弐Side G あれは絶対どこか調子が悪い。 遠ざかっていく土方の背を見送りながら、銀時は深いため息をついた。 久々に触れた体は間違いなく熱を持っていた。 しかも自分のことに無頓着なあの男はきっと自分の体調不良を甘く見ていると銀時は読み取る。 少なくとも正確に自分の不調を把握してないに違いない。 それでも銀時にはわかった。 それなりの時間銀時は土方を見てきたという自負が実のところある。 武装警察真選組の副局長なんて男が銀時の中に巣食い始めたのは最近のことではない。 どちらも自分の内側を言葉に表すなんてご免だと思っている人間であるから、いわゆる愛の言葉のような会話を交わしたことがない。 匂わせる程度。 揶揄けているとしか思えない言葉の端に織り交ぜるのが精いっぱいというところだから、土方がいつから銀時のことをそういう風な仲になっても良いと思ってくれていたのかなんてことも確認したことがない。 唯一確認できる自分の心の奥では、土方十四郎という男に出会った頃から因縁じみたものを感じていた。 元から自分から他人に関わる性格ではない。 それが、土方に関しては当てはまらなかったのだ。 冷静沈着、真選組の頭脳、鬼の副長と呼ばれる男が銀時の言葉一つで、腹を立てたり意地を張ったり、悔しがる様を見るのが最初は楽しかった。 徐々に、それにゴリラに向ける柔らかな顔や、沖田に向ける困った弟分をなだめる顔、怒鳴りつけつつも頼りにしているらしい地味な監察に向ける信頼に満ちた顔、趣味が合うのか映画によく一緒に行くという禿頭に惜しげなく見せる泣き顔、終いには何だかんだと女子どもに甘い土方が見せる神楽や新八への視線にまで苛立つようになり首を傾げ、戸惑った。 そんなはずはない。 自分はノーマルで、女の柔肌が大好きなのだと念仏のように唱えて子どもたちをドン引かせたこともあった。 かなりの年月を悶々として過ごし、自分の中の感情が世間でいうところの恋だ愛だと呼ばれるものだと認めることが出来る頃、ようやく一種の諦めと達観の精神で土方を見ることが出来るようになった。 そうしてみれば、なんということはなかった。 少し素直に酒に誘い、少し素直に一歩近づけば、猫は逃げない。 まるでいつの間にか、そうあることが自然なことの様に町で会えば相変わらずの喧嘩三昧だが、土方の非番には約束を取り付け、身体を結ぶ仲になった。 似ている二人と周囲は言う。 似ているからこそ、自然とそういう仲になれたとも、それ以上の距離には近づけないとも二人は知っている。 身体を結び、互いに憎からず思いつつも、全力でその場にとどまることは出来ない。 言葉に出来ない理由は、羞恥以前に互いの矜持を護るという一線を外せないからだ。 それは、土方十四郎という男が坂田銀時を認めているから。 それは、坂田銀時という男が土方十四郎を認めているから。 特に土方は銀時に剣を折られたというスタートをきってしまったこともあり、そういう思いが強いように銀時は感じている。 ならあの時負けてやればよかったのかと問われるならば、それはそれで両者の矜持に関わってしまうところだったであろうから、やはり譲れないとしか答えられないのではあるが。 何にしても、認められたいと思う気持ちが元々の負けず嫌いに拍車をかけている。 今もそうだ。 きっと、本人も体調不良を感じ始めてはいるだろう。 だが、口にはしない。 最悪、どんなに熱が出ようと「真選組」の為に走り、銀時に弱みを見せたくはないのだと察することが出来る。 だから、今は敢えてそれ以上、問わなかった。 2人ともがヤクザな生き方をしている。 いつどこで、大けがを追い、立ち上がれなくなるかしれない。 死に水をとるのは互いの仕事ではないし、してやるつもりも、してもらうつもりもない。 頭ではそれは分っている。 分っているのではあるが、どうにも「病」となってくると勝手が狂うのだ。 「ホント…嫌になるわ」 既に見えなくなった土方の後ろ姿。 銀時も踵を返す。 冷蔵庫の中身を頭に思い浮かべながら、スーパーに向けて足を動かし始めた。 視線を空に上げれば、秋から冬へと移りゆく雲は灰色の色に夕焼け色を少しだけ混ぜ込んで流れていく。 朝晩はめっきり冷え込むようになってはきたが、それほど風は冷たくはない。 魚のアラを買って帰れば、冷蔵庫の中で萎びかけた大根と一緒に炊いて煮つけぐらいは直ぐに出来る。 しめじで味噌汁を作り、ほうれん草と卵をとじれば小鉢。 米は先日の依頼で現物支給されたものがあるから当分大丈夫なはずだ。 「しかし…アイツは何か食ってんのかな…」 黒光りする隊服のラインがすこし頼りない風に見えた。 ベスト体重より落ちているのは間違いない。 あれではなんでもない風邪でも対抗できないのではないか。 「いやいやいやいや…」 犬の餌にしてでも何か食べていればいいのだがと考えたせいか、レジに置いた買い物かごにはマヨネーズを無意識のうちに3本入れてしまっていた。 「こ、これはキャンセルで!」 レジ打ちの女性が迷惑そうな顔をしたが、後で片づけておきますとレジの足元に置く。 「や、やっぱり1本だけ買うわ」 一度締めたこともあり、今度は明らかに嫌そうな顔をして、足元から1本だけレジ袋に押し込み、訂正した金額を無言で指さす。 銀時も別段悪いことをしたわけではないのだが、小銭をトレーに置いて逃げるように店を出る。 空はまた紺色を増し、細い月がうっすらと舞い上がり始めていた。 「仕方ねぇな…」 気になるものは気になるのだ。 自分ばかりが土方のことを気にかけているようで腹立たしいが、実際に土方の状態に気になって仕方がないのだから仕方がない。 勝ち負けでいえば、銀時はこの勝負に最初から負けている。 「神楽にはなんて言って出かけるかな…」 2人の仲を隠しているつもりもないが、多感な年ごろの娘に曝すには色々難しいものがあり、話してはいない。 「まずは腹いっぱいにさせて…」 段取りを呟きながら歩くペースをあげたのだった。 『心奥 弐』 了 (135/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |