うれゐや

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【中篇】 | ナノ





夏雲と空のコントラストが眩しい。
重たい隊服をお忍びの警護、という理由で着てこなくて良かったことは不幸中の幸いだと、土方十四郎は重たく息をはいた。

据え付けられた木製のベンチはジリジリとした陽を受けて焼けているし、木陰であっても、地面から反射する日差しと照り返しで消して涼しいとは言えない。

真夏の遊園地。
仕事でなければ、来ることなど思い付きもしないであろう場違いな場所。

ジェットコースターが戻ってきたらしく、ガヤガヤと人々の声が増え顔をそちらに向けた。

「楽しかったですね。神楽ちゃん」
「まだまだこれからアル。次はあれネ」

品がよく、大人しそうな少女とチャイナ服を着た桃色の髪の少女。
付き合った山崎と万事屋の眼鏡の少年がフラフラになっているのを見れば、パスして正解だったとしみじみと思う。


真選組は将軍茂々侯の妹君・そよ姫の警護に駆り出されていた。
本来は見廻組の仕事ではあったのであるが、別件が入ったとのことで急遽回ってきた仕事であった。

急遽、ということは警備体制を整えるために組全体のスケジュールを変更せざるをえない。
お陰で土方はここ数日まともな睡眠時間を確保できていなかった。
寝不足の頭に、強い日差しは正直な所厳しい。

そんな最悪のコンディションに加えて隣で木に凭れて欠伸をする銀髪の男。

「なんで、テメーらがここにいるんだか…」
「だから、偶々…つぅか、俺らも今日じゃなきゃダメアルとか言われて神楽の奴に
 引き摺ってこられたんだから、お互い様だろうが」

ともなれば、日取りの変更がきかなかったのは、そよ姫がチャイナ娘と申し合わせたからとしか考えられない。

「オメー大丈夫なの?そんなフラッフラで」
「テメーこそ、日ごろの怠惰が祟って、もうバテてんだろうが?」

大抵の場合において話を大きく、もしくはややこしくしてくれる万事屋一行だ。
そんな相手に気遣われたくはないと、顰めっ面を作って悪態で返した。
素直ではないと、自分でも思う。
本当は男のことを認めているというのに。
何故か目の前に立てば、苛立ち、大人気ない態度を取ることを土方は止めることが出来なかった。

「そんなことありません〜。ガキっぽい遊びに付き合う労力を惜しんでるだけですぅ」
「へぇ…そうかよ?」
「あ!信じてねぇな!」
次のアトラクションに向かい始めた少女二人を追い、足を踏み出せば、坂田も腰を上げ追いかけてきた。

「じゃあ、こうしようぜ?次アイツらが入るアトラクションには一緒に入って…」
「テメーと遊んでる暇はねぇよ」
「あ、もしかして、土方君、絶叫マシンとかコワイヒト?
 ごめんごめん、まさか鬼の副長さんともあろう男のウィークポイントだった?」
「んなわきゃねぇよ!二日酔いだろうと寝不足だろうと!
 こんな女子ども相手の遊具にどうかなる俺じゃねぇ!」
先ほど山崎たちの様子を見て乗らなかったことにホッとしたのはほんの数分前の出来事にも関わらずどうして、こうも簡単にのせられるのか、内心頭を抱える。
けれども、口にしてしまったからには、坂田相手に引きたくはなかった。

「え…と…土方君。次の次のアトラクションにしよう?」
「はっ?言い出した本人が何言ってやがる?」
「いや…ありゃ勝負にゃ…ちっと向いてねぇから」
「あ゛?何言って…」
坂田の指差す方向を見れば、そこには廃病院を想定したらしい建物が薄暗くそびえたっていた。

「そんなことありやせん。
 どっちが先にびびらずゴールに出来るか丁度いいアトラクションじゃねぇですか」
「総一郎君、総一郎君、いやアレでゴール競うとかないでしょ?」
「総悟でさぁ、旦那。中は簡単な迷路になってるらしいんで」
今まで全くと言っていいほど姿を見せなかった沖田がニヤニヤとこんな時だけ戻ってきていることに頭を抱える。

「ちょっと待て!薄暗い上に迷路になった建物なんか警護しきれねぇ!
 早く姫様達を止めてこい!」
「もう遅いです。今ちょうどあの二人は中に…」
「や〜ま〜ざ〜き。なんでテメーがここにいやがる?
 誰か中に着いて入ってんだろうな?」
地味すぎて気が付いていなかったが、2人についているはずの監察があまりに普通にこの場にいることに腹がたち、拳を振りあげる。

「副長、それがですね、通路が狭いってことで二人一組で
 少し時間をずらしてしか入れないらしいんです…」
ね?と門の前でモギリをしていた職員は必死に同意を求められが呆気にとられながら、おずおずと頷いた。

「じゃあ、山崎次行って追いつけ」
「えぇぇぇ!俺一人ですか?!」
「ザキ、テメーが行く必要はねぇ」
「沖田隊長?」
錆びついた鉄が擦れ、嫌な音をたてる門を開き、にこりと悪魔が綺麗に笑った。

「チャイナも一緒なんだ。保護者二人で入ってもらやいいんで」
「おいおい、待てよ。うちの神楽ちゃんは強いからね?
 第一狙われる予定もないし、おたくら仕事なんだから、俺は…」
「四の五の言ってねぇで、どうぞ『勝負』込みでいってきてくだせぇ」
ドンっと坂田と土方の2人は背を押され、一歩敷地に踏み込んでしまった。

「じゃ、おねいさん、あの二人が入りますんで、どうぞ存分に脅かしてやって下さい」
従業員にひらひらと手を振り、元凶はさっさと出口側へと移動を始めてしまう。


ぎぎぎぎぃ
がしゃん。

ゆっくりと如何にもという音をたてて、背後で扉が閉まる音がしたのだ。




「どうすんだよ…」
「どうするも何も…行くしかねぇだろうが」

入り口には何やら設定のようなものが書かれた看板にはおどろおどろしい解説が描かれている。
人体実験を密やかに行っていた病院の院長が謎の死を遂げ、そのまま廃院に。
だが、廃院前に唯一その病院から退院した子どもが謎の高熱を発症する。
その子どものカルテと特効薬を取ってくる、というのが基本的なコンセプトらしい。

「院内地図…からすると、子どものカルテなら小児科にいきゃいいのか?」
「あ?馬鹿か、オメーは。何真面目にクリアしようとか考えてんの?
 一刻も早くこんな場所おさらばするにこしたことねぇだろうが」
鼻をほじりながら、地図をみてるのか怪しい顔つきでそう言われ思わず睨みつける。

「総悟が迷路って言ってたことを考えると、参考に進んだ方が
 最短ってことになるじゃねぇのか?」
「あ〜?そう言われりゃそうだけどよ…なんか…ここ嫌な感じしかしねぇし」
「なんだ、万事屋、テメービビってんのか?」
「違ぇよ!くそっ!行くぞ」
「こら!テメーが仕切るんじゃねぇ!」

一足先に、観音開きの重たい扉を開き、坂田が建物内に入る。
それに続いて土方も後を追って踏み込んだ。





中は多少狭いながらも、きちんと何処でもありそうな病院を模しており、入り口に診察受付のカウンターと待合室。
処置室や診察室の並ぶ通りと、レントゲンやMRIといった検査系の並ぶ通りの二本に通路は分れていた。

「小児科は…右か…あ?」
「ほら、銀さんが前行ってやるから、土方君は後ろからついてきなさい」
今度は土方が先を行こうとすれば、また強引に坂田が一歩前に出ようとする。

「はぁぁぁ?テメーこそ怖ぇんなら、俺の後ろに隠れてていいんだぜ?」
「何言ってくれちゃってんの?って…ひじかたくん?あのさ…後ろ」
「あ?う…しろ?」
青くなった坂田の声に恐る恐る振り返れば、青白い顔をした男が真後ろに立っていた。
思わず、土方は抜刀し横に凪ぐ。
確実に相手の鼻先を掠める手ごたえだった。
仕損じるはずのない距離。
少なくとも脅し、相手を後退させる為には十分すぎる行為だったと思う。

けれども、病衣を着た男には何も起こらなかった。
男の足はその場から動かず、切り裂いたはずの刀も相手を傷つけることはなかった。

その意味を坂田も悟ったらしい。
恐らく自分も同じような顔をしてるに違いないという引きつった青い顔。

「「ぎゃぁぁぁぁっぁぁぁぁ」」

互いに一拍置いてから、ほぼ同時に叫び、男の立っている場所から一刻も離れようと走り出した。

「アレなんだよ?」
「俺に聞くな!でも、アレはアレじゃね?」
どちらが前などと気にしている間はなかった。
並走する男に尋ねてみても、やはり分かるはずもないらしく、青い顔をして同じように走り続けていた。

「アレってなんだよ?」
「ほら!3D!あああんだろ?いやぁ今時のお化け屋敷はスゴイよね?」
「そそそ、そうか?そうなのか?」
「そそ、そうに決まってるじゃん?ほ、他に何があるってぇんだよ?」
「そうだよな」
「でもアレだな、その割に全然画像揺らがなかったよね?」
「テメっ!今それ言うか?ゴラァ!良いんだよ!3Dってことにしとけ?
 確か3Dっていうのは三つの…え…と」
 映画館でもテレビでも最近は3Dだの立体映像だのが持て囃されてきているが、
 詳しい原理を知るはずもなく、言葉に詰まる。
 
「三つの団子の意味だよぉ?土方くん知らねぇの?」
「しし、知ってんよ!ちょっと度忘れしただけだろうが!
 てか、団子?え?団子なのか?」
「…土方君」
何故、DANGOは関係ないだろうと思わなくもなかったが、
また、呼びかけられ深く突っ込むことを諦める。

「あんだよ?」
「ストップして!」
「ならテメーが先に止まれ!後ろからアレでアレ的なもん追っかけてきて、
 俺を生贄にしようとか考えてんだろうが?」
「なんだ?やっぱり土方君怖いんだ?さっきのアレもアレだって信じてんじゃん」
「ちち、違ぇ!違うけどよもしものことがあんだろうが?アレじゃなくても…」
「じゃ、せぇのであそこの部屋に入るぜ?いいな?」
「おぅ!」
「せぇ…の!」

正面に見えた「倉庫」のプレートのかかった部屋に二人して飛び込み、背後から何もついてきていないことを確認してからほっと息をついた。

「で、ここはどのへんだ?」
「テメ、分かってねぇのかよ?
 真っ直ぐ走って、行き止まりだったから二階に上がっただろ?
 んで、トイレの前から変な声したからそこを避けて左に…」
「どっちにしても結構走った気がするけど、
 神楽たちに追いつけねぇってのもおかしくねぇか?」
「最初の質問はどこ行った?こら」
「それよりも、ここってこんなに広い敷地だったのか…?」

ごそごそと袂から園内地図を出して坂田は首を傾げた。
確かに言われてみれば警備計画を立てる時に頭に入れた概略に照らし合わせても、一般用の園内地図とそれほど差異はなかったと記憶している。
ドアの外は静まり返り、次の客が入ってくる気配もない。

「何にしても、ここをでねぇと…ん?」

坂田の方を振り返り、初めて室内の様子に目を止めた。
部屋にはスティール製のラックが置かれ、薬瓶や怪しげな肉片のようなものが入ったガラス瓶が並べられている。
その奥で子どもの声のようなものが聞こえたのだ。

「万事屋…」
「あぁ…」

坂田も気が付いたのか、小さく頷き、互いに気配を消し左右に分かれ奥へと進む。

一番奥の隅に錆びついた扉があった。

声はその中からするようだが、女の声だとも、子どもの声だとも判断を付けにくい啜り泣くような声に扉に手をかけることを躊躇する。

お化け屋敷なのであるから、ただスピーカーが奥にあるだけだ、そう思うのに背筋が凍え一刻も早くこの場を立ち去れと本能は警告する。

(神楽の声じゃねぇ)

反対側から回ってきた坂田が口の動きだけで伝えてきた。

(なら、先急ぐ…)

同じように口の動きだけで伝えかけた時だ。

ぎぃ…っと扉がほんのわずかだが自然に開いた。








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