うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

肆-銀-




土方を吉原に匿ってもらうように手配して1週間がたった。


正直それが良かったのか悪かったのか、銀時自身にもわかってはいない。

あの日、居てもたってもいられず病院にバイクを走らせている最中、一度通り過ぎた路地裏で何かを見た。
最初はそれが誰かわからず、数十メーター進んだ先で、自分が求めている男の姿だったと気が付いた。
まさか病院にいて寝ているか、マスコミに揉みくしゃにされているかもしれないと思っていた男が薄暗い路地に潜んでいるなんて思わなかったのだ。

それで急ブレーキをかけ、ハンドルを強引に巡らせて戻った。

声をかけた当初は土方を万事屋に連れていこうと考えていた。
しかし、土方がひっそりと単独で病院を抜け出していたことと、記者会見で本気で驚いていた近藤の様子から真選組に迷惑をかけたくない、もしくは土方が危険をもたらす可能性を考えているからに違いないと察する。
ならば、神楽も一緒に住む万事屋に連れて帰ることは憚れた。

路地で話しながら、土方の条件に合う場所を提供してくれそうな人間に考えを巡らせ、正直なところ少し迷った。

思いついたのは吉原。
かつて鳳仙に支配されていた色街。
天が開いたとはいえ地下の街はいまだに幕府の目が届きにくい場所だ。
月詠たち百華が頑張っているとはいえ、犯罪者も潜り込みやすい。
そこを迷ったが利用した。

元太夫の日輪に話を通し、物件を紹介してもらうように頼み込んだ。
月詠と二人、銀時の申し出に正直色よい返事を直ぐに返してくれたわけではない。
どうやら「銀時」が吉原を頼ってきたのが万事屋のこどもたちの為ではなく、犬猿の仲である土方の為という一点のために。
事あるごとに吉原を護ってきた銀時が、その吉原に厄介ごとを自ら持ち込む。
それがどれだけ銀時にとって「土方」という存在が重要であるか読み取ったらしい。
流石は色街の女というべきなのか。

銀時とて月詠の気持ちにも、それを後押ししたい日輪の心にも気はついているが、
土方に対する銀時の気持ちが叶わぬものであろうと、月詠の想いに応えられはしないことに変わりはない。

だから牽制もかねつつ、朴念仁を装って彼女たちの助力を求めたのだ。



今は、土方は文机で山崎や近藤から預かってきた書類と睨めっこしている。

「土方、そろそろ腹減らねぇ?」

それを銀時は邪魔するでもなく、吉原の隠れ家の縁側でジャンプを読みながら寝そべっていたのだが、日が高くなった頃合いをみて声をかけた。

「だから…飯は適当に自分でするつってんだろ。毎日聞くがテメーは…ここにいんだ?」
「ん〜、ここだと新八に仕事探してこいだ、神楽に足が臭いだ言われねぇで静かにジャンプ読めるから。これも毎日答えてんだろ?」

毎日、ここにくる。
惚れた人間に触れるでもない。
同じ空間にいて、不用意に外へ出る事の出来ない土方の代わりに買い出しにいったり食事を作って共に摂る。

触れられない距離がもどかしく感じないわけではないが、これまでの二人の間に存在し続けていたピリピリした空気に比べるならば穏やかすぎる時間だ。

「わかんねぇよ…」
「わかんなくていいよ。それより進んだ?」
「いや…山崎に探らせてはいるが、星間の問題が絡んでいるから一監察じゃ限界があるな…とっつあんの力は目立つから使って欲しくねぇし…他に使えるコネクション…は使いたくねぇ」
秀麗な顔が苦虫を潰したようになったことで、どうやらそのコネクションが白い隊服を着たエリート様らしいと想像がついた。

「早く、ケリつけねぇと…」
声に焦りは見える。
手詰まりといったところなのか、この数日向かっている書類も新しいものを次々と読んでいるわけではなく、同じものを何度も何度も読み返していた。
「ま、いまだにゴリラの周りや屯所にはこそこそ嗅ぎまわってる人間が山ほどいるみてーだし、オメーは動けねぇよなぁ」
マスコミの数は確実に減ってきていてはいたが、大きな事件がないのかゼロにはなかなかなりえなかった。
「俺が不在であることは周知の事実だからな…いつ攘夷浪士が攻め入ってきたり、
 大規模なテロを計画してもおかしかねぇ」
「ま、そんなに気張ることねぇんじゃね?オメー一人いてもいなくても、ぐらいの気持ちでいねぇと」
「んなことはわかってら…」
当たり前のことだが、帰れない真選組の様子を土方はしきりに気にしている。
真選組自体の運営もさることながら、鬼の副長が抜けたことを攘夷浪士に付け込まれることを一番心配しているようだった。

「そう?ま、大丈夫じゃね?雌豚忍者の話じゃ今んとこ、そんな動きはねぇっていうし?」
「忍者…っていつもテメーの周りチョロチョロしてる薄紫色の髪の女のことか?」
「そ…なんか、「一人で吉原に居続けとか、どれだけ人のことをないがしろにすれば気が済むのよっいいわ!どんどん蔑みなさい!」とか一人で盛り上がって勝手に調べに走ってるよ」
「テメーが…」
テメーがそういう風に持ちかけてんだろと言いたいのだろうが、土方は口をつぐんだ。
土方は現在動かせる駒が少ない。
真選組は今回の件について実質捜査から外されているようなものだ。
正規のルートで書類を申請している以外は山崎を筆頭とする監察が裏の裏を探ろうと各自隠密で動いている。

「いいんだよ…」

だからこそ、言葉を飲み込んだのだと言い聞かせた。そうでなければ、下唇を噛む顔がやきもちを焼いているようにも見えて、期待をしてしまいそうだった。

「テメーの周りにゃ…多少アクは強ぇがいい女ばっかり集まってくるな…」
「アクも強すぎりゃどうかと思うぜ。大体あの化け物どもを女扱いしていいのやら…」
「誰が、化け物ですって?」

明らかに土方のものではない声が聞こえてきて、慌てて振り返った。

「お、お妙っな、なんでオメーここにっ?」
「昨日、お店にゴリラがやってきて土方さん宛ての荷物託けていったんですけど、
 銀さんは万事屋になかなか戻らないって新ちゃんが嘆いていましたから
 私が直々に持ってきました!」
力強く、大きな紙袋が剛速球で投げつけられ、思わず土方は避ける。
紙袋はふすまにぶつかって、無残にも襖と共にその形をゆがめた。

「お、お妙さんにも迷惑をかけちまって…すまねぇ」
「本当です!ゴリラは連日「銀時から連絡ありましたでしょうか?」って口実を持って
 今まで以上にうろうろするし、かといってお店に長居は出来ないってさっさと夜は帰りますし!売り上げに響いて困ってるんです」
「…すまねぇ…俺からも言っておく…」
お妙の物言いは柔らかいが、言っていることは厳しい。
それに目が笑っていないからか、いつも以上に黒いオーラが背後から漂ってきているような気がした。

「ほいよ」
「あ?綿入れ?え…急に冷え込んできたから?近藤さん、アンタお母さんかよ」
空気を換えようと土方に打ち破れた襖にめり込んだ紙袋を抜き出して渡す。
袋から紺色の綿入れとメモをひっぱりだして土方は苦笑していた。

「ゴリラのお義母さんとか勘弁だよオイ」
「銀さん?」

その様子に思わず呟けばお妙に拾われ慌てて誤魔化した。

「あ、いや、なんでもね」
「しかし、柳生の若殿はお妙さんの護衛か?」
後ろに控えていた柳生九兵衛が気になっていたのか土方が控えめに声をかける。

「もちろんだ。妙ちゃんのような可憐な女性がこんな…こんな色街に一人でなど…」
「いや、九兵衛…お妙の職場、かぶき町で、しかもキャバクラだってわかってる?」
「そんなことは些細なことだ。妙ちゃんの身にもしも何かあったら…僕は…僕は…」
「そ、そうか…すまん」
流石のフォロ方もなんといっていいか思いつかないらしい。

「だから、これをやる」
「あ?」
A4の茶封筒が土方に突き出された。
受け取り、紙の束を数枚めくった土方が思わずといった風に顔を九兵衛を見上げた。

「すべては妙ちゃんの幸せのためだ。それにセレブには造作もないこと」
「恩にきる」

「とにかく、私まで協力してるんです。さっさと片付けて、新ちゃんのお給金きちんと払ってくださいね」
「へいへいうるせぇよ。用が済んだんなら帰れ帰れ」
危ない時間になる前になとひらひらと手を振ってお妙たちを玄関へと押しやった。
後ろから土方も見送りに出てきているは分っていたから、ついでに買い出しに行ってくらぁ、そう言い置いて家を出た。


「お妙、九兵衛、助かった」
「銀さん…気になってたんですけど」
地上へと送りながら、礼を言えば、妙は銀時に向き直り見つめてくる。

「あぁ?」
「これは「仕事」なんですよね?」
「報酬について何の話もまだしてねぇけどな」
「…差し出がましいことだが、銀時…」

足を止めた三人の間に沈黙が落ちた。
数秒とも数分とも判断が付きかねる沈黙。
誰もしゃべらず、誰も動かない。

「人生なんて、ままならねぇもん、だろ?」

そうして、仕方ないと、空気を動かしたのは銀時自身だった。

「そうか…」
また数拍の間が開いて視線を地面に落としてから、答えを返したのは九兵衛だった。

みなそれぞれに想うところはある。

「銀さん」
「あ?」
「破亜限堕津、百ダースで勘弁してあげます。取敢えず」
妙は口調だけはいつもの調子で応えたが、既に一歩歩き始めていたために顔は見えなかった。

「取敢えずかよ。300円で勘弁しろや」
「話にならないわ。九ちゃん、行きましょう」
「あ、うん…」
真っ直ぐ伸びた背筋で妙がそのまま遠ざかっていく。



霜月の空は平穏にそこに青空を展開していた。
かつて閉じられた世界であった時には、この場所は雨も風も関係がなかったはずだ。

見えない空。
封鎖された世界。

味も素っ気もないと思っていたが、何かを閉じ込めて腐らせるには適していたのだろうなともふと考える。

このまま、土方が蟄居を解かれず、いつかマスコミも興味を失い、
土方自身が真選組を離れる決意さえしてくれたなら。

「まぁ…そうなっても俺のもんになる、なんてありえねぇんだろうけど…」

答え何てわかっている。
ここ数日、二人にしては穏やかな時間を初めて過ごした。
文字通り、傍にいるだけであったけれど。

土方は自分をけして忌み嫌ってまではいない。
元々、鬼の副長なんて二つ名を冠しているくせにどこか甘さを拭いきれない男だ。
鬼になるのは、護るべき近藤という大将の道を邪魔するものに対してだけ。


腐れ縁となってしまった銀時を、せいぜい、いけ好かない人間という枠あたりに入れられていると分析していた。
けれど、この静かな数日で感じたのはそれ以上の成果だった。


嫌われてはいない。
好ましい、ぐらいには十二分に思われている。
そこに恋情の類があるかどうかまで読み取ることができるかは別の話だとして。

良好な信頼関係は出来ていたというところで満足すべきだと、期待しすぎはよくないと心の声は警告し、その一方で、良好ならば、一歩踏み出せば何か手ごたえのようなものを感じることができるのではないだろうかと欲張る心も湧き出てくる。
先程のような複雑そうな顔をされればなおさらのこと。


「儘ならねぇ…」

昼食に何を作ろうかと気分を入れ替えながら、銀時は生活雑貨や食材を取り扱う店々が立ち並ぶ地区へと足を向けたのだった。






『儘ならぬこと 肆-銀-』 了
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