うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

後篇




翌日。

結局、再び銀時はけして小さくはないずだ袋を抱えて、源外の元に訪れた。
源外は、今回造形をたのんだ田中某という人形師に連絡をとって引き受けてもらうよう手配したからなんとかなると約束の期日より早く持ってきたことに対して怒ることもなく追及もしなかった。
ただ、金時がなんだか落ち込んで帰ってきたと、笑っただけだ。

源外は予測できていたのかもしれない。
銀時にからくりを預けた時から。


源外に返却した後も銀時は暫く工場の前で長い時間迷っていた。
一刻も早く遠ざけねばならないという警鐘を何とか受け入れて、返したというのに、やはり出来るならば誰の目にも触れさせたくないと思ってしまったのだ。
製作者の源外にもさえも。
面を作り替えられて、江戸から離れたところに運ばれる。
それを取りやめて、自分にくれと。
『土方』をくれと言いたくなる。

「まぁ…明日にはガキどもも戻って来るしな」

せめて、万事屋に独りでいる今晩ぐらいまでは、と思いかけ首を振る。

そして、今晩は酒でも飲んで早めに寝てしまうべきだと、バイクのイグニッションを回し、その場を離れたのだ。





その晩のことだ。
ソファで眠り込んでいた銀時は、万事屋の扉を叩く音で目を覚ました。

午前1時。

硝子戸にうつる姿から察するに成人男性。
家賃の取り立てではないらしいが、依頼人という線もあり得ない。
少し焦ったような気配のその人物はもう一度戸を叩いた。

「まさか…」
カラリと開ければ、そこには銀時と変わらぬ体躯の男が立っていた。
男は後ろを気にしながら、するりと万事屋の敷地に入り込む。
「ひ、土方?」
男の顔を知っている。
土方は、口を数度パクパクと動かしたが、声は出さなかった。
「おいおい、こんな夜中に何事…」
いつも通り悪態をつきかけて、彼の着ている着流しに目を止める。
土方は真選組の隊服ではなかった。
非番の日にいつも見る黒に白の襟の着流しにではなかった。濃い藍の、見ようによって黒にも見える着流し。

「これって…」
からくりに着せた銀時のものではなかったか。

「あれ?俺酔ってる?」
早く忘れようと、自分のペースを取り戻そうとかなりの酒量を摂取した自覚はある。
「………」
くいくいと銀時の作務衣の裾を引き、万事屋の応接室に引っ張っていくと、彼は電話の横に置いていた筆記具で文字を書き始めた。

『坂田金時とか名乗る男が現れて』
何と書こうか迷っているのか、鉛筆の動きが途中で止まった。

「金時?まさかパートナーがどうのとか、鞘がなんとか言ってきたの?」
銀時が予測して声をして尋ねるとコクリと頷く。

『状況がよくわからない。何か知っているか?』
「源外のジイサンは?」
分からないという風に首を左右に振る。
昼間、返した後に何かあったということだろうか。
「オメーはここにいろ。ちょっと様子を…と、土方?」
出かける為に踏み出そうとした足を、くいっとまた裾を引かれ止まる。

『説明を』
「説明…っつってもな、俺も…ってあれ?」
メモ紙に書かれた文字に困りながら、気が付いた。
ぶるりと体を震わせたからだ。

「さむい?」
またコクリと頷き、銀時を見る。
万事屋にエアコン何て高級なものはない。酒を呑んでいた銀時にはそれほど寒さを感じないのだが。

これはなんだ?と問う。

昨夜とは違う。
青灰色の瞳が水気を帯びていた。
目の端は朱い。
少しだけ寄せられた眉は『土方』の強い目力を残しつつも、銀時の目には扇情的に、艶をもって誘っているように映る。
これはなんだ?と迷う。
混乱した。

からくりなのか、本人なのか。

からくりなら寒がるはずもない。
しかし、プライドが高く、銀時と意地の張り合いばかりしている土方が、夜中に万事屋を、銀時を頼ってくるとも考え難い。
更に金時の為に作られたからくりの『土方』は源外の元にあるのだから、金時がオリジナルの土方に会いに行くはずはない。
答えはまだか?とばかりにまた裾を引かれた。

「わかんねぇな」

わからないのはきっと都合の良い夢だからなのかもしれない。
試しに、土方の身体を引き寄せてみる。
至近距離で見つめてみても、『土方』は驚いた顔をするばかりで抵抗しない。

「夢でも、人形でも…いいや。土方なら…」
土方の耳元で呟くとビクリと身体が腕の中で揺れた。
逃がすまいと強く腕をつかみ、敷きっぱなしの布団まで引っ張っていく。
抗議の声は聞こえない。

布団の上に抑え込むように更に抱きすくめながら身を押し倒した。

「土方…」
着流しの襟から手を差し込む。
大きく前を肌開けさせると白くなだらかな肌が広がった。
着せ替えをするときに楽しんだ身体。
記憶のものと眼前のそれは一致しているようにも思うが自信はない。

指に触れた突起を押し潰すように触れれば、身を少し捩る。反対側は唾液をのせて舌で転がすようにすれば、もう劣情を抑えることは不可能だと理解した。

一度、身体を引き起こし、顔を、瞳を覗く。
戸惑った、不安げな瞳。
だが、拒絶の色はやはりなく、からくりの無機質な光も見いだせない。
やはり、酔っぱらいの見る夢なのだと嗤う。

声を発しない唇に舌を差し入れ、相手のものを絡めとり、中を蹂躙する。上から被さるような接吻は銀時の唾液を押し入れるような行為でも、酸素を一方的に奪うような行為でもあり、『土方』は苦しそうに眉をしかめながら、口端から透明な液を溢れさせる。
それをまた、舌で拾いながら耳朶を噛み、ぴちゃぴちゃと唾液を絡めた。

徐々に頭の位置を下げていきながら、手のひらは脇腹を、腕の内側を、内股を、
身体の比較的やわらかい個所を撫で続けた。

舌は引き続き、左右の乳腺を吸い上げ、臍にも唾液をのせながら差し込み、『土方』の中心にたどり着く。
薄い下生えの上にあまり使い込まれていない色をしたそれはすっかり勃ち上がっていた。

根本を支えるように指をあて、尿道にも舌を差し入れる。
男の象徴に口をつけるなんてことを考えたことはこれまでなかったが、意外に平気なものだと半分他人事のような気分だった。

「っ!」
声は出ていないが、『土方』の息があがっていることがわかり、気をよくして陰嚢にも舌を這わせた。

「土方…」

竿を下から上に、
伝い落ちていくのは唾液のみではなく、『土方』自身の蜜。
なぞり、秘所に近づく。
『土方』の手がのびてきて、銀時の髪に指を絡めた。
煽るように、誘うように。
膝裏に腕を差し込み、身体を曲げさせる。
綺麗な顔と、そそりたつ一物と、ぎゅっとまだ固い蕾を一直線上に見ながら、銀時はこのうえなく欲情していた。
蕾に舌を差し入れ、指で少しずつこじ開けていく。

「っ!」

2本の指が馴染むころ、まだ狭いとはわかっていたが限界だと判断し、起立を宛がった。

「土方…」
熱に浮かされたように名をまた呼び、腰を進める。
生々しく内壁が肉棒を絡め、思わず射精を堪えるために呻き声さえ洩らしてしまった。
そのことに気がついたのか、また『土方』の手が銀時の頬に触れてくる。

「土方…」
彼も苦しいのか、上気しながらも、汗を額に浮かべている。
だが、ニヤリと口端をあげて、笑った。
いつもの挑戦的な、強気な瞳で。

「くそっ」
腰をひき、最奧まで一気に突き上げ、身体を精一杯伸ばして、届いた顎にキスをする。
何度も何度も。
左手で土方自身を擦りあげ、右の手で足を抱えて貪るように。

お互いに吐き出すものがなくなるまで、
朝の音が聞こえ始める直前まで、
どろりどろりと密度の高い営みが続けられたのだ。





喉の乾きを覚えて、銀時は目を覚ました。

「あ…喉痛ぇ…」

風邪をひいたかと布団を引っぱりかけて、服を着ていないから、寒いのかと納得し、一方で何故着ていないのかと疑問をもつ。
真上に広がるのは、間違いなく見慣れた万事屋の天井だ。
毒々しいピンク色の壁でも、鏡張りの天井でもない。
ただ、肩に何か布団以外の何かが触っている。

壊れたぜんまい仕掛けの人形のように、ゆっくりと首を曲げると、予想通りそこには黒く艶やかな髪があった。

「う…わ…やっちゃったよ。オイ」
さすがに人形相手に最後まで致しては戻れないだろうと返したはずなのに銀時の横にそれは横たわっていた。
銀時の声に反応したのか、『土方』はゆっくりと瞼を引き上げた。
夜のような、朝焼け前の霞む空のような瞳が姿を現し、銀時を捉えた。まるで寝ぼけているように、ふわりと顔が綻んだ。
「う…わ…」
最初に起動させた時のような硬質な感じはない。

「…よ…ろずや?」
『土方』の声は掠れていた。嗄れ声といった方が近いかもしれない。
「オメー喋れるの?」
「まだ、喉、痛ぇ…水貰えるか?」
「お、おぅ」
慌てて、脱ぎ散らかした下着だとか、身に付けながら台所に向かう。
水道の蛇口からコップに水をためながら、また一つ気がついた。硝子のコップから水が溢れ、銀時の手を濡らし、冷たさに目が完全に覚めた。

「土方!」

「あ?」
布団の上に胡座をかいて男は座っていた。
すでに着流しをゆったりと羽織り、口からは紫煙を吐き出している。

「水、こぼれてんぞ?」
「げ!あ、いや、後で!土方!水?オイルじゃなくて?」
「なんでオイルだ?早く水、寄越せ」
コップに向かってくる手を握る。
節張った指だった。
細かい傷のたくさんある手だった。

「テメっ!何して…痛っ」
思わず、噛みついていた。
その指に。
ぎりりと噛めば、口のなかに錆びた鉄の味が拡がる。
「いい加減にしやがれ!」
髪を思いっきり引っ張られ引き剥がされる。
お陰で、半分は残っていた筈の水が布団にこぼれてしまった。

「あ、あのよ?」
「おう」
「オメーは『土方十四郎』くんだよね」
「…テメー、まだ寝ぼけてんのか?」
 眉間の皺がぎゅっと深められる。

「参號機だとか南極くんだとかじゃないよな?」
「ふざけてんのか?」
「いやいやいや!ふざけてないし!ただちょっと状況の確認をだな」
「…酔っぱらいが犯した過ちを誤魔化そうとすんでももうちっとマシな…」
「いやいやいや!違ぇから!ちゃんとしたことは覚えてるし、間違いとか過ちとかじゃねぇから!うん!」
「うん!じゃねぇ!なんなんだ!テメーはっ!大体、こっちはなぁ!風邪で臥せってたのに、『金時』に襲われかけて、テメーならなんか知っているかと来てみたのに!説明しねぇは!コトにおよぶわっ!」
ぜぃはぁと荒く息継ぎしながら、瞳孔を開いて怒鳴るその姿はどう見ても生身の人間だ。

抱き締めた。
どううまく転んだのか、まだ全体像は見えないが、自分は自覚したばかりの想い人を『土方十四郎』本人と結ばれたらしい。

「土方」
「あ?」
「『金時』からは逃げたのに、俺からは逃げないんだ?」
「べ、べつに逃げてきたわけじゃねぇ。体調悪いし、状況わかんねぇしで、一時的な、戦略的撤退だ!」
「まぁ、そこはどっちでもいいんだけどよ。抵抗しなかったよな?オメー」
「ね、熱があったし、声も潰れて出なかったから…」
「オメーこそ、酔っぱらいが犯した過ち、みたいな誤魔化し方するなよ」
「っ!」
「十四郎」
左手をとり、口を再び寄せる。
戸惑う青灰色の目に自分のものを合わせ、今度は薬指にだけ歯をたてた。

「金髪ストパーにゃ負けねえし?」
「あ?」
噛んだ指をそのまま、下から上に舐めあげればその仕草で銀時の思惑通りの行為を想像したらしく、耳まで真っ赤に染まる。

「新八たちが戻って来るまでもう少し時間があるから…」



紛い物はいらないと。

はじき出されたデータ故でなく。
綺麗な造形故でなく。
重ねた時間と、経験と、そして体温とを実感して。

温かい肢体にもう一度手を伸ばしたのだ。




いつか、
からくりにも、
プラモデルにも、
人形にも、
『何か』が宿る日がくるのかもしれない。
でも、それはもう少し先の話。



「なんにしても皆、経験値、必要だな」

誰に語るでもなく、銀時は小さく小さく呟いた。







『人形遊戯』 了 


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