うれゐや

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【中篇】 | ナノ

-壱-




連れ込み宿へと、
腕を引きながら、坂田銀時は小さく息をつく。

これでよかったのだろうか?
まだ、迷いがないわけではない。

でも、見ていられなかった。


身にまとう漆黒に馴染ませるかのように、
深く深く一人沈んでいくかのような男を。

そして、自分の中に、毎夜毎夜育っていきそうなドロドロとしたものを止めるために。







最初に耳にしたのは、どこだっただろう?
すっかり、腐れ縁と呼ぶ仲になってしまった真選組の副長殿が、色街によく現れると聞いたのは。
噂を聞いて、銀時は首を傾げた。
普段から、きっちりと重たい隊服を着込み、夏でもスカーフさえ緩めることなく走り回る真選組副長・土方十四郎。

その姿は、どちらかというとストイック。
涼しげな容貌と、男にしてはやや細いライン。
女受けしそうな容姿である。
にも関わらず、モテるという話は聞くものの、浮いた話自体は聞いたことはなかった。
上にも下にも問題児を抱え、テロリスト相手に剣を振るい、政治的な駆け引きも熟している。
そんな、どちらかというと、『仕事馬鹿』とも呼ばれる男。
沖田ミツバとの一件もあってか、色恋沙汰、もしくは色欲的な話からは遠い存在だと思っていた。



そこへ入ってきた風聞。

岡場所に馴染みの見世があるだとか、吉原にも贔屓があるのだという噂を聞いた。
しかも複数軒。

確かに、土方も男だ。
溜まることももちろんあるだろうし、それを吐き出さねばならないとは思う。

それは銀時も理解できる。
理解は出来るが、納得できたわけではなかった。

なぜ、納得できないのか?
元々、出会えば、些細な切っ掛けで口論、掴み合いを始めてしまう仲。
銀時のからかう言葉を鵜飲みにし、挑発にのり、
お互いの意地っ張りな性格の性か、とどまることのなく交わす言葉の応酬から、
少なからず、銀時はその人柄に知っているつもりだった。

銀時の知る『土方十四郎』と、
色街で名を馳せる『土方十四郎』とのイメージのギャップ。



今までならば、道端で軽口を聞きながら、冗談めかしてその噂話をネタにからかうところだ。


なのに、何故だか、今回に限って、その問いは饒舌であるはずの銀時の口先から発することが出来ない。
それは日を積み重ねるほどに積み重なり、苛立ちに変わっていく。

何故、自分はこんなことでイライラさせられなければならないのか?




その答えを今晩見つけた。

着流しを着て、煙草の煙をたなびかせながら、歩く土方を見かける。
思えば、つい男を目で、追うことが習慣になっている自分を自覚した。

黒を纏った男が向かう先は、遊郭のならぶ花街に他ならない。

彼の顔を見て、得心はいった。

あの顔は…おさまらぬ血の滾りに苦戦しているの顔なのだと。
だから、噂のように色に狂っているだとか、
特定の遊女に惚れこんでいるのだとかそういったことではないのだと。


嘗て、銀時が身をおいていた戦場では、それによく似た表情を見たこともある。

人を斬ると、血が沸く。
喧嘩もそうだが、一種のトランス状態に入るのかもしれない。

滾って滾って

それは、生と死の間を渡ったことで沸き起こる生への渇望ともいえる衝動。
だから、男の身体は自分の種を残そうと原始的な部分を呼び起こすように出来ている。

人によって、拠り所は違う。
だから、皆が皆、そうだとは言えないし、その解決策も人によって異なっている。

でも、その衝動を散らすには、
劣情を吐き出すことが、一番手っ取り早いともいえた。

見かけた土方の顔にも確かに情欲の影はうかがえる。
夕方のニュースでも大きな捕り物があったといっていたから、さぞや張り切って刀を振るってきたことだろう。


花街に通う理由は分ったが、やはり、納得が出来ないと思った。


数度、同じ場で剣を振るう姿を見た限りでは、土方の剣に迷いはない。
強さへの憧れ。
願いの強さ。
真っ直ぐに、郷里の淡い恋心を斬り捨ててでも、自分の選んだ道を歩む信念。

だから、そんな男が真に求めるのは
戦場で戦友たちの中に見た『生きる』ということへのエネルギーだけではない気がした。
直感でしかないが。

土方はもっと、違うものを求めている。

あんな顔で、
あんな状態で『オンナ』を抱くという行為を行っても、
それだけでは、きっと散らせない。
かえって、満たされ続けない欲求は、底なし沼に引き釣り込んでいくように思う。

普段ならば覗うことのできない『揺れ』の振れ幅は危うささえ纏っていた。


そうして、
すとんと、銀時の中に、苛立ちの答えが落ちてきた。

なんてことはない。
土方が、見世に入っていくのを目で追う、
ほんの数分にも満たない時間で答えを得てしまったのだ。


止めたいと思った。
その艶を含んだ危うさを他の誰かに見せたくないとも思った。

そう解ってしまったから。

追いかける?
駆け寄って、その手を掴み、そんな方法ではお前は癒されないよと教えてやりたかった。


どうすればいいのか。
腹の底で
グラグラと煮え立つ、これは紛れもなく嫉妬と焦燥。


だが、自覚したばかりのこころを振り返るうちに、黒い男の姿は店の暖簾をくぐり、
目当ての遊女の元へと消えていく。

鬱々とさせるのは、実はその場しのぎにしかならない方法であがいている彼の後姿。


銀時は、ぼんやりと立ち尽くして、途方に暮れたのだった。












人を斬ると、血が沸く。
喧嘩もそうだが、一種のトランス状態に入るのかもしれない。

滾って滾って

その衝動を抑える術を知っているようで、知らなかった。

ただ、湧き上がるその衝動を、
劣情を吐き出すことで、凌いでいた。

ただ、女の身体に欲を吐き出すことで、それを拡散させていた。
否、散らせることが出来ると思っていた。

でも、それは散らせたようで、散ってはくれない。
いつまでも、腹の底で
グラグラと
鬱々と、
蔓延り続けていたのだ。





その日、大きな捕り物があった。

攘夷浪士たちは半数を捕縛、半数をその場で切り伏せる。

まき散らされる、血風と、
赤黒く染められる、障子や襖と、
刀に残る、人体の油と、
建物内の斬り合いはどうしても接近戦になるから、避けることができずに
濡れて重たくなった隊服と。

そして、狭い屋内での戦闘に紛れて、ひそやかに粛清した、内通者。



現場を片づけ、捕らえた浪士たちの尋問は明日に回し、
遊郭へとやってきた。


いつものように、抑えきれない衝動を吐き出すために、
最近馴染みになりつつあった遊女の元へ。



「土方ぁ!」
女が涙を流しながら、懐剣を震える手で握りしめていた。

とんだ茶番だと思う。

そして、ここでも向けられる白刃。

「アンタが!アンタさえいなければ、わっちはあの人と…」
「お前…」

これは、お安い2時間ドラマか、ドロドロとした昼ドラか何かなのか?

綺麗に塗られていたであろう、化粧は既に涙で崩れ、悲壮なことになっている。

それを滑稽だとは思わない。

情を交わしたという程の付き合いでもない。
ただ、数度、身を重ねただけ。

商売だとはいえ、情人の敵に身を委ねることにどれほどの覚悟が必要だっただろう。
いや、あわよくば、自分から情報を引き出そうとでも思っていたのか?

したたかさは、執着は嫌いではない。

それほど、誰かに惚れこむことが出来たならば、
人を斬るたびに生まれる、隙間は少しは埋まるのだろうか?

だが、
真選組の、
対テロに組織された武装警察の、
ましてや、鬼の副長と呼ばれる人間に、
あからさまに『攘夷浪士の関係者』だと名乗る愚かさ。
この後、遊女に関わったものは徹底的に調べられるというのに。

一つ、
重たい、ため息を煙草の煙と共に吐き出して、
鯉口をきった。



「迷惑かける」
部屋を汚した詫びを見世の主に述べるが、主は攘夷浪士との繋がりを問われるのかどうかの方が心配であると見えて、ただ、頭を下げるばかりだった。
主人の方がよほど状況が分っている。

駆け付けた組の者に後処理を任せたが、
どちらにしても一度屯所へ戻らねばならないだろう。
尋問の為に、女を生かしてはいるが、彼女にとって、どちらが良かったのか。

どちらにしても、あまり気分の良いものではない。
無性に風に当たりたくて、パトカーではなく、徒歩で戻ることにする。


そうして、
見世を出たところで、見つけてしまった。

否、見つかってしまったというのが正しいのか。

厄介な銀色が、通りの反対側の店に背を預けて、こちらを見ていた。
いつも通りの、和洋折衷な着こなしに、ふざけた木刀を差し、腕組みをして。
ただ、違和感を感じたのは、その眼だった。
『死んだ魚の目』と称される、やる気のない瞳が今日はそこに鈍い光を纏っているのだ。

本人が言っていた『いざという時に煌めく』という、そんな生易しいものではない。
輝いていないわけではないが、
それは底の見えない深さを潜めて、真っ直ぐと自分を射抜く。

咎めているような、
それでいて、どこか、痛々しいものを見るような。
憐れまれているというわけでもないような。

赤銅色とも見える、深い紅色の瞳は、やはり、血の色にも見えて…

その色に魅かれるように、思わず近づきそうになった自分に舌打ちをする。

近づいてどうするというのだ?
もともと、友好的な関係といえる間柄ではない。
どうせ、悪態をつかれてるだけだ。

今はそんなことに付き合う余計な気力は持ち合わせていないから、早々にその場を立ち去ろうと歩き出した。






『夜(よい)去らず―壱―』 了



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