うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




秘するべき関係と、自分のなかの銀時の存在の自然消失を、願ったはずなのに、なぜ今こんなことになっているのか。

キャバクラのど真ん中で、腰が砕けるようなキスをされ、
男同士だと軽蔑するような男ではないと知りつつも、気取られることすらないように気を付けてきた無二の親友であり、大将と定める男の前で暴かれた。

「痛ぇな!コンチクショウ!照れ方が激しいんだよ!」
「そうだぞ、トシ…って何抜刀してんのぉぉぉぉ?!」
「コイツ斬って、店に今いる人間全員の記憶も飛ぶまでタコ殴りにして記憶喪失にする」
殴って解決するはずもない。
結局、相手に刀を突き付けていた。


「いやいやいや!トシ?」
「近藤さんも、忘れてくれ。何もなかった、何も見てない、聞いてないってことにしてくれ。こいつと俺の間には何もないんだ、今までもこれからも」
何処で間違ったのかと悩んだ。
はっきり、きっぱり銀時を自分から呼び出して宣言しなかったのが悪いのか。
早々に「いつか」なんて先延ばしせず情が湧く前に離れたらよかったのか。
それ以前に、出会わなければよかったのか。

「おい…混乱するのはわかるけどよ?また話戻してんじゃねぇぞ?」
「うるせぇ、大体テメーはどういう了見で…」
「俺は別れねぇよ」
「おい…」
今まで、明確な言葉を避けてきたというのに、銀時は真正面からその言葉を紡いできた。

「別れねぇ。つうか手放してもらえるとか思ってるところが信じらんねぇ」
「前提が違う」
「あ、まさかとは思うけどオツキアイしてないとか今更言うか?」
「そのまさか、だな」

万が一、と土方も今回の行動に踏み切るに当たり、シミュレーションをしてはいた。
銀時が土方の考えを黙って汲んでくれなかった場合。
理由を聞かれるならば、了承させるならば、なんと答えるのか。

土方とて海千山千の腹黒幕僚を相手にわたりきったのだ。
それなりに剣を使わず、口で相手を論破できる自信はある。
だが、銀時に関してはそうとも言い切れなかった。
大抵の場合、感情が先行してしまう。
まして土方よりも舌の枚数は確実に多いだろうと思われるほど屁理屈的な弁が立つ男だ。
そして、よく気が回る男でもある。
銀時には下手な言い訳も作り話も通用しない。

ではどうするのか。
伝えたいのは今までの関係を解消したいということ。

「俺たちの関係はさっきテメーが近藤さんに抜かしたような「恋人」なんてカテゴリに分類するものじゃねぇだろうが」

自分たちに約束はない。
惚れた腫れたも伝えたことがない。
互いが身を寄せ合っていたのは暗黙の了解のようなもので、たとえどちらかが他の人間と手を取ることになろうと責める権利を持っていない。

嘘はつかない。
屁理屈だ。
男の得意な屁理屈を土方自身が返していることはよくわかっている。

「そうだろ?万事屋」

名前すら呼ぶことはない。
付き合っていないのだから、別れるという言葉はおかしい。
手放すも何も、土方は銀時と付き合ってさえいないのだから、互いに自由なのだと。



気を落ち着かせるために、土方は手から落としてしまった煙草の代わりに新しいものを左手で取り出して火を灯す。
慣れた苦い味が先ほど銀時に舐めつくされて甘くなった気がする口内をいつもの土方のものに戻してくれた。

「あー、やっぱそれを持ち出すのな。オメーは」
「なんとでもいえ。テメーと俺の間には何もねぇ。
だから、俺なんかに遠慮することはねぇ。そうだな、テメーのストーカー忍者にでも
吉原の美人にでも慰めてもらえば気も晴れるだろうよ」
「吉原?あぁ…」

なるほどなと銀時は突きつけたままの刀の先をつまんだ。

「月詠、のことだけが原因じゃないのも分ってるんだけどな…踏み切らせたのはアレか…」
「何一人で納得してやがる」

刃の部分をつまんでいた指を先端に移動させる。
ぷつりと銀時の指先に傷が入り、深紅が丸い球になって零れ落ちた。

「何して…」
慌てて剣を引きかけたが、銀時の反対の手で拒まれた。

「斬るんだろ?こんくらいの傷でなにビビってんの?」
「ビビッてねぇ!」
「ビビってんだろうが。本当に傷つける気もねぇ癖にオメーは甘ぇんだよ」
確かに大した傷でも、血液の量でもない。
土方の剣はけして模造刀でも木刀でもない。
これまでいくつもの命を吸い取ってきた愛刀だ。威力も理解している。
そういうことではなく、土方の本気を見せる為に突き付けたことぐらい銀時も分かっているであろうに、わざと煽ってくるから性質が悪い。


「月詠はな…似てるって最初、思っちまったんだ」
「似てる?」
ゆっくりと血液は指先を流れ出て、切っ先を濡らした。

「ちょっこっとだけだ。アイツも長年滅私奉公なんてもんに縛られててよ。
 ま、今じゃそんなこたぇねぇ。自分の居場所を自分の護りたいもんを護ってる。
 けどな、なんか重ねちまってた。オメーに」
「………」
「オメーとは違う。それも解かってる。
ただな。アイツも自分をかえりみねぇんだ。己の身体張って、自分のことは後回しだ。
 無茶やって、無理やって、自分を犠牲にする気満々なんだよ。しかも一つのことに」
「テメーだって…」
何かを護るために、誰かの前に出る。
無意識で、自然な行為だ。
銀時にも跳ね返る言葉だと反論した。

「俺?俺は違うよ。俺は自分が代わりになんて殊勝なことは考えてねぇ。
 気に入らねぇもんは気に入らねぇ。
たまたま護る手段が尽きちまった時にとった行動がそう見えることもあるかもしんねぇが、基本的に俺はいつでも生き残る気満々だ。けど、オメーらはそうじゃねぇ」
確かに、土方にはその覚悟がある。
最期まで横で走りたいと願うし、ただで死んでやる気もないが、それが最後の手段だとしたら近藤と自分の命となら比べるべくもない。

「だから、なんだ」
「だから、気になってはいた」
「なら」
「なら、じゃねぇ。聞いてた?オメーに似てるとこあるから心配になってた。
 つうか、オメーは許さねぇ手助けをさせてくれるってだけでオメーに手を貸せねぇ気持ちを補ってたのが近いのか?コレ」
「俺に聞くな。万事屋」
銀時の指が刀の背をなぞって鍔元へと向かって動いてくる。
それは銀時自身が土方に寄ってきているということでもあったのだが、銀時の血で濡れていく村麻紗に魅入ってしまっていた。

「銀時」
「あ?」
「万事屋銀ちゃんってのは屋号だろ?うちにはあと3人も従業員いるわけだし?呼んでみろよ、銀時って」
「よばねぇ。俺にはテメーなんざ屋号で十分だ。そこは素直に助けさせてくれるオンナを選んで呼んでもらえ」

気が付いていたのだ。目の前の男は。
深い仲になっても、けして呼ぶことのなかった名前。
「いつか」の為の、戒め。

逆にまた脳裏に浮かんできた。
自分が呼べない、呼ばない名前を「銀時」と呼ぶ女の声が。

「月詠は土方十四郎じゃねぇ」
「何を当たり前のことを…」
「これからもオメーは近藤に向けられた刀は全力で排除するだろうし、
自分の身が傷つくことを恐れない。
それでも、俺を頼ることもしない。そのことが悔しくもあるけど、心地も良い」

鍔寸前まで辿ってきていた指が刀の背から浮いて土方の喉元に突き立てられる。
ぬるりとした感触が喉仏から鎖骨へと向かい、左胸で止まった。

「付き合う付き合わねぇ、そんな言葉が今更必要かよ?
 この際だ、知っとけ。
 何処かで血みどろになって泥まみれになってずぶ濡れになって指一本動かせなくなる
 日がいつか来ても、
 そんで、その場所に居合わせることがお互い出来なくてもそれでいいんだよ。
 それでいいけど、ちょっと贅沢言えば、もしも看取ちゃったり出来たら、幸運すぎて
 後でもなんでも追えそうなぐらいには求めてる人間がいることをテメーは知っとけ。
 いや、知ってもらっとけ」
「テメ…」
着流しを割って、地肌に突きつけられた指に煽られるように心拍数は上がり続ける。

「オメーのことだから、折角白夜叉なんて大層な名から離れて、町民やってる俺が
 そのまま普通の幸せ掴めばいいとか考えてるんだろうけどな。
 俺は自分の心臓(ここ)で考える。
 押し付けられた常識なんざ持つつもりも、必要もねぇ夢も見ねぇ。
 形なんて、常識に何て囚われる人生をお互い送っちゃいないだろうが?
 大体、俺から離れるなんてことを今更言われても納得できねぇから。
 勘弁してくれっていったってカッコ悪くたって追いかけまわしてやるさ」

心臓の上で止まっていた手が今度は刀を持っていない左手を救い上げた。

「元々鬼の副長に手ぇだそうなんて大それたことしてんだ。生温い覚悟してねぇ」
「痛っ!」

土方は予想外の痛みに思わず声を上げていた。
取られていた手を取り戻せば、薬指が血で滲むほど噛みしめられ赤くなっていた。

「トシぃぃぃぃい!」
「オジサンは感動したぞぉぉぉぉぉ!」
「「あ…」」

いつの間にか来店していたらしい松平片栗虎と近藤の太い声が店内に響き渡り、それまで息をつめて見守っていた客や店員も一気に騒ぎ出した。

「トシ、水臭いじゃねぇか!どこの馬の骨ともしれねぇ奴だが、気概だけは一丁前な男じゃねぇか。な、将ちゃんも良い話だと思うよな!」
「まさに…余はまた一つ学んだ。万民が幸せになるためにも…」
「(将軍かよぉぉぉぉぉ)!!!」
松平がまたお忍びで連れ出したらしい茂茂公の存在を力いっぱい叫んでしまいそうになって、土方と銀時は互いの口を手でふさぐ。

銀時の手から既に止まってはいるようだが、血の匂いが漂ってくる。
ようやく、土方は周囲の状況と認識し、銀時を殴り倒すと、後ろも見ず恥ずかしさのあまりその場から屯所に走り戻って布団に潜り込んだのだった。






『結ぼる 肆』 了




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