T学校法人高杉学園銀魂高等学校 選ばれた学生のみが通う県内でも有数の名門高校である。 銀魂高校に一般的な家庭からの入学するものは少ない。 勉学の面で秀でた学生。 スポーツで実績を上げ続ける学生。 一芸に秀でた生徒を全国から広く募集し、奨学金制度を導入している。 そして、多大な寄付を寄せる権力、財力を持った家に生まれた学生。 学内での力の差というものは、どれほど学園に貢献できているのかで全て決まるのだ。 その影響は生徒間のみならず、教師陣にも影響を与えていた。 力を持つということは=教師陣からも一目を置かれ、優遇されることが多い。 銀魂高校の校門前に一台のキャデラックが止まった。 長く、黒光りする高級車の後部座席のドアが運転手に寄って開かれ、ブレザー姿の学生が足を地面につける。 日本人には珍しい銀色の髪。 自由自在に跳ね返った頭をくしゃりと自分でかき混ぜ、少年はあくびを隠そうともしないで大口を開けた。 坂田銀時。 所謂財閥と呼ばれる家柄の家長を現役で務める祖父を持ち、その祖父に育てられた。 育てられたといっても、事故で両親が他界した後、同じ家に住所を置いたというだけで、親密な肉親の情はほとんどない。 多忙極まりない祖父母と過ごした時間の記憶が自体がないのだ。 常に、使用人と家庭教師といった大人に囲まれて育ってきた。 祖父が出資を惜しまないこの学園での生活は、学び舎を共にする学友たちは詰まらない人間ばかりであることを除けば不便はない。 逆をいえば、一通りのことを器用にこなすことの出来る銀時にとって刺激自体は日々の中にほとんどない。 何かに夢中になることもなく、多少の刺激を外に求めるぐらいしか楽しみはなかった。 それでも、基本的に人間との付き合いを億劫だとおもう性格上、外でも深いつながりも遊び仲間も積極的に作ろうとも思わなかったのではあるが。 時刻は午前8時20分を既に回っていた。 本来であれば遅刻ぎりぎりの時間帯。 しかし、銀時を始め、今到着したばかりの者たちは慌てる様子もなく携帯をいじりながら校舎へと歩みを進めている。 数名の教師が彼らにあいさつをするが、返すこともなく、咎められることもない。 「あ、銀時さん、おはようございます!今日は早いですね」 「ん〜、早かったかな…やっぱ、面倒くせぇから帰ろうかな…」 同じ制服をきた学生が銀髪にあいさつをし、遠慮がちに少し後ろにつくが、銀時はちらりと見ただけで、挨拶を返すでもなく呟く。 「おはようございます!銀時さん。 そういえば!この間、銀時さんがお持ち帰りした女あれっきりですか?」 「お持ち帰り?……大江戸女子だか東高かどっかの女子?」 「それ前の前ですよ!この間、短大の子と良い感じだったじゃないですか!」 取り巻き達は銀時のご機嫌と取ろうと、合コンのような場を勝手にセッティングする。 自分から誰かに構うことは面倒ではあるが、女の子は嫌いでないから一応は顔を出す。 それなりに気にいった女とは抜け出して二人で遊びに行くこともあるが、一回きりというパターンがほとんどだ。 「うるせぇよ。いちいち覚えてねぇよ」 「え?また銀時さん、彼女変えたんですか?家柄も顔も良いと違いますよね!」 「彼女じゃねぇよ…あんなん」 「つまみ食いし放題って羨ましすぎ…ってあれ?」 そんなんじゃないと返事するのも面倒臭いと黙った時だ。 「坂田君」 取り巻いていた少年の隙間から、声のした方に首を回せば、他校の制服を着た少女がひとり立っていた。 「え…と?」 銀時は覚えていない。 顔の造りは可愛い方だと思うし、スタイルも悪くはない。 ただ睨み付けてくる顔は鬼女のようで美しいとは言えなかった。 「銀時さん、ほら、一月前くらいに合コンした…」 「あ?」 そばで取り巻きの一人が耳打ちしてくるが、大して覚えていないところを見ると、こいつも次はないなと記憶から消去した類の人間らしい。 「連絡くれるっていったのに!今の話ってどういうこと?二股かけてたの?」 予測は正しかったらしく、つかつかと近づいてくると強く言い放った。 「別に二股も何も…」 銀時は面倒臭いことになったと頭を掻く。 「アンタと付き合ってねぇよな?俺?つうか、ぶっちゃけアンタ誰?」 「え?」 「ひっで!銀時さん!お持ち帰りしてポイ捨てしたんすか?」 「ちげーよ…マジ、覚えてねぇんだけど…」 首後ろに手を当てて、コリをほぐす様に揉んでみる。 「坂田君!言ったじゃない!自分を大切にしたらって言ってくれて! また連絡するって!」 「あ〜…なんか…思い出した気がする…アレだアンタ。 ノリノリで乗っかってこようとしたアバズレだったから、 ドン引いてそんなこと言った気がするわ。うん、たぶんそんなとこ…」 「な!」 「俺積極的な女、嫌ぇなの。アバズレもな。 だからスイマセン。どっちにしてもアンタ無理」 女の言葉にうっすらと思い出してきた。 時折いるのだ。 一回二人で会っただけで、自分はすでにカノジョになったのだと勘違いする輩が。 「坂田君!」 「ほら!無理って言われてんだろ!」 「そんな風だから、相手にされねぇんだ」 追いすがろうとした少女を少年の一人が突き飛ばした。 派手に後ろに倒れこみ、スカートが翻る。 その様子に一斉に嘲るような笑い声が響き渡った。 通り過ぎていく生徒たちは自分が遅刻しないかと時間を気にするふりをして遠巻きにするだけだった。 「何をしてるんだ?テメーら!」 それなりの人だかりを作ってしまったことと予鈴が既になったからだろう。 一人の男性教師が駆け寄ってきた。 「どういうことだコレは!」 銀時の中で認識のあまりない教師だった。 細身のダークグレーのスーツで、銀時と対照的なストレートの黒髪。 一見教師ではなく、ヤクザあたりといっても通りそうな物騒な目つきをしていた。 年の頃は20代後半で、校内では比較的若い類に入るだろう。 「この女が銀時さんに、いちゃもんつけてきたんですよぉ」 「俺らのほうが、マジ迷惑してたんす」 説明は取り巻きに任せて、銀時は黙っていた。 「テメーの知り合いなのか?」 「っ!」 教師はそんな取り巻きには目もくれず銀時の正面に立ち、真っ直ぐ問いかけてきた。 思わず息を飲んだ。 自分にそんな口のきき方をする教師がこれまでいなかった。 ここでは教師さえも銀時の動向に眉を顰めても目をそらす。 銀時の口から保護者に、悪い噂が入れば瞬く間に職を失う可能性があることを知っているからだ。 まさか、この学園の教師がそれを知らないはずはないだろう。 「知り合いなのかと聞いてんだよ!喋れねぇのか!坂田!」 「…たぶん…知り合い?」 間違いはない。 男は自分が『坂田銀時』だと知って、強く問いかけてきているのだ。 「突き飛ばしたのは誰だ?」 今度は視線が全体を泳ぐ。 だが、誰一人として手をあげるものがいなかった。 教師は少し考えたふうだったが、銀時たちを通り過ぎて少女の方へと向かった。 その擦れ違いざまだ。 「ダセぇ…」 銀時の耳に教師の呟きが確かに耳に入った。 一瞬何を言われたかわからなかった。 「ほら!君たち!土方先生にあとは任せて!教室に入りなさい!」 騒ぎに気が付いた他の教師たちもその場に駆けつけ、銀時たちは押しやられるように校舎へと足を動かさざるを得なくなってしまった。 押されながら、垣間見えたのは教師が呆気にとられている少女の腕を取り、何事か話しをしている姿だった。 そのまま、同僚に声をかけ、少女と共に校外へと送るつもりなのか立ち去って行ってしまった。 (なんなんだ!あの野郎は!) 教室に入ったものの、苛立ちがおさまらず、銀時は乱暴に椅子に腰を降ろした。 おろおろとクラスメートはこちらを遠巻きに見ているが知ったことではない。 坂田の家は高校にも多大な寄付をする資産家の家であり、生徒たちは勿論、教師たちも銀時の素行について指摘をすることはこれまでなかった。 「オイ」 「は、はいっ!」 「あの野郎は、なんていうやつだ?」 「え?」 「さっきの教師だよ。ガラの悪い」 あの場に居合わせた一人を睨みながらたずねる。 銀時はもともと人の顔を覚えるのがあまり得意ではないが、あれだけ印象的な男であれば知っていてもおかしくなさそうだと疑問に思う。 「あ、ヒジカタのことですか。産休の結野先生の代替です」 「結野先生…ってことは数学か…」 「ですです!ほら、坂田さん、先週学校こなかったから…」 机をトントンと苛立ちにままに指で叩きながら、なるほどと少し納得する。 先週サボっていた銀時が土方の顔を知らないのも道理だ。 何にしても、腹の虫は容易に収まりそうになかった。 「今日は数学、午後イチだな」 「そうですね」 「じゃ、俺、午後から帰るわ」 着任早々、首というのも面白いが、どうせなら土方の授業をボイコットし続けて能力を疑われるような評価を突きつけさせて、次の講師先を見つにくくするというのも妙案だと思う。 既に一限目の授業は始まっていたが、お構いなしに、銀時は教科書を出すでもなく机に突っ伏した。 整った顔だった。 整形したような女優の不自然さではない自然な流線。 少し掠れたような声を紡いだ唇は薄くもなく厚くもない。 頭をちらつき続けるのはその中でも銀時を問い詰める遠慮のない視線。 「ヒジカタ…か…」 口に出してみれば、舌触りのよい名前だと感じて、小さく舌打ちをしたのだ。 『Vertigo T』 了 (121/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |