うれゐや

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【中篇】 | ナノ




【六夜目】



寝不足だ。
アニキのセリフがちっとも頭に入ってこない。

寝不足の頭は確かに働かないモノだなと、他人事のように思いながら自室でDVDを鑑賞していた。

雰囲気を出すために落とした照明がまた良くないのかもしれない。

眠るのが怖い。
というよりも、夢を見るのが、
その夢が今まで、日々、思いもしなかった感情を呼び起こしていくことが嫌だった。

納得できない。

なぜ、顔を突き合わせれば衝突することしかない腐れ天パなのか。

自営業の社長だなんて名ばかりの、
マダオで、ニートで、怠け者で、
そのくせ、妙に一本芯が通っていて、己自身のサムライ道を護る男。


その男に先日、不覚にも助けられた。

そして、引かれた腕に温度を感じて、頭に血が上ってしまった。
万事屋は知るはずもない。

男の腕のうちにいる夢を連日見ていたことなど。

にも関わらず、思わず身を委ねるような形を白昼の交差点で冒してしまった上に、
覗き込んだ赤い瞳に心臓がはねたことなど。

くらりと視界が霞んできた。
やはり今晩は徹夜は厳しい。

「ただの夢の筈だ」

なんの根拠もあるはずがない。
「願望」を必ず映し出すものでもないことであるし、
何よりも、土方自身が認めることが出来ない。

「六夜目か…」

夕べは一睡も出来ていないから実質見たのは四夜。

しかし、それ以上に長く感じてしまうのは、銀色が住み着いている時間が
昼も夜も問わなくなっているからだろうか。

向き合うしかないのか。

別にもともと坂田銀時という人間が嫌いなわけではない。
生活態度や騒々しいところは御免こうむるが、

稀に煌めく生き方も、
土方とは違う力強い剣筋も。

キライではない。

飛び跳ねた銀色の天然パーマはまるで毛玉で掻きまわしてみたいと思わないこともないし、
お互いに悪態をつきながらも、
その言葉のやり取り事態を愉しむような、すこし緩んだ瞳も

キライではない。

「嫌いじゃ…ねぇんだよな」

では相手はどうなのだろう?

本当に嫌われているならば、かぶき町ですれ違おうとワザワザ喧嘩を売りに寄ってはこないだろうとは思う。

思うが確かめるには今更の間柄だ。

「くそっ」

小さく悪態をつくと、積もりに積もった灰皿に吸殻を押し込み、布団に飛び込む。

「悩んだって仕方ねぇ」
これだけ疲れていれば夢など見ることもないかもしれない。


そうして、目を瞑り、意識を手放したのだ。




揺蕩う意識の中で、

やはり、と思い、
また、なぜ?とも疑問に思う。

今日は最初から抱き締められていた。

自分と身長が変わらない男のふわふわとして髪が、土方の首筋に当たり、
くすぐったい。

以前、響いていた警告は今も鳴っている。
気が付いてはいけないと。

だが、本人も自覚のある、意地っ張りな性格が、
困ったことに、引くことを許してくれそうになかった。

「…坂…田」

思えば、名を呼ぶのは初めてかもしれない。
大抵の場合、屋号であった気がする。

男の身体がぴくりと動き、顔を起こし、こちらを見た。

「土方…」

窺うように、少し顔を傾けて唇を寄せてくる。

今日も、最初は動物が親愛の情を示すかのような動きだった舌先が
徐々に侵入して、
余すところなく、口内を探っていく。

どちらのモノとも分からない唾液が顎と伝い落ち、
本来不快に思うはずなのに、なぜか気にならない。

舌先はその水の流れを追うかのように今度は顎を、首筋を滑っていく。

「土方…」

いいのかと問うように、坂田がまた呼ぶ。
止めなければと思う一方で、
止めてほしくないともやはり思う。

真選組の為に、近藤の一振りになると決めた土方だから。
己の手の届く範囲で、護りたいものを目いっぱい抱えようとする坂田だから。


「寝ても醒めても…」

捕らわれている。
昼も夜も。

漸く紡いだ声は掠れてしまっていて、相手に伝わっているかなんてわかりはしない。
それでも、構わずに囁く。

これから先、見えなくなるもの。
失うであろうものが怖くないわけではないけれども。
これは夢だと。
願望通りに、動かすことのできる明晰夢。

また、深く吐息を重ねたあと、僅かに開いた隙間から坂田が囁き返してきた。

「じゃあ…」
低く、落ち着いた声色が耳元に移動した。

「寝ても醒めても…」

オメー自身の言葉とオメーの心を覚えていろと。

そう言い残して、初めて坂田が先に消えた。





【七日目】



瞼に日の光を感じて目を開けた。
障子の隙間から、冷たい冬の空気が忍び込んできている。

「…?」

眠る前にきちんと閉めたはずであるのに、おかしいと肩に布団を引き上げてながら違和感を覚える。
背中が温かいのだ。
そして、枕がおかしい。
どう見ても、自分が頭をのせているものは肌色で。
視界に入る節くれだった指には剣だこがあって…

恐る恐る振り返れば、銀色の毛玉があった。

「?!」

ここは屯所の土方の部屋だ。
それは間違いないときょときょとと状況を確認する。

「…あ?起きた土方?」
「お…おぅ?」

返事なのかよくわからない声しか出てこない。

「だから言ったろ?」

覚えていろと。

まだ夢の中に足を突っ込んだままなのだろうかと数度瞬きをする。
すると、それが可笑しかったのか、目の前の赤い瞳が嬉しそうに細められて、瞼に唇を軽く当てられた。

啄むように数度。
目じりから頬に移動する頃には、土方はすっかりと自分が覚醒している状態、これが現実であることを理解する。

急に気恥ずかしさが最高潮に上り詰め、布団を跳ね除け、飛び起きた。

「寒ぃ…」
「な…ななななななんで…!?」

布団を引き寄せ丸まろうとする混乱の元を掴んで、中庭に蹴りだした。
ぴしゃりと障子を後手に閉めきって土方は大きく深呼吸する。

「夢…じゃねぇ…よな?」

夢と現実がつながってしまった。

障子の向こう側で沖田くんが泊めてくれたんだから不法侵入じゃねぇだの、武士に二言はねぇよなだのわめき声が聞こえてくる。

「寝ても醒めても…か…」

沖田のことが引っ掻き回しているのではないかと予想はしていなかったわけではない。
(種明かしは後でさせるとして…)
夢にまで現れることはなくなるとしても考えながら、障子から差し込んだ光が自室の畳の上に映し出す自分の影を見つめる。

「朝な夕な、には変わりねぇじゃねぇか…」


中庭から這いあがってきたらしい男が障子の向こう側に静かに立つ気配がして、影が重なった。

自分とは異なる跳ね返った頭。
その影が土方の物に重なっていた。

ほぼ同じ身長、ほぼ同じ体重。
それでいてすっぽりと土方が重なって隠されてしまうシルエット。

「チクショ…」

それが嫌だと思えない自分にため息を止めることができない。

「お互い様」

静かに障子越しに声がかかり、ゆっくりと再び引き開けられて、

ぎゅっと、

夢のような柔らかい力ではなく、痛みすら感じる強い力で背から捕らわれていた。






『朝な夕な』 了






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