うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

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数学の、というよりは土方の授業をボイコットが3回目を迎えたところで、呼び出しがかかった。
けれど、それも無視し続けていれば、7回目の後、担任を通して封書が届いた。

数学の出席表のコピーとあと何日欠席すれば単位としてカウントできないのかが丁寧に書かれていた。
けれど、追試・補講は基本的にしないとシビアな発言も、最後に添えられている。

これはなんだと担任に突きつければ、あわあわと演技なく慌てふためいていたから、土方単独の決断だと想像が付いた。


ボイコットは自分に尊大な態度を取った講師に警告のつもりもあった。
銀時が授業に参加しなければ、単位を取らせることが出来ない。
そうなれば、担任から、いずれは校長から土方は問い詰められることになり、困ることになるだろうと。
職を失いたければ、自分に侘びを入れたらいい。
非礼を謝るなら、許してやらないこともない。
そんなつもりもあったのだ。

だが、土方は真っ向から喧嘩を買ってきたと銀時は顔をしかめる。
喧嘩といっても相手は世間でいえば相手が全面的に正しいのだが、銀時の、この学校のルールで動いてきた銀時にとって、屈辱的なものでしかなかった。

「銀時さん、あいつ追い出しちゃえばいいんですよ」

銀時の苛立ちの原因を察した一人が口を挟んでくるが、無視を決め込んだ。
学園から土方を追い出せば、苛立ちの原因を早急に排除できて、平穏な生活を取り戻せる。

排除すればあの取り澄ました顔を見なくて済むようになる。
あの顔を見ているとぎゅっと心臓が苦しい。
それでももう少し見ていたいと思った。
取り澄ました土方の顔以外の顔を見てみたいとも。

悔しそうに歪む顔を想像すればぞくぞくとしてくる。
その感覚に、きっと自分はあの綺麗な顔をゆがませて、自分に謝らせて傅かせるという行為に魅力を感じているのかもしれない。

懐かない野生動物を組み伏せる楽しさと同じ。
もともと自分がS属性を持っていることを自覚していることもあり、そんな風に考えた。

(それにしても…)

土方の行動は容赦がない。
誰かしらに注意勧告は申し渡されているはずであるのに強気だ。
産休代替で短期間の雇用だとはいえ、普通は仕事を失うことを不安に思うのではないか。
かといって、フラフラと仕事を変えるような根無し草のタイプにも見えない。

第一、この銀魂学園に採用されるほどだ。
よほどの実力かコネクションがなければおかしい。

コネクションの線を調べようとも思ったが、興信所を使えば祖父の耳に入る。
まだ知られたくはなかった。
頭のよくない取り巻きを使うのも迷いがある。

仕方なしと銀時は自ら情報収集に励むことに作戦を変更した。



授業にもそれからは出るようにした。
相手の弱みだとか隙だとかを探る一端だ。
担任でもない以上、学内で不自然なく顔を見ることが出来るのはそれくらいだったのだ。

銀時一人の力ではこれほど限りがあることを心の何処かで知りつつも、初めて、密かに、慎重に、自分だけが知る土方を探ってみたかった。


土方の授業はけして面白いとは言えない。
淡々と教科書の通り、進めていき脱線することはない。
ただ、本筋からずれることはないのだが、言い方を理解しやすい言葉に置き換えているために、脳にすんなりと「数」の意味が、「公式」の使い所が入ってくるような授業だった。

静かな口調が教室に響く。
見回せば、うっとりと黒板ではなく土方に見とれている女子生徒たちが目についた。

銀時のクラスにはそれなりの家柄に生まれた生徒が多い。
家のルールに従って諾々と親に従っている人間や、処世術と呼べば聞こえはいいが、要は自分の将来を有利にしてくれる相手とのコネを作ろうと、この小さな箱庭の中で損得勘定で動く人間も少なくない。

きっと、それなりに好物件なのだろう。

年上の男性教諭。
教師という立場であり、危険性はない。
この学園が採用しているということは、出自も学歴もしっかりしている。
年も離れすぎていると感じさせはしない程度であるし、何より見目は申し分ない。

隣に置いて鑑賞に堪えうる物件。

逆を言えば、土方がこの中の一人を逆に自分の出世に役立つとして一人を選んだならば…。

銀時は一瞬引きつれるような痛みに腹を押さえた。

(なんだ?)

すぐに引いた痛みに首を傾げて、顔を再び上げれば、土方がこちらをみていた。
ノンフレームのレンズの奥から、真っ直ぐに。

堪えきれなくなって、銀時は顔を伏せた。

土方に何か見透かされた気がしたからだ。
自分が土方の弱みを探そうといていることなのか、それとももっと何か別の…

そこまで考えたところで、チャイムが鳴り、次の授業の予告をして数学教師は教室を後にしていった。


授業中に土方の弱みなどそうそう簡単に見つかるはずもない。
口調すらあの日を思わせるような乱暴なきき方の片鱗もない。
それでもあの上品だとは言い難い口調はとても様になっていたことから、昨日今日生徒に圧力をかけるために身に着けた言葉づかいではないだろうと察する。

少し突けば何か出るはず。

職員室の中での様子までは窺い知れないが、土方はあまり職員室にいるタイプではなかった。
ただ単に、職員室が喫煙者に対して優しくないというだけの話だったのかもしれないが。

かなりのヘビースモーカーらしい土方は天気の良い昼休みには屋上にいる。
昼食を食べにいくような生徒はこの学校では皆無であるが、時折勉強の場所を探す人間や息抜きをしにくる人間もいる。
彼らと近からず、遠からずの距離を保っているようだが、けして棘はその態度にない。

言葉を飾りはしないが、攻撃的ではない。

銀時に対してもそうだ。
初対面の自分にだけあんな冷たい突き放したような態度であったから、何か後ろがついているのか、もしくはよほど自分を気に食わないと思う何かがあったのかと首を傾げもしたが、授業にでるならば、他の生徒と扱いに差はない。

個人的な話をもちろんするわけでもないが、無視をされるわけでも、あの朝のことを持ち出されることもない。

時折、口端に見せる困ったような、かすかな微笑みのようなモノを見るたびに、落ち着かない、焦燥感のような気分が襲いくる。

それを、この時点では「気に食わない教師に対する苛立ち」だと位置づけていた。

銀時が土方の噂を聞いて回っていると知れば、生徒の中にはご機嫌と取ろうとばかりに情報をかき集めてきてくれるものもいた。
有難迷惑。
今回ばかりは自分で調べるのだとそのほとんどを突っぱね土方を観察する日々を続けてのである。




そうこうしている間に、秋雨が数日続いた。
雨が降れば、屋上に土方はいかないだろうが、職員室にもその姿はなかった。

どこで過ごしているのかと、うろうろと校内を回っている最中に、銀時は嫌な顔を見つけてしまった。正確には、「嫌」というのではなく、今会いたくなかったというのが正しいのかもしれない。

「…晋ちゃん」
「オイ!殺すぞ」

男は呟いてしまった銀時の声が耳にしっかり入ったらしく、低いうなり声で返してきた。
白衣の下に、派手なアロハシャツ、眼帯をつけているこの学校医・高杉晋助。

学園の創始者に連なる家の出身で銀時とも幼い時から親同士の付き合いで顔見知りであるから、思わずそう呼んでしまったのではあるが、一癖も二癖もある人物であることは間違いない。
面倒事を嫌うかのようで、すぐに全部ぶっ壊すだとか、どこか中二思想が抜けない男だ。
仲が悪いわけではない。
それなりに、よく遊んでもらったし、悪い遊びも教えてもらった。
だからこそ、最近のイライラをカウンセラーの如くに分析されるというのは御免だという気持ちがあるから、下手なことは口を滑らせない方がいい。
経験上それを銀時は知っていた。
それでも、まだ油断していたと知るのはもう少し先の話であるのだが。

「あんだ?テメー、怪我して保健室に用ってわけじゃねぇだろうが?サボリか?」
「あ?あぁ、違ぇ。たまたま…」

言われてみれば、ここは高杉のテリトリーである保健室のすぐ傍だったか、と掲げられたプレートを確認したのとほぼ同時だった。
ガラリと保健室のドアが内側から開かれ、ひょこりと黒い頭が出てきた。

「ひっ…(じかた)」
「おう、どした?」

黒い頭は生徒ではなく、銀時が探していた土方のモノだったことに驚き、慌てて口をふさぐ一方で、意外なことに高杉は気さくな口調で土方に声をかけた。

「いや、声したから戻ってきたのかと思ってよ…」
「なんだ?俺がいなくて寂しかったのかよ?」
「アホか。保健委員の子がプリント取りに来てんだよ。出しとけよ」
「あぁ?何年だ?」
「2年B組の奴だ」
仕方ねぇなと高杉は保健室に入って行く。
土方もそれに続きながら、少しだけ足を止めた。

「坂田?」
「あ?」
「高杉先生か、保健室に用なら、テメーも入れ」
「いや!別に!」
「そうか?」
静かにではあるが、銀時の前で保健室の扉が閉まった。
扉の動きと共に起こった空気の流れが、銀時の鼻に煙草の匂いを送り付けてきた。

廊下にもかすかに室内の会話が聞こえてきた。
土方のことを探ろうと思っていたが、別段立ち聞きしようと思って動かなかったわけではない。
単純に、足がその場に縫い付けられたように動かなかったのだ。

「これな、隣のクラスにもついでに持っておけ」
「じゃ、俺もそろそろ戻るわ。コーヒー御馳走さん」
高杉が保健委員に指示する声と土方がカップを片付けているらしい音。

「土方先生、高杉先生と仲いいんですねぇ」
甘えた色の含んだ高い声は保健委員だろうか。
どこか無神経で無遠慮な声。

「綺麗なもんが、俺ぁ好きだからな」
「高杉!ふざけんな」
「照れんなって!ほら、ガキどももさっさと教室に帰れ帰れ」

からりと再び保健室の扉が開いた。
開き、二人組の女生徒が楽しそうに出てくる。

すれ違いざまに、また銀時の耳をきき捨てならない単語が掠めていった。

「なにアレ!土方先生真っ赤だった!可愛いぃっ」
「そういえば、土方先生最近結構保健室いるよ!」

土方は数学準備室や職員室ではなく、保健室で過ごしていたのたから見つけることが出来なかったかと納得をし、そして入ることの出来なかった輪に唖然とする。

唖然として、教室に逃げ戻ったのだった。






それからも、よくよく気を付けていれば、土方は保健委員の話通り、かなりの頻度で高杉のところに入り浸ってことが知れた。



「そういえばさぁ、晋ちゃん…」
「だから、ぶっ殺すぞっつったよな?」
知れたからこそ、土方が明らかに銀時のクラス以外で授業があるとわかっている時間に、保健室に昼寝をさせろと押しかけて探ることにした。
その行動事態は普段から銀時がしている通常のサボり行動のひとつであるから高杉も別段不審には思わなかったようだ。

「ヒジカタと知り合い?」

基本的に高杉は銀時が授業をさぼろうと、口出ししない。
誰も使っていないベッドの上でごろごろ、ジャンプを読んでいようと菓子を食べていなければ咎めもしない。

先ほどの悪態も、自分の仕事をパソコンで行いながら、背中越しだ。
その男が、銀時の言葉に、キィと椅子のキャスターを回して、こちらを向いたのを気配で感じた。

「銀時、テメー、聞いたぞ。土方のこと嗅ぎまわってるそうじゃねぇか」
「付け回してねぇ」
「ネタは上がってる。テメーもあいつと仲良くしたいクチか?」
「仲良く?まさか!気に食わねぇんだよ。アイツ」

鼻で笑って、ベッドから上半身を起こす。

「気に食わない…ねぇ?そういや、土方、あいつにもなんかオメーのこと聞かれたな」
「土方が?」
「なんか…銀時テメーがしくじったオンナのことだか、生活態度だったか・・」
「しくじってねぇ!」
思いもかけない言葉に驚いたが、校門前での騒ぎのことなら解らなくもない。

「まぁ、どうでもいいけどよ。アイツぁ、大学の同期だ。困らせてくれるなよ」
「別に…困らせてなんか…」
「アイツは面白ぇよ。
 馬鹿かと思うほど直情型かと思えば、裏できっちり青写真描いてやがる巧妙さも
 もってやがる。損得、勝ち負けに拘ってそうでそうでもねぇこともある。
 取り巻き連中の中にはいないタイプだな。
 だけどな銀時みてぇな乳臭ぇガキには無理だ」
「な、なんだよソレ?」
「やめとけやめとけ、アレは簡単には落ちねぇって」
「晋ちゃん、落す…ってまさかソッチの趣味あったのかよ?え?」

記憶の範囲内で、高杉は女好きなはずだ。
幾人もの女を袖にしてきたのも、泣かせてきたのも、知っている。
家柄に惹かれて寄ってきたハエも、そうでない女も。

「アレは別だ」
「別?」
「押し倒して牙抜いちまったら面白くねぇ。
 徐々に毒を注ぎ込んで絡め取るって感じか?」
珍しい。
素直に銀時は思った。
気まぐれな男だから分かり難いが、少なくとも食い散らかすつもりの相手ではないらしい。

「要は…アイツの後ろにはアンタが付いてるってことか?」
「後ろ?あ?あぁ、後押しって意味か?んな面倒臭い」
「でも、困らせるなとか、特別だとか…」
気まぐれにしても何にしても、落とそうと思う様な相手であれば護ってやろうだとか、自分を良いようにみせようと思うものではないのか。

「そんな軟な男じゃねぇ。自分の火の粉ぐらいは自分で掃える男だし、
 良かれと思っても、下手な手出しすりゃあ噛みつかれんのはこっちだからな」
「わかんね…」
土方の能力を信用しているというのとも少し異なっている。
土方自身が手出し無用と突っぱねている感じなのか。

「狭い世界からしか見てねぇテメーだからな、
 世の中には親の七光りも御威光もついでに紋所も無くったって、
 肩で風切るバラガキがいるってことだ」
「っ」
「アイツに後ろはいねぇよ。テメーが「お祖父様」にでもなんでも言いつけりゃ、
 学園は首にするだろうし、俺もそんなことに関わる気はねぇさ」

背後がいない。
銀時の後ろについている「家」にとらわれなどない土方。

では、素直にただ銀時の所業を『ダサい』と感想を述べただけ。
サボタージュを形式に乗って、贔屓することなく指摘しただけ。

目の前が少し、クリアになった気がした。

「分ったか?ガキ」
「ガキ、じゃねぇよ…高杉、先生」

先生呼びをしたのは初めてだったからか高杉の目が虚をつかれたように見開かれた。


教室で、職員室で、学校内で見かける土方の視線は厳しくも、決して冷たくはない。
その視線を自分にも向けてほしいのかもしれない。

自分の育ち、生まれ、そんな背景ばかりを気にする学友たち。
容姿、将来性、それを目安に寄ってくる同級生や、時に年上の女性たち。


「ガキ、だとか、ダサぇとか思われたままだなんて勘弁だ」

銀時は勢いよくベッドから飛び降り、くしゃりと天然パーマを掻き混ぜて、土方という人物について、否、自分が土方に持っている感情の行方を再考する必要を感じたのだ。






『Vertigo U』 了





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