うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




土方と『二人で』会えない。

入院しているだとか、江戸の外に出ているだとか、そういう物理的な事情ではなかった。

市中で仕事をする姿を見かけるし、神楽と沖田が一戦交え、度を超し始めたなら仲裁にも互いに入り、収めつつ己たちも軽く言葉のジャブを交わしたし、すまいるの前で意識を失ったゴリラの回収にもやって来る途中出逢うこともある。
税金泥棒はしっかりと働きやがれと罵れば、てめェなんぞに言われなくとも休日返上で奉公してらぁと暗に休みがないと返事はされる。
無視されてもいない。
言葉を交わさないわけでもない。

今も電話をかけたが、しばらく無理であることだけを電話口で伝えると直ちに切られてしまった。
避けるなら電話にでなければいいのだから、完全に拒否されているわけでもない。
これまでにないほどの間、二人の時間が取れていないことに銀時は苛立ち始めていた。

「なんだかよ…」

黒電話のコードをくるくると指に絡めては解き絡めては解き、を繰り返し、銀時は溜息をつく。
苛々の種類がどうにも今までに感じたことのない類のもので、さらに神経をちくりちくりと痛めつけてくるのだ。

他のことを考えようとしても、どうにも意識のすみに黒い隊服が居座り続けている。

土方の筋張って、綺麗についた首の筋肉に噛みつきたい。
男のくせに余分な体毛のない足を持ち上げ、踝に舌を這わせたい。
土方の快感を得ていることを隠そうと隠す顔を曝け出させて、上から見下ろしたい。
銀時の動きに翻弄され、そのうち自分でも無意識に揺れ始める嬌態を言葉で煽ってやりたい。

最期に土方を抱いたのはいつだったか。

「この間のおねぇさん…喰っちまっとくべきだったか…」

茶屋で声をかけてきた未亡人に誘われた時にはどうにもその化粧の匂いが鼻について袖にした。
あの時、吐き出していれば少しは違ったかと思いながら、想像し、いやと首を振る。
すんっと記憶の匂いを探っても、あの白粉の匂いも香水の香りも恋しくならないのだから、違う。
現在進行形で蝕んでいるモノは精を吐き出していない故の苛々とは異なっている。
異なり、己のことであるのに、答えが出ない。
それでも、万事屋でぐだぐだしていても、もっと苛立ちは増すことだけはわかる。

「神楽ぁ!」
風呂に入っていた同居人に廊下から遅くなるから先寝ていていいと声を掛け、ブーツに足を突っ込んだのだ。



夜の町は変わらず賑やかだ。
賑やかすぎて、今晩は落ち着かなかった。
声をかけてくる客寄せと顔見知り、肩がぶつかったと管を巻きながら言い募ってくる酔客、近くの路地裏から聞こえる物騒な物音。
耳慣れた音であるのに煩わしい。

自然と銀時の足はホームであるかぶき町から離れていった。


人を避けて避けて、歩くうちに川の流れと柳の葉の擦れる音ばかりになってきた。

先に一軒の屋台が見えてくる。
河川敷にひっそりとたたずむ蕎麦屋は最近では見かけなくなった昔ながらの人力で引くこじんまりとした佇まいだ。
主人が用意した折り畳みの椅子と机。あとは屋台に備えられた台にも二つほど並んで座れるよう工夫はしてある。
そこそこ、流行っているのか親父は桶でどんぶりを洗い、簡易の机には客が二人、手酌で飲んでいる。
見慣れた背中が二つ。

銀時は足を止めた。

一つは草臥れ丸くなった中年男の背。
一つは腰に一刀を差した黒い着流しの背。

目を見張った。
片や元幕臣であるが、今ではただのマダオ。
片や現役幕臣、しかも武装警察のナンバー2。
奇妙な組み合わせだ。

長谷川は土方のコップになみなみと酒を注ぎ、それを受けてはんなりと土方が口元を持ち上げる。
何かを土方が話し俯けば、慌てたように長谷川がその背に手を当てて、撫でた。

偶然鉢合わせたのではない。
少し離れた場所からではあったが銀時は直感した。

長谷川と土方の間には偶々出くわした、同じ『幕府』という組織に属した経験を持つものが、親近感でよもやま話をしている一時の空気がなかった。
プライベートな、もっと親密な、土方が長谷川に場を委ねているような空気がそこには。

カッと頭の芯の部分が焼けたかと思った。

土方十四郎は簡単に人を頼るような男ではない。
大将近藤を御旗に掲げてるとはいえ、実質、真選組をまとめあげ、背負っているのは土方だ。一度懐に入れたなら、とことん甘やかす一面もあるが、その懐に入るまではそれなりに時間がかかる。

長谷川は間違いなく、その懐に入っている。
あんな安心しきったような、頼りきった顔を銀時は見たことがなかった。
近藤に対する信頼や憧れ、親友に対する気安さではない、年上の男に甘えるような顔だった。

なんだこれは。

ずっと、ぢりぢりと蝕んでいた苛々の芽が爆発な勢いで成長した。

ナンダコレハ。

足を、身体を何かに絡め取られて動かせない、そんな錯覚に陥った。
陥って、恐ろしくなって、ゆるゆるとした動作で木刀の柄を握る。
握ると、いつも通りの木の硬い感触が指先に伝わってくる。

銀時は呪縛を打ち払い、必死で足を動かして、その場を去った。

歩く、歩く。

何故土方は長谷川といたのか。
銀時には仕事が忙しいと言った口に、笑みを浮かべ、銀時を睨み付ける様に見返す瞳をとろりと融かしていたのか。

「銀さんじゃない」
顔見知りの飯屋の女中が仕事帰りなのか、声をかけてきた。
湿度のある視線とぬらりと光る紅が意味ありげに銀時に語りかけてくる。
胸は大きく見目も悪くない、一度寝たことのある女だ。
夫に浮気されたと、腹いせとばかりに銀時と寝たオンナ。
どんな風にまぐわったか詳しい記憶はないが、悪くはなかったはずだ。

「今、一人?」
肩に乗せられた手の先には整えられ彩色された爪が鮮やかにある。
悪くない。
土方だって、今頃長谷川と、とそこまで考えて、銀時は女の手を振り払った。

「痛っ!」
「銀さん、二度寝はしない主義なの」
言ったでしょ?と言い繕いながらも、掠めた想像に歩いてきた道を振り返る。

長谷川と土方の並んだ後ろ姿。
土方の腰に回される長谷川の腕。
酒精で赤く染まった頬を相手の肩に預ける土方。
屋台の場所から、少しだけ歩けば、いくらでもホテルは見つかる。

ぞわりと襟足から、脊椎から悪寒が走った。

自分と土方の関係と『付き合っている』と言ったのも
行きずりのオンナを時折抱くのは『土方と会えない間の繋ぎ』だと言ったのも、銀時だ。

「土方だけ」
銀時の呟きに女が首を傾げた。

付き合っている、しかも惚れた相手が他の女と寝ている。
腹いせに自分も他の男をひっかける。
今、土方が、銀時の前で膨れているこの女と同じ行動をしたら。

想像にストップをかける。
土方の性格上、それはない。
無いと思うのに、悪寒は消えない。

それ以前に、土方だけが特別だと言った銀時の言葉を土方が信じていなかったら。
悪寒は更に這い上り、脳天をじんじんと侵す様にのたうち廻り始める。

「銀さん?調子悪いの?」
女の顔が膨れた顔から心配そうに覗き込む表情に変わっていた。

「ほっといてくれ!」
土方を詰る資格は銀時にはない。
情が在っても、付き合っているとは言っても、生涯続くとも、続かせようとも思っていなかった。
土方に限らず、誰とも、愛だの、恋だといった甘い関係を、持ちたいとも、持てるとも思っていなかった。

「クソっ!」
否定したくとも、否定する材料が銀時の中にはもはやなかった。

今まで寝たことのある女がその後、どこで誰のものになろうが、気にならない。
ただし、土方は別だ。
呆気にとられる女をその場に残して、銀時は元来た道を走り戻り始めていたのだ。





まだ、居てくれ。
銀時の祈りにも似た思いは叶わなかった。
銀時の視界に件の蕎麦屋がようやく入ろうかという頃にはとうに客は誰もいなく、店仕舞いの支度を済ませてまさに移動するところだった。

「親父!」

叫んで立ち去ろうとする蕎麦屋の主人から二人の行方を聞き出そうとするが、聞こえないのか反応がない。
聞こえないなら、追いつくしかない。
銀時は走った。
走って走って呼んだ。

親父は振り返らない。
歳のわりに頑健らしく、しっかりとした足取りで屋台を担ぎ、どんどん進んでいく。

走って走って、ようやく親父の肩を掴んだ。

まったく聞こえていなかったらしい蕎麦屋はきょとんと銀時を見上げる。

「親父!土方は?!」
男は申し訳なさそうに、懐に手をいれるとリング式になったメモ帳を取り出して、表紙を銀時に見せ、自分の耳を指さす。
『筆談でおねがいします』

「アンタ…耳が…」
それでも、他に宛てはない。
メモ帳を借りると、土方と長谷川がいつごろ、店を立ち、どちらの方面に行ったかと尋ねる。
『10分ほど前、かぶき町の方面』
押し付ける様にメモ帳を返すと一礼して、また走り出す。
屋台を追ってきて、元の場所より距離を走って来てしまった。
二人が宿屋を見つけ、入るには十二分な時間だ。

「土方…」
男同士で入ることの出来る宿はかぶき町にはいくつもあるが、人目を完全に避けようとするとそれほど多くはない。
銀時以外に男を知らない土方がその条件を満たし、知る宿があるとすれば、それは銀時と過ごした場所。

目の前が真っ白になった。
絶望ではない。
怒りにも似た感情が銀時を満たした。

いつも緩い顔をしている銀時が必死の形相で走る様子をかぶき町の人々が一歩下がって道を開け、一部の人間はまた何事かトラブルかいとその背を見送った。

視野に求めるものの手がかりのようなものが引っ掛かった。

「オイ!ジミー!」
「へ?」
地味な袴姿の男が人ごみに紛れていたのを、首根っこを掴んで捕まえる。

「土方に急用だ。携帯かせ」
「は?旦那が副長に?なんかトラブルですか?」
「トラブルっちゃトラブルだ!いいから出せ」
「俺、非番なんですよ…勘弁してください」
ブツブツ言いながらも山崎は携帯の電話帳を開き、通話ボタンを押す。
呼び出し音が鳴り始めてから、銀時に携帯電話は手渡された。
なかなか止まらない呼び出し音にいらつき、ブーツのつま先を落ち着かなく地面に打ち付ける。
「出ませんか?じゃあ、もしかしたら、もう屯所に戻ってるのかも…」
「え?アイツ、明日非番なんだろ?」
「いえ、今日午後半日だけ休むって言ってましたから明日は通常業務ですし。そんなに遅くなる筈ないんで…って旦那?!」

携帯を山崎に放り投げるように返して、今度は真選組の屯所へと走り出したのだ。






『恋草―肆―』 了





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