前篇「ジイさん…なんだ?こりゃ」 バイクを修理してもらっている間にぷらぷらと工場内をしていた銀時は、隅にかけられた布を捲り、目を見開いた。 「あ?あぁ、そりゃあ金の字に頼まれて作ってみたもんなんだがな…」 「金時に?」 ますます訳が分からない。 「アイツも一丁前に相方が欲しいっつってよ。作ってみたんだがお気に召さなかったらしい」 「相方…って、漫才でもやろうってのか?あの馬鹿は」 「いや、そっちじゃなくて、夜の方の相方だ」 だから一丁前にといったろうがとガハガハ笑われた。 「はぁ?何それって何か?初號機とか参號機とかじゃなくて、南極とか前につく方ってことか?オイィ!」 「正確には南極プロトタイプだな」 「なのに!なんでこのデザイン?」 「金時も同じこと言って走って行ってしまったわい」 「そりゃ、そうだろ?」 一度放した布をもう一度持ち上げて、中身をみる。 人の形はしている。 浴衣1枚羽織らせた格好の『ソレ』。 すらりと伸びた四肢。 血管すら浮いて見えそうなほど白い肌。 艶やかな上に真っ直ぐな黒髪。 閉じられた瞳を縁取る長いまつ毛。 「なんで…土方?」 そうなのである。 目の前にあるのは、どう見ても、真選組副長・土方十四郎、その人の姿を写していたのだ。 「よく出来てると思うんだがなぁ…」 確かによく出来ているとは思う。 首の横からコードが延びていなければ、本人だといわれてもわからないかもしれない。 「コミックとDVD全巻、それぞれのデータから検出したベストな相手…なはずだったんだが!」 何故か雄型が抽出されてしまった!とまたガハガハ笑う。 「ベストな相手って、ジャンプ定番の、一度破った相手は味方になる的な意味合いなんじゃねぇの?」 他に思い付かない。 金時のベースが上澄とはいえ、自分である以上、あまり深くは考えるのは恐ろしい気もする。 「よし!出来た!オメーは、もちっとバイク大切に扱ってやれや」 「お、さんきゅ!相変わらず仕事早ぇな。流石流石」 「おだてたって工賃まけてやんねぇぞ…と、そうだ銀の字」 「いや、やだね」 「オメー、今までのツケもあんだからよ!たまには働いて返せ」 「いや、無理」 何を頼まれるか予想はつかないものの、嫌な予感しかしなかった。 「じゃ、今までのツケ、今すぐココで耳揃えて支払ってもらうか?」 スパナで軽く反対の手で打って見せる動作に、そういえば、ハンマーでぺしゃんこにされたこともあったと身震いし、渋々『頼まれごと』を聞く羽目になったのだ。 「どっこいしょ」 大きな掛け声と共にずだ袋を万事屋の床に下ろして、銀時は息をついた。 袋の中身は土方そっくりな生き人形。 「クソジジイ」 源外の頼み事とはからくりを暫く預かることだった。 基本的には金時と同じプラモデルらしい。 まだ、自我プログラムは入っていないが、起動させれば、動くことは動く。 「なかなかの自信作だからのぅ」 金時が気に入らなかったからといって、自分の作品をすぐに処分するのも忍びない。 しかし、データ通りに作ってしまったモデルの人間が問題だった。 源外はのせられたとはいえ、テロリストとして指名手配中の身だ。 そんな人間のもとに対テロリスト組織でもある真選組の副長そっくりなからくり人形。 源外本人にその気がなくとも、攘夷志士の手に落ちれば、使い途はいくらでもあるだろうし、余計な疑いをかけられても困る。 だから、しばらく預かっておいてくれというのだ。 「しかし…なんでまた…」 袋の上から少し出ていた髪の毛にそっと触れてみる。 何故、土方なのか。 元々のデータベースは銀時の物であるともいえるにも係わらず。 「いやいやいやないないない」 気を取り直して、いちご牛乳を口に含みながら、静まり返った万事屋を見渡す。 今日から新八はアイドルの追っかけツアー、神楽も地球に立ち寄った海坊主と数日、地球観光という名のグルメツアーに行ってしまった。 夕食をとって風呂にはいれば特段することもない。 静かな万事屋は久しぶりであった。 一人でいた頃は、こんな風だっただろうかと首を捻るほどに。 「あー…、もう寝ましょうかね」 独り言も虚しい。 ふと視界に昼間持って帰った荷物が入ってきた。 どうせ暇なんだからと、袋の巾着口を開けて、人形を取り出してみる。 工場で見た時よりも、生々しく映るのは、コードがないからなのか、運んでいるうちに着崩れてしまった浴衣のためなのか。 はだけた胸元は白く滑らかだった。 サウナや銭湯で一緒になった時の記憶のままに。 「いやいやいや」 ぶんぶんと立ち眩みを引き起こしそうな勢いで首を左右に振る。 「ないないない。これ、土方だよ?瞳孔かっ開いたチンピラ警官だよ?」 誰かに同意を求めたくともここには答えてくれる人間はいない。眠っている定春の耳が少しぴくぴくと動いただけだ。 「うん!なんともねぇよ?こんなのペンギンくんだとかふざけんじゃねぇぞ?銀さんのアナログスティックは微動だにしません!」 自棄になって、銀時は人形をソファに座らせると腕組みをして睨み付ける。 「ほらさ、鬼の副長さんがさ、こんなしどけない格好してもさ…」 片足を曲げさせ、浴衣の裾を微妙な位置まで捲り挙げみる。前立ては既に随分開いていたから、乳首が見えるか見えないかのラインだ。 そんな格好をさせてみて一歩離れて眺めてみる。 「エロ………」 思わず溢れたのはそんな言葉。 「って!なにいっちゃってんの!俺ぇぇ」 自分と体躯の変わらない男に、愚息が角度を上げ始めていることに更に慌てる。 ずだ袋を今度は頭から被せ、押し込む。 そのまま、押入れに放り込んで襖を荒々しく閉めた。 「これはあれだ、ムカつく土方で遊んで見てるだけだから、うん……寝よ…」 存在を脳から無理矢理押し出し、布団の中に一日目は逃げ込んだのだ。 二日目。 昼間、定食屋で土方に遭遇した。 そして、毎回同じようにお互いの嗜好について罵りあい、唾を飛ばしあった。変な意識をしないでいられることにほっとしていたのだ。 土方の口の端についたマヨネーズを見さえしなければ。もしくは、ガックリとカウンターに頭を落とす自分をどうしたのかと土方が覗き込まなければ。 その場はどうにか誤魔化したが、明かに自分の意識の変化に戸惑わざるを得なかった。 ならばと夜の上映会をしてみても、結野アナの映像をみても、今一つピンとこない。 仕方なく、毒には毒をと。再度、人形を引っ張りだし、気色の悪い格好をさせてみようと奮闘中なのだ。 「人形…といえば」 まず浴衣の裾を捲って中はどうなっているのかを確認してみる。 下着はつけていなかった。 「お…」 てっきり、金時のようなボルト的な棒と玉がついていると思っていたのに、そこには成人男性としてはやや淡い色をしてはいるがきちんと肌色をした象徴がつけられていた。 「ジイさん、拘りすぎだろう?」 動揺を溜め息で誤魔化しながら、帯に手をかけた。 かまっ娘倶楽部でバイトした時に自分が着た着物を、 王道ナース服を セーラー服を、 次々と着せ替え人形のように着替えさせ、気持ち悪い似合わないと笑い飛ばそうとするのに、それができない。 逆に何を着せても、楽しくなってきていることに銀時はこの時点ではまだ気がついていなかった。 正確には、着替えさせた衣装を脱がせる時の背徳感。 手持ちの衣装を一通り試し終わったところで、思う。 何か物足りない気がすると。 目を一度閉じて考えてみる。 いつも、土方は黒い隊服か、着流し姿だ。 箪笥を開けて、持っている着物の中からできるだけ暗色のものを選び、人形にあててみる。 その方がしっくりきた。 非日常的な姿よりも。 当たり前のことながら。 セーラー服を脱がせ、そちらに着替えさせようと、スカーフに手をかける。 見慣れてきたはずなのに、一層上がる心拍数に動揺した。 「いやいやいや、野郎の身体中だしね?からくりだしね?」 自分に言い聞かせながら肩から淡い色の浴衣を滑り落とすと、綺麗なバランスよい肌が視界に広がった。 「そうそう、特別筋肉ついてるってわけじゃないけど、バランスいいんだよな…」 手のひらを鎖骨辺りから胸部へ滑らせると、陶器のような滑らかな手触りと冷たさが伝わってくる。 「本物はもっと、きっと…」 温かいのだろうか、それとも…と想像してみる。 自分の着物を羽織らせる為に、脇に手を差し入れて立ち上がらせると、ちょうど抱き合うような体勢になってしまった。 「いやいやいや…」 何度目かすでに分からない否定を口にだし、着物の前を合わせて座らせた。 やはり、黒いものがよく似合う。 そこは素直に納得できた。 白い肌に真っ黒い髪。 着物も黒いものにすれば、その裾や袖から出ている手足もまた艶やかに見えてくる。 まだ足りない。 「あ…」 視線だ。 強気なとも、勝ち気なとも表現できるあの青い瞳がない。 起動させていないから、からくりの瞼は伏せられたままだった。 スイッチの場所は一応聞いている。 押してみたいという衝動に従うべきか。 「毒を食らわば皿までだっけか?」 耳の後ろにあるスイッチに手を伸ばした。 ゆっくりと ゆっくりと 長いまつ毛が持ち上がる。 灰色ががった瞳が姿を現す。 ゆっくりと数度動作確認でもするように瞬きをした。 「違う…」 欲しいのはこれじゃないと本能が告げた。 紛い物は紛い物。 玩具は玩具。 なら、叶わぬことも叶えられるとも本能は告げる。 「土方」 呼ばれたことはわかるのか人形はソファに座ったまま、銀時を見上げる。 瞳に望む光はない。 銀時が手を差し出すと同じようにのばされる手。 「悪ぃけど、もうちょっとだけ確認させてよ」 ソファに両足を大きく広げさせる。 そこには本来、からくりには必要ない後孔が悩ましく存在を主張していた。 感情の起伏も 性の艶めかしさも 羞恥心という名のスパイスもそこにはない。 素晴らしい生き人形は、色々な妄想を手助けし、楽しませ、誘ってくれるけれども。 銀時は瞳を閉じて、イメージする。 恥ずかしい体勢をとらされて、顔を、肌を朱に染める姿を。銀時の手が、乳房を、肉棒を、蕾を、なぞり挙げるだけで、ぶるりと反応する様を。 身体は正直だ。 どんなに言葉で否定してみても、目の前に想像の助けになる存在一つで容易く過熱していく。 作務衣のズボンと下着をずらし、すでに天を向いた分身を取り出す。 あの孔の中はきっと熱くてキツくて、そして淫らに動くに違いないと己の手を動かし始める。 強く、弱く、 後ろに突っ込んだことはないが、女でも男でも気持ちよくなるポイントと云うものはあるのらしいと聞いたことがある。 そこを攻めたら、どんな顔をするのか。 きっと快感に流されまいと、あのストイックな顔を歪ませる。 きっと… 瞬間、弾けた。 弾けとんだ白くどろりとした体液は目の前の人形を汚す。 久々の射精は、どくりどくりと数度に分けて吐き出され、顔に、胸に腹にかかっては伝い落ちていく。 人形は動かない。 ただ、静かな青で銀時を見ていた。 「目を閉じてろ」 手で、体液を擦り付けながら、そう命じて、 銀時は電源を落とした。 「ジイさん、アンタやっぱスゲーよ」 本人も気がついていなかった。 いや、恐らく、目をつぶっていた気持ちを。 過去の自分の行動から割り出したのだから。 手のひらの精液と汚された人形を。 もう一度見比べて銀時は深海にさえ届きそうな溜め息をついたのだ。 『人形遊戯 前篇』 了 (90/212) 栞を挟む |