うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




「これお返ししろよ」
「え〜、なんで?それに遅ぇよ。食えるもんはとっくに神楽の腹ん中だ」

ニヤニヤと笑う銀髪のふわふわした頭を思いっきり殴りつける。

将軍茂茂候が諸侯を集めた席で既存の概念に捕らわれない婚姻、現在の制度の幅を拡げる必要性について呟いた、ということがあったらしい。
(松平経由で耳にしたからほぼ事実なのであろうが)まさかそのままそんな法を作る作らないと議案が持ち上がり、城内が揉めることにまで発展するとは土方も予想だにしていなかった。

まして、万事屋に所狭しと、将軍直々に祝いの品が並べられることになろうとは。

「なんでもへったれもねぇ!テメーがいただく謂れがねぇ!
 第一法案は通ってもねぇし!」
「祝いつっても、これ復縁?仲直り?の祝いだって書いてあったしよ」

直属の上司にも、更に雲の上に本来いる上司にも祝われてしまった土方は後に引くに引けない状況に追い込まれ、結局のところ、元の居場所に戻ってしまった。
元の居場所、というのも語弊は多少ある。

あの場にいた者たち全員に口を閉ざせというのは土台無理な話であり、あっという間にかぶき町全体に銀時と土方の話は伝わってしまった。

どこまでが男の計算で、どこまでが偶然だったのか。

すまいるに近藤と行くことに関しては沖田辺りが耳に入れたとも考えられるが、
松平や将軍までを巻き込むことまでを計算していたのかと問うならば何とも言えない。

何にしても、あの晩、大勢のいる舞台に引き釣り出され、腐れ縁という糸を一度解き、結び直されてしまった事実は今更冗談だったと消せない状態になっていた。


「つか、土方。法案通ったら、もらっていいってこと?」
「あ?」
「法案通ったら、祝いもらう理由が出来んだろ?」
「違っ!」

無茶無謀。
どちらにしても、土方の決断を受け入れる気など更々ない上に、更に退路を塞ぐ男の顔をもう一発殴りたくてたまらない。
それと同時に愛おしくもあり、自分の感情を持て余す。

「十四郎…」
「…十四郎呼ぶな」
「んじゃ、土方」
「おぅ」
「良かったの?」

無理やり引きずり出された舞台だが、確かにここで背を向け逃げるのは不本意すぎるほど不本意だ。

今でも、銀時には幸せになってほしい。
ミツバの時に思ったことと同じように。

ただ、似ているようで似ていない男と土方は決断する材料が違ったらしい。

手放す気がないと言った。
ミツバのようにそっと見送ってくれるのではなく。
銀時に幸せの要素が、月詠を始め、手を取ろうとすれば取ることの出来る女の手を取らないと言った。
看取ってもらおうとも看取りたいわけでもないと言った。

言葉の底にあったのは、
幸せにしてほしいのではなくて、幸せになると。
護りたいのは肉体的な意味で無く、互いの進む道だと。

「やっぱりいけすかねぇ野郎だ…」

土方の指から煙草が抜き取られ、血が凝固して瘡蓋になりかけていた薬指の噛み傷を更に上から上書きされた。

ほら、今だって、そうだと土方は口端を引き上げた。
良かったのかと尋ねながら答えを待ちはしない。
返事を待つでもないとばかりに。

「ま、このまま俺たちの常識が周りの常識になれば万事オッケーだろ?」
「なんか違ぇよ」

唾液と滲む血で汚れてしまった左手で銀髪をかき混ぜるように頭を引き寄せた。

頭を掻き抱くようにすれば、ふわふわとした髪が顔にあたりくすぐったい。
土方のものとは異なる空気を含んでボリュームのある髪に顔を埋め、そっと初めて名を読んでみた。
音には出さず、吐息のような囁き。
自ら問うたくせに聞こうとしない答えのつもりで。
聞こえなくていいと内心思いながら

急に頭が上がり危うく土方の顎にぶつかるところだった。

「あぶね!急に動くな!」
「それ反則だろうが!人がどんだけ我慢してると思ってんの!」
「我慢?」
「そうですぅ。江戸城に乗り込む5日前の非番からお預けされてんのわかってる?
 あの後、怪我してた俺は動けねぇし、ちっと良くなってオメー捕まえようとしたら
 オメーは一人ぐるぐるしてっし?
 すまいるから一人で帰っちまった日から今日の非番まで一体何日銀さんも、
 銀さんの銀さんもじっと耐えてるとおもってんの!」
「あー…と5+29+6?」
カレンダーを眺めながら、わざと数えてみる。
別れていたら、もはやここを一人で訪れるなどということはなかっただろう。
それに比べたら、なんてことのない日付な気もしたのだ。

「真面目に数えんな!この天然マヨ!待たせた挙句のデレ発動ってどうなんだ!
 銀さんの銀さんが合体する前から暴発するでしょうが!」
「で、デレてねぇ!」
「今日はじっくりねっとり隅から隅まで視姦して舐めて責めて喘がせる予定だったのに!
 台無しじゃねぇか!」
「台無しなのはテメーのその頭だ!」
ソファに押し倒された体勢で万事屋の古びた天井と蛍光灯を纏う銀時のシルエットに目を細めた。

「あ!今髪見たな?天パ舐めんなよ!俺が土方舐めんの!」
「舐めてねぇし!その前に舐めんな!変態!」
「変態だ?上等じゃねぇか!」
「ひっ!」
銀時はおもむろに土方の指に舌を這わせた。
今度は噛みつくのではなく、1本1本丁寧に指を舐め上げては、指の股を舌先で弄る。
舐めながら、朱い視線はしっかりと土方を捕えて離さない。

肉食獣に食べられる草食動物の気持ちが少しわかった気がして思わず土方は目を瞑った。

「十四郎、ほら、もう一回呼べよ」
「テメ…聞こえて?!」
べろりと今度は手首に啄むようなキスをされ、腰がじんわりと熱を帯びてきた。

「名前呼んで」
懇願するかのような声に、目を今度は見開いて銀時の顔を確認する。

声は出すことが出来なかった。
まだ、心の何処かで呼んでよいものか迷いがあった。
縋る様に銀時の肩に弄られていない方の手を置けば、服の下で自分よりもしっかりと筋肉で覆われた関節が蠢くのが伝わってくる。

「俺だって、最初は手を離してやらなきゃって思ってた。
 オメーは幕臣さまだし、俺がオメーの邪魔になるくらいならってな。
 でもさ、無理だった」
「無理…だったか…?」
銀時の吐息が熱い。
それが伝染するかのように触れられた場所が発火したような錯覚を引き起こしていく。

「無理だったね。
 神楽や新八がここを巣立っていくことを考えても、
 ババアがあの世に逝くこと思ってみてもなんてことない。
 受け入れられるのによ…オメーが元気だとわかってても傍にいられねぇって
 考えたらどうしようもなく無理だったよ」
「そう…か」
着流しの左半身は既に肩から滑り落ち、露わになった部分から順に唾液が、唇が手のひらが丁寧に確認するかのようになぞっていく。

「口じゃあ、亭主関白希望だの、独占欲が強いだの言ってたし、
 自分のこたぁ、自分でよくわかってるつもりだったけど、知らないこともあった。
 オメーのことに関しちゃ了見がかなり狭いらしい」
「ん…」
首筋を這い上がってきた唇は土方のものに重なってくる。
ここでも、唇の形を確認するかのようにゆっくりと舌を尖らせて舐められた。
くすぐったさとじりじりと上がってくる熱に焦れて舌を噛んでやる。


「土方、ごめんな」
放してやれなくて、そう行間から伝わってきて、銀時の手を土方も取る。

「敵前逃亡は士道不覚悟で切腹だしな。負けるつもりはねぇ」

そうして、銀時の薬指に噛みついた。
ぎりぎりと噛み切るつもりで強く噛めば、痛いであろうになんとも男臭い顔で笑われて不覚にも鼓動が跳ねた。

「十四郎…坂田十四郎って響き、やっぱり良いよな」
「あああああ、阿呆か…」

法案が通っても通らなくても。

「逃げられるとか二度と思うなよ」
「テメーこそな」

ロマンスなんて甘いものは似合わない。
普通の「家族」なんてものとはきっとこの先縁がない。
そんなことは百も承知だ。

百も承知で、血なまぐさい自分の手を銀色の光が掴むというのなら。

自分も呼んでみよう。
声に出して。
愛だの恋だのにも縁遠い自分たちだけれど。
だからこそ、最後に頼るのは感覚、それ一点なのかもしれない。

「銀時」

男は少し驚いた顔をして、照れくさそうに笑うと土方の身体を引き寄せたのだった。



『結(むす)ぼる』 了



※結ぼる
  @結ばれて解けにくくなる。結ばれる
  A気がふさいで晴れない。ふさぐ
  B露などがおく。凝結する
  C関係をつける。縁をつなぐ。結託する。
        ―三省堂広辞林(新版第4版)より―


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