うれゐや

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【中篇】 | ナノ




夏雲と空のコントラストは変わらず厳しい。

ただ、今土方が立つ場所は暑くもあり、どこか寒々しい場所でもあった。

江戸のやや郊外よりに残された私有地。
かつては立派な建物がたっていたのだろうと想像できる門扉は寂れ、蝶番は片方落ちている。
建物自体はすでにない。
仕える資材を持ち出した時のまま、放置され、瓦礫しか残っていなかった。

そこに一人しゃがみ込んでいる後姿を見つけ、土方は咥えていた煙草をもみ消した。


見慣れた背。
洋装の上に、着流しを片袖抜いて着るという奇妙な着方をする男を土方は一人しか知らない。
男は土方に気が付いたようで、振り返らないまま、軽く手を挙げた。

「来てたのかよ」
「おう」

瓦礫の上には、小さな献花が置かれていた。
土方もそれに倣い、花を置く。




遊園地に設置されたお化け屋敷は、15年前に実在していた廃院をモデルに作られたものだったと山崎が調査してきた。
相変わらずの、作文としかいいようのない報告書には、モデルとなった病院の資材をも買い取って使ったこと。
当時、この地方で原因不明の高熱、および皮膚疾患を伴う奇病が発生し、
最初の感染者である病院長の孫娘が隔離されていたこと。
病院長は治療のための研究を始め、同じような症状に感染した患者ばかりを選んで入院させていたこと。
やがて、面会謝絶のまま連絡の取れなくなった患者の家族たちがやってきた時には
医師一家は、孫娘と共に命を絶ち、患者たちの姿はどこにもなかったこと。

そして、土方が手にしていたカルテには当時の少女の病状が事細やかに書かれ、
今であれば、薬によって治療が可能な病であったことが判明した。
しかし、民間療法から、どう考えても医療の道から外れているような治療方法までも試されていたこともそこには記されていた。

あとで見せられたモデルとなった病院の間取り図には、2階の倉庫も地下室も存在しているようだったが、お化け屋敷はそこまで再現されていない。

それにも関わらず、事情を知らない二人が揃って、符合の揃いすぎる白昼夢をみたとも考えづらい。
となれば、『そう』考えることが自然な気もした。


「オメーの見た子は何をしたかったんだろうな…」
「さぁ…自分の為に実験台にされた人たちに詫び…というのも…」

それも何か違う気がした。

呼ばれたのか、迷い込んだのか。
参列者として。


「まぁ…ひと騒動だな」

週が明ければ、この地には捜査が入る。
まだ、もう少しこの騒ぎに土方は付き合わなくてはならないのだと、新しい煙草に火をつけた。

坂田も立ち上がり、強張ったらしい膝を数度屈伸させると、横に立つ土方をちらりと視線を寄越す。

「ひと騒動…っていや、オメーあん時ちょっと飛んじまってたけど全部覚えてんの?」
「まぁ…大よそ…」
「大よそっつうのはまたアバウトだな。その…アレだ。
 アレでアレしたのは覚えてんのか?」
バリバリと痒くもないだろうに坂田は元々跳ね返った髪を更に掻き毟りながら、今度は明後日の方向に視線を移す。

「また、『アレ』かよ。アレでアレがどのアレだかわかんねぇが、どのアレだ?」
「アレっつったらアレだろうが…クソっ!覚えんのか覚えてねぇのかどっちだよ?」
「だから!どれの事だか聞いてんだろうが。もらってやるとか何とかいう
 あの恥ずかしい言葉の方か? それともキ…」
「うわっ!ストップストップ!ちょ!デリケートな問題だからなコレ!」

汗ばんだ手で口を塞がれた。
坂田とはあの日以来であったし、あの日もバタバタと土方は事後処理に戻ったために碌な話は出来ていない。

土方自身、一連の騒動で自覚したばかりであるから、危険な状況に陥ったために起こる思い込みだとも判断が付かなかった。
時間を少しばかりおいて冷静になってみても目の前の男に焦がれる気持ちのようなものが薄れることはなく、元から自分の奥底にあった気持ちなのかもしれないと思い始めていたのだ。
けれど、緊急事態のことであったから、キスをして正気に戻してくれたことや、引き戻すための言葉が、土方自身が坂田に望む意味を含んでいなくとも特段責めるつもりも問うつもりもなかった。

「テメーが蒸し返したんだろうが?」
「まぁ…そうなんだけどさ」
「テメーが忘れてぇんならそれでいい」

それだけ言って踵を返しかけると、手首をまた掴まれた。

「ちょっと待て!その言い方ってさ、土方はさ忘れて欲しくないってこと?」
「馬鹿力が痛ぇんだよ」
「悪ぃ…」

予想通り強く圧力をかけられた手首には、1週間たった今でもうっすらと指の痕がついていることに坂田も気が付いたらしい。
今度は反対の手で後を慈しむ様になぞられ、体温も外気も一層上がった気がした。

「で、どうなの?」

紅い眼がまた近くで瞬いて、眩暈が襲う。

酸欠になりそうな脳に刺激を行き渡らせる為に、土方はひとつ息を吐き、乾いた唇をゆっくりと開いたのだ。





『遅れてきた葬送』 了




拍手ありがとうございましたm(__)m







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