うれゐや

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【中篇】 | ナノ

-弐-




「おい…」

声をかけ、銀時は強く腕を掴んで引き留めた。
土方が反射的に抜きかけた村麻紗の柄は軽く逆の手で押さえる。

「万事屋?」
まさか、追いかけてまで、声をかけられるとは思っていなかったのだろう。
少し目を見開いて、無防備に見せる顔はどこか幼さを感じさせるものだった。


「オメー…」

見世の前で、動くことも適わず、立ち尽くしていた銀時の耳に入ってきたのは、
盛大にガラスが割れるような音だった。
女の咆哮のような喚き声が止んだかと思うと、
程なくして駈けつけてくる真選組のパトカー。
ひそひそと噂話に早速花を咲かせ始めた者たちの声に耳を傾けると、
どうやら見世の遊女が攘夷浪士と通じていたらしく、土方に白刃を向けてきたらしい。
それを、『鬼の副長』が一刀のもとに切り伏せたとかなんとか…

そのまま、やはり立ち尽くしていると、部下に指示を出し終ったらしい男が
ふらりとまた一人夜の街を歩き出した。

だから、声をかけてしまった。
見世に入る前にかけられなかった声を。



でも、普段饒舌な口は開きかけたものの、動いてはくれない。


「あんだよ?」
怪訝そうに、睨んできているのではあるが、
少しだけ頬についている返り血が白い肌に映え、妙に艶めかしく、
扇情的に銀時の眼には映るのだ。


「なんて顔してんの…」
ジリジリとため込んでしまった熱は、におい立つほどの色香をたたえ、
どこか背徳的なものさえ滲ませている。

「顔?テメーみてぇな死んだ目した面よりはマシだ」
「おお、大した自信だなコレ。ってそういうことじゃなくてだな…」

軽口をたたいても、吐く息からは果物が熟れきった腐臭寸前のような甘い薫りを吐き出すだけだ。
そう感じるのは、銀時が自分の『内側』を自覚してしまったからというだけでもあるまい。
『真選組の鬼の副長』という肩書と、広く世間に知られている顔、そして帯刀。
そんな鎧がなければ、どんな虫が匂いにつられて寄ってきてもおかしくはない。


ただ、土方にそのことを説明するのは難しい。


「ん〜無駄にエロいつぅか…フェロモン垂れ流しで危険っつうか…」
「なんだそりゃ…」

土方の口元から、苦笑がこぼれた。
言葉を探し、黙って、真面目な顔をしている自分が珍しかったのだろうか。
それとも、オンナを買いにやってきて、その相手から刃を向けられたことへの自嘲だろうか。

かもしれないと、予想ばかりだが、喰ってかかってこられないことは有難くもある。


「…まぁ、そういう気分ってのは、わかんなくはないんだけどね…」
「そうか…」

天然パーマを無造作に掻き毟りながら、呟くように言った言葉に、あっさりと返す土方。

妙なところで、天然で、妙なところで、察しが良すぎる男だ。
銀時の迷いも、ニュアンスだけで、実は正確にくみ取っているようにも取れた。


その衝動を指摘されていることを。


「『熱』が引かないんだろ?」
「そうだな」
駆け引きのようなやり取りだけれども、
やはり今の状態を銀時が気にかけていることに気が付いている口調だった。

「だから…オンナ買いに行った?」
「そのオンナから刀向けられてりゃ世話ねぇがな」
また、自嘲ぎみに笑う。
恐らく、自分の立場的なものもあるから、一所の見世と作らず、馴染みを作らず、
どうしても拭えない状態になった時に、この町に来ていたということか…

「でも、オンナ抱いてもオメーのそれは散ったことねぇだろ?」

思い切って、口にする。
流石に、言及されると、苛立ちが眉間の皺に現れてきた。

「…無駄話はこの辺にさせろや。俺は屯所にもどらねぇと…」

話を切り上げ、その場から一刻も早く離れたいとばかりに、
腕を振り払い、踵を返されてしまった。



「散らしてやろうか?」


迷いはまだある。
だが、もし、また目の前の男が、どこかの知らないオンナに寄り添うかと思うと、
そして、それでも拭いきれずに、沼地に嵌まり込む様に、
鬱々としたものをため込んで
その輝きを消してしまうのかと思うと、堪らなかった。
自覚したばかりの気持ちではあるが、
見誤ってはない自信はあった。

「あ?」
振り返った黒い男の瞳に少しばかりの期待を見つけ、低く返す。

「だから、効率的な、散らし方、教えてやろうか?」
卑怯だとは分かっている。
つけ込むような真似であることは分っている。


「誰が…」
『テメーなんぞの知恵借りるかよ』と、続けるつもりだったのだと思う。
だが、土方はその言葉を飲み込み、再び掴まれた手首を振り払いはしなかった。


「お代は、成功報酬の形でいいからさ…」

銀時にとっては決して、そんなことはないのだが、
『これは依頼なのだと』いう土方の逃げ道。
『ただの腐れ縁』に流されるための言い訳。
それを提示しながら、誘い込む。


土方は、これから、どこに連れて行かれ、
どんな事をされるのかまでは予想がついていないだろう。

それでも、振りほどには信用されているのだと、少し嬉しくもなり、
そして、迂闊さにも不安になる。


でも、今更後には引けねぇよ…

夜去らず…
毎夜毎夜、これから違う熱で焼かれることになろうとも。


銀時は、そのまま、土方の手を引き、更に街の奥深くを目指して、歩き出したのだ。











銀時は手を引き、かなり入り組んだ路地をすり抜け、
かぶき町はかぶき町でも、一軒の連込み宿へと滑りこんだ。


「…ここ…なのか?」

散らし方を教えると言われて、流されるようについて来てしまった。
それは、目の前の銀髪が、ふざけたナリを装いながら、
夜叉のごとき強さと、底知れない懐の深さを持っていると知っているから。
自分の矜持を護り続ける『サムライ』であることを知っているから。

だから、つい、ついて来てしまったのだと、自分を分析する。



坂田を羨ましいと思う。
そして、自分の経験のなさを悔しいとも思う。
坂田のように、戦争に参加していたならば、もっと強くなれていたのだろうかと。

強くなりたいと願う。

近藤の為の一振りになるために。
『真選組』という組織を確固たるものにするために。


自分はもっと、修羅場をわたり、強くならなくてはならない。

だから、普段は張り合ってばかりいる坂田の知恵を借りてでも、
毎回自分の中に燻り続ける熱を散らしたかったのだ。



宿の部屋に入った途端、布団の上にトンッと押され、尻餅を着いてしまった。

見事に、目的だけを行うためだけの部屋。
少し広めの布団一組と。
枕元でジリジリと油を吸い上げながら、明かりを燈しつづける行灯と。
妊娠を避けるための道具と、潤滑剤。


「で?どうするって?」
坂田は膝行りながら、土方の正面側から近づいてくる。

「…こんな所ですることっつったら一つしかないと思うんですけど?」
困ったように、眉を寄せながら、男は両手で土方の頬を包んだ。

「ちょっ…」
生暖かいものが唇に押し当てられた。
考えるまでもなく、視界には坂田の顔のみ。

「よ、よろ…」
慌てて、身体を押しやろうとするが、びくともしない。
それどころか、抗議しようと開きかけた唇から、厚みのある舌が忍び込んできた。


くちゅり
流し込まれるかのような唾液が口の端から伝い落ちる。

「…止め…ろ」
少しだけ口元が離れたところで、切れ切れに訴える。

「目ぇ、瞑ってていいから。銀さんに任せてみな」
「…んな…こと、言われても…よ」
もともと、欲を吐き出しに花里にきていたのだから、
それなりに溜まっていたといえば溜まっていた。
土方の中心は、まだ口づけしか交わしていないのにもかかわらず、
頭を擡げ始めている。
自分のそんな状態に気が付かされ、一気に羞恥で体温が上がった。


伝い落ちた唾液を追うように、今度は首筋を唇はなぞっていく。


一体どんなつもりで今自らの意思でこんな行動をとっているのか。

頬や首に当たる銀色のふわふわからは酒の匂いはしない。
甘ったるい砂糖菓子のような香りと。
男の汗の匂い。

そんなものに酩酊したかのような気分を誘われるのは何故だ?


何よりも、
嫌悪感が、
吐き気が沸いてこないのは何故だ?


少しかさついた唇が、まるで何かを確認するかのように、
喉を、
鎖骨を、
肩を伝いながら、いつの間にか、着流しは肩から滑り落ち、帯も緩められていた。
器用な、大きな手が、裾を割り、太ももをなぞりあげてくる。

「ひっ」
くすぐったさとも違う、ゾクリと脊椎にダイレクトに伝わるような刺激を受け、
悲鳴のような声を思わずあげると、小さく坂田が胸辺りで笑う息遣いが感じられた。

「よかった…感じてくれてんじゃん」
下着の上から、張り詰め始めていた自身を爪で下から上へとなぞられて、
顔を背ける。

「ヤバいんですけど…それ…」
そういいながら、背中と腰辺りでに留まる着流しはそのままに、
下着が一気に引きづり下ろされ、遠くに放り投げられる気配を感じた。

「最初は一緒にいこうな」
坂田は白い着流しを脱ぎ捨て、ズボンのファスナーを下ろして、
すでにかなりの角度まで成長したモノを解放していた。

「は?」
腰を押し付けられ、二人のものを合わせ持ち、緩やかに摺りはじめる。

「うあ、ぁ…」

お互いの一番大きな部分が摺りあい、坂田の指が先端の穴を刺激する。

気持ちがいい…

あまり、交わるという行為が好きな方ではなかった。
熱は溜まるには溜まるが、そう頻繁なことでもなく、どちらかと問われるならば、淡泊な方だと答える。
第一、人に触れられることがあまり得意ではないのだ。


なのに、今男の急所を、同じ男のものと一緒に追い上げられている。

「さか…坂田…も、やめてく…れ」

嫌悪していない自分に惑い、情けなくなるような声が零れる。

「大丈夫だから」
坂田の頭が再び上がってきて、耳朶を噛む。

「土方…」

低く、掠れた声に、固く閉じていた瞼を少しだけ持ち上げる。
生理的に浮かんでいた涙の向こう側に、
余裕のない男臭い顔がじっとこちらを見つめていた。

「見…るな!」
「けど…よ…俺としちゃオメーが感じてくれてるかが重要なんだわ」
吐き出す息は共に荒い。
二人分の先走りが竿を伝い、その水分が掌の滑りをスムーズにしている。

「ん…もう…離っ…」
「イケよ」

追い込むように、キツく握りながら、先端を微妙な力加減で刺激される。
更にのしかかるような体勢で腰を動かされ、
坂田の熱までもが、追い上げる材料となって、土方を煽った。

「っ…」
白い液体が胸に飛び散り、
ほぼ同時に吐きだされた二人分の欲は、そこに留まりきれずに、
どろりと脇へと流れてゆく。


オンナとの行為とは異なる身の重ね方に
戸惑いながら、
それでも、溺れる者が藁に縋るように。



依頼だと言った男の本意を理解できぬまま、

この後、意識を飛ばしてしまい、何も考えられなくなる瞬間まで
追い詰められ、
その夜をすごしたのだった。




『夜(よい)去らず―弐―』 了



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