-参-「気持ち良かった?」 そう、問いかけながら、銀時はまだ着たままだった黒のインナーを脱ぎ捨てる。 土方の白い腹部に、胸部に散った二人分の体液をみれば、 気持ちよかったかどうかなど、一目瞭然なのだけれど。 指で伝い落ちていくそれを指に絡め取るように、なぞると、 達したばかりの躯は水に上げられた魚のように反応する。 そして、目元を朱く染めて、水気を多く含んだ瞳は、 今だ強い光を持って銀時を見ていた。 その様こそが、自分を煽ることに気が付いているのだろうか。 いくら、顔なじみだとはいえ、言われるままに、こんな連込み宿へ共に入った土方。 布団に転がされても、何が行われるか、明らかにわかっていない様子をみて、 つい、苦笑してしまった。 日頃、あれだけ、喧嘩ばかりしている間柄であるけれど、 それなりに、信用してくれているからこそ、警戒や嫌悪されていないからこそ、 ついてきてくれたのだと思う。 ある意味、これは、その『信用』を裏切ることになるのだろうか? 銀時自身、極々最近自分の感情に気がついたのだから、 今だ、この行動がこの後どういった展開をもたらすのか予想がつかない。 だが、切羽詰まったような土方の様子に、彼の熱を『散らし』つつ、自分の独占欲を満たすにはこの方法がしか思いつかなかったのだ。 土方自身が『抱く』のではなく、『抱かれる』方になること。 斬り合いの中で生まれる土方の『それ』は、種存続という意味での生への執着が少ない。 強くなるために、断ち切ってきた命と、 護らなければならない矜持の為に張り詰めた神経と。 本来であれば、彼を受け止めてくれるはずの『大将』に負担をかけない為に全て内側に抱え込んでいる。 『鬼』と意図的に呼ばれることを好み、局中法度で仲間内でも嫌われもののポジションを選んで。 土方は強い。 とても、強い。 剣の腕では銀時が上だが、強く在りたいと願う心。 泥にだって塗れる覚悟と信念。 土方を羨ましいとさえ思う。 だからこそ、そのまっすぐな視線に惹かれてやまないのだ。 けれど、張り詰めた糸がいつか切れることが怖かった。 そして、近い未来来てしまう予感と不安。 彼の本質を受け入れて、 どこか叱られたがっているような心を埋めてやって、 なんの憂いもなく、ぐちゃぐちゃに理性を吹っ飛ばすぐらい、快楽に、溺れさせる。 土方を『抱く』ことが出来るならば、相手はオンナでも構いはしないのだろうが、無駄に男前全開の土方を抱けるような、男前な、許容量の大きなオンナはそうそういやしないであろうし、 それ以前に、今の銀時にはそれを赦せそうになかった。 宿屋は薄暗く、見事に、目的だけをこなすためだけの部屋で。 少し広めの布団一組と。 薄暗い、電気ではない炎で機能する昔ながらの行灯。 行灯の明かりが、土方の黒曜石のような瞳に揺れていた。 もう一度、唇を押し当ててみる。 舌を差し入れてみると、今度はおずおずと応えが返ってきた。 くちゅり 水音とジジッと灯心が油を吸い上げる音。 「目ぇ、瞑ってていいから。銀さんに任せてみな」 最初にそう言ったのは、やはり男に触れられることに嫌悪があるかもしれないと思ったからだ。 犬猿の仲の銀時の存在を意識してしまえば、素直に躯が反応しなくなる可能性。 土方にそういった気持ちがないならば、なおさら。 そう思っていたのだが、 お互いの中心をすり合わせている最中、確かに青灰色の瞳は自分を認識し、 その上で達してくれた。 伝い落ちた唾液を追うように、今度は首筋を唇はなぞる。 煙草臭いはずの身体から、やはり熟れた果物のような香りがするように感じるのは、銀時自身がおかしくなりはじめているのか。 唇に、手の平に 吸い付くような肌。 そう感じられるのは、身体の相性がいいからだとどこかで聞いたことを思いだし、嬉しくなる。 腰辺りで滞っていた着流しを、引き抜いてしまい、 滑りの良い肌を伝いながら、胸の飾りを口に含んだ。 「あっ」 脊椎をダイレクトに直撃するような掠れた声があがり、土方は身体をよじって、刺激から逃れようとうごめく。 「ここも…感じんだ?」 じゃあ、ここも大丈夫だよね? 掬いとった白い体液を蕾の淵をなぞるかのように、塗り付けて、これからの先の行為を匂わせる。 「っ?!」 「あ〜、うん。銀さんも男初めてなんだけどね。器用だから、大丈夫だと思うよ?」 胸を少し痛いかと思う力加減で、甘噛みしてみると、またひくりと反応した。 「ふざけ…あぅ!」 もちろん、体液だけでは足りない。 宿屋が用意しているピンク色の液体もたっぷりと臀部に垂らして、指が体内に侵入した事実に悪態は掻き消される。 荒い、息遣いが部屋に満ちる。 一本、また一本と増やしていく指に内壁はきゅうきゅうと締め付けられた。 気を反らすために、前も同時にぬちゃぬちゃと液体をワザと塗りつけて、音をたてて。 初めて男を受け入れるはずだからこそ、少しでも、違和感なく快楽を拾い上げてくれるように。 最初だからこそ、ぐずぐずに甘やかしてやろうと思った。 指をバラバラと動かし、擦りつけ、出し入れし、指を増やし、 絡みつく肉の様子に、入った時の気持ちよさを想像しながら。 そのうち、ようやく、艶やかな、明らかな喘ぎ声が上がりはじめた。 土方自身も声に驚いたようで、真っ赤に頬を染めると、手で口を抑える。 「土方…」 手を外して、もう一度キスをする。 舌を甘噛みして、絡める。 「息吐けよ…」 自分の猛った中心を入口にこすりつけ、唇と唇の隙間で伝える。 「待…て…」 「待てねぇ」 まだ狭い入口に熱をゆっくりと押し込む。 食いちぎられそうな痛みを銀時も感じるが、やむを得ない。 「声出していいから」 「んな…こと、言わ…」 「俺に爪たてていいから」 「ヒ…デーの…つけてや…んぜ」 最初の部分さえ通過できれば、締め付けはほんの少しだけ、楽になる。 腰を揺らめかしながら、すすめ、満たしていった。 「オメーん中、いっぱいにしてやっから」 「?!」 最奥まで、埋め込んだ銀時自身を円を描くように動かし、土方の顔に再びキスするために、伸び上がった。 「んぁ!」 いいところに当たったのだろう。 「土方…」 気をよくして、更に腰を揺らす。 「オメーが溜め込んでるもんは…オンナ抱いたって満たされねぇよ」 「ぁっぁっ」 「こうやって、真選組から離れた『個』のオメーを認めて…」 しゃべりながら、徐々にペースを加速させる。 油断すると、もっていかれそうなほど気持ちがいい。 「求められて…」 乳首に噛み付き、 「ぐちゃぐちゃにされて…」 手で土方自身を摺りあげ、 「わけわかんなくなるくらい…」 肩にかつぎあげた先にあるつま先がきゅうと力をいれて、丸まっていた。 「頭んなか、空っぽに…」 互い荒い息遣いしか、聞こえない。 「しねぇと!」 もはや、銀時の言葉は耳に入っていないのかもしれない。 「…も…もう…」 追い上げられ、ガクガクと穿たれた身体を、ブルリと震わせると、再び土方の腹部が濡れた。 それに連動して、銀時をも締め上げることになり、内側に熱い飛沫をたたき付けたのだ。 満たし、 絡みあい、 逐情し、 土方が意識を飛ばしてしまうまで、何も考えられなくなる瞬間まで追い詰める。 夜がこのまま明けなければいい。 そう願いながら、夜は更けていった。 「総悟!」 いつも通りの昼下がり。 巡察途中で、いつも通り、1番隊隊長は遊び始めた。 「相変わらず…」 沖田の遊び相手は、かぶき町の万事屋の従業員。 沖田が買い食いした菓子をチャイナ娘に見せびらかしたことだったか。 チャイナ娘が空になった酢昆布の箱を沖田に投げつけたことだったか。 なんにしても、些細なこと。 いつも通りの昼下がり。 ただ、違うのはその様子を並んで眺めている、万事屋の主人と土方。 あの晩。 オンナを買いに来て、なぜだかオトコに抱かれることになってしまった夜。 まさか、だと思う。 自分のようなけして線の細くない、四捨五入すれば三十路という歳になった男の、まさかの出来事だ。 相手は行きずりではなく、顔見知り。 しかも、事あるごとに角を突き合わせる万事屋の主人・坂田銀時が相手だとか。 その夜は、どろどろになるまで抱かれ、泥のように眠った。 一度だけ、意識が浮上した時に、 窓辺の桟に腰掛けて煙草をふかす男の姿をみた気がする。 朝焼けの光が銀糸の髪を染め上げている様を。 いつも、やる気のなさそうな顔はどこか物憂げにみえて。 らしくなく… まるで、夜が明けるのを惜しむかのような。 そして、それをぼんやりとみている土方に気がついたのか、 視線をゆらりとこちらにむけてきて。 何を言うでもなく、 ただ、困ったような顔で笑みを浮かべた。 らしくない。 やはり、まだ夢の中なのだろうか。 坂田が自分に向かって、こんなにやわらかく笑いかけることはない。 きっと、まだ夜の中。 そう思いながら、重たい瞼をもう一度閉じたのだった。 そして、次に目を覚ました時、部屋には土方一人だった。 万事屋と顔を合わせるのは、その時以来だ。 行動範囲が被っているのだから、いつ出会ってもおかしくない。 次にあったら何を問うべきか。 仕事を匂わせていたくせに今だに請求書一枚寄越してこないことなのか。 オトコと寝るようなことまで商売にしているとは、土方には思えなかったから、 やはり、ただの口実なのか。 では、興味本位だったのか。 それにしては、あまりに密度の高い夜だった気がする。 確かに『熱』は綺麗に霧散していた。 驚くほど、あっさりと。 使い慣れない筋肉と場所を酷使したせいで節々が痛んだが、 腹の底に横たわっていた仄暗いものは薄れていたのだ。 結局、『抱かれる』という行為がその効果を齎したのか、坂田のその所作に何か効用があったのか。 自問自答を繰り返し、 わからないまま、 今ここにいる。 「あ〜、あの後大丈夫だったかよ?」 「…おぅ」 ボリボリと跳ね回った髪をさらに酷くしながら、ぼそりと問われたので、やはり土方も低く応える。 「飢餓はおさまった」 お互い、こども達に顔を向けたままで、目は合わせていない。 だから、坂田がまた「そっか」と呟いた時、どんな顔をしていたかなど、土方は気がつかなかった。 「テメーは…」 「あのよ…」 声を発したのは、ほぼ同時だった。 「あんだよ?」 声をかけたものの、やはり何から聞くべきなのか、確認すべきかわからず、 坂田にこれ幸と続きを押し付けた。 「…いや…オメーこそなんだよ?言いかけて止めんなよ」 「は?テメーこそ、何か言いかけただろうが!俺は親切に譲ってやったんだ」 「いやいや、銀さん、優しいからね、そこは譲ってやるから。素直に受け取っとけ」 「俺はこれ以上ないくらい素直だ!テメーっねじ曲がってんのは髪の毛だけにしとけっ」 いつも通りの意地の張り合いが始まったことがよかったのか、悪かったのか。 「ちょっ!何さりげなく自分のストレート自慢してんじゃねぇよ」 「この毛玉…」 どう収集をつけるべきか? 問いも答えも定まらないまま、無理矢理日常へと戻っていくことが、 果たして正解なのか? ドォォォォォン! 辺りに盛大な爆音と、煙。 そして、建物が崩落する音。 「総悟ぉぉ!」 「神楽ぁ!」 見ているようで見ていなかったバトルは、最終的に火器を二人して持ち出すまでに発展していた。 これ以上、被害が拡がらないように、沖田を捕まえに土方は走り出した。 「土方」 背にかかった声に足を止める。 だが、振り返りはしなかった。 「世話になった…」 振り返らないまま、それだけは何とか吐き出す。 まだ、整理がついた訳ではない。 解っているのは、 あの夜、 『熱』が確かに散った事と、 坂田から受け取った『熱』が消して不快なものではなかった事と。 坂田の深意はまだ夜に紛れたままだが、礼を言わないのはフェアでないと思う。 銀髪の言葉を待たぬまま走り出す。 「また…な」 けれども、小さく、そう聞こえた気がした。 夜ごと 昏い『熱』は少しだけ形を、 方向を変えて、 毎夜毎晩。 土方を悩ませることになっていくのだ。 夜去らず。 『夜(よい)去らず』 了 ※タイトルの『夜去らず』って、WEB辞書系には載ってないんですね… 私の愛用辞書は古いからなぁ。 『夜去らず』 よいさらず =毎夜毎夜、夜ごと (広辞林新版第4版より) (4/12) 前へ* 文 #栞を挟む |