うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

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就職した最初の年。

新採用の土方十四郎は2年Z組副担任をいきなり持たされることになっていた。
その代りとばかりに、若手であるにも関わらず、部活の顧問を割り当てられることもなく、受け持ちの教科クラス数も加減されている。
それは土方個人的な問題ではなく、2年Z組という特殊な性質のためだった。
個性派、といえば聞こえはいいが、問題児が多い。
不良というわけでもない。
成績は良くとも、突拍子もない質問を授業内にして混乱させる生徒や、早弁を当たり前だと思っている生徒、真面目な教師ほど授業を一コマこなすだけで疲れ果てる。
小学生のように自由気ままな生徒が多すぎるクラス。
担任はいつでも栄養ドリンクを片手に蒼い顔をしてため息ばかりついている、そんなクラス。

土方とて、次から次に湧いて起こる雑事に、疲れを感じないわけではないが、どんな職場であろうと一年目はこんなものだろうと腹を括って4月からの半年を過ごしてきた。



その日も、土方は生徒の一人である高杉が他校と揉め事をおこしたと外出してしまった担任の代わりに職員室で出席簿や書類の整理をしながら残っていた。

一人の名前に神経の糸が刺激され、土方は指を止める。

「さかた、ぎんとき」

自前だという銀色の跳ね返った天然パーマをもった少年の顔が直ぐに浮かんでくる。

著しく欠席が多いわけではない。
微妙なライン、可もなく不可もなく、欠席と出席が混ぜられている。
そこに悪意とまでは言えないが、巧妙さが見え隠れしていた。
調書を担任に頼んで引っ張り出してみれば、両親を交通事故で中学三年の時に失くしているらしい。
しかも天蓋孤独の身の上だ。
後見人には現理事長の寺田綾乃の名前が記載されている。

両親を一度に亡くし、かといって頼る者がいないわけのに一人で暮らす少年。


もう一度、坂田の顔を思い出してみた。

死んだ魚のような目。
達観したような、子どもらしくない目。
やる気のなさそうな顔をしているが、幼馴染たちと時間を共にしている時には年相応の顔をしないこともない。
それでも、どこか人を拒絶する色を持っている。
見覚えのある色だった。
かつて鏡の中で見たことのある色。

「姉さん…」

恋人だったミツバを失って、どうしていいのか途方に暮れ、
それでいて、周囲にこれ以上の迷惑をかけるというには心苦しく、カウンセリングを受けながら、最低限の生活をしていた日々。
勢いよくやってきた姉は、土方のアパートに押しかけて怒鳴った。

『さっさと、泣いてしまいなさい』 

慰めるでも、詰るでもなく、そう言って姉が背を力いっぱい叩いて、ミツバの好物だった激辛せんべいを押し付けて立ち去った。

自分の責任だと、誰かに自分を責めてもらいたかった。
誰かに、叱って欲しかった。
けれど、誰もそれをしてくれないから「大丈夫だ」と平気なフリをすることが一番簡単だった。
誰の声もシャットダウンして、ミツバを想っていれば。

その背を姉が押した。

誰にどう見られてしまうのか、
誰を心配させるてしまうのか、
誰に何を言われるかではなくて、
自分が「今」感じている感情を吐きだしてから、全ては考えろと。

自己陶酔していたつもりはないが、一度感情を吐きだしてしまうことで見えてくるものも、新しく感じられるものもある。
それを知った。

確かに、姉は正しかったと思う。

あの日から世界は少しずつ少しずつ色を変えた。



坂田も同じなのかもしれない。
調書を読みながら、そんなことを思った。

周囲の気遣いは理解出来ている。

坂田の方が、土方よりも強い。
強いがゆえに頼ることが出来ない。


憶測でしかない。
憶測でしかないけれども、朱い目の奥に潜んだ拒絶の色は「自分は大丈夫だと」主張している強がりに見える。



ぱたんと出席簿を閉じて、周りを見渡した。
職員室にはいつの間にか土方一人になっていた。

一服したいと思い、ソフトパッケージを手にしたものの、職員室は禁煙だ。わざわざ喫煙場所まで行くべきか、今日はここまでとキリをつけて担任には悪いが帰るべきかと迷った時。

「おや、まだ残っていたのかい?」

求めていたニコチンの香りが出入り口から流れてきたと思えば、寺田理事長が入ってきたのだ。

「えぇ、まぁ」
「2Zは相変わらず、みたいだね」

高杉のことで寺田も担任の報告を待って残っているにちがいない。
教職者というよりは、貫録のある玄人のような迫力を持った女性だと常々感じる。
酸いも甘いも乗り越えてきたものの威厳というべきか、生きざまを体現しているというべきか。


「まぁ…楽、だとは言えませんが…そういえば寺田理事長」

出席簿を見下ろし、いましがたまで考えていた坂田のことをことを尋ねてみる気になった。担任でもないくせに出過ぎたまねかもしれない。
しかし、なぜか彼のことが引っ掛かるのだ。

「坂田、くんは寺田理事長の?」
「遠縁…っていっても本当に遠すぎるくらい遠い血筋なんだけどね。
 なんだい?あの子が何か問題でも?」
「問題は別にありません。ギリギリとはいえ、出席日数も足りてますし、
 成績も悪くはない」
慌てて、否定する。
高杉とは幼稚園の頃からの幼馴染らしく、昼休みもよく共にいるのを見かけていたが、他校との揉め事に坂田の名前が出てきたことはない。

「そうなのかい?」
「その…問題なさすぎて…」
「………」
沈黙が降りて、やはり出過ぎたまねだったかと唇をかむ。

事故にあって、半年大学を休学した。
1年留年して、教職課程を取り直したから、同じ新採用よりは「教師」としての専門性は浅い。

「似てるからねぇ」

煙と共に吐きだされたのは意外な言葉だった。
きょとんとした自分に気が付いたのだろう、補足とばかりに続けられる。

「アンタとあの子だよ」
「似て…ますか?」
「意地っ張りなところだとかね」
「はぁ…」
意地っ張り、上司にそう評価されていることが良いことなのか悪いことなのか、微妙なところだなと返答に困る。

「器用に見えて、不器用な男だよ。自分の感情は二の次さ」
「…そうですかね…」
この半年足らずで土方を分析している寺田に舌を巻く。
面接の時にも、留年している理由を「事故かい」としか尋ねなかったというのに。
だから、やはりそれなりに見てはもらっている上での感想なのだろうと、肯定も否定もしない。

「でも、アンタは教職者だ」
「はい」
「一人一人のケアも確かに大切だとは思うが、一人一人の重みを全部背負っていちゃ今からもちゃしないよ」
寺田の言わんとすることは勿論わかる。
問題児の多い生徒ばかりのクラスで、さしたる問題行動もない生徒に時間と心を砕く行為はいかがなものか、他にいくらでも気遣うべきことはあるはずなのだ。

「そんなつもりはないんですが…」
「気になるんだね?」
「…まぁ…端的に言えば…」

ジッと、寺田の視線が土方を縫いとめたまま動かない。
値踏みされるようなその視線に居心地が悪く、土方は寺田に尋ねたことに対して三度目の後悔した。

「性分って一言で言っちまったらそこまでなんだけどね」

深く深くため息をつかれ、また居心地が一層悪くなる。

「あの子の母親は駆け落ち同然で坂田と結婚したんだ。
その結婚を反対されて理由ってのが、あの子を産む、産まないでね…」
「え?」
「体が強くはなかったのさ。心臓が強くないからペースメーカーを入れての出産になることは必須だった。生みの親としては娘にそんなリスクを冒してまで産んでほしくはない。まして、いわゆる出来ちまった後で報告されたとあれば。それでもあの娘は坂田との子を欲しがった」
「でも坂田のお母さんは…」
坂田が中学3年生までは在命だった。
父親と共に交通事故。

「そう二年ちょっと前までは生きていたよ。
 幸いにも無事に出産は乗り越えたんだが、心臓への負荷はただならないもの
 だったらしくね。銀時が生まれたからもずっと入退院を繰り返す生活だった」
「………」
「短期の退院が決まった母親と迎えに行った父親が一緒にってやつだ。
 銀時に責はない。そんなことは皆重々わかってる。
 でも、人間ってのはそう簡単に感情を隠せやしないよ。
 まして、敏感な子ども相手にさ」

「坂田は…」
「自分の親が反対された理由は知らないだろうね。元々母親の身体が弱かったのは産む前からのことだし、負担になるようなことは耳に入れていないと思うよ」
「なら…空気だけを感じ取って、ってことですね」
恐らく親族の少ない葬儀、
もしくは駆けつけた親族であっても銀時との係わりは薄い人間ばかりだっただろう。
むしろ、両親をよく知る人物であればあるほど、事情を知っているために彼に無言の圧力を与えたかもしれない。

「『責めてくれたならいっそ』」
「え?」
「銀時がつぶやいたんだ。葬式の時。あれが唯一の本音だったんだろうね」

責めてくれたなら、
感情をぶつけてくれたなら、
それに釣られるように、自分の感情も吐きだせた。

たが、タイミングを失った。
あの時の自分の様に。

「まぁ…参考になりゃいいけど、負担にしちゃいけないよ」
黙り込んだ土方をどう思ったのか、女傑はアタシとしてはアンタが気にかけてくれていることを有難いとは思うけどね、そう付け足して、立ち去って行った。

「さかた…ぎんとき」

土方はもう一度、調書を開いた。



自分には自分を引き上げてくれる人たちがいた。
事情も状況も自分が解かっていた。

坂田には寺田がいた。
遠縁であるにも関わらず後継人になって、後押ししてくれる。

けれど、意地を張らないで彼が泣ける場所。
それは寺田のところではないのだろう。

だから、あんな死んだ魚のような目で、誰にも自分にさえ大した執着せず、
迷惑をかけないでいれば大丈夫なのだと、一人で出来るから大丈夫なのだと思っているのかもしれない。

一人を孤独だと思わず、生きていく術を身に受けている。
しかし、いつかその緊張の糸が切れた時が土方には心配だった。

何にしても、全ては憶測の範囲だ。

彼は強いけれど、子ども。



土方は携帯を取り、コールした。

「山崎?」

電話の向こうで聞きなれた声が何か喚いている。
自分から電話をかけることなど、この数年数えるほどしかなかったからなのかなんなのか。

「大学の近くのちっさなケーキ屋、あぁ、あそこ『おひとりさま』サイズの奴、クリスマスで無くても作るか知らねぇか?あぁ、確認してくれ。出来たらそのサイズで誕生日ケーキを…」

10月10日。
坂田銀時の誕生日。

昔でいう体育の日。
カレンダーを確認すれば、三日ある。
やたらと情報通な後輩、地味の代名詞を使えば、十分間に合うだろう。

男子生徒一人暮らし。
彼女と過ごすとしても、幼馴染と過ごすとしてもあまり大きくない方がいいだろう。

まだ、自分からは何も言えない。
土方もまだミツバとの思い出をすべて昇華できたわけではない。

今は、形だけ伝えたかった。
自己満足だ。
誰のものからかわからないもの気持ち悪いと捨てられたなら、それはそれだ。

「『生まれてきてくれてありがとう』」


当日、坂田の机の上に、飾り気のないケーキの箱を早朝土方は置いた。






『Never stop -earlydays- U 』 了






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