うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




秋だな。
何の感慨もなく、革靴の踏みしめた枯葉でそう感じた。

「副長!ただの悪戯だったようです」
鉄之助がコロコロとした身体を揺らしながら走り寄ってきて報告する。

公園の奥にある公衆トイレに爆発物を置いたと奉行所に予告めいた通報があったのは1時間前の事だ。
前々から攘夷浪士の真似事をするチンピラがスプレー缶で落書きをするような場所であったからと真選組も立ち会いを要請されて土方と数名の隊士がやってきていた。

「ったく…帰っぞ」

パトカーに乗り込みかけて、奉行所の役人に詰問されている人間に目を見張る。

「鉄、あっちのパトカーに乗せてもらって先に戻ってろ」
「副長?」
詰問されているのは長谷川だったのだ。

「土方くん!」
「これは真選組の…」
眉を下げて弱り切っていた長谷川は天の助けとばかりの顔を土方に向けてきた。奉行所の人間とは微妙な立ち位置ではあるが、基本的に同じ警察機構だ。やり取りも付き合いもそれなりにある。土方が声をかければ職務質問をしていた同心は背筋を伸ばした。

「その人がなにか?」
「現場覗き込んで挙動不審だったので連行をと思ったのですが、お知り合いですか?」
「あぁ、身元は俺が保障するから、退いちゃもらえねぇか?
 犯罪にかかわるような人じゃねぇ」
岡っ引きが鼻白んのを同心が手で制する。
それ以上話すこともないとばかりに、土方は傲慢と取られかねない態度を承知で長谷川を促してその場を離れた。


「で、長谷川さん、何してたんです?」
「いやぁ、黒い服見えたから土方くんいるかなって…」
もじもじと肩を竦め、落ち着きなく指を動かす長谷川の嘘など看破できる程度のものだ。こんな調子で犯罪に手を出せるはずも無いと土方は苦笑する。

「本当は?」
「あのトイレの奥の藪に、段ボールとかその俺の必需品一式を置いてて…」
「回収されたら困ると…」
「そういうこと…助かったよ」
あははははと乾いた笑いをした長谷川が、ふと表情を改めた。

「…土方くん、あれから銀さんと、なんかあった?」
「………そんなに俺って判りやすいですかね?
 クソ天パにも最初に言われました。『もしかしてバレていないとか思ってた?』って」
「そんなことはないと思うけど。
 俺も名前ださないにしても、銀さんが酔って定期的に会ってる人間がいるって話、
 断片でもしてなかったら、たとえ二人で歩いてるの見かけても気がついてなかったよ」

ヘタに隠しても無駄だ。
それくらいの自覚が今の土方にはあった。

「…アイツは…」
「うん…」
「あの野郎はたぶん俺のこと、目新しいおもちゃかなんかだと思ってるんです」
口に出してしまえば意外にすんなりと言葉が胸に落ち着く。
わかっていたつもりで、わかっていなかった。
目の前に提示された目先の幸せに足を取られ、動けなくなっていた。
認めてしまえば、ずるりと足に絡まった蔦は力を失くしていく感触を受けて土方は微笑む。

「土方くん?」
「オンナに苦労してないから、ちょっと目新しくて、多少の無理しても壊れなくって、
 孕みもしない。今のところスペアも、新しい興味のあるものもないから手放しはしない、
 感じの…」

口に出して、第三者に聞いてもらう。
長谷川は土方のことも、銀時のことも否定しない。
傍観しているようで、親身になっているともいえる不思議な立ち位置。

「土方くん、それは違う」
不安を、疑問を口に出して肯定すれば漸くこれが正解だと思えたのだが、長谷川は意外なことに初めて否定した。

「違いますかね?」
「第三者が言うのもなんだけど、ちゃんと銀さんは土方くんのこと好きだと、
 特別だと思うよ」
長谷川の言葉にすがりたくなる自分を叱咤する。
特別=好きとは限らない。
本気で土方を特別だと思っているようにも、浮気をしているという後ろめたさもなかった。
土方は愛刀を握りしめる。
かちゃと小さく鳴ったことが、土方を『現実』に引き戻した。
「でも、どのみち、無理だったんです」

「無理?」
「えぇ…俺にはどうしてもこの隊服が一番です。
 時間を作れと言われても、真選組に突発の事態が起これば、
 どこにいようと刀掴んで俺は走る。それが俺です」
「土方くん…」
長谷川に眉を困った顔をさせて申し訳ないとは思うものの、土方の生き方は最初からそこにある。銀時が仮に土方に好ましい感情を向けていたとしてどうにも譲れない部分。

「すみません。こんな話…」
「いや、いいよ。オジサンが聞いたげるって言ったんだし。
 でも、いきなり思いつめない方がいい。仕事も勿論大切なのはわかるけど。
 そうだ!土方くん、ねぇ、次の非番ってもう決まってる?」
「いえ」


「好いた好かれたの類は行き詰った時に良い答えが出るとは限らないし。
 一回さ、完全に非番を銀さんに会う為に空けるっていうんじゃなくて、
 土方くんも自分の為につかうっていう息抜きも必要だからさ。
 俺と遊びに行こう。ぱーっとさ。競馬でもパチンコでも、綺麗なおねえちゃんのお店でも。 あ、別に目には目を、の論法で土方くんに浮気を薦めているわけじゃないんだけどね?」
「長谷川さん…」
「一日まるっとじゃなくてもいいから、半日だっていいよ」
全部おごってあげるって言えるほどの財力は情けないけど、いい店知ってるから。
そんな風に言いながら、長谷川は土方の肩に腕を回した。気遣いが嬉しくもあり、その一方で、やはり、こんな自分は自分らしくないと胸が痛む。

「ありがとうございます…もう少し、いろいろ考えてみます」
これではいけない。
こんなことに土方十四郎が煩わされるわけにはいかない。
銀時のことを完璧に嫌うことが、忘れてしまうことができたなら良かった。
馬鹿だと。
それでも、数えきれない夜をこれからも過ごしてしまうのだろう。
長谷川の提案は、忘れる方法を、痛みを拡散させる方法につながるかもしれない。
土方はぎゅっと刀の柄を握り、精いっぱいの虚勢を張って笑ったのだ。





『恋草―参―』 了



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