うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




Side H



予定通りのルートを問題なく回り終わる頃にはガンガンと岩で殴りつけられ続けているような頭痛に土方は侵され始めていた。

咳はほぼ出ないものの口蓋部分をざらざらとした感覚が覆い、身体は怠さと悪寒を訴える。

熱はどうせ気休めにしかならないと測らずに兎にも角にも自室に戻ると押し入れに押し込んでいる薬箱を開いた。

新型ウィルスは熱と咳がメインだという。
事実、罹患した近藤や隊士は噎せこむような酷い咳に終日悩まされマスクを外すことができない。
だからほとんど咳が出ない自分は違うのだと言い聞かせる。

薬箱には小さな怪我をした時用に包帯や傷薬、鎮痛剤、それに武州の家にいる頃に取り扱っていた石田散薬、虚労散薬などを収めていた。
引っ張り出しながら、少し考える。
風邪薬も常備してあることにはあるのだが、総合感冒薬という種類の薬がどれほどの強さなのか正直土方には正確に判断できない。
それに、風邪薬は大抵眠たくなるものも多い。
非常時にもしも起き上がれないとなれば問題だ。

自分の症状の中で今一番抑えなければならないのは、頭痛と夕方から夜半にかけて上がるかもしれない熱。
ならば、解熱効果を含んだ鎮痛剤の方が良いかもしれない。

水を取りに行くのも億劫で、そのまま肌色の錠剤を口に放り込むが、張り付いたように乾燥した喉は、うまく嚥下させてくれない。
それでもやはり立ち上がる気力は湧かず喉元にひっかかったような感覚を少ない唾液で押し込む。
そのまま畳の上に横になり、ほんの一時のつもりで目を閉じたのだ。



意識が浮上した時にはすっかり陽を落としていた。
頭をあげようとしたが、身体がどうにも重い。
首だけを回して、辺りの気を配る。
そうして、気が付いた。

自分は布団に眠っている。
敷いた記憶はない。山崎辺りが部屋に来て世話をしたというならば、もっと誰かが付いているか、医師を呼ばれていてもおかしくはない。
だが、そんな様子はなく静かだ。

「どう、調子は?」
「……っ」

気配を感じていなかったというのに、声がかかった。
慌ててそちらに首を回せば、文机の前に頬杖をついて人が座っていた。
悲鳴をうっかり上げてしまってもおかしくはない状況であったのだが、幸か不幸かつぶれてしまった喉は張り付いて声を作り出さない。

敵ではない。
かといって身内でもない。
それなりに親しい仲ではあるけれど、ここにいるはずのない銀髪がそこにいた。

「声、つぶれちまった?」

はくはくと動かすだけの土方の口を見て銀時は眉を潜めて自分の喉を指さす。

「(なんで、てめーがここにいる?)」
口の動きを読んだのか、土方が問いそうな言葉を先読みしているのか平然と男は答えて返す。

「やっぱりこれ以上のお預けは勘弁て思って夜這いかけにきたんだけどよ、来てみりゃオメー死体になってんだもん。びっくりすらぁ」
「(誰が死体だゴラァ)」
「少なくとも虫の息?青い顔して畳に突っ伏してんだもん。流石に銀さんも死姦は趣味じゃねぇから」
「(死体から離れろこの変態!)」
「ま、仕方ねぇから布団引いて、オメー転がして、起きたら相手してもらおっかなぁとか思って見てました」
「(ふざけんな)」
「ふざけてません〜。でも、まぁ取りあえずこれでも飲めば?」
差し出されたのはスポーツ飲料だった。
なんとか気力で身体を起こし、受け取る。

よく見れば、銀時の後ろにはコンビニ袋が見える。
薄いビニールの袋からは、額に貼る熱さまし用のシートと、渡されたペットボトルと同じものが数本入っているようだった。

土方の昼の様子をみてやってきたことは明らかな買い物に、奥歯を噛んだ。

悔しいけれど、ひどく喉が渇いていることも否定できず、ペットボトルを口に運ぶ。
だが、少し口に含むまでは良かったのだが、飲み込もうとして噎せてしまった。
激しい喉の痛みに驚いたからだ。

「おいおい、大丈夫かよ。ゆっくり飲めよ」

銀時の手が伸びてきて、背を摩ってくれるが、気管に入ったわけでもないから痛みはないと振り払う。
喉と関節が痛い。

「喉、通らねぇのかよ?でも水分取らねぇわけにはいかねぇしな…どうすっかな」

きょろきょろと銀時はあたりを見回し、コンビニの袋からヨーグルトに付いているスプーンを取り出した。

「ほれ、貸して」
ペットボトルを取り上げると、小さなスプーンに移して土方に差し出した。
飲め、ということなのか?と首を傾げれば更にスプーンを口元に押し付けてくる。
正直なところ、口を開けるだけで痛みがあるのだが、無理やりこじ開けた。
少し開いた口の隙間から冷たい液体が流し込まれてきた。
ほんの数tの水分が喉をゆるゆると流れていった。
舌が麻痺しているのか味は分らなかったが、生き返る心地がする。

「ん」
またスプーンに移したものを差し出される。
今度は迷いなく口に含んだ。

「薬のんだの?」
「(風邪じゃねぇ)」
スプーンに液体を補充しては土方の口に運ぶという作業を繰り返しながら銀時は何でもないことの様に問いかけてくる。

「飲んだの?」
「(痛み止め)」
重ねられた問いに渋々答えた。
しかし、よく口の動きだけで通じるものだなと少々不思議にも思う。

「医者には、診てもらってねぇよな?これ」
「(新型じゃねぇ)」
「いや、それ根拠ねぇよな?予防接種してねぇんだろ?」
「………」
「まぁ…弱ってる土方くん見ることが出来て、それはそれで楽しいんだけど」
「(弱ってねぇ)」
情けないことに、ペットボトルが半分くらいになったところで、身体を起こしていること自体が厳しくなり始めていた。

「どっちにしても、オメー明日起きあがれねぇだろ?駄々捏ねてねぇでさっさと医…」
「(朝にはよくなってる)」
「いや、だからその根拠どこにもねぇよな?さっき熱測ったら39度超えてたからね」
「(ウルセェ。大丈夫だ)」
「ま、いっぺんに飲んでも身体がびっくりするだろうから。そろそろ横になっとくか?」
まだボトルにはスポーツ飲料は残っていたが土方の状況を察したらしい銀時が土方の背に腕を回し、布団に寝かしつけてくる。
「(帰れ)」
「もう少ししたら、な」
「(移るぞ?)」
「風邪でも新型ウィルスでもないんでしょ?じゃあ大丈夫じゃね?」
「(あぁ言えばこういう…)」
「そりゃお互い様。ほら無駄に疲れちまうからもう寝ちまえ」
「………」
腹は立つがまともな意見であるため、布団に潜り込んだ。
唯一、飛び出しているらしい頭頂部をさわさわと触る気配がする。
柔らかい触れ方に気恥ずかしくなったが、それを払いのけることもまた面倒臭いと言い訳を、目を閉じた。



次に意識が浮上した時には、夜は明け始めていた。

いつのまにか土方の布団の中に潜り込んでいた銀時の体温が背中に暖かさを伝えてくる。
考えてみれば、「ナニ」もしないで一晩二人で一緒にいたのは初めてじゃないだろうかと思い至り、またなんともいえない気分になりながら、身を起こした。

動いた掛け布団で冷気が入り込んだのか、銀色のふわふわとした頭が小さく身じろぐ。
土方が抜けた穴分を埋め込むように再び布団を押さえてから、土方は立ち上がった。

夕べよりはマシになっている。
まだ節々は痛いが、銀時の持ってきたスポーツ飲料の残りを普通の方法で嚥下することもできたし、あ、あ、と声帯を動かせば声もでた。

「今日」を始める。

厠に行って、顔を洗い、それからまた自室に戻って、隊服を身にまとう。
近藤が完全復帰して戸外に出ることが出来るようになるまで、あと一日。

兎にも角にも、今日と云う日を乗り越えなければとスカーフの裾をベストの内側に押し込んだ。

「誰に見つかるようなヘマすんじゃねぇぞ」

狸根入りとしている男に声をかけ、土方は自室の障子を開けたのだ。





『心奥 参 』  了
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