弐土方十四郎とかぶき町で何でも屋を営む坂田銀時とは付き合いがある。 付き合い、の意味合いを説明しようとすると土方は正直なところ困る。 おそらく世間一般的に言えば、おそらくのところ、もしくはおおよそのところ一言で表現できるのではあろうが、二人の性格上、立場上、それを口にすることはどうにも憚られ曖昧にしている。 土方の非番、もしくは非番前の時間に示し合せて遭い、食事、もしくは酒をとった後、人目をはばかれる宿になだれ込むような関係。 つまりは、男同士であるにも関わらず閨を共にする、そういった仲。 互いに、同じシンボルを足の間にぶら下げた同性。 しかも、抱かれる側にある土方も、武装警察真選組などという物騒極まりないチンピラ警察のナンバー2を張る決して華奢とは言えない人間だ。 元、とはいえ攘夷志士であった銀時とは本来相容れない立場である上に、出会いは斬り合いというロマンスとは程遠い間柄であった。 それが、腐れ縁と呼べるような距離になり、いつの間にか、お互いの立場を尊重しながらも肌を合わせ、酒を呑む関係に落ち着いている。 銀時にも、土方にも元々男色の趣向があったわけではない。 女に困っているわけでもない。 それでも、いつの間にか近くなった距離。 喧嘩の延長のように、肩をぶつけながら宿になだれ込んだ最初の晩からつかず離れずにいる。 いや、離れることが出来ずにいた。 しかし、土方は常に心の隅に一つの警告を感じていた。 互いがどう思っていようと、引かれていようと、 長く続ける事ができる関係ではないと。 いつか、 いつの日か、この生ぬるい水から抜け出さなくてはならない日がやってくる。 土方十四郎がテロ対策を目的とする警察機関に所属しているという現状と、 今は活動してはいないとはいえ、「元攘夷志士・白夜叉」であった坂田銀時の過去。 真選組という組織が立ち上げられ、これまで数えきれない元攘夷浪士となったテロリストを土方はその手で制裁し、捕縛してきた。 その中にどれほど銀時が過去に交流をしたことのある人間がどれほどいたかわからない。 顔見知りのもの、深い交流のあるもの、程度を問わず、含まれていただろう。 それぞれの矜持を大切に想ってはいる。 だから、懇意にしていた昔の仲間に土方が打ち取られることになろうと、逆に土方が召し取り引導を渡すことになろうと、銀時は何も言わないだろう。 だが、情とは恐ろしいものだ。 「攘夷」という活動からすでに退き、己の侍道を護る男だからこそ、何も言わないまでも心のうちに傷は負う。 うぬぼれで無く、土方は思う。 というより、知っている。そういう男だと。 だからこそ、惚れた人間と通じることなどないと思っていながら、手を一度取ってしまったことをひどく後悔しながらも幸せを感じ、それでいていつか離れなければならないと思い続けていたのだ。 そんな中、知恵空党の一件で、「白夜叉」であることを銀時の口から吐き出させてしまってから、急速に現実は動き出した。 過去の二つ名を名乗ってしまったことは、銀時自身がどうするという問題ではなく、 今だ伝説として語られる「白夜叉」という存在が実在していることを一部とはいえ認めてしまったということに他ならない。 そのネームバリューが引き起こす混乱と思惑が大なり小なり、これから銀時の周辺を騒がせるに違いないのだ。 そこまで分かっているにも関わらず、既に手遅れなほど銀時から離れがたく思ってしまっている己の弱さに唇を噛んでいた。 けれど、 いつかの形が今回のことで見えた気がした。 万事屋三人と一人の女。 あぁ、あれは本来銀時が掴むことができる幸せの形の一つなのだと。 土方という寄り道をせず、 白夜叉という過去に振り回されることもなく、 「万事屋銀ちゃん」の主としての坂田銀時の元に集まったきらきらした光と銀時が護り、護られることの出来る女を傍に置くこと。 いつか、などと言わずに手を離さなければ。 もう少し間近であの銀色の鈍い光を見ていたいなどと我儘を言わずに。 「万事屋…」 土方は声にする。 坂田銀時が「万事屋」であり続けるために、「真選組」の土方十四郎は障害にしかならない。 「吉原の死神太夫…」 土方はまた声に出す。 美しい女だ。 顔に傷があるが、整った鼻梁、大きな瞳、煙管の似合う小さな口元。 独立都市とも呼べる吉原を護ってきた百華の統領は「太夫」と名がつくものの座敷に上がったという話を聞いたことがない。 「似合いじゃねぇか」 あの背を見ていれば、 あの悲痛なまでに銀時を呼ぶ声を聞いていれば彼女が銀時をどう思っているかわからないはずはない。 まして、同じ男に惚れている土方には痛いほどそれがわかった。 「美人で…胸もあって…気立ても良くて…何より銀時を想っていて…子どもたちも懐いて…」 だから、これでいいのだ。 自分が身を引けば、きっと銀時も自分の間違いに気が付く。 距離を置けば、きっとこんな硬い身体の、口も悪くて、手も足も出る男のことなどそう時間をかけずに忘れてくれる。 そうあって欲しいと偽りなく想い、 自分を抱いた男はそんな容易く情を切り離せる人間ではないと願う心も土方の中にある。 「それでも…」 いつか、を現実にしなければ。 いつかを永遠に逃し、傷つけ、傷つく未来しかなくなってしまう。 今ならば間に合う。 間に合うはずだと、土方は拳を握り、副長室の前から雲に覆われた空を見上げたのだ。 その日から土方は極力一人で出歩くことを避ける様にした。 恐らく一見これまでと変わらない程度の変化。 それでも、少しずつ変わっていけるように。 土方が一人でないということは、巡察中であっても長く引き留められることはない。 仕事を理由に喧嘩を吹きかけれられても、呼び止められても立ち去ることができる。 非番の日も出来る限り屯所やかぶき町周辺ではない地域で馴染みにできるような店を探した。 少しずつ。 少しずつ。 銀時とて鈍い男ではない。 土方の非番がもともと少ないとはいえ、一月も戯言に交えて非番のことを話すことも、尋ねさせるタイミングもなく、二人が結果的に待ち合わせのようなことになってしまう馴染みの飯屋に現れることもなければ、おかしいと感じるだろう。 おかしいと思って、銀時がどう行動するのか、正直なところ土方には予想がつかなかった。 元々、面倒事を厭う性格であるし、聡い男だ。 「何か」を感じ取って、自分の方から土方に積極的に接触してくることを止めるかもしれないし、逆に納得がいかないと詰め寄ることもあるかもしれない。 土方に銀時を遠ざけるだけの理由があると判断して、距離を開けてくれたら良い。 少しずつ、少しずつ、近くにあることが自然でなくなれば良い。 密やかに調べた「月詠」という女は土方から見ても好ましい女だった。 独立都市でもある吉原を護ろうと身体を張るオンナ。 鳳仙と春雨との一件から始まる銀時とのつながり。 彼女の「師」との確執、先の吉原炎上騒ぎ、江戸城での大立ち回り。 実際見聞きしたことではないし、あくまで断片的な情報でしかなかったが、やはり銀時が護りたいとおもうものの一つに彼女は既に組み込まれているに違いない。 銀時自身、疎ましく思うタイプの女ではないと思った。 白夜叉としてではなく、坂田銀時の剣の届く範囲で守り抜くと決めた男にふさわしい。 彼女を銀時が選んでくれたなら。 少しずつ、距離を作り、銀時に傾けてしまったこころを真選組一本に軌道修正する。 それが、きっと土方の傷は浅く、銀時も一過性のものだったと、3年だか4年だか先の未来で昔話としてお互いに話す日がくるかもしれない。 また、銀時が事態を納得を出来ず、土方に問い詰めてきたならばと、考える。 万が一それを拒まれた場合、と発展させたかけた想定を自嘲する。 銀時とて、わかっているはずだ。 自分と似た考え方をするところがあるから、きっとあの男も知っている。 いつか終わりにしなければならない関係であることを。 はっきりと言えばいいのだ。 一言、「もう会わない」と。 その一言が紡げず、銀時に汲み取れというのは土方の弱さだ。 熱い湯を継ぎ足さずにそのまま放置することで、徐々にぬるま湯になり、やがては完全に熱を失って、水になっていく。 そんな風に徐々に徐々に、慣らしていきたいだけなのだ。 鬼の副長ともあろう人間がなんと情けないと自分でも思いつつ、そんな方法でしか、すっかり内側にしみ込んでしまった銀色の存在を排除する術が思いつかなかった。 「土方さん」 声をかけられて、土方は文机から顔を上げた。 「総悟?」 「惜しいねぃ、今バズーカー打ち込んだら一発であの世行きだったはずでさぁ」 沖田の手にそのバズーカーはない。 何も持たない手で、打ち込むジェスチャーをしているだけだった。 「打つなよ。玉も修理代も勿体ねぇ」 「タマ、といやぁ土方さん」 「あ?」 物言いたげであることは容易に察することが出来ていた。 なんだかんだと沖田との付き合いは長い。 いつもの嫌がらせではないことぐらい、それどころか何を話しにきたのかも予想がついてワザと土方は書類に目を戻す。 「アンタ、旦那の様子がおかしいんですが何か知りやせんか?」 「俺が知ったこっちゃねぇよ。 大体あの腐れ天パがおかしいのは今始まったことじゃねぇだろうが」 「姉上に紹介した貴重なS友なんで、ちっと心配してんでさ」 「聞いてたか?万事屋のことを何で俺に聞く…」 予想通りの問いかけに、用意していた答えを返す。 銀時と土方の仲を唯一気取っているとすれば、この一番隊の隊長と直属の監察ぐらいなものだと知っていた。 「土方さん」 静かに呼びながら、沖田は障子を閉め、室内に入ってくる。 「知らねぇと思ってるんですか?」 応えないことも察していたのか、腰を降ろして、土方の返事を待つまでもなく続けた。 「アンタ、姉上の時と同じことを繰り返すつもりですかぃ?」 「ミツバ…は関係ねぇだろう」 「こんなヘタレ野郎に姉上を元から任せようなんざ思う筈もなかったですけどね。 土方さん。それでも俺はアンタが姉上のことを簡単に忘れて、生半可なオンナを 選ぼうもんなら迷いなく姉上のところに送ってやろうってずっと思ってたんです」 「だから…」 だから、ミツバは関係ないだろうと二度目は言わせてもらえず、強引に言葉を重ねてくる。 「まぁ、姉上以上の女なんているわけないですからね。 どこの馬の骨でも、どこの深層の令嬢だろうと許すつもりはなかったんですよ。 なのにアンタが手を取ったのは、馬の骨は骨でもまたごっついので」 「人の話を…」 仕方ないと、顔を上げて沖田の方を振り返る。 そして、思いもかけず、そこの存在していた静かな怒りに目を見開いた。 「旦那を選んだ時には、初めて俺ぁアンタの目を褒めやした。 確かに姉上以上の女はいねぇ。けど俺は旦那をそれなりに認めてんでさ」 「だからな」 沖田が銀時に一目以上のものを置いているのは知っていた。 ドS同士という部分だけではない。 剣の腕前も、生き方にも。 好感を持って、あの沖田が珍しいほど懐いているなと微笑ましく思ったことさえある。 「それなのに、アンタ、また同じことを繰り返そうとしてやがる。 惚れた相手が幸せになって欲しいから、茨の道に引きずりこみたくねぇ、 それはわかりまさぁ。なら、初めから手を取らなけりゃよかったでしょう?」 大きな目が土方を見つめ、言外にミツバのときのようにと物語っていた。 「…仕方、ねぇだろ」 「おっと、自分がヘタレだって認めるんですねぃ」 「総悟!」 きつく呼べば、沖田の目がすっと細くなって値踏みするように今度は見つめてくる。 「土方さん。ひとつだけ忠告しておきまさ」 「あ?」 この度は呆れたような口調に代わり、腰を上げながら障子をあげる。 「よくよく考えてみてくだせぇ。 アンタが選んだ人間てのは、一筋縄ではいかねぇ人間ばっかりだってことをね」 それほど長い時間ではなかったはずなのに、外気は思いの外冷たくなり始めていたらしい。 「…知ってるよ…」 その温度差の為に肩が震えたのだと己に言い訳しながら、短く答える。 「本当に知ってるならいいんで」 「早く仕事にもどれ」 「へいへい。そうそう土方さん。近藤さんからの伝言です。 非番なら「すまいる」の一緒に行こうって… あ、6時に副長室に迎えに来るとも息巻いてましたが、おや、もう来たみたいでさ」 「っ!もっと早くそれを言えぇぇぇ!!」 時計は丁度6時を示し、おまけにドスドスと大股であるく近藤の足音まで響いてくる。 今、すまいるに、というよりもかぶき町周辺に近づきたくはなかった。 だが、逃げるには遅すぎる。 豪快な性格の癖に妙なところで鋭い近藤は土方がなんてことないように見せて塞いでいることに気が付いているのだろう。 多少のこじつけでは今日は引いてくれない。 沖田はそれも見越して伝言を引き受け、足止めしていたのだと舌打ちした。 確かに一筋縄ではいかない。 土方は嫌な予感を払いきれずに、頭を抱えたのだ。 『結ぼる 弐』 了 (141/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |