壱こちらは、壱周年企画にてのり様より承りましたリクエスト作品になります。 ご注意ください。 ◆土方さんが多少(?)乙女入っております。 ◆また、成人向けの表現もあります。 上記が苦手な方は、どうぞ、お戻りくださいますようお願いします。 大丈夫な方、どうぞ、そのまま↓へ… 武装警察真選組。 そこには真選組組織宛ての郵便物はもちろん、そこに住まう隊士宛てのものも届けられる。 公式文書。 請求書。 ダイレクトメール。 郷里からの手紙。 そして、恋文。 真選組の隊士は一番隊隊長沖田や小姓佐々木鉄之助など、十代後半の青年も所属しているが、おおむね二十代、成人男性がその主流だ。 成り上がり、暴れ者、チンピラ警察、悪評はついて回る上に危険と隣り合わせの職業。 それでもれっきとした幕臣であり、安定した『公務員』だと判別されることも多い。 であるから、それなりに彼らに憧れる妙齢の女性も存在はしている。 なかでも、副局長を務める土方十四郎は見目の麗しさから圧倒的な人気を誇っていた。 日々送られてくる恋文。 ファンレターといった方が良い内容のものがそのほとんどではあるが、 土方はすべての手紙を開封し、確認する。 己の写真を付けてくる者。 贈り物つきのもの。 和歌を添えてくる者。 文の内容を一枚づつチェックし、初回に限って礼状を出す。 フォロ方として差しさわりのない言い回しで気持ちにこたえられないことを伝え、公務に関しての理解と文の感謝を述べるのだ。 彼女たちは土方を買い被っていると、土方は毎回褒め称えられるばかりの文章に鬱々とした気持ちにさせられていた。 どれほど土方個人のことを知っているというのか。 たまたま、巡察途中で見かけただけ。 たまたま捕り物の最中に擦れ違い、大丈夫かと声をかけられただけ。 たまたま、事情聴取をし、協力に対して礼を言っただけ。 何を以て「お慕いしております」という言葉を軽々しく、つづっているのだと頭が痛い。 けれど、土方個人がどう思われようとかまうものではないが、回答一つで、真選組のイメージに直結しかねないことも土方は経験上知っていた。 女性の横のつながりというものの恐ろしさだ。 だから、非番を使って筆を滑らせる。 そんなある日一通の文に目が留まった。 何の変哲もない白い長4の封筒。 表書きにはただ『土方十四郎殿』とだけ。 切手は貼られているし、消印も押されているから、気を利かせた郵便局員が 直接屯所のポストに届けてくれたのかもしれない。 送り主の名前もない。 表書きの文字から読み取れるのは明らかに女性の文字ではないということ。 しかし、それ自体は土方としては珍しいものではない。 男性であってもファンであると旨や、時にはあからさまに性の対象としての想いをつづってくるものもいなくないからだ。 封筒の中には淡い空色の雲龍紙が2枚。 そのどちらにも何か書かれている形跡はなかった。 ここで流石に土方は首を傾げる。 何か細工があるのか、 それとも何かの謎かけなのか。 光に透かして見ても何も浮かびあがってはこない。 ただ、その文(ふみ)にはどこか惹かれた。 己も兄に白紙の手紙を送っていた。 まっさらな便箋を前に、何か書こうにも何も言葉を見つけることはできず、 否、伝えたいことは自分でもわかっているが、それをあえて口にすることも紙につづることも出来なかっただけだ。 その手紙からは土方のそんな心情に近いものがあるように汲み取れた。 手触りの良い雲流紙に乗せられた無言の言葉。 それを指でなぞり、我知らず口元に笑みが浮かんでいた。 自分に向けられた好意に、というよりも自分の中でくすぶっている気持ちと同質のものをもっている同志を見つけたような、そんな小さな喜びのようなもの。 そうなのである。 真選組副局長・土方十四郎には想いを密かに寄せる相手がいる。 秋風を寄せられる機会の多い土方ではあるが、自分の方から心中の相手にアプローチをかけることはない。 相手は柔らかな肢体を持つ女性ではない。 しかも、出会いから土方が刀を突きつけたという最悪の状況から始まり、 これまでも事あるごとに、意地を張り合い、怒鳴り合い、罵声を浴びせあう、 傍から見れば『犬猿の仲』と称されるにふさわしい男。 かぶき町でなんでも屋を営む『万事屋銀ちゃん』の主、坂田銀時。 どう考えても衆道の気配があるとは思えず、もとより嫌われている土方に望みなどあるはずもなかった。 だからこそ、目の前の白紙の便箋に惹かれた。 書く言葉を見つけることが出来ず、それでも出さずにはいられなかった。 そんな心情を土方は痛いほど理解できた気がした。 暫くの間、その紙面を眺め、 返信先のわからない手紙をそっと封筒に戻し、文机に収めたのだ。 それから数日後のことだ。 また封筒が届いた。 まったく同じ封筒。 まったく同じ便箋。 ただし、今回は白紙ではない。 几帳面そうな文字で少しだけ文が綴られていた。 白紙のまま送ってしまったことへの侘び。 ままならない気持ちをぶつけるつもりはなかったのだが、つい筆をとってしまったこと。 土方の隊務を労い、そして激務を陰ながら案じていること。 手紙の主は誠実な人柄に思えた。 ほんの少しだけ、違和感を感じたが、今度は返信先が書かれていたことだろうと首を振る。 住所はあるが、名前はない。 前回の手紙は土方の文机にしまわれたまま。 白紙のままであったことを知るものは書いた本人か、封を開けた土方しかいない。 返信先は江戸内。 かぶき町と屯所のほぼ中間の町。 意外に近いところの人間なのだと少々驚きながら、何度も読む。 静かな文。 けれど、どこかに激情をも含んでいる文だと感じた。 返信先がわかったからには返事を書かねばなるまいと、土方は腰を上げる。 住所だけだが、郵便配達の人間が届けてくれるならばそれで良いし、 届かなければそれまでだ。 「ちょっと出てくる」 「副長?煙草でしたら俺が…」 廊下ですれ違った鉄之助が声をかけてくるが、ゆるりと首を振る。 「散歩がてら、便箋を買ってくらぁ」 「え?それも買い置きが…」 「行ってくる」 沖田ではなく、鉄之助であったことを幸いとして、それ以上追及される前にと、急いで足を進める。 (どこの乙女だか…) 名を名乗らない文。 相手の顔もわからない。 けれど、どこか他の文を同列に据える気にはなれずに、紙問屋へと足を運んだのだった。 紙問屋で紙を選ぶ。 技術の進化というべきか、天人文化の影響というべきか、様々な色、形のものが立ち並んでいた。 女性や子どもの好みそうなキャラクターの付いたもの、罫線のみがひかれたもの。 古来からの巻紙タイプでも筆で文を書く土方は構わなかったが、今回は相手の文に合わせた雲龍紙を手に取った。 送り主と同じ淡い青、 かすかに色づけられた桃色、 落ち着きのある薄緑、 染色をしていない生成り。 楮の繊維が密やかに舞うさまが一番映える気がして白が良いと思った。 淡い青と並べれば、白さが映えるだろう。 「主人、これの白はあるか?」 「あぁ…はい。先日取り寄せたばかりですので。ただいまお持ちします…お紺や!」 店の主人は店員に奥から持ってくるように指示をし、ふと土方の背越しに何か見つけたようで、軽く会釈した。 常連だろうかと何気なく土方も振り返れば、そこには見慣れた流水紋の着流しの男が通りかかったようだった。 「あれ?土方君?」 「万事屋?」 「なに?手紙?」 今日は子どもたちの姿はその周りにない。 土方の手元を覗き込んで、珍しいことに気安げに話しかけてきた。 「あ、あぁ…まぁな」 「何々?わざわざフクチョ―さん自ら紙を選んで、恋文でも書くの?え?マジで?」 気安げだと思ったのは気のせいだったのか。 本当は書いてみたいと思っている相手にそんなことと言われるとはと内心ため息をつき、説明をする。 「違ぇよ。これは…礼状みてぇなもんだ」 「礼状…ふぅん?」 「な、なんだよ?別におかしかねぇだろうが!」 「おかしかねぇが…」 何がひっかかるのか、跳ね返った頭を掻きながら、斜め上を見ている。 「お待たせいたしました。ではこちらになります。雲龍紙ですが便箋用に 加工しておりますので、筆の滑りはよいと思いますが、多少乾きづらいかと」 「雲龍紙?」 「先方に合わせてな…つうか!テメーに関係ねぇだろうが?」 土方の肩越しにまた覗き込んできた銀時の髪がすぐ横で揺れ少し動揺する。 「関係ねぇってねぇけどよ!んな噛みつかなくてもいいだろうが! 先方合わせで紙を選ぶとかフォロ方くんは違うねぇ」 「っ!なんだよ!その含みがある言い方は!あ?喧嘩売ってんのか?」 「ち、ちょっと銀さんも!土方様も!こんなところで困ります」 「「あ、すまねぇ」」 店先であったことを思い出し、慌てて声をおとした。 「これをくれ」 苦笑する店主から商品を代金と交換に受け取り、慌てて店をでた。 「じゃあな!こんなところで油売ってねぇで働けよ!ニート!」 「ニートじゃねぇって、何回も言わせんな!痴呆症ですかコノヤロー」 後ろで喚く声が聞こえた気がしたが、土方は歩き出す。 坂田に送るわけではないのに、無意識に送られてきた青と自分の選んだ白を男の身にまとう着流しのコントラストに見立てていたことに気が付き、ひどく気恥ずかしくなって、更に速度を上げたのだった。 『恋文 壱』 了 (116/212) 栞を挟む |