うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

V




寒い。
ぶるりと体が寒さに震え、目を覚ました。

「…え…?」
辺りは薄暗くなっている。


空の色は秋の高く深い青ではなく、茜色でもない。
薄鼠色から藍鉄色に変わりつつある。
携帯を開いて時刻を確認すれば19時を指そうとしていた。
午後の授業をさぼってしまった上に、下校時刻も過ぎている。

取りあえず、ベランダから校舎内に戻ろうと窓を開けようとしたが、カギがかかっているらしくピクリともしない。

戸締りをする係のものも、まさかこんな校舎の端のベランダに座り込んで人が眠っているなど思いもしなかっただろう。

「マジかよ…」

近藤あたりに内側から開けてもらうしかないかとことを考え、電話をかけるが生憎と留守番電話サービスにつながった。
短い録音時間では説明が難しいと、一度通話ボタンを切り、愕然とする。
携帯のバッテリーが警告を示し始めていたのだ。
あと1回、掛けられれば御の字かもしれないとなれば、ボタン操作の電力消費でさえ惜しい。


(総悟…は宛てにならねぇし、山崎は今日は学校休みだったな…)

しかし、仮に頼めたとして下校時刻を過ぎた図書室の鍵は職員室に保管されているであろうから、こんなところで何をしていたのかを説明せざるを得なくなる上に、。

ならば、諦めて学校宛てに電話をするしかないのかと画面に電話番号を表示させた。

(…職員室には誰かいるか…?)

1コール、2コール…

呼び出し音がなり、ガチャリと通じた音がしてほっと息をついた。
「あ、もしも…」
『私立銀魂高等学校です。ファックスの方はピーという音の後に…』

留守番電話のアナウンスが流れ、慌てて切る。

「んで…先生たち真面目に仕事しろよな…」

手すり越しになんとか自力で降りられないか覗き込むが4階からでは困難だと知れただけだった。

向かいの校舎にも光は灯っていない。
力を抜いて、その場に土方はへたり込んだ。
せめて親に電話とすべきなのだろうが、先ほど、画面は真っ暗になってしまった。

「朝まで…ここかよ…」

両手で自分の肩をさすり、もう一度考える。

「くそ…あのクソ天パのせいだ…」

こんなに悩まされなければ、こんな場所で時間を過ごそうなんて思わなかった。
夕べも安眠出来ただろうから、寝過ごすことすらなかった。
八つ当たりなのも知っているが、秋の始まりとはいえ、一晩寒空で過ごさねばならなくなったことを誰かのせいにしなければやりきれない。
「くそ…なんで俺が…」

何故、他のクラスメートと区別されるような扱いを受けてショックを受けていたのか。
何故、他のクラスメートと同列にされたらされたで寂しくなったのだろう。

(寂しい?)
これまで、もやもやと燻っていたその感情を表す言葉がふいに浮かんで瞬いた。

銀八に嫌われている。
自分も嫌っているからおあいこだと自分に言い聞かせていた。

「言い聞かせて…たのか?」

前髪を掴んで掻き混ぜる。
こころの何処かに確かに存在してた優越感を見つけてしまった。

特別扱いされていると思っていた。
ただし負の方向であっても、坂田銀八という人間がこちらを向き、からかう様な言葉を土方に投げかけ、他の誰も使わない呼び方で土方を呼ぶ。
自分に用を言いつけ、こき使われながらも、何故自分はそれを強く断ることをしなかったのか。

ガタガタっと音がして、土方は身をすくめた。
誰も校舎内にいないことは確認済みだ。
金属が鍵穴に押し込まれる音と、学校の扉が開かれる特有の音がした。
警備会社の人間も普通ならこんな端の図書室まで見廻らないのではないか。

隠れるべきか、助けを求めるべきか。

土方が迷っているうちに急くような足音は土方がベランダに出た窓近くにまっすぐに向かってくる。
そして、迷いなく窓の鍵が開けられた。

「いたっ!」
「せ…んせ?」

しゃがんだまま、開いた窓を見上げれば、銀色のふわふわした毛玉がこちらを見下ろしている。

「よか…た…ここ…だったか…」

四階まで駆け上がってきたのか、担任の息は上がっていた。
大きな手が伸びてきて土方の肘を掴み、強い力で立たされる。
そうして、そのままふわりと上半身が温かいものに包まれ、土方は窓越しに抱きしめられているだと、一瞬遅れて知覚した。

国語科準備室で嗅いだことのある煙草の匂いが鼻腔を占め、一気に気が抜けると共に胸が締め付けれるような痛みと甘さが土方を襲う。

たまらなくなって、その背に縋った。
いつもの白衣でないシャツの布地が皺をよせたが、気にする余裕はなかった。

「土方?なに?そんなに怖かったのか?」
いつも通り軽口で返したかったのに、そうではないと首を横に振るだけで精いっぱいだった。
顔を振れば、少し汗のにおいがして、また苦しくなる。

「とにかく、中、入れ。身体冷えてる」
「ちょっと…待って…」
そのうえ、情けないことに自覚してしまった担任への気持ちをどうしていいのか、
どう対応したら良いのかわからず混乱してたのだ。

「待てって…え?泣いてるわけじゃないよな?え?」
「違う…」

男同士だ。
縋っている、焦がれてしまった相手の身体は自分よりも大きく、硬い成人男性のものだ。
壁越しには自分と同じ性を象徴するものも存在している。
ホモだ、ゲイだとテレビでは見たことがあるが、まさか自分がそれにあたる感情を持ち合わせていたなんてとショックを受けながら。それでいて止められそうにない感情の確かさもまた自覚してしまった。

「ごめん…せんせい…」

嫌いな生徒、しかも男子生徒から思慕の念を向けられていると知ったら気持ちがいいわけがない。
それとも、日ごろ怠惰さを前面に出してはいるが、実は気が付き生徒たちのことをよく見ている銀八だから、土方でさえ気が付いていなかった気持ちに気が付いていて避けようとしていたのだろうか。

「帰りのHRもフケちまったから、うちに帰ったかと思ってたんだけど近藤に一言もねぇのはオメーらしくねぇし。家に電話したらまだ帰ってねぇとかいうからまさかと学校戻ってきた」
「…よく…わかったな、ここ」
「ここで時々一服してんの、知ってたからな」
「知ってた?」
「知ってた」
温めるつもりなのか、背中をあやす様に摩られ、息が詰まる。

「大変だな…教師ってのは…嫌いな生徒のことまで把握しねぇとならねぇなんて…」
「ん?昨日から気になってたんだけど、誰が誰を嫌いだって?」
「先生、俺のこと嫌いだろ?」
気持ち悪いの間違いなのかもしれないけどという言葉を飲み込んだ。

「俺、嫌いな生徒の昼休みの行動まで知ろうなんて思わねぇよ?んな面倒臭い」
「現に…」
「だから、俺は土方のこと嫌ってなんかないけど?むしろ…」
むしろなんだというのだと話の流れが読めずに首を傾げて続きを待つ。
困り果てたように、土方の後頭部をくしゃくしゃと掻き混ぜて、ようやく男はつぶやくように続きを発した。

「あ〜…可愛い生徒ほど、こう苛めてみたくなるっつうか…からかいたくなるというか…」
「なんだよ。それ…教師のくせに…」
「仕方…ねぇだろ?先生は初心で真面目なんですぅ」
「爛れたことばっかり言ってる奴が何言ってんだよ。それに伸ばすなよ語尾」
「あ、やっと笑ったな」
しがみついていた手が掴む力を弱めたことを察した銀八は身体をすこし離して、土方の顔を覗き込んで固まった。

「その顔はねぇだろ…」
「え?」

泣いたわけでもない、ただ色々な感情が溢れていただけだ。
そして、少しの諦め。

銀八を好きになってしまった自分。
それを止められそうにない自分。
そして、一生徒としてであっても嫌われずに、あと数か月一緒にいることができるということ。

「泣きそう…」

べろりと舐められた。
顎から頬を昇り、目元まで。
目じりにたどり着いた舌が一度止まり、横に動いた。
初めての感覚が眼球を刺激する。

生暖かい異物が目尻から目頭へ移動し、涙腺をじゅっと吸う。

「ひっ!どどどどどこ舐め…」

ぞわりと脊椎に電気のような刺激が走り思わず悲鳴のようなものが口から零れた。

「え?眼球?」
「さらっと何してんだゴラァ!」
「ちょ!静かにしろって!他の先生いないとはいえ…」
「あ…」
声は静かな夜の校舎によく響き渡っていることに気が付いて慌てて自分の口を押えた。

「だから、いい加減にこっちにお入り」
そういって身を離され、窓枠を乗り越えて、図書室内に入る。
室内は風が通らない分、幾分か暖かい気がした。

「で?」
「で、って言われても…寝過ごしちまったとしか…」
「いや、そっちじゃなくて…アレはアレだ!その…だから!土方はどうなんでしょか?」
「どう…って?」

質問の意味がよくわからない。
銀八に問いたいことは山ほどあるが、問われることと言えば、なぜこんな時間までここに残っていたのかだとか、なぜベランダに出たのだかといったことぐらいしか思い当たらないのだが、それを違うといわれると何が『どう』なのかわかるはずもない。

「先生は、土方君の悔しそうな顔だとか、困った顔を見るのは大好物なんだけど、
 土方君はどうなんだって聞いてるんだよ」
「いじめ?」
「いや、そこから離れて…ドSのイジメの意味をオメーはき違えてる気がする…
 そうじゃなくて…」

がしがしとトレードマークの天然パーマを掻き毟り、再び抱き寄せられた。
今度は窓越しではない。
身体の全面が密着し、体温が顕著に伝わってきた。

「こうされて、さっきみたいに眼球舐めされて嫌か?って聞いてんの?」
「嫌?」

嫌ではない。
ただ、心臓が痛い。

「先生…は…」
「はい」
「俺のこと好き…なのか?」

からかわれている可能性が強い。
何と言っても目の前にいるのは沖田と同じドSなのだ。
それでも尋ねずにはいられなかった。
そんな土方の迷いながらの発言は理解できない言葉で返されてしまった。

「っ!羞恥プレイか!羞恥プレイなんだな?コノヤロー」
「は?」
「だから嫌なのか!嫌じゃねぇのか!どっちだ!?」
「…いや…じゃねぇ…」
これだけ、赤面して心臓の音さえ聞こえてしまうのじゃないだろうかと思うほど大きな音を立てて脈動しているのに言わせるのかと少し腹を立てながら、銀八の背に手を回してみる。

「ん?」
「先生のこと、好き…みたいです」
「みたい、ってどっちだ!こら!」
「だ、だってよ…さっき…気が付いたばっかりで…」
『レンアイ』なんて、絵空事のように思っていたのだ。
女性とのものですら、そんな状態だった土方に問い詰められてもそれしか答えようがない。

「あぁ?無自覚か?無自覚なのか?
無自覚であれだけ俺のこと煽ってたのか?怖ぇよ…ドSキラーだよコイツ。
 やっぱり卒業待つとか言ってる場合じゃなかったよ…コンチクショー」
「せんせい?」
「あー、とりあえず、帰るぞ。親御さんが心配してる」
教室内の時計を見れば既に8時半を回っていた。

「そうですね…」
身体を離して退出しようとしたが、じっと銀八に見つめられていた。

「なんです?」
「手…」
「あ…」
銀八のシャツの裾を持ったままだったらしい。
スラックスからシャツがだらしなく引き出されてしまっていた。

「仕方のねぇ子だな…」

そういって、薄暗い図書室の書架の間で今度は眼球ではなく、唇を重ねられたのだった。






「橋本〜」
「へーい」
気だるい点呼の声とそれにつられるような返事のキャッチボールが繰り返される。

「多串くん」
「多串じゃねぇ!土方だっていってんだろうが!」

銀魂高校3年Z組のホームルームではまたこんな会話で始まるようになった。

「はーい、多串くん欠席、次、藤島ぁ」

クラス名簿を読み上げる担任・坂田銀八はけして、土方十四郎の名前を呼ばないし、土方は一応の訂正を律儀に毎朝入れる。

「多串…じゃねぇつってんだろうが」

完全にスルーされて、名簿は最後まで読み終わって、トンっと教壇が叩かれた。

「じゃあ、卒業まであと1週間、最後まで先生に迷惑かけない程度に元気に過ごしてくれや」

三月に入り、特進組や公立大学を志望するもののクラスは授業はあるようだが、推薦や就職の割合の高い3年Z組では、もはや卒業式の練習に参加するためだけに登校してくるものがほとんどだった。

相変わらず、死んだ魚のような目をした担任は、教室を出かけて、振り返る。



視線が土方を捕えた。

名前の呼び違いで土方を苛々が襲うことはなくなった。
秋の日に図書室のベランダに締め出された一件の後、種明かしをすればなんということのない話だったのだ。

『悔しそうな顔の土方君をみたかったってのもあるけど、他の奴が呼ばない呼び方で呼びたかっただけ』

特別な生徒だったから。
特別な生徒だからこそ、気持ちが暴走してしまわないようにという戒めも込めてだったのと。

「結局卒業待てねぇなら意味なかったんだけどな」
そんな風に説明されてしまえば、赤面するしかない。

志望校について怒っていたのも、近藤に嫉妬したという理由だなんて。
大人のくせにと腹が立つやら、居た堪れなくなるやらで取りあえず殴ってはおいた。

「多串くん」

担任はゆるく口端に笑みを浮かべて、土方を呼んだ。
「多串じゃねぇ!」

あと何回、その呼び方で呼ばれるのか。

卒業すれば、教師と生徒という枠からは外れる。
男性同士という根本的な問題は付いて回るだろうが、ひとつのケジメを迎えることは確かだ。


大学に通うための部屋は、こんな時だけ手際のいい担任が自分と同じアパートの一室に、さっさと決めてしまった。
同居ではないし、土方もしばらくは馴れない大学生活で慌ただしい日々が始まるけれど、
その気になれば顔を見ることが出来る距離に銀八は居続けるのだ。



それにしても、坂田銀八は卒業したら自分のことをなんと呼ぶようになるのだろう。

国語科の教員には似つかわしくない白衣の背を見送りながら密やかに土方は笑ったのだった。





『a cross word ― 意地悪な言葉 ―』 了






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