参Side 土方 「トシ、ちょっといいか?」 「近藤さん」 巡察から戻り、自室へ戻ろうとしたところを近藤に呼び止められ足を止める。 ちょいちょいと手招きされて、近藤の部屋へ招き入れられた。 「なんかあったのか?」 「お前、銀時と仲良かったよな?」 「…よくねぇよ…」 沖田と違い、近藤に裏表はない。 『そういう』意味での仲を問われているわけではないと知りつつ、つい牽制気味に思っていたよりも低い声が出てしまった。 「まぁまぁ!照れるなって!実はな。今日城に上がったところ、銀時のことを耳にはさんでな」 「城で?まさか…」 「『白夜叉』の一件といえば一件だったんだが、どうも奇妙な話になっているようなんだ」 今更、そよ姫のご親友があのチャイナ娘、という話でないことは容易に想像がつき、血の気が引いた。 過去の活動については不問、というスタンスで今まで貫いてきたし、先日の件についてはいろいろと隠したいことが山積みな人々が山ほどいるから問われることはないと高をくくっていただけにだ。 「伝説の白夜叉殿に一目という女中陣やらなんやらが増えてきているらしい」 「はぁ?」 「この間の缶蹴りの騒ぎから、鬼神の様な戦いっぷりで殿をお守りした英雄みたいな?」 「はぁ?アイツの実態知らねぇってのは怖いな」 「まぁそうやって騒いでんのは、どうやら居合わせなかった一部の人間らしいが」 「そうだろうな…」 一見、ただの死んだ目をした珍しい髪の質と色のニート侍だ。 あの荒れ果てた現場に女性陣が出てきていたとも、万が一惨状に耐えられたとして、血みどろの銀時から煌めいた光を見出せるような強者はそうそういないと思う。 「で、なんだかんだで縁のある俺にそれとなく会話が振られたって感じだ」 「アンタ、なんて答えたんだ?」 「もちろん、いい人間だが、城中のやんごとなきお姫さま方とは到底…って濁した」 「まぁ、妥当な線だろうな」 銀時に士官の欲があるなら、無用の配慮だろうが、あの男がそんなことを望むはずがないのは重々皆知っている。 「明後日、トシも城に行くっていってたからさ、耳に入れておいた方がと思って」 「わかった。心づもりしておく」 「しかしなぁ!あの銀時がなぁ」 「現実を知らねぇってのは恐ろしいな」 「いやいや!銀時もモテないモテない言っている男だが、それなりにモテる男だろ。 いい年なんだし、恋人がいたっておかしくはないだろうし」 「…そうだな」 その相手がまさか、自分だとは言えず、土方は煙草に手を伸ばしながら、さてどう話を切り替えようかとの思案はあっけなく停止させられた。 「まぁ、それを言ったら、トシもそうなんだが」 「俺?」 「あぁ、前々から気にはなっていたんだが、もしも、この人はってお人が出来たら今度は手を離すなよ」 「近藤さん?」 近藤はゴリラゴリラ言われているが、けして愚鈍ではない。 懐が深すぎて、ちょっと情が暑苦しいほど厚いだけ。 それをカバーするのが自分のようなひねくれモノの役目なのだ。 けして、ただのストーカーゴリラではないから土方は何だかんだと頭が上がらない。 その彼が改まるからには説教が始まるのかもしれないと身構えた。 「トシは自分のことは二の次にするのは得意だから、すぐに気持ち殺しちまうだろ?」 「そんなことはねぇよ」 「そんなことあるんだよ。だから好きな人に好きだって言えないのは照れとか そういうことだけじゃなくて、いつか置いていく人に負担かけたくないとか おもってるからじゃないのか?」 土方は近藤の前提に身体をこわばらせる。 『土方に好きな人がいる』それが近藤の中で確定事項になっている風にしか徐々に聞こえなくなっているのだ。 「俺はな、トシ。失恋の記録をずっと伸ばし続けてきたが、 今度の恋が最後の恋だと思っている。あんな素敵な人はこの先出てくるとは思えない。 それにあの人なら後方で俺と一緒にみんなを待っていてくれる人になってもらえると 信じている」 「待つ…」 待つこと。 土方が苦手とする分野だ。 待つよりは先手先手を読んで布石を敷く。 部下を信じていないわけではないが、自分が前線に入ることで周囲を護る方がよほど気が楽だった。 「俺は『置いて行かれる』人間だ。伊東先生の件で痛感したよ。 俺は前線に立つが、基本的に全体を見なけれりゃならねぇ」 「当たり前だ、アンタを護るために…」 「自分の采配一つで、捕り物が成功することもあれば、死者を出すことだってある。 俺は馬鹿だから難しい戦略も駆け引きもできるわけじゃねぇ。 だから、後悔しないように決断して、いつまでだって覚えておくようにしている」 手元に置いてあった湯呑を近藤は口に運び、冷めちまったと苦く笑って見せる。 それでいて、土方に反論を許さない確固たる口調でまた話し始めた。 「覚えておく、どんな隊士がいて、どんな奴だったのか。 こんな思い出があって、こんな癖のある奴だったと。そいつの人生を預かっているというにはおこがましいかもしれないが、引き受けるつもりになってな」 覚えておく。 それも近藤の強さだ。 人の人生を預かるとは口で簡単に言えることではない。 土方はどちらかと言えば、逃げてきた自覚がある分、言葉は重かった。 「………」 「だから、トシ。誰かの手を取るなら、置いていくこと、置いていかれることを心配するな。お前が覚えていてやれ。墓場まで持っていくのは気持ちだけじゃなくて、思い出も持って行ってやれ」 「…アンタにゃ、やっぱりかなわねぇな…」 為五郎兄のこと。 ミツバのこと。 それらを踏まえて、今また可能性を提示してくる。 そして、近藤が差し示す道はいつでも明るく見えるから不思議だ。 「トシより『恋愛経験』は豊富だからな!これでも」 「だからってストーカーはいい加減にしておいてくれよ。俺明日非番だから呼び出すな」 「ええええ!なんでわかった?お妙さんも明日すまいる休みだから恒道館張り込むつもりだったんだけど!」 明日は非番。だからといって、今日は出かけるつもりはなかった。 けれども、現金なもので近藤と話をしたことで少しだけ土方の中に余裕が出てきたのも事実だ。 気分転換に、そして頭の中を整理するために外の風にあたるのも悪くはないと思えるほどには。 「まぁ…俺はアンタみたいに懐デカくないからな。そんな器用なことできるとは思わねぇが…まぁ…」 「懐デカいとかじゃなくて、トシを大事にしろよって話だ」 「あんがとな」 近藤が湯呑を持ち上げて立ち上がったのを話が終いの合図なのだと土方も立ちあがって自室へと戻った。 そうして、宛てもないまま肌寒いと感じる秋の夜に繰り出すことにした。 銀時と会わなかった日々。 今回のように喧嘩をして思い知った。 『喧嘩』の原因が問題ではない。 当初、銀時との間にある関係につける「名前」に惑っていた。 互いを護り合う関係ではない。 互いの護りたいものと天秤にかけたならば、互いの比重は明らかに軽い。 女性とは違う硬い傷だらけの身体。 抱かれる土方はともかく、抱く側の銀時にとって本来ならば楽しくもない身体。 銀時には人を惹きつける力がある。 銀色の魂が磁石のようにきらきらと魅力あるものを引き寄せる。 欲深いようで、無欲な男。 城の噂好きの女たちはともかく、橋田屋の前で見た女のように現物に接触したからこそ、 恋愛云々でなくとも縁を繋ぎ続けていく人間がいる。 反対に、土方の素直でない性格は、内側に確かに存在している熱を言葉にすることを善しとせず、撒き散らすは悪態ばかり。 実は、土方が恐れていたのは近藤の言うように「置いていくこと」「置いて行かれること」なのかもしれない。 関係の「名前」も、足りない言葉も、同性同士であることも、タダの言い訳でしかなく。 いずれは愛想をつけられる。 昨日の銀時の態度をみて、原因さえはっきりしない喧嘩の先にいずれ待っているであろう未来を見た気がした。 では、どうするのか。 銀時を自由にしてやれば、何も怖くなくなるのか。 「…無理、だな」 自嘲する。 今更なかったことには出来ないほど、土方の日常に銀色はしみ込んでいる。 まだ、間に合うならば。 先が見えるならば。 つま先が小石を弾いた。 思ったよりも、勢いをつけて前方に飛んでいく。 その様子を目で追った。 1回 2回、大きくバウンドして、 3回 4回、徐々に勢いを失った。 5回と数えて、止めた。 小石がこつんと障害物にぶつかって止まったのだ。 黒いブーツ。 履き古されたブーツ。 視線を上げれば、予想通りの流水文様が存在して、耳朶を柔らかい声がくすぐった。 「土方…」 今日の瞳には感情が見えた。 柔らかさと劣情を含んだ色を確かに浮かべて。 今だ、どう対応していいのやら明確な答えは何も見つけられないままであるというのに。 そこに坂田銀時が立っていたのだ。 『憶 参 』 了 (114/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |