【六日目】 五日目は全く夢を見なかった。 銀時はツケがきく団子屋の店先で、見慣れた風景を見るともなしに眺める。 夢を見なかった理由。 沖田が銀時にバレテしまったと手を引いた、という訳でないならば、土方が眠らなかった、そういう可能性にぶち当たる。 前日日中。 それとなく土方の後をつけていた。 山崎には関わりたくないとは口では言ってはいたが、土方のことが気にならないわけがない。 銀時と同じような夢を見ているのか。 それとも、もっと違うものを見ているのか。 そして、どちらにせよ、自分と土方という男との間にどんな距離を生み出しているのか。 直接話を聞く、という訳にはいかないだろうが、何かつかめないかと観察していたのだ。 横断歩道用の信号待ちになったところで、人込みに紛れ、斜め後方に立っていた銀時は、土方の背後に移動してきた商人風の男に眉を顰める。 殺気はない。 殺気さえ放たれていれば土方も気が付いていただろう。 隊服のポケットの煙草に手を延ばした時だった。 男の腕が延び、どんっと土方の身体を車道の方へ押し出した。 「土方!」 木刀を抜くには人が多かった。 間合いが取れないから、不審な男には当身を喰らわせ、即座に腕を延ばす。 驚いたような顔。 それでいて、まだ現実が見えていないかのような双眸。 まるで白昼夢でも見ているかのようにいつもの鋭さは土方に無かった。 そうでなければ、土方十四郎という男がこうもあっさりと銀時に身を委ねるような体勢を許すはずがないと。 流石に無茶な体勢で引っ張ったので、どさりと相手の身体ごと地面に転がる。 「おい!大丈夫か!」 「!」 再度声をかけると、漸く焦点が結ばれたようだった。 そして、固まった。 耳朶まで真っ赤になっていたからだ。 「ど…」 「ど?」 礼の代わりに寄越されたのは拳。 「どこの乙女だ!ゴラぁぁぁぁぁぁあ!」 そして喚きながら、その場を走り去られてしまった。 「ちょ!土方!」 一目散に。 信号が変わったばかりの横断歩道を渡っていってしまったのだ。 そんなやり取りがあった後だ。 「夢」というものに土方も翻弄されているならば、眠りたくないということも考えられる。 視界に入ってきたのは黒い真選組の隊服。 相手はもっとも主犯だと疑わしい一番隊の隊長だった。 「うおーい!沖田君よぉ」 「昨日はウチの土方が世話かけたみてぇで」 一番隊の隊長が風船ガムを膨らませながら、ゆっくりと団子屋の方へ寄ってきた。 「ご協力感謝しまーす(余計な事しないでもらいたいもんでさぁ)」 「ちょっと!全っ然!感謝されてる気がミジンコほどもしないんだけれども! (かっこ)かっこ閉じるじゃねぇよ。隠す気全くねぇだろ」 「あ〜、土方にトドメをさすのは俺ですからねぇ。その権利を守ってくれたことには感謝でさぁ」 土方を明らかに狙った不審者は、すぐに駆け付けた真選組によって捕縛された。 新聞を見る限り、どうやらテロリストとして捕らえられた浪士の家族らしい。 「本音は違ぇだろうが。 オメーの仕掛けた悪戯が思ったよりも土方にダメージ与えてる誤算をカバーしてくれてってとこだろ?」 今度の問いは少し感情の動きが見受けられた気がする。 「そいつぁ誤解でさぁ。俺が仕掛けたのは夢をつなげることだけでしてねぇ。 誰とどんなことになったかまでは把握できてねぇんでさ」 「は?」 やけにアッサリと白状したのには少し驚かされた。 「ザキ使って調べさせてんでしょ?」 「さぁて…」 なんと答えるべきか。 山崎に沖田が奇妙な事をしていないか調べさせたのは事実だ。 仕事の早い監察は「詳細については不明だが、まじないの類をしている姿が屯所内でみられている」と直ぐに調べてきた。 また、睡眠を加速させる天人製の薬を手に入れたという話もあるという。 「本当ですぜ。 今回は本当に効くも八卦効かぬも八卦なもんでしてね…」 そういって沖田は種明かしを始めた。 屯所で近藤を交えて明け方近くの夢は正夢になる話をしたこと。 それを「ただの願望」だと切り捨てた土方。 最初はただその願望とやらを覗き見る、もしくは曝け出させてやろうと思ったのだが、どうせマヨネーズか煙草のあたりのことぐらいしか出てこない可能性も土方の場合は高い。 それで呪いの本をめくっていて偶々目に留まった「夢の中で会いたいに人に会う方法」という呪いを試してみたのだという。 どうせならば、楽しい方がいい。 偶々目についた銀時と土方を標的に繋いでみた。 さて、土方は「願望」と素直に受け取り動揺するか、それとも夢の中でも喧嘩をして気分悪く目覚める日々を続けるか。沖田にすればどちらでもよかったのだが、ひとつ誤算が出てきた。 「土方さんってのは仕事が詰まってくるとなかなか眠ってくれねぇんですよ。 それで、明け方近くまで仕事をする土方をなんとか眠らせようと睡眠薬をつかったんですがね、こいつがちっと変な時間に効いちまうわ、本人も昨日あたりから頑なに眠りたくないと妙に気を張るようになって逆に日中、ぼんやりとしちまうわ、変な逆恨みの人間までちょろちょろしてるわ。まぁ、そこが俺の手落ちといえば手落ちでさ」 手落ちといいつつも、沖田の口は軽快だった。 「で?旦那。マヨネーズ野郎と夢で何があったんですかい?」 質問をあえて質問で返した。 「じゃあ、土方が見た夢自体にオメーの手が入ったってわけじゃねぇんだな?」 「違いまさぁ。さっきもお話ししましたように、繋げただけ。 つながった後お二人の間で何を話して、何をしたのかなんざ外からは分りませんし、 弄れもしませんや」 ならば、互いが互いの歪められることのない意識の上でに同じ夢を経験していたことになる。 銀時は顎を摩りながら結論付ける。 「旦那?」 沖田のしたことについて、別段怒ってはいない。 引っ掻き回されたことに、言いようのないムカつきは感じてはいるが、怒っても今更詮無きことだと切り替える。 土方がなんだかんだと気に掛ける弟分を利用しない手はない。 「さぁて…」 ほんのわずかに朝剃り残していたらしい髭を指で引き抜いて、ふっと息で吹き飛ばすと銀時は沖田にニヤリと笑って見せた。 【六夜目】 そうして六日目の夜を迎える。 まだ、全ての腹が決まったわけではない。 土方に心のどこかに自分の居場所が出来ればいいとは思うが、 そう簡単に思いを伝えられるかと言われたら、 色々と、 本当に色んなものが邪魔をする。 ただ単純に銀時自身の意地っ張り加減だとか。 あまのじゃくな性格だとか。 そんなものももちろんだが、腕を延ばすこと自体への不安。 今晩…まだ自覚さえ正確にしたかどうかも分からない土方に 刷りこむような真似をするのはどんなものだろうと思う。 時期尚早なのではないか。 秘めておくべきだと思い込んでいたところに転がって出てきた光に。 「悩んだって仕方ねぇか。出たとこ勝負だ」 土方がもしも眠りに僅かでも着き、 僅かでも隙を見せたならば。 その時に決めることにしよう。 目を瞑り、意識を手放したのだ。 『朝な夕な 六日目・六夜目』 了 (11/12) 前へ* 文 #次へ栞を挟む |