うれゐや

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【中篇】 | ナノ




【二夜目】



いつも通り、万事屋の煎餅蒲団で銀時は惰眠をむさぼる。

年末、大きな寒波が数度訪れてはいたが、年が明けてからは例年通りの寒さであった。
明け方近くなって、風の音が大きくなった気がした。
少々立てつけの悪くなっている窓の隙間から微かに風が入ってくる。
けれど、鼻の先まで布団を被ってしまえば、それほど肌寒さを感じることもない。


感覚的には間もなく新聞配達が、あと1時間もすれば回り始めるだろうと思いながらも、まだまだ、この暖かい空間から抜け出すつもりは銀時にはない。

銀時は浅い眠り、そして夢の中を揺蕩っていた。


柔らかく、
柔らかくふわりと背を抱きとめる。
黒い、かっちりとした制服の背。
肩で風を切って歩くバラガキの背を。

あぁ、昨夜の続きを見ているのか。 
そんな風に冷静に銀時は自分の夢を分析していた。

自覚夢。

昼に顔を見ることが叶ったからだろうか。

腕の中にある身体は決して女のような柔らかさはない。

もしも夢の中でなければ、銀時の腕などの中に大人しく納まるような男ではない。

自分と恐らくそれほど変わらない体格の。
けれでも、自分よりも筋肉が付きにくいのかやや華奢に感じる肢体。

あくまで、想像の代物。
サウナや銭湯で垣間見た体からの想像。
やけにリアルなのは、焦がれすぎてしまっているためなのか。

そんなことを思い、苦笑する。

都合の良い…
本当に都合よく昨夜の続きを見ることが出来るなんて。

黒い隊服の前で結んだ銀時の指を、少し伸びた男の爪がなぞり、悪戯をするから。
その耳朶の後ろに唇を寄せる。

「ぁ…」
吐息のような掠れた声に気を良くして、今度は耳朶を甘噛みしたところまで昨日は眼が覚めた。

今日は同じように行動しても消えてなくならない。

ならばと。
唇を耳から顎のラインをなぞらせる。
そうすると、身をよじるように、答えるかのように彼の顔が背後の自分の方へ向けられるから…
ぺろりと唇の横を舐めてみた。

また、答えるかのように薄く口元が開かれるから、
ゆっくりと躰の向きを変えてながら、唇を味わうかのように舐めていく。

接吻というよりも、動物が相手の機嫌を覗う様な仕草で。

顔を覗きこめば、その強気な瞳は真っ黒なまつ毛で隠されてはいたが、
しかし、やや上気した顔は艶があった。

徐々に侵入させた舌で口内をまた舐める。
歯肉に、歯槽に
余すことなく徐々に深く深く侵入を試みる。

真選組のことできっといっぱいな男だから。
マヨネーズとか煙草だとかマガジンだとか、そういった僅かな嗜好品が少しだけで自分を潤す、そんな男の一部に少しでも入り込めるならばと。

最初は戸惑っていた土方の舌が、おずおずと動き始めるを絡め取る。

捕らわれているのは昼も夜も。

それでも
これが夢だから。
何も考えずに貪ることにした。

うっすらと目の前の瞳が震え、水気をたたえた青灰色が姿を見せた。




「銀ちゃん!いい加減に起きるアル!お腹すいたネ!」

そして、相手の目が驚きに見開かれる様を目に焼き付けるのと
銀時の腹部に衝撃が走ったのはほぼ同時のことだった。





【三日目】



土方は朝から頭を抱えていた。

夢見が悪かった。
起き抜けにそう思った。

悪夢だと。

何が一番まずいかというと、その悪夢を見ている最中には全く悪夢だと思っていないところが、
悪夢の悪夢たる由縁というもので。

二日、
どうやら続いているらしい夢を見た。

何故か、男に後ろから抱きすくめられる夢。

「冗談じゃねぇ…」

同じような体格の男に抱き寄せられ、唇を舐められた。
舐められ、舌が口内に侵入することを許した。
自ら。
気持ちが良いと。
ふわふわとした感覚の中、うっすらと開いた視界に入ってきたのは柘榴色の瞳。

驚いて
ただ、驚いて飛び起きていた。

「冗談じゃねぇ」
もう一度呟く。

瞳の主だ誰かなんてことは考えたくなかった。
というよりも、考えることを脳は拒否して、忘れろと警告している。

激しい動悸を拡散するために、早朝の道場へ向かい竹刀をとるしかなかった。

無心に竹刀を振るって、朝の会議に出席して、
山積みになった書類の山に目を通す。

時計の針が正午を差す頃には、昨夜の夢のことなど頭から消え去っていきはじめていた。

去っていた筈だった。


「副長」
予定分の文書の最期の欄に署名を入れたところで、少し鼻に抜けたような部下の声がかかった。
「何か掴んで戻ってきたんだろうな?」
土方の指示で張り込みに入っているはずの山崎だ。

「それが…」
「あ?」
潜伏先から戻ってくるぐらいだから、それなりの成果があったに決まっていると思っていたのにも関わらず、地味な監察は言葉を濁す。

「その…昨日のターミナルの一件で例の船問屋も急に浪士たちが出入りを潜めてしまいまして…」
昨日のターミナルの爆発物の一件は一般的には誤報と報じられている。
しかし、発見されたダミーの他にも小型の爆弾が荷に潜められていた。
検分に真選組が出張ってくることを想定したタイミング。
ターミナル全体を脅かすような規模のものには程遠い、殺傷能力さえ危ぶむような仕掛け。
土方の左手を少し火傷させる程度。
現場を見ていた人間でも一部しか気が付かない様な小さな。

「直接関係ねぇなら、また直ぐに動き出すだろう。
 気ぃ緩めずに張り込んどけ」

愉快犯なのか。
しかも真選組を、もしくは土方個人への警告なのか。

(俺が標的なら大した問題じゃねぇ)

「はいはい。でも気を付けてくださいよ。
 なんだかんだで土方さん、一番顔売れてて標的にされやすいんですから」
「テメーみてぇに地味だったらよかったんだろうけどな」
「酷っ!でもそれだけ憎まれ口叩ければ大丈夫ですね」
山崎は土方の手を徐に取り上げ、隊服の袖をめくり上げたのだ。

「うわ!結構酷い火傷になってるじゃないですか!流石旦那…」
「よ、万事屋?」
更に、突然思いもかけない名前が出てきて心臓がどくんと止まりそうになる。

「そうですよ。あの旦那がわざわざ俺掴まえて怪我のこと聞いていきましたからね」
すごいですよね!テレビ中継だけで、土方さんが怪我してるっぽいって気が付くんですから…
とブツブツと唸るように呟きながら、部屋に常備している救急箱から湿布を取り出してくる。


昨日の昼、すれ違った時には何も言わなかった。

直接ではなく、気安げに話し込んでいた沖田経由でもなく、わざわざ何故山崎なのか。
それよりも、犬猿の仲である自分を案じるなど思いもよらない。

理解できない。
なぜ、タダの腐れ縁である自分の怪我を気にかけたのか?
なぜ、自分は、沖田と道端で話し込んでいた男にイライラしたのか?

「副長?」

思考が空を漂い、不意に引き戻され、一つの事実に思い至る。
今、脳裏を締めていた男の瞳は何色だっただろう?と。

「土方さん?大丈夫ですか?」
「な、なんでもねぇ」

ひと時の間落ち着いていた筈の動悸が再び土方を襲い、目の前の監察を蹴りだして張り込みに向かわせることで怒りの矛先を転嫁させたのだった。





【三夜目】



夢見が悪いのは、きっと疲れているせいだと、早々に布団にもぐりこみ、

再び、土方は夢の中を揺蕩っていた。


水音が、
やけに水音が耳に拡張して届く。

それは自分の口元から。

何かが警告している。
気が付いてはいけないと。

それでいて、これは夢なのだからと、
そんな風に考えてしまう自分がいる。

不味いと思う。

薄目を開ければ、
夕べの夢で最後に見たはずの赤い瞳は銀色のまつ毛に隠されていた。

そして、くちゅりくちゅりと。
水音は自分の口元から聞こえている。

最初は動物が親愛の情を示すかのような動きだった舌先が
徐々に侵入して、
余すところなく、口内を探っていく。

どちらのモノとも分からない唾液が顎と伝い落ち、
本来不快に思うはずなのに、なぜか気にならない。

舌先はその水の流れを追うかのように今度は顎を首筋を滑っていく。

止めなければと思う一方で、
止めてほしくないとも思う。

捕らわれているのは昼も夜も。

昨日の昼見かけた銀色は沖田と和やかに立ち話をしていた。
自分とでは考えられない。
いつだって、怒鳴り合い、罵り合い、意地を張り合う。
それが正しい距離。

「それでも、これは夢だから」

誰にいうでもない。
低く、落ち着いた声色で囁かれる。

こんな声も出すのだなと、妙なところで感心する共に、
しゅるりと引き抜かれるスカーフと
器用に肌蹴させられていくシャツを認識する。

身体の輪郭を確認されるような、
ゆっくりと、慎重に進められる手管に
気恥ずかしくなってくる。

いっそ、強引にコトを進められる方がマシだ。

そう思った瞬間に、胸の小さな突起にかしりと歯を立てられた。

びくりと。
背筋から這い上がる何とも言い難い感覚が腰に…






「うわぁぁぁぁっぁぁぁ!!」

布団を跳ね上げて飛び起きた。

「副長!何か?!」
たまたま通りかかった隊士なのか、障子の向こう側から焦ったような声がかかった。

「なんでもねぇ!!」
怒鳴りあげ、息を切らし眉を盛大に顰める。

「うそだろ…」
朝だから…
だから、これは生理現象なのだと言い訳が通用するのか。

自分の身体の反応に、
そして、しっかりと認識してしまった夢の中の相手に、

土方は頭を抱えたのだった。




『朝な夕な 二夜目・三夜目』 了






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