せない。 仲直り、というか別れると決心した筈の土方を説き伏せ、気晴らしに競馬場に遊びに連れて行った後、蕎麦屋で軽く飲んだのは数日前のこと。 その後、土方を見かける機会を得なかったが、その短い期間で事は良い方向に動いたようだ。 しかも、今の様子では力関係が逆転する方向に。 銀時が土方の非番を心待ちにし、土方の心配をしていた。 どこか誘導したかのように、求められた情報を会話にそれとなく混じらせた土方。 「銀さん、その子の尻に敷かれることになりそうだね」 いや、もう敷かれているのかもしれない。 先に惚れた方が負けなんていうが、結局のところ勝ち負けではないのだ。 本人たちが幸せならどちらだって同じことなのだろう。 長谷川は、サングラスの下の目を細め、秋の高い高い空を見上げて、証明写真を取り出さぬまま、気分よく歩き始めたのだった。 『恋草―こいくさ・恋の心のもえたつのを草におい茂さまにたとえていう―』 了 (154/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #栞を挟む |