弐-銀-その中継を坂田銀時は自宅兼事務所である万事屋のテレビでたまたま見ていた。 神楽は昼食が済んでしまうと同時に定春をつれて遊びにいってしまった長閑な午後。 お昼のワイドショーを見るともなしにつけたのだ。 つまらない評論家だか学者だかのテロ対策についての講演会がどうのとナレーターが紹介してたが興味はない ただ、それを警護するのが真選組だとの言葉に読んでいたジャンプから顔を上げた。 主催らしい男が壇上に上がり挨拶をしている。 袖にでも見慣れた男の姿が見えないかと目を凝らしたが、映りこむことはなく、諦めてまた誌面に目を落とした時だ。 突然流れてきた悲鳴。 興奮したナレーターの叫び。 生中継の為に編集されることなく映される画像。 壇上で男が一人斬りつけられ、続いて襲いかかられた男との間に黒い真選組の隊服が割り込む。 銀時が探していた男。 真っ黒いV字前髪の瞳孔のひらいた目つきの悪い男。 土方十四郎。 武装警察真選組の副局長。 まずい、そう思ってソファから立ち上がった。 護るべき男から羽交い絞めにされ、土方の脇腹に刀が刺さる。 それでも身を捩りながら、土方は賊に向かって剣を強引に振り下ろした。 銀時はまばたき一つできない。 小さなテレビの画面では正確なところは分らないが、急所は外れたと思う。 いや、思いたい。 賊が地面に倒れこみ、大量の血液が飛び散った。 一瞬だけアップになった土方の顔が返り血で汚れ、左目が開かないのが見て取れる。 そこまでで現場の中継は中断され、ワイドショーはスタジオの視界にカメラを戻した。 司会者とコメンテーターがやれ大変だ、真選組の落ち度だと騒ぎ立てていたが銀時の耳にはもはや何も届かない。 もう一度、見せろと画面にかぶりつくだけだった。 「土方…」 大丈夫だ。 そんな簡単にくたばる男じゃない。 銀時は自分に言い聞かせる。 腹に穴が開くぐらいなんてことはない。 そうだろう土方。 拳を握る。 「土方…」 名を呟いた。 顔を合わせて、その名を呼べば顰め面しか返してはくれない男だけれども。 銀時は土方のことを好ましく思っていた。 好ましいと。 むさくるしい男連中を従えた武装警察のナンバー2を。 何かといえば抜刀し、身内にでもやれ切腹だなんだと口にする。 鬼なんて呼ばれ、研ぎ澄まされた刃のような立ち振る舞いをするかと思えば、存外抜けている一面や甘さを含む。 銀時とよく似ていると近しい者たちに評されるが、似ているようで似ていないと本人たちは思い、張り合ったりもしてきたのに。 それがいつの間にやら、銀時の土方を見る目は変わってしまっていた。 どこかで声が耳に届けば心臓が跳ね、悪態を付き合えば楽しさを感じつつも、もっと違う会話もしてみたいと苦々しさも同時に感じた。 どこかで怪我をしたと聞けば、状況が気にかかり、 沖田にまかれたと不貞腐れているのを見れば、ほほえましく感じる。 なんだかんだと文句をいいつつ、すまいるに近藤を迎えにくる土方を見れば、肝臓あたりがむずむずと気持ち悪くなって、吐きだしようのない苛立ちをもった。 短く切りそろえている爪を見れば噛んでみたいと思い、 隊服の時には見えないうなじに舌を這わせてみたいと思う。 つまりはそういうことだと。 状況だけを並べ立ててみれば、惚れた腫れたという感情なのだと自覚してしまった。 自覚はしたものの、何ができるでもない。 出会った当初よりは距離は近くなったとは思うものの、良好とはいえない腐れ縁。 その「縁」から抜け出せない。 知り合い、知人というには近い。 友人ほど近くはない。 「恋仲」とはほど遠すぎるほど遠い。 近づきたいと思いはすれど、今更どう近づいていいかわからなかった。 犬猿の仲だと思われている自分が理由なく彼に近づいても、きっと逃げられる。 そっと銀時は静かに想っているだけだった。 けれど、鮮血を滴らせた土方の姿が目の裏から消え去らない。 死にはしない。 幸か不幸か戦場で幾多の負傷者を見ていた。 引き摺って帰れるだけの人間を背負い、手当てをし、そして看取ってきた。 だから、ほぼ確信している。 あれくらいでは死にはしないと。 まして土方の体力ならば。 見立てに自信があるくせに心は納得していなかった。 実際に会えばいい。しかし、銀時の立ち位置からは叶う筈もなかった。 じりじりと数日が過ぎた。 近藤や沖田や山崎、鉄之助、百歩譲って禿げ頭の何番隊だかの隊長とやらを捕まえれば聞けないことはないのかもしれないが、町で彼らを見かけることが出来ないのだ。 そうなってくると、マスコミが流す情報がメインとなってしまう。 中止された講演会。 負傷した主催者とゲスト。 問われる責任について、知ったような口をきく各局のコメンテーター。 名前は伏せられているが土方が入院しているという病院の外観が画面に映ったあと、 記者会見に切り替わった。 サングラスをかけた警視庁長官が真選組の警護について落ち度はなかったと強気な発言をしながらも、実際に死傷者を出した点について謝罪をし、過激なテロを批判する。 そして、最後に聞き捨てならない言葉を松平某かは口にした。 『土方十四郎を真選組副局長に任から解き、蟄居を命じる』と。 すぐ隣に座っていた近藤が驚いて立ち上がったのを見て、局長の近藤ですら聞き及んでいなかったことなのだと容易に察することが出来た。 「蟄居…」 簡単に言えば自宅謹慎。 だが副局長の任を解かれるとなれば、レベルも重い。 座敷牢に入れられるのか、別宅を用意されそこに監視付きで住むのか。 万が一、辞職しようと浪人に戻る、では場合によっては済まない。 行動は監視され、拘束され続けるだろう。 「土方…」 それにお前は耐えられるのか? 銀時は下唇を強く噛んだ。 テレビの箱の中でも人々は騒然となり、再びカメラは病院に戻された。 押し寄せるカメラとリポーターの人だかり。 居ても経ってもいられず、銀時は万事屋を飛び出した。 病院名は分らずとも、外観で何処だか容易に想像はつく。 あれは銀時も何度か世話になっている大江戸病院だ。 愛車のイグニッションを回し、エンジンがかかるか、かからないかのタイミングでアクセルを回す。 ぐんっと身体に重力がかかったのを腹筋で立て直し、速度をさらに上げて病院へと向かったのだ。 『儘ならぬこと 弐-銀-』 了 (129/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |