うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

【春之参】




―黒伍―



ここ数日、土方の視界の隅をちょろちょろと動き回るものがある。

しかも二組だ。

一組は組織の詳細までは今のところ分からないものの、理由に若干心当たりがある。
もう一組は何者か知りすぎるほど知ってはいるが、嗅ぎまわっている理由が思い当らない。

煙草をポケットから取り出しながら、どうするべきか思案した。


時が悪い。
土方はフィルターを噛みしめながら口を歪める。

数日前、真選組局長である近藤に対する暗殺予告が屯所に送られてきていた。

基本的にそのような暗殺やテロの予告というものは真選組では日常茶飯事だ。
しかし、そのほとんどが真選組を快く思わない者の嫌がらせやいたずらで、実行まで漕ぎ付いたものは皆無である。
稀に、売名行為を目的とする団体もないことはないが、予告なしで行動に出たほうが成功率が高いことは攘夷浪士たちも分かっているはずだ。

念のため、用心はするように近藤には伝えているし、単独行動(主にストーカー行為)も避けさせ絶えず誰かと共にあるようにしてはいる。が、それほど事態を重くは見ていなかった。
当初は。


それが、ここにきて町人を装ってはいるが不穏な空気をもつ男たちが土方の周囲を嗅ぎまわっていた。
近藤を直接ではなく、副長である土方の動きを探っていると、なれば状況は変わってくる。

馴染みの定食屋でも見かけた。
煙草を買いによく寄る屯所近くのコンビニでも見かけた。

距離は十分取られているが、そういったものは気配で分かるもの。

『真選組の頭脳』と呼ばれている土方の動向を抑えておいての、局長襲撃を企んでいるのか。
それとも近藤暗殺の予告自体がフェイクで、土方を狙っているのか。

土方が狙われる分には一向に構わない。
万が一のことがあっても、自分の代わりはいる。
だが、大将を取られたらそこで真選組は終わりだ。

背景を読み違えることのないよう、監察方に調べさせている最中であり
一気に喉元に剣を突きつけてやるには時期尚早。


それは分かっている。
分かっているが、問題なのは嗅ぎまわるもう一組。

ライターを探すフリをして、視線をそちらに向ければ慌てて物陰に姿を隠す桃色と黒色の小さな頭。

万事屋の子ども達。

彼女たちの雇い主の姿は近くにないから、尾行は子どもたちの独断であろうとは思う。
子ども達が何か事件に巻き込まれているのか、
それとも銀時との間柄がバレて、何か一言物申したくてついて回っているのか。

他に子どもたちが自分を付け回すのか心当たりがない。
かといって、わざわざ呼び止めてまで、用事かと尋ねるには、もう一つの監視の存在が邪魔をする。


元から万事屋一行と真選組は微妙な間柄だ。
チャイナ娘は沖田とよく喧嘩なのか、じゃれ合っているのかそのライン引きが難しいが、お手々繋いでという仲の良さではないものの、良く絡んでいる。
また、眼鏡の少年は姉をストーカーしてまわる近藤にさぞや迷惑していることだろう。
地味同士気が合うのか、山崎と世間話をしているのを見かけたこともある。
沖田と銀時はさぼり癖のある者同士、タイミングが合うのか、茶屋で時間を共にしている場面に出くわすことがある。どちらかというとアレはドS同士が腹の探り合いをしているようにも見えなくもないが。

土方と万事屋の子ども達も、顔を合わせれば、必要があれば絡みもするが、基本的に進んで声をかけあう間柄ではない。

何にしても、腐れ縁で結ばれた間柄には違いないが、距離感を言葉にすることは難しい。

しかし、本来親密な仲であると周囲に認識されないことが望ましい。

土方の敵となる組織は、人物は、
土方の『身内』を盾に、標的に、する。
セオリーだ。


本来『警察組織』の人間である以上、一般市民が巻き込まれたならば、最優先で護る『義務』がだれであろうと発生はする。
だから、誰が人質に取られようと、大差はないはずではあるが、より弱い物を、
より感情をゆすぶる可能性のあるものを選んでくるだろう。

そういった意味で、もしも『万事屋・坂田銀時』が『真選組副長・土方十四郎』と親密な関係であると周囲に認識された場合、銀時、そして銀時の『護りたいもの』は土方の『ウィークポイント』として周知されてしまう可能性を否定できなかった。

銀時一人であれば、何も心配することはないと勝手に思っている。


土方は紫煙を春の空へと吐き出した。
薄く布かれた雲がターミナルに向かう船を霞ませて見せている。

(潮時か…)

銀時は決して自分からは手を離さない。
きっと、土方にいつか愛想を尽かす日が来たとしても、情の深い男であるからこそ、
ふらりといなくなることはあっても、手は、絆は離さない。

何かあれば全速力で走ってくる。

それは、土方にとって嬉しくもあり、苦しくもあること。

『今』は良い。
誰にも知られていない現状ならば。
『今回』は片付くかもしれない。
神楽や志村を巻き込まず、『一般市民』の知るところのないところで。

しかし、そのうちそれでは片づけることが出来ない事態も起こるかもしれない。

(弱気なことだ…)

自嘲し、二つの尾行が付いてくるのを、背で感じながら呼び出したパトカーに乗り込み、城へと向かったのだった。






―銀陸―


初めてのことだった。
土方から電話をもらうのは。

朝いちばん。
新八もまだ万事屋に出て来ていない時間帯に万事屋の黒電話が鳴り響いた。
いつもなら、そんな早い時間にかかってきた電話はきっと間違い電話だと決めつけて惰眠を貪るところであるのであるが、その日は少し状況が違っていた。

何やら虫の知らせのようなものだ。

1コール目で目は覚めてしまった。
2コール目で身体を起こしてしまった。

そしてどうせ喉も乾いていることだしとノロノロと和室をでて

4コール目で受話器を取った。

「はーい!万事屋銀ちゃんでぇす。折角お電話いただきましたが、本日の営業じ…」
「万事屋」

ふざけて出た電話口に低い声が返り、驚きのあまり口をぽかんと開けて黙り込んでしまった。
それに対してもう一度相手は「クソ天パか?」とわざわざ言い換えてきた。

「土方、どうした?んな時間に…」

目は醒めていた。
夢というオチではない筈だ。

ところが、今度は電話の向こうからの声が止まってしまった。

何かあっただろうか?

何も話さないが、どこにいるのだろうか。
静かな場所のようだった。
耳に神経を集中させても、ざわめきや声は聞こえてこない。
どこか張り詰めた空気と土方の少し押し殺したような呼吸だけが伝わってくる。


「土方?」

イレギュラーな事態に心拍数が上がる。
一つ、大きく息を整える音が銀時の耳に伝わり、意外な言葉が飛び出してきた。

「チャイナは?」
「あ?神楽はまだ寝てっけど?」

すると、また大きく息が吐き出され、そうかと呟き、続けた。

「アイツらは…俺たちのこと気がついてるのか?」
「それは…」
土方に隠せ、と言われては話しそびれてはいたが、本当は子どもたちは薄々と勘付いている。
なにせ、実際にお付き合いする前の数か月、それなりの頻度で土方と出かけていたことは知られていたのだ。
急に「土方とでかける」ことが無っても、同じようなペースで深夜出かけていけば。
勘の良い子ども達だ。

「気が付いているんだな」

土方の声は問いというよりも確認でしかなかった。
銀時の知らないところで、神楽や新八が知っているということを土方が認識するような出来事があったのだろう。
そう言われてみれば、先日から神楽がなにやら珍妙な顔で何か言いかけていたような気がしないでもない。

「ひじ…」
「バレているなら、最初に言ったとおりだ」
「ちょっと!待てよ!」
話の進む方向が不穏なこと、この上ない。
バレたと言っても、この場合不可抗力ではあるし、銀時の家族同然の者たちが外に漏らすと思って欲しくもない。

「もうテメーとは会わねぇ」

やはり、土方の口調は強かった。
確信と、決意がそこには滲み、絞り出すかのような声が銀時の耳を覆う。

「ひじ…」
「黙って話を聞け。もう金輪際テメーとは個人的な付き合いはしねぇ。
 外でも話しかけるな。チャイナと眼鏡にも言っておけ」

一気に畳みかけるように吐き出される言葉に唇を噛む。

銀時の話を聞くつもりは端からない。
結論だけが荒く提示され、胃の奥から苦々しい物が這い上がってきた。

じわじわとこみ上げてくるものは果たして怒りなのか、悲しみなのか、
それとも突き放される寂しさなのか。

土方の声は静かだった。
静かに、ただ揺るがない結論だけを。
なんでもない事のように。
ただ淡々と。

『いつか』

そんな悠長なことを考えている時間などなかったのだ。
お互いを結ぶ糸がこれほどまでにか細かったのか。
それでも強い力がそこにある限り、手繰り寄せることができるものだと信じていた。

「今まで振り回してすまねぇ」
それが受話器から聞こえた最後の声。

「十四郎!」
叫ぶように呼んだ名が相手の耳に届いたかどうか、気が付けばツーツーと発信音だけが受話器から流れ続けていたのだ。




「銀ちゃん?」

振り返れば、目をこすりながら神楽が立っていた。
まだ、多少寝ぼけてはいるようだが、大きな声を出したから聞かれたのかもしれない。

「トッシー?トッシーに何言われたアルカ?」
少女の視線は今だ握られたままの受話器に向けられ、心配そうな声色が零れる。

「大丈夫ネ!銀ちゃんなら大丈夫ヨ!」
何も答えることの出来ない銀時に向かって近づき、作務衣の袖をぎゅっと握るとそう続けられた。
そこで改めて思い起こす。
土方は子どもたちのことを気にしていた。
おそらく、今取り繕うこともできず情けない顔をしているからとはいえ、
神楽もなんの違和感もなく、土方との関係を案じた。

「神楽、土方と何か話したのか?」
「な、何もしゃべってないアル!ちょっと…ちょっと見かけただけネ!
 銀ちゃん痛い!」

思わず握りしめたらしい、手首を慌てて放した。

見かけただけで土方がなぜバレていると確信するはずがない。
何をもって、そう判断し、一方通行な離別を言い渡されたというのか。


がらりと新八が出勤してきた玄関戸が引き開けれる音が聞こえた。

「おはようございます。…え?神楽ちゃん?」
少女は新八を突き飛ばす勢いで自分のスペースにしている押入れへと閉じ籠ってしまった。

「銀さん?」

呆気にとられた少年に銀時は混乱したまま、苦く笑って見せるしか出来ない。


ごうっと突風が吹いて、色々な物を巻き上げ吹き飛ばしていった、
そんな、気がした。




『淅瀝 -春之参-』 了






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