うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




Side 銀時



土方を見つけた。
久々に見た顔は相変わらず綺麗だと思い、少し痩せたかと寂しくなった。

けれど、声は掛けなかった。

理由は二つ。

一つはいまだ喧嘩続行中ということ。
喧嘩の原因は大したことじゃない。
万事屋から帰って行く土方の背がとても悲しかったから。
たぶんそんなこと。
土方が真選組という連中を大切にしていることは百も承知だ。

土方十四郎。
江戸の町をテロリストから守るために作られた真選組の副局長。
瞳孔の開いた物騒は目つきな上に黒い威圧的な隊服に身を包んだ肢体は禁欲的。
その男の生々しさを削いだ整った顔は女の秋波を受けないことはない。
ストーカーゴリラを大将に据えて、ゴリラの世話とゴリラの為に日々奔走している。
ゴリラを護るためなら、なんでもするだろう『鬼の副長』。
無粋な『局中法度』を掲げて、はたから見ていても理不尽なほど、雁字搦めの規律を
隊士達に押し付け、自分は憎まれ役を買って出る。
その実、情に深すぎるほど深すぎる一面も持ち合わせ、一度懐に入れた人間は手を離さない。
そんな危うさを持つ男。

彼に出会って直ぐだ。
銀時が『堕ちた』のは。

突きつけれたのは剣先。
致命傷に届かなかった剣筋は違う意味で銀時の心臓を斬り付けていたのだ。

好いた女が逝くのをやり過ごす背をながめた時も、
妖刀に飲まれながらも、自力で戻ってきた背を見つめた時も、
目の前の男は凶器だと思った。
じわじわと懐に入り込むことに成功はした今でも思う。
抜身の刀のようだと。
鈍色の刀身に美しい刃紋を宿し、絶妙な反りと薄いようでたくましい刃。

美しさに見とれ、刺さったことさえ忘れてしまいそうな、苦しいだろうと容易に想像がついても手放せやしない、そんな凶器。

一番になれないのは自分が至らないせいじゃない。


「スキダ」
「アイシテル」
そんな甘やか言葉を交わしたことなどなくても。
明確な言葉、一つない。
確実な約束、一つない。

互いに惚れあっていることを感覚で知っていればいいのだと自分に言い聞かせてきた。

本当は縛りたい。
物理的にも、精神的にも。


女の身体は嫌いじゃないから経験もそれなりにあるつもりだ。
爛れた恋愛の真似事だってしてきた。

なのに、土方に対してだけは感情の抑制が効かない。

縛りたくて縛れない。
泣かせたくて、泣かせたくない。

近藤の元に帰る男だ。
悪態をついても沖田や山崎をはじめ、たくさんの隊士を愛し、愛されている男だ。

時折不安になるのだ。

表に出せない関係であろうと、「コイビト」と称する間柄と呼べなくても、
誇り高い男が遊びで身体を開くなどありえない。
それでも、なぜ女も男もよりどりみどりの男が銀時を選んだのか。

自分を卑下するつもりはない。
関係が露見したり、問題視されるようなことが会った時にダメージを受けるのは確実に土方の方だ。
それでも傍にいてくれる。
時間を作ってくれている。



あの喧嘩別れした朝。
分かってはいても、普段からの不満が零れてしまった。

休みのくせに、早々に屯所に帰ろうとするから。
その背についこぼしてしまったのだ。

「オメー一人が頑張っても何も変わらねぇよ」

ゴリラだったり、他の隊長格の人間がいるだろう。
非番のお前が早々に戻る必要が何処にあるのだと。

それが着火点だった。

真選組の仕事に口を出すなマダオがと怒鳴り返された。
何て事のない、いつもの軽口で返せばよかったのだ。

見送り際に見つけたすっかり暖かくなったケーキを見なければ、返せたはずだ。
自分が玄関先で盛ったことが原因であったけれど、土方は銀時の好物をただ差し入れたつもりだっただけだったけれど、土方に非があったわけではないと知ってはいたけれど。

おざなりにされたように感じてしまった。
自分自身が。

いつも以上に頭に血が上っていた。
近藤の無能さを列挙し、真選組のチンピラ具合を指摘した。

「もういい!テメーが俺らのことをどう思ってるかよーくわかった」

捨て台詞を吐いて、屯所へ戻る後ろ姿をみて失敗したことを悟ったが、訂正する気も取り繕う気もなかった。
心のどこかでいつも思っていたことだから。

真選組じゃなくて、俺を選んで。
自分だって、素直に、彼にどれほど惚れているか言葉に出すことが出来ない。
伝わるはずもなく、それでも伝わってほしい、なんて。
なんと傲慢なと思いながら、拳を握るしかない。



土方に声をかけることのできなかった二つ目の理由。

最近、銀時の周辺を嗅ぎまわっている人間がいるということだ。
銀時の周囲の人間に聞きまわっているというわけではない。銀時の今現在の行動を調べているといった印象を受ける。
隠密業のものではないが、銀時であるから気が付いたほどの徹底した気配の消し方だ。
しかし、一緒にいた土方は気が付いていない。
自分に対する本当に悪意有る視線には野生動物のように感知できる男であるから、目的は銀時に絞られると予想がついてくる。

なら、なぜ?
その疑問をある程度解消できるまで、土方に近づくのは得策ではないと判断した。

仮にも土方は幕臣。
付き合い始めた当初は、元攘夷志士である自分と懇意すぎる間柄であるということは土方の足を引張る可能性があるとひた隠しにしていたのだが、
最近は、エリート眼鏡の弟の件を境に『白夜叉』の処遇は真選組取扱いということに収まった為に二人とも少し気が緩んでいたのも確かだ。



沖田と共に行き過ぎていく横顔に少し傷ついた色を見つけ、居た堪れなくなるが、今は何しても、自分の存在が土方の負担になることだけは避けることが先決だと、視線ではなく、黒い背が遠のく気配だけをいつまでも追うことでこらえたのだ。






「は?」

北斗心軒で蕎麦をすする桂を捕まえて、探りを入れてみれば思いもかけない返事が返ってきた。

「だから、『白夜叉』という伝説の攘夷志士殿を神聖視する人間が少なからずいるという話だ」
「いや、それ意味わかんねぇ…戦後すぐならともかく、なんで今頃…」
幾松も毎回毎回、桂のためだけによく蕎麦を用意してやるなと感心しながら、箸先を突きつけて指摘する。

「貴様、江戸城でひと暴れしただろう?」
「…あぁ…でもアレ、攘夷浪士の耳にそう易々を入るもんじゃねぇだろ?」

江戸城で確かに暴れた。
一つの約束の為に剣は抜いたのは事実だが、二重、三重と張り巡らされた執政の闇が巷にやすやすと流れてくるはずがない。

「そういうことだ」
「そういうこと…つうのは?」
「あの騒ぎでお主に目を付けたのは攘夷志士ではない。まぁ俺というカリスマが今も活動の最先端を走っておるのだから霞んで見えるのも当たり前な…」
「じゃあ、誰が…」
「幕臣の娘や城の女中たちだ。『将軍を救った英雄』」
思わぬ展開にスープが気管支に入って、派手に急き込んだ。

「人の口に戸は立てられん。流石に城下には流れていないようだがな」
「じゃあアレか?今ちょろちょろしてんのは、俺の素行調査みてーなもん?」
それであれば殺気を感じるでも、接触してくるのでもない説明も付かないことはない。
必要以上に神経過敏になることはないにしても、色々と気をつけたほうがいいかもしれないとも思う。

「まぁ、そういうことだから。お主が普段通りの生活をしておれば直ぐに離れていこう」
「テメっ!なにさらっと普段がダメダメみてーに人のことこき下ろしてんのっ!」
「そんな跳ね返ったもふもふした頭で、ふらふらとその日暮らしのニートであれば…」
「居を構えねぇで地下に潜ってるオメーに言われてねぇよ!これでも事業主だぞっ!
 社長様だっつーの!」
「シャチョウサーンと呼んでくれるのはかぶき町のお姉さんたちぐらいであろう。
 俺は狂乱の貴公子だ!貴公子の方が偉い!」
「貴公子っつう年か!アホか!あ、アホだった…じゃなくて!」
「煙のないところにも煙は立つものだ。気をつけろ」
「わーったよ」
ずずずっと音を立てて、蕎麦のつゆを数度に分けて飲みあげていた口が止まった。

「それから、銀時」
「あ?」
「土方がやたらと積極的に動いているとの噂だ。痴話喧嘩の八つ当たりを攘夷活動の妨害に当たられてもかなわん。どうにかしろ」
「ぶっ」
「では、幾松殿、今日もうまかった。代金は銀時につけておいてくれ」
箸をどんぶりの端に置き、もう用はないとばかりに桂はカウンターから幾松に声をかけた。

「はいはい。アンタのにつけとくよ」

店の出入り口を使わず、慣れた様子で桂とエリザベスは裏口から姿を消し、幾松は苦笑しながら、本日二度も喉に詰まらせた銀時に手拭を差し出してくれた。

「あんがとさん…」
「副長さん、この間店に来てくれた時もマヨネーズの量減っていたみたいだから」
「幾松さんまで…気が付いてたの?」
「何回か、ここで鉢合わせたことがあったでしょ?その時の様子でまぁ、ね」
「そなの…」
隠しているようで隠せていなかったのかとがくりと頭をカウンターに落とす。
幾松の勘なり経験値が高いだけなのか。

「まぁ、銀さんも副長さんも大変ね」
他に客はいない。
幾松は厨房でスープを見張りながら、似ているからと続ける。

「似てる…かな?」
「似てるわねぇ…どこが、と言われると困るのだけど」

幾松の配偶者は攘夷志士によるテロで他界していたはずだ。
つれあいの店を一人で切り盛りしながら一人で生きている女性ならではの強さが彼女にはある。
気風と共にその細やかな気配りと観察力は銀時はいつも内心感心する。

「最近、わからねぇんだ…」
「わからない?」
「どうしたいのか、どうして欲しいのか」
「…そうねぇ…男女の仲を違って、結婚ていう一つの目安だとか契約があるわけじゃないものねぇ」
「契約…」
言い得て妙だと笑いがこぼれた。
紙切れ一枚でお上から、仲を公認にしてもらえる。
不義があったとして、責めることのできる大義名分をもらうのだ。
神様に、身内に、反対が在ろうとなかろうと、本人たちの間だけでないところで関係は成立する。
銀時と土方の間では叶わない。

今の江戸の法律では同性同士の婚姻は認められているわけでもなく、また仮に施行されているとして、大人しく籍を入れるような二人ではない。

「あいつにとっちゃ一番はゴリラだからな」
「それは銀さんも同じじゃない。神楽ちゃんや新八君に何かあったら飛んでいくでしょ?」
「そりゃ…」
「置いて行かれるというのは、堪えることかもしれないけれど」
銀時の位置からは幾松の背しか見えない。
顎が少し上がったことしかわからなかったが、今は亡き伴侶のことを思っているのだろう。

「銀さんは知っているじゃない?置いていく方の気持ちも置いて行かれる方の気持ちも」
「………」
「相手を泣かせるのも、自分が泣くもの同じことよ。きっと」
「泣かねえよ…そんなタマかよ」

泣かない。
それは銀時も同じだ。
きっと、泣けない。
死に別れることになっても、互いに剣を突き合わせることになっても。
互いを失っても。
喪失感で自分の中身が空っぽになった気持ちは味わうかもしれないが、空っぽにはならない。

「江戸は人が増えたわ」
「あ?」
「これだけ人が、人種が増えて、いろんな人がいて、その中で妥協できない人間を
 見つけて、相手からも選ばれて…すごいことだと思うけどね。私は」

軸がぶれない二人だからこそ空っぽにはならない。
再び満たされるには途方もつかない時間がかかっても、自分が一番で無い失望を何度味わっても理解できる。


「幾松さん…」
「私も再婚をって言われないこともないけど、今のところピンとこないし。
 寂しくないし、困ってないから」
「寂しくない?」
「みんながこうやってあの人と私のラーメン食べにきてくれて、
 ここには、何かしらあの人の気配を感じていられるから」
 あの人と過ごした一日一日を覚えておいてよかったって、今だから思うのよ。
 良いことも悪いことも。
 一方的に覚えていられるあの人は迷惑だってあの世で思っているかもしれないけどね」
「…そんなことはねぇと思うよ」

ごめんなさいね、ベラベラとと幾松は今度は下を向いて、鍋をゆっくりと掻き混ぜた。

「ごちそうさま。あんがと」

幾松の言わんとすることは伝わってきた。
だから、銀時は借りた手拭きと小銭をカウンターに置き、席を立ったのだった。




『憶 弐 』 了





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