うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

参-黒-




五日前、仕事で失態をした。


アドバイザーは出血多量で重傷。
学者は何針か腹を縫い、精神的な被害を声高に訴えながら悪態をついていた。

土方も腹部を串刺しにはされたが幸いにも内臓を大きく傷つけることもなかった為に命に別状はない。

何にしても失態は失態。
主催者側が引き入れた人間が刺客だったとしても。


昨晩、秘密裏に病院を訪れた松平片栗虎と話をした。

今回の警護については疑問がかなり残っている。
実行犯であった秘書はアドバイザー本人が出身地から連れてきた者であるため、幕府を通して経歴について問い合わせ中だ。
言葉を濁されたが星と星レベルのやり取りが水面下でなされて為に時間がかかっているのだろう。
松平は不用意に庇い立てが出来ないという事実だけを述べた。

ならば土方に取れる方法は限られていた。
近藤を護ること。
真選組という近藤を護る集団を維持すること。

全面的に手を引くわけにはいかないが、まずはその土方にとって一番重要な部分を確保するところから始めるしかないのだ。

土方十四郎の戦線離脱。
蟄居を申し付けられることで真選組の責任問題から世間の目をそらす。

松平は渋ったものの最終的に土方の案に乗った。


記者会見により発表をすればただでさえ賑やかなマスコミの報道合戦は更に激化する。
だからこそ、土方は記者会見よりも前に病院の裏口から抜け出していたのである。



抜け出したものの、行く当てなどない。
差しあたってはどこかのシティホテルに入るつもりでいた。

真選組の屯所にもしばらくはマスコミが押し寄せているであろうから、表向きは座敷牢に入ることにしておいて、自分の身は余所にあるほうが多少身動き出来る。

だが、監察が潜入捜査に使っている家屋の類は生憎と今どの場所も使用中だった。

公表前とはいえ長い時間外をうろついていることは得策ではない。
更にどうにも刀が左の腰にないことが土方の不安をあおり、足を速めさせていた。
帯刀していれば、幕臣だと一見してばれてしまうという理由で刀は置いてきたのだ。
もしも、命に別状はないとはいえ腹に傷を負った状態で自分の身元が攘夷浪士にでも見破られたならば目も当てられない。


出来るだけ目立たないように、出来るだけ傷に響かない速度で路地路地を選びながら移動をしてた土方の視界を猛スピードで走り去る銀色のバイクが横切っていった。

ボディに大きく「銀」と描かれたバイクは、いつも通り洋装に流水紋の着流しを片袖抜いて着る男を乗せていた。
とても急いでいるのか、ヘルメットは首にかかるだけで銀色の跳ね返った髪の上に乗ってはいない。

「…30キロオーバーで免停だぞ。万事屋」

焦った顔をしていた。
またどこかで厄介ごとに巻き込まれたかもしれない。
またあのお人よしのことだ。
懐に入れた人間のうちの誰かのトラブルに手を貸しているのだろう。
そう思い、土方は小さく笑った。

死んだ魚のような目をした何でも屋の主人。
元攘夷志士・白夜叉の名にふさわしい剣技を持っているくせに何時もでやる気のない顔をして、ふらりふらりとかぶき町を流し歩く。
金に汚いかと思えば、金にならないようなことに手を貸してみたりもする。
必要とあれば、自身の矜持を一番に護り煌めくさまは見ていて好ましい。

好ましい、と思っている。
自分とは何かと張り合う場面の多い男だ。
顔を合わせれば、口から出るのは相手を苛立たせる言葉ばかり。
口も手も出て、いい大人がと後で反省するようなつまらない張り合いばかりしてしまう。

それでも好ましいと、嫌いではない。

似ているとよく言われるが、似てなどいない。

土方は近藤という大将があってこそだ。
二番手なのだ。
近藤がいなければ、きっと走り方などわからなくなってしまうだろう。

けれどあの男は違う。
誰かを護るために戦い、一人になることも恐れてはいない。
誰かを大切にすることがあっても執着をすることはないように思える。

飄々と風のように。
羨ましくて、羨ましくない。

似て非なるもの。
なのに何処か焦がれたようにみてしまう自分を土方はごく最近自覚してしまった。

風のような男の周りには沢山の縁と、縁によって引き寄せられた良い女がたくさんいる。
どの女の元に風が留まってもおかしくはない気がして、
それでいて、どの女の元にもとどまらない気がする。

いや、留まって欲しくはないのだと自嘲した。

そんな男の跳ねた頭が猛スピードで駆け抜けていく様子を路地裏から見送って、ホテルへと足をまた動かそうとした。

したのだが、大きなブレーキ音がし、バイクが戻ってくる音に変わったことに足を止めた。

銀色の塊は土方の前でまた急ブレーキをかけた。
声もなく土方は目を見開く。

「なにしてんの?オメーは!」
「何…って…」

坂田がまっすぐに路地に立つ土方を見据えていた。

「屯所に戻んの?」
「いや…戻らねぇ…」
よくこんな薄暗いところにいたのが分ったなと驚いて素で答えてしまっていた。

「じゃ、何処に行くんだよ」
「テメーに関係ねぇだろうが」
「関係ある無しじゃなくてよ、行く当てあんのか聞いてんの」
「…ある…」
「ないんだな?」
「オイ!人の話聞いてたか?」
訳の分からない質問と一方的な決めつけ方に腹が立ち、睨み返した。

「ないんだろ?隠れ家とかあんの?やっぱねぇんだろ?なら来い」
「万事屋?」
「病院にも屯所にもわんさかマスコミ、副長じゃなくなったオメーを探してな」
「………」

隠れ家、というからには坂田は土方の状況を把握しているということなのだろうか。
近藤や山崎辺りが「依頼」したというには早すぎるタイミングだと、その可能性を否定して他を考えるが状況が呑み込めない。

「だから、来い」
「悪ぃが、オメーんとこに依頼するつもりはねぇぞ」
「あ?依頼?あぁ、依頼、依頼な。大丈夫だぜ?万事屋銀ちゃんはそれなりのサービスを高値で…」
「それなりかよ!」

可能性として思いつくことを口にしてみるが、返る声色からはそれは正解とはいえそうになかった。

「それなりだけどよ、今は一刻も早く隠れた方がいいだろ?」
「俺を匿える当てはテメーこそあんだろうな?」

確かに言う通りだ。
こんなところで、こんな目立つ男とこぜりあっていれば遅かれ早かれマスコミや野次馬に見つかってしまう。

「あるある。とっておきのがな」
「テメーん家ってのは無しだぞ?」
「わーってるって。マスコミから隠れられて、ほどほど真選組から離れてなくて、人の出入りが激しくて身内と連絡取りやすいところ、だろ?」
「……あぁ…」
ポンポンと坂田はバイクのシートを叩いた。

「あるから。だから、来いよ」

何か、急ぎの用事があったから、あんなに切羽つまった顔をしていると思っていたのに、今の坂田は落ち着いていて、そんな片鱗が見当たらない。
多少の苛立ちのようなものを感じるが、それは土方がなかなかバイクを跨がないことに対するもののようだった。
焦りが消えたということは、焦りの原因は自分をいち早く見つけることだったのかと考えて、また、そんなはずはないと心の中で否定する。
坂田の目的に全く思い当たるものがない。

「わかった…」

それでも、それ以上何も言わず、土方は渋々の態を装って、坂田の後ろに乗り込んだのだった。



坂田が向かったのは吉原だった。
吉原ではあるが、いわゆる女を買う店ではなく「茶屋ひのわ」と書いてある店だ。
坂田は少年と車いすの女性にあいさつをして、土方に店内で待つように言うと奥へと入って行ってしまった。


吉原の天が開いた後、つまりは絶対的な支配者である鳳仙を失った吉原は様々な犯罪や隠し事を容易にする場所に変わってしまった。
百華という自警団が治安を護ってはいるが、攘夷浪士の潜伏先にも薬物売買の場所として利用されることも少なくはない。
真選組も表だってではないが監察を潜り込ませることがある。
解放されてもこの土地にはこの土地のルールがあり、それなりにデリケートな場所なのだ。

もうひとつ吉原と聞けば思い当たることもある。
吉原の救世主。
そんな言葉と坂田の顔が結びつく。

救世主の頼みであれば、融通が利くのか。

寺子屋に通う年頃の少年が出してくれた茶を一口含み、道行く人々を眺める。
この場所もきっと男が護ったのだ。

ものの数分で奥から先ほどの車いすの女性と金髪で顔に傷のある女性が坂田と共に出てきた。
月詠という廓言葉の美女は何度か万事屋の面々と行動を共にしているのを見かけたことがあるし、子どもたちの社会見学一件で土方自身も係わっている。
全く知らない顔ではないことに安堵したのはつかの間だった。
どうにも空気が穏やかとは言えないのだ。

地上の人間、しかも武装警察に籍を置いた形になっている土方がこの土地に短期間とはいえ潜もうとすることにやはり問題があったのかと土方は長椅子から立ち上がる。

「万事屋…難しいなら俺は…」
「別に構わぬ。ぬし一人が居続けるぐらいの部屋を用意するぐらい
大した労力ではありんせん」
煙管を普段は使うのだろう。
距離がやや近づいた女からは特有のにおいが漂ってきた。

「いや、迷惑をかけるわけには…」
「いいっつってんだから甘えとけ」
坂田はいつも通りのやる気のない口調で間に入るが居心地の悪い思いをしているのは土方の方なのだ。
敵愾心、というよりも値踏みされるような空気を感じて腰が落ち着かない。

「そうですよ。銀さんのオトモダチなら私たちにとっても大切なお客様です」
「俺は…」
『オトモダチ』ではないから何と答えればいいかわからず言葉を濁した。
車いすの女性の口調は柔らかい。
柔らかいのだが、どこか棘がある。

「月詠、銀さんのオトモダチなんだから粗相のないようにね?」
「わかっておる」

また「オトモダチ」を強調され、坂田の顔を見る。
澄ました顔をしているが、視線が土方と合わせようとしない。
何か隠しているらしい。

「こっちじゃ」
月詠が煙管に火を入れながら、案内を始めた。

「万事屋、いいのか?」
「構わねぇよ」
坂田の着物を引っ張り、小声で尋ねてもどこ吹く風の返事しかまた返らない。
逆に苛立った声が女からかかってきた。

「早ぅしなんし」

少しだけ振り返った女を土方は美しい女だと素直に感心した。
しゃんと伸びた背筋と均衡のとれた肢体。
百華の統領というだけあって、華奢にみえてしっかりと筋力をなだらかなラインの下に隠しているのが見て取れた。

自分の道をしっかり歩いている女。
その女の数歩あとを坂田が続く。

2人の後ろ姿を見て、土方は察した。
月詠は坂田に好意を持っている。
だから、面倒事でも坂田への協力を惜しみはしない。
そして坂田はそれを知りつつ、応えてやらないのだと。

不思議だった。
似合いではないか。
坂田は顔の傷など気にするような男ではない。

こんな良い女を目の前にして靡かない坂田の心には既に誰か別の人間が住んでいるのかもしれない。
漠然とそんなことを考え、土方は視線を女のヒールと坂田のブーツあたりに落とした。

「多串くん、前向いて歩かねぇと」
ひらりと流水紋が翻り、ひらひらと土方の眼前で手を振った。
女も足を止め振り返り、そんな様子に息を詰めるのが見て取れて土方は焦る。

「多串じゃねぇし、ちゃんと見てる」

なぜかとても居た堪れない気分になって、坂田の手を軽く叩き落した。

「ならいいけどよ。フラフラしてっとその辺の客引きに引っ張りこまれっぞ」
「吉原はそんな強引な商売はしておらん」
「そ?でも迷子になられても困るんだよ」
「何しやがっ!」

手首を掴まれ、驚き抵抗しようとして、気が付く。
自分は今目立つわけにはいかないのだったと。

「ほら、いくよ」

まるで連行されるかのように腕を引かれて吉原の路地裏通りを歩いたのだ。




連れて行かれたのはメインの通りから少し入り込んだ場所にある一軒家だった。
一軒家とはいっても小さい。
平屋の2DK。

少々立てつけが悪い玄関扉を開けると、しばらく使われていなかったのだろう多少埃っぽい匂いがしたが汚れていると感じることはない程度には掃除されていた。

ダイニングキッチンと和室、小さな庭まで付いている。

「俺が借り受けても大丈夫なのか?」
地下に潜る。
文字通り、吉原でも奥まったこの場所であれば、マスコミ陣が襲撃してくることもない。
攘夷浪士たちか潜んでいる可能性の方は否定できないが、まさか真選組の副長がいるとは、まず考えないだろう。
真選組との連絡方法には多少問題がないこともないだろうが、なんとかなる。

「ここは元々百華の女たちが長期に療養するための家じゃ。自由に使ってかまわん」
「助かるわ」
あちらこちらの戸棚や押し入れを開けて備品をチェックしたり、ブレーカーを上げたりと忙しなく動きながら土方ではなく坂田が返事をする。

何をしていいやら借りてきた猫のような気分を味わいながら気になっている点を月詠に尋ねることにした。

「すまねぇが俺の部下が…」
「銀時から聞いておる。しかし真選組の連絡要員をそうそう花街に潜ませられても困るから最低限にしてもらいたい。必要とあらば、わっちが間に立つ」
「それじゃいくらなんでも…」
「俺が地上と行き来すれば問題ねぇし。文の使いぐらいなら駄賃程度で神楽たちも
 引き受けっだろう」
「それは料金の内じゃねぇのかよ?」
有難いのは有難いが、そこまでの世話になっていいものなのかと坂田を見れば多少ニヤニヤとした表情を浮かべながら追加補足してくるからいつもの調子で土方も返した。

「ぬし!銀時は…」
「え?」
『万事屋』の主として依頼を受ける、つもりなのだろうと思っていた上での軽口のつもりだったのだが、思いの外、月詠に鋭い声を上げられて戸惑った。
それに割って入る様に坂田が言葉を重ねてくる。
「月詠、折角の儲け話なんだから、話の腰折らないでくんない?」
「銀時、ぬしはそれでいいのか?」
「良いも悪いも関係ねぇ話だ」
「…ぬしが良いならこれ以上口は出さんが…」
やはり、今回の不可解な坂田の行動には裏があるのかと、そう眉を顰めながら、2人の会話を黙って聞いた。
そして女はその事情を察しているが、銀時が良しとしなければ話すつもりもないらしい。
一人蚊帳の外な状況に胃のあたりが気持ちが悪くなってくる。

「一度地上に戻ってくる。早速なんか伝言は?」
「…近藤さんに迷惑かけるとだけ」
「りょーかい」

土方の蟄居については今日の記者会見で近藤はいきなり聞かされた形になっている。
病院を出る前に身を隠すことだけをメールで送っているが、口頭で伝えてもらった方が安心してもらえるだろう。
短い返事の後、坂田は地上へと戻って行った。

「わっちも一度ひのやに戻る。鍵は玄関に置いておくし、百華にも周辺に注意しておくように指示しておく」
「月詠さん」
土方が呼びかければ、出て行きかけた女はなんとも言えない顔をして振り返った。

「迷惑をかける」
坂田が何を考えているにせよ、巻き込んでいることは確かだと頭を下げた。

「土方、ぬしはその…いや、何でもない。何か不便があったらいってくれ。
 なんといっても吉原の救世主殿たっての頼みじゃ」
「すまない…正直なところあの野郎がアンタたちを、吉原を巻き込むなんざ思っていなかった。体勢が整い次第出ていく」
「銀時は…いや救世主の客人が一人帰ってしまったとあっては、わっちらの面目が立たん。
 引き払う時はあの男に話を付けてからにしてくれなんし」
また女は頭を振って、また何でもないと煙管を口にくわえた。

「また…」
「あぁ」

それ以上土方も会話を続ける事が出来ず、女が玄関を出ていく様を見送ったのだ。





『儘ならぬこと 参-黒-』 了



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