うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

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「で、今日はなんなんです?」
「…機嫌悪いね、多串くん」


また、国語科準備室に呼び出されたが、今日は纏める資料も、準備室から一番遠い図書室に運ぶ本の山も見当たらない。

「用がないなら帰りますが」
「用がないとは言ってないだろ?そこ座れ」

勧められたのは作業スペースのパイプ椅子ではなく、銀八の正面に置かれたデスク用のキャスターのついたイスだった。

「この間の進路調査の件」
「書き洩れはなかったと思いますけど」

「洩れじゃない。これなんなの?」
「え?」
「なんで変えた?」

手渡された用紙には第三希望までの大学の名前を書きこんでいた。
一学期と異なるのは、第一希望と第二希望の順番が入れ替わっただけだ。

「…そっちの方がいいかと思って」
「親御さんと相談して決めたことか?」
「親はどっちもで支援してくれるっていってます。いいでしょ?別に」
「同じ学科、同じ専攻、距離だってそう大差がない。
 偏差値落としすぎだろうが?
 判定ギリギリならともかく、上の大学狙えるのに何下げてんだって話だ?」
一学期第一志望にしていた大学の方がややレベルが高い。
そして、土方は先日の模試でどちらの大学でもA判定を取っていた。
銀八がいうこともわからないはない。
名前もろくに呼ばない人間に担任風を吹いて説教されたくはなかった。

「別にアンタに迷惑かけるわけじゃねぇだろ?」
「迷惑?そういう問題じゃないだろう?第一、これ、近藤と同じ志望校だよな?」
「…そうですね」
「まさかとは思うけど、オメーそれが最終的な決め手ってわけじゃねぇだろうな?」
「何だっていいだろ?別に本人が良いって言ってんだ」
自宅から通うにはどちらの大学も厳しい。
オープンキャンパスに行って、今回選んだ方の大学周辺の方が下町に囲まれ住みやすそうだと感じただけなのだ。
生活の余裕が出来る分、大学の勉強にだって身が入るはずではないかと。
近藤と同じ大学に通うことができたなら何かと心強いかもしれないが、それがメインの理由ではない。

「親に金出して行かせてもらうんだ。
 ムダ金落とさせるんじゃねぇぞ、それに…」
「それに?なんだよ?生徒の名前一つまともに呼ばねぇ奴がこんな時だけ教師面かよ」
「それとこれは違う話だ」
追い打ちをかけるように、こんな時にだけ正論をぶつけてくる担任に頭に血が上った。

「教師つうのは大変だな。嫌っている生徒の卒業先まで気にしないとなんねぇんだな。
 あ、そうか近藤さんは良い人だ。
アンタ、俺が近藤さんや総悟と話してる時に限って俺に用を押し付けてきてたのは
お気に入りの生徒の傍に性格のよくねぇ俺なんかがいるのが気に食わなかったのか?
だから大学まで追いかけてやるなって?」
「…何言ってんだ?オメーは…」
銀八が一瞬息を飲んだ後、とても低い声を発したが、その時の土方に気が付く余裕はなかった。

「アンタが俺のこと、嫌ってんのはわかってんだよ!なのに何なんだよ!
 嫌いなら嫌いで放っておけばいいだろ?
 仕事押し付けたり、こうやって呼び出したりするくせに、教室じゃ目も合わせねぇ!」
「ちょ…なんか勘違いしてねぇか?別に…」
「突き放すようなこと言うくせに!なんなんだよ!アンタ!」
「はぁぁあぁぁ?落ち着け、誰が誰を突き放してるって?」
膝の上で握りしめていた手のひらに自分の爪が食い込んで痛い。
最近痛いことだらけだと頭の片隅で思いながらも半ば叫ぶように言い放った。

「アンタが!坂田銀八が!俺、土方十四郎を!」
「いつ!どこで!何時何分何秒?んなこといつ俺がしたよっ?!」
「小学生かっ!校内いる時!四六時中だよ!」
「待て待て待て!今、進路指導してたよな?俺が怒ってたはずだよな?
なんでこんなことになってんだ?オイぃ?」
慌て始めた銀八を見て、ほんの少しだけ溜飲が下がった気がした。
言いたいことを言ってすっきりしたというわけではない。
でも、口にすればマシになる気がして、不満を述べてしまうことにする。

「もういいです!だから!進路指導なら!俺の進路なんだ!別に先生に迷惑かけるわけじゃねぇんだから!もう放っておいてください!」 
「んな訳いくかよ」
「もううわべだけの担任面はいらねぇって言ってんだよ!」
「土方?」
そこまで叫ぶように言い、進路指導の調査票を机に叩きつける。

「オメー…何言ってるかわかってんのか?」

急に準備室の空気が温度を下げた気がした。
目の前に座る担任は見たことのない『大人』の顔をしている。
眉間に軽く皺をよせ、銀縁のメガネの奥から『死んでいない』目がこちらを、
土方だけを見つめていた。

子どもじみた感情をぶつけられ、もっと怒っているか、呆れているものだと思っていた。
しかし想像していたような「そういったもの」はうかがえない。

ただ、朱みかかった瞳が在る。

穏やかな、
凪いだ瞳ではない。

憂いと、躊躇と、それから…

そこまでだった。
土方は土方自身でもわからない、正体不明なモノに耐えきれなくなっていた。

「失礼します!」

弾けるように、出口へと向かう。

端的に言うならば恐ろしくなったのだ。

担任の中に見つけた『ソレ』。
『ソレ』の名前を知っているような気もするが、知らない気もした。

ただ、その時は考えることを一切放棄し、闇雲に家路に向かって全力で足を動かしたのだった。






「橋本〜」
「へーい」

昨日の今日で、土方は心の整理が出来ないまま一夜を過ごしてしまった。
相変わらず勉強にも身が入らず、心臓がむずむずするような苛立ちはひどくなる一方で寝不足気味のまま、自分の席に座っている。
教室に入ってきた銀八に変わりはなかった。
いつも通り朝のHRが始められ、名簿を読み上げ始める。
いつも通りすぎて、それが有難くもあり、更に土方の心をささくれさせる。
その原因がわからない。

「次、土方」

下を向いてシャーペンで何を書くでもなく、一限目のノートの上をさまよわせていた手を止めた。

「土方、いねーのか?」

聞き間違いではない。
銀八が確かに呼んだのだ。
『土方』と。

当たり前のことであって、当たり前のことではない。

「い、います…」

手を軽く上げて、返事を返すが、動揺した自分の声はうまく出せたのかわからない。
クラスもざわめいた。
朝、銀八が違う名前で呼び、土方が食ってかかるのは恒例行事だったからだ。

「ほら、静かにしろ〜!藤島ぁ」

それでも、次のクラスメートの名前に移る銀八にざわめきは少しだけおさまる。

土方は、また視線をノートに戻した。
昨日の出来事が影響していないとは到底思えない。
土方の苛立ちを受けて、銀八が分け隔てなく扱うことにしたのかもしれない。
自分の子どもっぽい感情に対して、銀八は大人の対応をした。
望んでいた通り。

「あー、眼鏡。5限目の俺の授業、プリント使うから昼休み始まったらすぐに職員室来い」
「え?わざわざ?」
「印刷すんの忘れてたんだよ。オメークラス分刷って配っとけ」
「そんなこと自分でしておいてくださいぃ!」
「面倒臭ぇから頼むわ」
「面倒ってそんな理由かよっ!」

いつもなら、土方に頼んできていたような雑事を他の人間に振る。
それを求めたのは自分。

HRを終え、職員室に戻る銀八の背を見送ることも出来ないまま、己の内側だけを見つめ続けていた。


昼休みに入っても見つめても答えなどでない。
苛立ちすぎて、経験上殴られることを知っている山崎は近寄ってこようとしないことに、また苛立つ。
沖田は沖田で、なにやらニヤニヤと笑いながら「銀ぱっつぁんと進展がありましたかぃ?」と尋ねてくるが、ドS王子に話を漏らした日にはまた何を引っ掻き回されるかわかったものではないから何もないと黙することを選んだ。

「ちょっと空気吸ってくる」

ニコチンを摂取しなければ、どうにも落ち着きそうにない。
学校で生徒が唯一喫煙できる場所と言えば、屋上ぐらいなものだが、昼休みは純粋に昼食を食べる生徒たちでにぎわっているから使えない。
土方は図書室を目指した。

昼休み、学習できるように解放された図書室。
本の劣化よりも学習するための自然採光を考慮した作られた窓は書棚の死角になっていて、多少人がいようと隠れてベランダに出ることが出来る。
この季節、風も通り、半日蔭になったその場所は土方のお気に入りでもあった。

コンクリートの上に腰を降ろし、煙草の先に火をつける。
(そういえば、この場所、知ったのも銀八の手伝いさせられた時がきっかけだったか…)
使うものを拒むかのように校舎の最上階、しかも一番端に設置された図書室を使う人間なんてものは限られている。
ここに資料だ何だと担任の手伝いで重たい本を上げ下ろしさせられること数回。

今日の感じであれば、そんな用事をもう自分に押し付けてくることもなくなるのだろう。

「もう…苛立つことなんざ…なにも…」

自分の選んだ進路を見据えればいい。
剣道の大会に向かって、集中してスケジュールを組んできたのと同じように。

ちりりと灰が先端から零れそうになって、慌てて携帯灰皿に落とす。
灰は落とされ、円柱の形をほろりと壊した。

肺に煙を吸い込み、目を閉じて、光が映る様を見つめた。
昨日の銀八の顔が浮かんでくる。

「なんで…?」

何時にない真剣さが赤い瞳には存在していた。
それを思えば、心臓がわしづかみにされたように引き絞られる。

教室でみたことがない顔だった。
他の生徒に見せる顔でもなかった。

「銀八…」

クラスメートのように名前で呼んだことはなかった。
『先生』という職業名で十分だった。
それなのに、今口にしてみれば、舌の上で思わぬ甘さを苦さを混ぜ込んだような味がする。

「わかんねぇよ…」

秋の風は涼やかで、午後の日差しは穏やかだ。
目を開けることが出来ないまま、睡眠魔は土方を襲ったのだ。






『a cross word U 』 了




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