うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




Side 土方



屯所に戻り、まず近藤に相談をすることにした。
副長である土方が自分の勤務時間外のこととはいえ、そうそう連泊をすることは本来出来るだけ避けたい行為であったからだ。
銀時の提案を話し、支障があるようなら別の方法を考えると前置きしてから大将に話す。
しかし、土方の心配を他所に、元々土方が今回に任務に対して、苦痛を感じていることを知っていた近藤は莞爾として笑い、あっさり過ぎる程あっさりと外泊許可に判を押して、送り出してくれたのだ。


とはいえ、突然のことではあるし、通常であれば休息にあてるべき時間も書類の整理に回すことの多い土方であるから、そう簡単に今晩から出かける、というわけにもいかず、結局のところ、万事屋に通うのは次の晩からにはなったのではある。




「お待ちしてました。土方さん」
「世話になる」

初日ということもあり、やや早い時間に万事屋の玄関戸を叩けば、話を通してくれているのか、眼鏡の少年がにこやかに迎えてくれた。
基本的に銀時と土方が、いわゆる「そういった」関係であることは子どもたちは知らない。
純粋に依頼人として迎えてくれていることに面映ゆくなりながら敷居を跨ぐ。


「来たな」
「こりゃ…いったい?」

すぐに応接室に通され、目を見開いた。
ソファーの前に設置されたローテーブルにいくつもの黄色い球体が並べられてたからだ。

「すげぇよな。俺も知らなかったんだけど、こんなに種類あるもんなんだなぁ」
「よく集めたな」
全て、グレープフルーツの類であることはわかる。
だが、出来るだけ避けてきた土方には色や大きさといった外見的なことしか違いが分らない。

「あぁ、今朝の市場で仕入れてきてもらうように八百屋に頼んでおいた」
「わざわざか?」
「万事屋銀ちゃんは受けた依頼は最後まできっちりやり遂げるアル」
チャイナ娘が取り皿らしい小皿を運んできたチャイナ娘がなぜかふんぞり返って自慢した。

「そりゃ失礼した」
「分ればいいネ。銀ちゃん。トッシー来たから、もう食べていいアルカ?」
「待て待て、土方がどれくらい駄目なのか調べんのも兼ねてんだからちょっと待て」
指でソファーを示され、とりあえず腰を降ろす。

「味、はもちろん駄目だとして、匂いってどうなの?」
「あんまり…好きじゃねぇ」
今、この部屋に充満している香りにも実は口の中が渋くなるような感覚を引き出していて、あまり居心地が良いとは言えない。

「そっか。蜜柑とか檸檬は?」
「渋いのとか、酸っぱいのは好きじゃねぇ」
「あれだけ酸っぱい黄色いもん食いものにぶちまける奴がどの口でいうんだか」
「なんだと?テメーこそ、甘ぇもの好きなくせに、酸っぱいもん食えんのかよ?」
マヨネーズは万能調味料であって、特有の舌先に残るえぐみ等ない酸っぱさだとどう説明すべきか困る。

「それとこれは別でしょうが?銀さん、ちゃんと旬の果物とか酢の物とか食うし?」
「酢の物は俺だって食う。それに山葡萄だとかああいった酸っぱさなら、食えるし」
「まぁまずは敵を知るってことでさ」

銀時は並べた球体を端から一つとると、ペティナイフで二つに切り分けた。

途端に部屋の中いっぱいに柑橘系特有の香りが広がる。

「これが一番手に入りやすいホワイトってやつだな。
 さわやかな甘酸っぱいと特有のほのかな苦み、だそうだ」

輪切りにされた断面を突きつけられるが、少し体を引いて遠ざかる。
芳香剤などでも最近ではよく使用されているために嗅ぐ機会は増えてはいるが、あまり得意とは言えない香りがした。

「次は、ルビー。色が全然違うんだな。多少こっちの方が果汁が少ない気がする。
 白いのよりは多少酸味控えめで、まろやかな甘み、だと
 これに似たやつでスタールビーってのがあるらしい。生産してるとこが少ない。
 本当は苦みと酸味が少なめで、甘味が強いらしいから慣らすのには
 丁度よさそうだと思ったんだけどよ」
「それから、この緑色のがスウィーティーだそうです。
 文旦との掛け合わせらしいから、酸味も少ないですし、甘みもあるんですけど、
 香りが強いですから…土方さん、どうです?」
カンニングペーパーを新八も覗きながら説明に加わってきた。

「確かに香りが強すぎる気が…」
「どっちにしても苦手って点では変わらないですかね…」
ちょっとがっかりという風に眼鏡が項垂れ、何か申し訳ない気がしてきて居た堪れなくなってきた。

「あとは、メロゴールドって緑とフレームって赤だが、
 どっちもシーズン的な関係で数が手に入らねぇ。今日は一応そろえたけどな」

「少し食べてみますか?」
「あぁ…」
専用のスプーンですくって食べるという方法はまだ土方にはハードルが高いと察してくれたのか、温州みかんを向くかのように小房から取出し、更に小さく切ったものに爪楊枝をたてて試食できるように手際よく新八が用意していく。
食べたいのだろう、神楽がじっとその作業を目で追っていた。

一つ、手にとり、思い切って口に含む。
口内に広がる酸味と喉から鼻に上がってくる香り、そして舌先に残る苦みとえぐみ。

このすっぱいと、ぎゅっと身が引き締まる違和感が苦手なのだ。
早く嚥下してしまいたいのに、喉を通らず、通ってもいつまでも口の中に残っているような感覚にいつも以上に眉間に皺が寄るのをとどめることができない。

「本当に嫌いアルナ。コンジョーで飲み込むネ!」
「お水持ってきますね」
「頼むわ。神楽もこれ台所に運んで。このままで食べさせんのはやっぱまだ無理だ」

涙目になりながら、口元を抑えていれば目の間に座っている銀時が何やらニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「な…んだ?」
「いや…かわいいなと」
「か、かかかわ?何言って!?」
静かにするように口に人差し指をあてる仕草をされ、我に返る。
慌てて振り返るが、子どもたちは台所に向かっているために、聞かれずに済んだことに安堵しつつ、銀時を睨んだ。

「この変態…」
「いや、だって涙目になって、たかが蜜柑に副長さんが苦戦してるとかさ…」
「ふざけんな。帰る」
「待て待て!神楽も言ったろ?万事屋銀ちゃんは受けた依頼は最後まできっちりやり遂げるって」

コップに水を取ってくるだけかと思っていたのだが、子どもたちは作っておいてくれたらしい夕食も合わせて運んできたようだった。
和室に移動するように促され、座らされる。

「今日は初日ということですんで、冷やし中華にしてみました〜」
「そ、それは構わねぇが…」
夕刻を過ぎれば涼しくなってはきてはいるが、まだまだ残暑厳しい季節だ。
冷たい麺に別段、苦情があるわけではない。

「食べていい?食べていいアルカ?いただきます」
「「いただきます」」
言い切るか否や、神楽が勢いよく箸を取り、あっという間に具の乗せられた麺が皿の上から消えていく。

「土方さんも、食べてみてください。おかわりありますんで」
「あ、あぁ…」
沖田も「食べる」と決めると鬼のように食べるのではあるが、レベルが違うと呆気にとられながら見ていれば、おかわり!と突き出された皿を新八が受け取り、あらかじめ湯がいていたらしい追加を取りに立つ。

「食べられないとか言うアルカ?この汚職警官がっ!」
「いや、食ってるから」
「それなら許してやるヨ。スープ、最後の一滴まで飲み干すネ!
 それがニンキョーの世界のオキテアル!」
「任侠って神楽ちゃん…関係なさすぎ!土方さん、でも無理しない程度で…」
「あ?いや普通にうまいぜ?でも、マヨかけてもいいか?」
「だめ」
「いいだろ?更にうまくな…」
泊まる用に持ってきた荷物の中に入っている業務用マヨネーズを取りに立とうとしたが銀時に停められた。

「これも、訓練の一環だから」
「は?」
これと指さされた冷やし中華と銀時を見比べる。

「入ってるから」
「あ?」
まさかと、今度は冷やし中華と新八たちを見比べる。

「果汁をスープを入れてみました。これくらいなら大丈夫みたいですね」
「そ、そうなのか?」
「もともと、お酢が入ってるし、具もあるから匂いも飛んでんだろ?
酢の物大丈夫っていってたからな。これくれぇから始めるかと思ってよ」
「そうか…」
すまねぇなとあまり自分でも大きな声でないとは思ったが、礼を言い箸を再びとった。

「最後の一滴まで飲むネ!」
「おかわりもありますからね」
「あぁ…」
その後はスポンサーになるからと奮発したらしい山のようなコロッケも机に置かれ、賑やかにおかわりの争奪戦が繰り広げられたのだ。



食事の片づけが終わると、新八は神楽を連れて帰って行く。
2人を玄関前まで出て二階から見送ってしまえば、何処か気恥ずかしさが土方を襲い、手持無沙汰で煙草をふかすばかりだ。
テレビもバラエティを付けてはいるが、暇つぶしにもなりそうになかった。

これまでも万事屋に泊まったことがないわけではない。
ただ、これほどおおっぴらに子どもたちに泊まることを知られたこともなかった。
常に、二人は土方が訪れる時間には万事屋には居らず、見送ることも勿論ない。
夜の万事屋に二人でいることが妙に気恥ずかしく、さっさと風呂にでも入って寝てしまおうと考えた。

「風呂、借りるぞ」
「ん、タオルとかも用意してるから」
「テメーじゃねぇだろ?メガネが用意してくれた、だろうが!」
「そ、チェリーな新八くんがね…」
何を思ったかくつくつと思い出し笑いする男に眉を寄せつつも、自分でも話の振り方を失敗したと風呂場に向かい、勝手知ったる場所の扉を開いた。
湯の張られた浴槽。
暖かな湯気。
そして、香るのは…。

「…どう?倒れそう?」
一緒に入ってあげようか?とわざわざ付いて来ていた男の腹に肘鉄を入れる。
「大丈夫だっ!」
量は抑えられている加減されているのだとは思う。
仄かに薫る程度の入浴剤の匂い。

「やむを得ねぇ…これも真選組のためだ…」

呪文のように呟きながら、着流しの帯を解く。
出来るだけ口で息をするようにして、手早く入浴を済ませたのだ。


土方と入れ替わりで銀時が風呂に入り、少しだけ酒を呑んでから布団に入ることにする。
ところが、ニヤニヤと性質の悪い笑みを浮かべながら、銀時まで四つん這いでにじり寄ってきた。

「明日仕事で早ぇからな!絶対ぇシねぇからな!」
「まぁまぁ、マッサージだけ。ほら、これもトレーニングトレーニング」
ほれほれと小瓶をちらつかせられ、そこに黄色い柑橘類のイラストが描かれていれば黙るしかない。

「柑橘系ってよ、中枢神経?だかのバランスをとる効果ってのがあるらしいぜ。
 簡単にいえば、心のもやもやを取っ払ってくれるのに一役買ってくれるって。
 オメーもいっつもいっつもゴリラゴリラゴリラばっかり言ってねぇで、
 こうやって偶には過ごすのもいいんじゃねぇの?」
言葉に責める色はない。
それでも土方の心に銀時との時間を思うように取れないことを心苦しく思う気持ちがあるからこそ、苦く聞こえる。
だから、話を逸らした。

「…詳しいな」
「調べましたよ〜銀さんも。ホラ、手出して」
銀時の指が直に手のひらを丁寧にゆっくりと揉みほぐし始めた。
オイルというからには油なのだろうが、しっとりと肌に吸収されべたつくことはない。
普段ない不思議な感覚を味わいながら、ぼんやりと眺める。
一本一本丁寧に、所々痛みを感じが、痛気持ちいい強さであるからツボを刺激されているのだろう。

「ん…」
手首から二の腕へと袖を割って昇ってくる腕。
強くもなく、弱くもない刺激。
敷かれた布団。
囁くような声。

「気持ちいい?」
むずむずと銀時はそんなつもりでないだろうに、リラックスとは違う、いらぬ刺激までよ起こされそうになって、閉じていた目を見開いた。

「なに?」
「…べつに…」
「じゃ、反対の腕ね」

そっぽと向いて下唇をかみしめる。
銀時の顔は明らかに『雄』の顔をしていた。
つまりは土方の気のせいというわけではなく、わざと刺激してるということで。
致さないと宣言した自分をわざと煽っているのだと理解できないほどの短い付き合いではない。

左右の手が終わると、足の裏を丁寧に揉まれた。
ツボ押しという程の強さではなく、撫でるような感覚に何度か文句を言いたくなり、
そのたびに「ただのマッサージでしょ?」と笑われる。
足の裏からふくらはぎ、膝裏を通って内腿に指が到達した辺りで、また反対の足に移る。
じわじわと上って行く熱をどうしてくれようと思い始めたところで、
あっさりと浴衣のすそを直された。

「さ、明日も早いし。今日はこれくらいにしとこうか」

あっさりと暖かい手が離れていくことをひどくさみしいと思いながら、それを口にするのは業腹だ。

客用の布団に潜り込めば、アロマオイルの効果なのか、慣れない環境に対する疲れなのか、
直ぐに睡魔は土方を迎え入れてくれた。




こうして、始められた土方のグレープフルーツ攻略のためのプログラムは、五日間続けられた。

土方が万事屋で取る朝食と夕食にグレープフルーツを使う献立。

トマトとグレープフルーツのスムージーやドレッシングに混ぜたサラダのような形を完全に見せないものから徐々に、姿が見えても酸味、苦み、えぐみが緩和できるよう、ヨーグルトに入れたもの、はちみつで漬けたものへと難易度を上げていく。

夜は夜で徐々に慣れつつあるから、もう必要ないのではないかと思いもするのだが、
銀時によるマッサージが施された。
三日目の晩からは焦らすことに我慢しきれなくなった銀時が途中襲いかかるというトラブルも起こったことを切欠にそんなことまで日課となったことが予想外といえば予想外ではあったが、「克服」というプログラム的には大きな問題はなく進んでいったのである。



「世話になったな」
流石に警護の打ち合わせや移動もあるため、渡航してくる前々日が期限だった。
完全ではまだない。
けれど、香り程度で眉を顰めることもなく、失礼にあたらない程度には嚥下できるようにはなっていた。
大きな進歩であり、仕事に差し支えないという意味では十分な結果だ。

「こちらこそ…」
「米持参なら、また遊びに来てもいいアル」

万事屋の玄関先でそう挨拶すれば、深々と新八が頭を下げ、神楽はメニューは限定されていたとはいえ、十分腹を満たすことが出来た成果なのか言葉から棘が少し抜けていた。

「支払いはアレな。そのミカン星?だかの奴が帰ってからでいいから、
 色つけて持って来い」
「銀さん!もうっ!そんなこと言って!土方さん!気にしないでくださいね!
 請求書通りでいいですから!あ、でもお土産とかあっても全然困りませんから!」
「ミカンはもういいネ!肉持ってくるね肉!」
「しっかりしてんな」

銀時やチャイナ娘はいつものこととはいえ、ちゃっかりメガネにまで土産の要求をされ、苦笑しながら背を向けた。

「「いってらっしゃい」」

ここ数日ですっかり習慣になったらしい見送りとあいさつの言葉がかかる。

「あぁ…」

初日と同じく、照れ臭すぎて、どう反応していいかわからぬまま、屯所へと、
己の住処兼職場へと強く足を踏み出した。






『お味はいかが? 弐 』 了  






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