うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




Side 銀時




万事屋の主、坂田銀時は不機嫌に歩いていた。

今日はパチンコで負けた。
負けたけれども、不機嫌な理由はそれではない。
日常茶飯事的なことであるし、多少はイライラしても、隣で打っていたマダオほど悲惨な結果ではない。
パチンコ屋を出た時点ではそれほど悪くはなかったのだ。

機嫌が悪くなったのは巡察途中で見かけた真選組の一番隊隊長に副長殿は予定通り警護の任を解かれ、三日前に江戸に戻ってきていると聞いてからだ。
戻ってきていて、且つ本日午後から明日の晩まで非番だという。
それとなく、成功したのかを興味ない風を装いながら尋ねれば、
滞りなく完了したのは完了したが、世間話のつもりで隊士たちが柑蜜星の話を聞くたびに何故だか言葉を濁すという。

「何かありましたぜ。ありゃ」

それが真選組の仕事内でのトラブルであれば銀時の口の出せることではないが、沖田の口調から察する限り、そうではないらしい。
しかし、沖田がそれ以上語らないところを見れば、あくまでドSの勘がそう告げているに過ぎないのだろう。
では、なぜ今回の仕事にも(依頼という形とはいえ)係わった銀時に連絡の一つも寄越さないのか。
休みだと知っていれば、パチンコなど行かずに万事屋で電話を待っていたというのに。
そうなれば、自分に関わる何か、なのか。
自分に会いたくない何か理由があるのか。

「ったく…」

嫌がらせと警告を兼ねてグレープフルーツでも屯所に送りつけてやろうか。
勿論着払い、代金引き換えでなどと考えながら、八百屋を覗き込む。


「あ!銀さん!」
「ぱっつぁん、どうした?」
振り返れば、新八は真新しい大きな紙袋を数個両手にぶら下げ、神楽も大江戸マートのレジ袋を持っていた。

「今、そこで土方さんに会いまして柑蜜星のお土産をいただいたんです。
 あ、依頼料は振り込みでお願いしましたよ」
土産も確かに持ってはいるようだが、大江戸マートの袋の中身は神楽がねだった肉のパックが透けて見える。
鬼と呼ばれているくせに存外女子供に甘い土方だ。
わざわざ、戻ってから買い求めたのだろう。

「土方は?」
それにしても、自分には挨拶なしとはやはりあんまりな所業ではないか。

「駄菓子屋の前で会って、そのまま帰ったアル。ついさっきのことネ!」
「そうか。神楽悪いけど、今晩…」
「グラさんは全部お見通しアル。今日はアネゴと女子会にするネ」
確かに飲みに出るから、新八のところに泊めてもらえと頼むつもりではあった。
それを先読みされ、首を手で押さえコキリと鳴らした。

「…頼むわ」
「え?え?どういう…?」
「メガネにはフクザツすぎるミステリーアル」
「そういうこと!オヤジ!これ一個もらってくから」
神楽にばれていたことは意外であったが、
別段隠すつもりも最初からなかったわけであるし、あとは野となれ山となれ。
八百屋からグレープフルーツを一つ掴んで、小銭を店先に置いて走り出した。



神楽の話通り、少し走れば見覚えのある背が目に入ってくる。

気配を抑え、無言で、ボール代わりに果実を投げつけた。
黒い着流しの下で肩甲骨が迷いなく動き、鯉口を切り、振り返る。

条件反射なのだろう。
白刃が真っ二つに切り裂いた。

黄色い球体が半円になり、透明な果汁が飛び散りながら地面に落ちていく。

「もったいねぇなぁ」
「なら投げるな。クソ天パ」

懐紙で刃を拭き、眉間に皺が寄る。
いつものことながら、元の造作が整っているだけに凶悪な顔つきに見えるなと密かな感想と共に異変に気が付いた。

「土方?」
「な、んだよ?」

グレープフルーツを斬る直前までは普通だった。
斬った後だ。
土方の顔が心なしか赤くなったのだ。

「土方、ミカン星人になんかされた?」
「されてねぇ!」

地面に転がった一つを拾う。落下で少し果肉が潰れてしまったが食べられないだろうかと貧乏くさいことを考えながら、突きつけて改めて問うた。

「じゃあ、なんでそんなエロい顔してんの?」
「え、ええエロくねぇ!いつもと同じだ!同じ!」
「もしかして…」

空いた手でどもる土方の腕を掴み、距離を縮めるが、どうにも動揺しているらしい男は簡単にそれを許した。

「なに?土方君てば…これ見るか、嗅ぐたびに銀さんのこと思い出しちゃった?」
「そ、そんなことはねぇ!!」

それで確証を得て、耳元に囁けば、土方の顔はこれ以上赤くなることはないのではないかというほど真っ赤に染まった。

「そ?じゃあ、何も問題はなかった?食べられるようになった?」
「問題ねぇ!ちょ!俺は…」
半球を軽く投げては取り、取っては投げるを繰り返せば、香りは更に拡散していく。

「今日は非番なんでしょ?新作御馳走するから」
「っ!いらねぇって!近ぇって!」
「万事屋さんはアフターケアも万全だから」

往来で男二人が内緒話をするように身を寄せていれば、奇異の目で見られるのは当たり前だが、その羞恥で赤いのではない。

「なんのアフターケアだ!ゴラァ!離せって!」
「ん〜、グレープフルーツで発情しちゃうようになった副長さんのアフターケア?」
「ななななななな…・」

こんな艶走った顔をして、よく周囲にばれなかったものだと呆れる。
呆れ、それでも何事もなかったことに安堵した。
何はともあれ、そんな理由で万事屋に連絡を入れることが出来なかったのであれば、遠慮することは何もない。

「ほらほら、騒がない騒がない。行くよ」
「んな真昼間からどこへ行く気だ?!」
「いーやーらーしぃぃフクチョーさんてば。何想像したの?
 別にピンク色の部屋じゃねぇよ。万事屋の方」
「そ、そうか…」
素直すぎる応えに本当に無事でよかったと深く息を吐いた。

「うん。でも、土方が期待したことは勿論シてあげるけどね」
「期待なんぞしてねぇぇえぇ!」
「馬鹿っ!声でけぇ!」

持っていた半球も放りなげ、今度は受け止めずに
果汁で汚れた手で土方の口をふさいだ。
ころころと先程拾わなかった片割れの元へと転がり、視界から遠ざかっていく。

抑えた手が熱い呼気を感じ、苦しそうに眉間に皺を寄せる土方の顔が眼前に広がった。
グレープフルーツが苦手だと顔をただ顰めていた時とは違う。
苦々しさと、艶めいた色がそこに両方乗せられた表情。

「催淫効果はないはずだけど?」
「阿呆か!痛ぇ!離せっ」
銀時の手を振り払い、懐から手ぬぐいを出して、顔に付着した果汁を乱暴に擦り、来た方向と別の方角へと歩き始めた。

「土方?」
「行くんだろ?万事屋」
「…!」

後ろから見える耳と首はまだ赤い。

「…うまそ」

所謂蜜柑のようには甘くはない。
でも確かに甘さはある。
口にいつまでも残る甘味ではなく、渋さと苦みを含んだものではあるが。
時にはえぐみをもたらしても、どこか癖になる味と香り。

「オメーみてーじゃねぇの」

果汁で汚れた指を自分の着流しで拭えば、また香りが拡がった気がして。
先程までの不機嫌は何処にやら。

新しい反応をいかに有効に味わうかの一点に思考を絞る。

そうして、足取り軽く、肩を並べたのだった。




『お味はいかが?』 了  





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