うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




走る走る走る。
今日はなんてツイていない日だと、バイクがありゃと、どうしようもない愚痴めいたことを頭の中で喚きたてながら、走った。
長谷川とはまだ一緒なのか、そうでないのか。
無事に大人しく屯所に戻ったのか、いや、戻っていても実はさっきの後ろ姿は事後、消化に良いものなんて気遣いで蕎麦を食べていたなんて不吉な妄想を打ち砕きたくて、走った。
かぶき町から真選組の屯所は実のところそれほど離れていないというのに、辿り着いた時には、土方の背中を見つけた時には、吐いてしまいそうなほどの呼吸困難に陥っていた。

「万事屋?」
振り返った土方の表情はやけに幼い。
不思議そうな顔で、よろよろと近づく銀時を見つめていた。

「ひ…じ…」
「痛ぇ!おい!」
よろけて、縋る様に土方の両腕を正面から掴む。
力の加減など出来なかった。
「ひじ…か…た」
「さっき、山崎の携帯から連絡入れようとしたらしいが、何かあったか?」
「は…せがわさんは…?」
「長谷川さん?あ?さっき別れたが?なんでてめェが一緒だったって知って…」
やっと整い始めた息を、最後にと大きく肺から吐き出して、面を上げた。
強い瞳が銀時を見ていた。
まるで睨み付けるように見つめてくる瞳孔の開いた瞳に先ほど長谷川と話していた時のような柔らかさの片鱗もない。
土方の帰るべき、屯所の門まであと数メーター。
「ちょっと来い」
それもなんだか気に喰わず、引き摺る様に腕を引っ張るが、土方は抵抗した。
鍛えた成人男性が本気で抵抗すれば、銀時とてそう簡単に抑え込めるものでもない。
それでも、銀時は手首を掴み直す。

「てめェっ!」
ぎりりと手首をへし折るぐらいのつもりで握り込んだ銀時の指を引きはがそうと土方の手が動く。ひたすらに、離してやるものかと必死だった。

「長谷川さんと寝たのかよ?」
「は?」
「あんなマダオ、銜え込んで、てめェは気持ちよくなれたのかって聞いてんだよ!」
「っ!ちょ!てめェ何言って!」
慌てたように、土方があたりを見渡す。
そろそろ深夜と呼んで差し支えない時間帯、しかも物騒な警察の詰所の前を通りかかる者はいなかった。

「銀さんのマグナムとどっちが良かった?
 つうか、よりによって何であんな、職の決まらねぇ、段ボールの住民で、
 奥さんのこと、ネチネチ思ってるくせに、スケベなこと大好きな加齢臭満載の
 まるでだめなオッサンと比べられるつうのが気に食わねぇ。あてつけか?コンチクショ」
「長谷川さんを悪くいうんじゃねぇ!てめェよりは真面に働こうともしてるし、
 浮気らしい浮気も出来る人でもねぇよ!」
土方の瞳に浮かんだのは、先ほどまでの困惑ではない、怒りだった。
長谷川の為に土方が怒っていると知った途端、銀時の脳は脈打ちガンガンと痛み始める。

「へぇ…お熱いこって。さぞや、優しくしてもらったんだろうなぁ?ベッドの中で」
「だから!さっきから何のことだ!」
「だから!さっきから長谷川さんと寝たんだろって!」
「寝てねぇよ!てめェじゃあるまいし!誰がっ…」
寝ていなくとも、寝ていようとも、土方が長谷川の話をするのが気に食わない。
自分から振った話だと分かっていても抑えきれなくなっていた。

「へぇ、プラトニックなオツキアイですか?ストイックなふりをしてオッサン騙そうってか?
 オメェの閨での乱れよう知ったらスケベな中年はさぞや大喜びだよな」
「こんの…」
銀時の指を1本1本引きはがそうと爪を立てる様に動いていた手が拳を作り、振りかぶった。
身の危険を感じて避ける。
拳は空を切ったが、繰り出された蹴りは綺麗に銀時の腹部に入って、容赦なく身体は吹っ飛んだ。

「てめェは…てめェは…」
見上げた男の拳が握りしめすぎて白くなり、対照的に銀時が握りしめていた手首は真っ赤になっていることが薄暗い街燈の下でもはっきりと見えた。

「俺は…」
ぐっと土方の薄い唇が噛みしめられ、言葉が一度切られる。

相手の言葉を待ちながら、自分は今、何をいった?と自問する。
もしかすると、もしかせずとも、先走った結論を土方に押し付けた。
万が一、と頭の中を満たした想像を歪んだ刃にして斬りつけた。

「わかった…」
「え?」
「もういい」
「よくねぇ。嫌だ」

土方の声はけして小さくはない。
銀時の耳にも届いた。
遮るために首を振る。
先は聞きたくない言葉だとはわかった。
首をゆるゆると振り続ける。
ざりと地面を掴んだ手が砂利で擦れ神経をもざらつかせ、深夜の夜気が銀時を底冷えに拍車をかける。

「嫌だ」
「万事屋?」
繰り返した声は自分のモノなのか疑うほどに張りがない。
先ほど一気に上がった体温が指先からどこかへ流れ出て、急速に落ちていく。

「他の女と寝てた俺がオメェを詰るなんざおかしなことだってのはわかってる。
 わかってっけど、嫌だ。
 土方が俺以外と肌合わせてるなんて嫌だ。
 土方が俺じゃねぇ誰かに笑いかけるのが嫌だ。
 土方が誰かと誰かと一緒にいるだけで嫌だ。
 他の女とは二度寝をしようとはやっぱり思わねぇけど、土方とは何度でもヤリてぇ。
 いくらヤッテもヤリたりねぇぐれぇ。
 柔らかい肌のほうが気持ちいいに決まってるのに、決まってんのに…」
「万事屋?」
子どものようだ。
いや、子どもの時分にもこんな駄々をこねた記憶は銀時にはない。

「俺の事好き好きって目ぇしてやがるくせに、真選組一番で、ちっとも柔らかくなくて、
 口も悪ぃし、俺のモンにならねぇ野郎になんで俺がって思う。
 こんなの俺じゃねぇって」
こんなの自分じゃない。みっともない。
そう思うのに、嫌だという感情を停めることができなかった。

「てめェ…なにそんな、必死に…」
「嫌なもんは嫌なんだよ!」
「逆切れすんな!大っ体!」
そこで土方は言葉をきった。

「大体、お前は俺のこと、結婚だなんだって責任も、孕む心配もねぇぐれぇにしか
 思ってねぇ腹ぁ知れてんだよ。今さら…本当は惜しくもなんともねぇのに、
 人にかっ拐われるかもと思った途端、俺から離れるとなった途端、欲出すんじゃねぇ!」
「全部、否定は出来ねぇ。出来ねぇけど!俺だって知らなかったんだよ!
 土方じゃなきゃ嫌なんだって…」
膝立ちになって、土方にいざり寄ると、土方は逆に一歩退いた。
その縮まらない距離がどうしようもなく銀時を切迫した気持ちにさせ、またいざり寄る。

「てめェが言うことが本当なら自分でどうしてそんな風に思っちまうか、考えたか?」

それ、嫉妬だぞ?

溜息のように、どこか呆れを含んで、零された言葉がするりと銀時の中に落ちてきた。
雨粒が土の上に、ぽとりと落ち、じわりと滲んで根に浸透していくように。
得た水分を迷いなく、銀時に絡みついた蔓は吸収した。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

いざり寄っていた膝を停め、頭を抱えて地面にうずくまる。
苛立ちの原因が、明確な名前を持ち、唐突に銀時の中に納まってきたのだ。

「なんだ?髪だけじゃなくて頭の中まで爆発したか?」
「いや…ん…悪ぃ…爆発したかも…」
銀時の叫びに、土方がこれまでとは逆に一歩前に出てくる。
逆に、銀時は頭を抱えたまま、一歩退いた。
「オイ、お前赤くなって…?」
「ちょっと、ちょっとだけ、待て」
気がついてしまった。
この感情を世間一般様ではなんと呼ぶのか。
顔から火どころか、煙が出ているような気がして、土方を見ることが出来ない。
初めての感情は本人の知らぬうちに育ち、絡め取り、静かに静かに蔓延って、花が咲くまで気が付かせなかった。

「惚れてた?え?土方、に?」
マジでかと呟いてみても、もはや己の中で否定することも、なかったことにすることも出来ず、天然パーマを掻き毟りながら抱えた。

「万事屋?」
「いや、もう恥ずかしいから、300円あげるから、何も聞かずに別れないで済む方法教えて下さい。オネガイシマス」
「んな訳いくかぁぁぁぁ!」
首元を掴まれ、身体が力づくで立ち上がらせられた。
目の前に土方の顔が突きつけられ、眉間に寄った皺と凶悪な視線にさらされる。
気の弱い人間なら身を縮み上がらせるであろう顔を銀時は怖いと思ったことはこれまでなかったのだが、今、初めて怖いと思う。

「土方」

情けないことに声が震えた。
怖い。
物心つく頃、合戦上で金目のものをかすめ取っていた頃はただ我武者羅に目の前の生の可能性に縋っていた。
松陽に拾われてからは、「初めて」受け取った沢山の暖かいモノがどれも大切でどれも儚くて、その全部を、松陽との約束を護りたいと思っていた。
戦争が終わり、何を護ればいいかわからなくなって、かぶき町に流れ着いてから、また大事なモノはたくさんできた。
自然と人は、縁は寄ってきた。
小さな原石が引き寄せられるかのように。

手の届く範囲、護ると決めた自分の国。
全部、全部。

そこに銀時自ら引き寄せようとして引き寄せたものはあったのか。

「土方」

もう一度、銀時は名を呼んだ。
だからこそ、自分が引き寄せたいと思ったものに対してどうすれば良いのかわからず銀時は怖くなっていた。

どうすれば、溺れそうな波から助かるのか方法が知りたい。
引き上げてくれるのは、目の前の男しかいないのに、これまでの自分の行いが言葉を紡がせなくする。

ぎゅっと秀麗な眉がまた寄った。
寄せられた顔も綺麗だと、こんな顔をさせているのも自分なのだと心拍数が上がる。

「すき、だ」

普段なら機関銃のように言い訳も屁理屈もいくらでも出てくる口から、零れ落ちたのはたった3文字だった。
3文字、その倍の数字を数えるほどの時間の後、銀時の身体は再び吹っ飛んだ。

「痛ぇ」
「自分勝手なことばっかり、言いやがって!
 自覚していなかったたぁいえ、ロクデナシすぎんだよ!このマダオが!
 長谷川さんよりずっと、ずっとずーーーーーっと全く駄目な男だてめェは!
 知らなかった、気が付かなかったじゃすまねぇでことがあることぐれぇ、
 知ってんだろうが!ボケ!」
「それでも俺は…」
「うるせぇ!言い訳はいらねぇ!」
倒れた銀時に馬乗りになるように土方がのしかかってきた。
こりゃ、気を失うまで殴られるかなと目を瞑る。
抵抗する気にも逃げる気にもなれなかった。甘んじて受けよう。殴るに値すると土方がまだ銀時のことを思ってくれているならなおのこと。

「二度はねぇ!」
怒鳴り声と共に降ってきた衝撃は痛みは痛みであったが予想していたものとは異なった。
唇にがぶりと噛みつかれたのだ。
キスとは到底言い難い。
激しい痛みと鉄錆のような血の味。

「ひじか…た」
許してくれんの?と言葉で尋ねることはしなかった。
二度はないという返事を返すように、舌を土方の口に差し入れる。
差し入れた舌を噛み切られようと、構わないとの意図を込めて。

甘噛みで返され、じんっと目の奥が疼く。

銀時の上に乗る柔らかさも、華奢さもない身体。
香水も白粉の香りではない煙草と血と汗の匂い。

「もう、てめェ一人で十分だ」

そういって、銀時は土方の腰に腕を巻きつけ、甘えるように、縋る様に、鼻先を締まった腹にこすり付けたのだった。





『恋草―伍―』 了





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