うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

【春之壱】




『文』で書いておりました 『淅瀝』 の続きとなります。



―黒壱―



淅瀝―雨雪の降る音、風の吹く音



風の音。
木々を鳴らす風のざわめき。
降り積もる、雪の音。
みぞれが叩きつけられる厳しい冬の音。

そんな音が心の内を代弁するような、そんな日々を過ごしていた。



「土方」

巡察途中、後ろから声がかかる。
聞き覚えのある、緩く、それでいて、低く、耳触りの良い声。

少しずつ、春へと移りゆく。
空の色が、冬ほど澄みもしないくせに、
かすみをのせて、淡い青を一面に広げていた。


春の陽が柔らかく、様々なものを暖める。

それでも、風は吹く。
冬のからっ風のようなひゅうひゅうともの悲しい音ではない。

ただ、轟々と春の風は吹く。

時として、嵐となって
時として、霞を作って


風は

「土方!」

腕を掴まれて、無理やり声の主の方へと向かされる。


「あんだよ?」
口に煙草を挟んだまま、土方は漸く答える。

「オメーさっきから呼んでんの聞こえてたんだろうが!無視はよくねぇよ?」
銀髪の男が不機嫌な声のまま、自分を見ていた。

かぶき町に根城を置く万事屋坂田銀時。
土方はいつのころから、男に惚れていた。

最初の頃は衆道の気の破片も持ち合わせない銀時に、想いが通じることはなく実らぬ恋心だと諦めていた。
ミツバの時とはまた違い、実らせてはならないのではなく、実ることのない想いだ。
そのうち、果実が腐り落ちて、土に返ってくれるのをじっと待つ。
そう決めていた。

だから、自分は険ををもった態度でしか、この男に接することが出来なかった。

その答えは明白。

めんどくさい奴だと思われてもいい。
自分が思わず期待してしまうような浅ましい心をさらけ出さないためにも、憎まれ口に頼らざる負えない。
それに、言葉の応酬を重ねている間だけ、彼の瞳は自分を視界にいれる。
これ以上何を望むだろう。

そう決めていたのに。

ほんの出来心で男との関係は動き始め、バランスが崩れた。

それでも、凍りついた空が、晴れる季節になる頃には、きっと元に戻ると思っていたのに。

何が良かったのか、
何を間違ったのか。

「男なんてありえねぇ、ありえねぇ筈なのに、オメーだけは別とかいったら怒る?」

そう銀時は土方の手を取り、「いくぞ」と、手を引いた。

自分の目の前を、
自分の手を引きながら歩く男の背を眺め、そして、春へと移りゆく、流れる雲をみつめ、思った。

淅瀝も、凛とした心根で聞けば、叶うのかと。

曳かれた手に逆らわなかった。
それは『坂田銀時』という男に惚れていたから。


また、一陣の風が吹く。

風は吹き続ける。


まるで一年前の再現のような空と風。

しかし、もう一年前とは違う。

皆の前では、相変わらず犬猿の仲を装って、口喧嘩を、掴み合いを、意地の張り合いをする。

「明日非番なんだろ?」
あの寒い日に、待ち合わせをして、飲みに行く約束を取り交わし、他愛もない会話をしながら、切なくなった日々とは違う。

違う。

「誰に聞いた?」
「ゴリラが明日トシは休みだから、すまいるに行けないって言ってんンの聞いた」

掴まれた腕を振り払い、短くなった吸殻を携帯灰皿に押し込んで、次を取り出した。

「7?」
今の今まで土方を掴んでいた掌を一瞬、銀時は見つめ、呟くように数字を言う。

それに頷く。

逢瀬の約束。

でも、一年前とは違う。

待合せは赤ちょうちんでも、焼き鳥屋でも、居酒屋でもない。
お付き合いしているとは言っても、映画に行くでも、食事に行くでも、健康ランドに行くわけでもない。

ただ、入るは宿。
時間をずらして、誰にも知られないように。

「入ったら、電話をいれろ」

その場を立ち去った。


風の吹く音は耳から離れない。
淅瀝と、もの悲しく、冬であろうと、春になろうと、夏を迎えようと、秋が深まろうと、ひととせが過ぎようと。


春の嵐が、いっそうの力を持って吹き荒れようとしていた。





―銀弐―



風の音。
木々を鳴らす風のざわめき。
降り積もる、雪の音。
みぞれが叩きつけられる厳しい冬の音。

そんな音を、まさか自分が男の事を考える度に聞くことになるとは思いもしていなかった。


「土方」

巡察途中の黒い隊服を見つけ、後ろから声をかけた。

真っ直ぐに伸びた背。
春の風を肩できって、歩く恋人の背。

まさか、男に、
瞳孔の開いた、中性的な要素など微塵も感じさせない男に惚れこむ日がこようとは誰が予測できただろう。

轟々と春の風が吹いた。

己の物と質の違うサラサラとした黒い髪を強い風が舞い上げる。
儚さの欠片もないはずの、武骨な男の身体。
けれど、何故か、どこかに吹き飛んでしまうのではないだろうかという不安に煽られて銀時は手を伸ばした。

自分の心は、嵐となって
相手の心は、霞に隠れて

風は

「土方!」

腕を掴んで、聞こえているはずであるのに返事をしない真選組の副長を銀時の方に向かせる。


「あんだよ?」
口に煙草を挟んだまま、土方は漸く答えた。

「オメーさっきから呼んでんの聞こえてたんだろうが!無視はよくねぇよ?」
外でむやみに声をかけることを禁じられていた。

武装警察真選組の副長の職につく土方十四郎。
たまたま、見かけた和菓子店で持ちかけられた言葉に翻弄されて、
まさか色恋の方向で好きだと告げられた。

ただ、「好き」と言われただけ。
告げたことで、どうこうなろうとは思っていないと土方は言った。

普段、真っ直ぐに真選組のことにだけ、その心血を注いでいるような男の突然の言葉に正直驚き、ひかなかったといえば、嘘になる。
嫌悪したかと言われたならば、それはないのだが。

全く仲が深まることを望むでもなく、ただ静かに時を過ごすだけの土方。
「忘れろ」と、最初からすべてを諦めている土方。
ただ、自分の中を把握して、飲み込み一人昇華させようとしていた。

彼に揺れ、惑い、そして、心の中を風は淅瀝と吹き荒んだ。

ほんの遊び心で誘った。
ほんの出来心で男との距離は近づき、バランスが崩れた。

そうして、『大っ嫌いだ』と告げた土方。

銀時にもとより衆道の気はない。
土方も沖田の姉とのことを考えるならば元からそういう性癖があったとは考えづらい。

何が良かったのか、
何を間違ったのか。

『俺だけに啼き顔みせて』

他の誰にも見せない顔を見たいと思った。

だから、昨年の春の日、銀時は土方の手を曳いた。

動き出した関係に、総てはうまくいくものだと思っていた。

春の陽が柔らかく、様々なものを暖めるように。
爛れた恋愛ばかりしてきた自分ではあるが、土方とのことは大切にしたいと思った。

真っ直ぐな矜持を貫こうとする男を護りたいとさえ思っていた。

それでも、風は吹く。
冬のからっ風のようなひゅうひゅうともの悲しい音ではないが春は、春の風が吹く。

予想外の強さをもって、
そして、銀時の予想を超えた螺旋のように巻き上げる力を持って。


淅瀝も、両者の心がしっかりとしていれば叶うものだと。
握った手をあの日、振り払われなかったから。


また、一陣の風が吹く。

風は吹き続ける。


まるで一年前の再現のような空と風。

しかし、もう一年前とは違う。

皆の前では、相変わらず犬猿の仲を装って、口喧嘩を、掴み合いを、意地の張り合いをする。

「明日非番なんだろ?」

あの寒い日に、待ち合わせをして出かけ、飲み屋のカウンターでほろ酔いになりながら、着流しから垣間見える胸元に、項に動揺した日々とは違う。

違う。

「誰に聞いた?」
「ゴリラが明日トシは休みだから、すまいるに行けないって言ってんンの聞いた」

掴まれた腕を振り払い、短くなった吸殻を携帯灰皿に押し込んで、次を取り出した。

「7?」
そっけない。
本当に付き合っているのかと心配になるほど。
振り払われた掌を銀時は見つめて唇を噛む。
それでも、めげずに、時間を数字にして口に出した。

逢瀬の約束。

一年前とは違う。

待合せは赤ちょうちんでも、焼き鳥屋でも、居酒屋でもない。
お付き合いしているとは言っても、映画に行くでも、食事に行くでも、健康ランドに行くわけでもない。

ただ、入るは宿。
時間をずらして、誰にも知られないように。
ひそやかに。

「入ったら、電話をいれろ」

その場を立ち去る背を黙って見送る。



風の吹く音は耳から離れない。
淅瀝と、もの悲しく、冬であろうと、春になろうと、夏を迎えようと、秋が深まろうと、ひととせが過ぎようと。

銀時は顔を上げ、霞む空に流れる雲の様を眺めた。


春の嵐。
まさにそう呼ぶにふさわしい強い風が銀時の天然パーマさえも激しく巻き上げた。




『淅瀝 -春之壱-』 了



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