【序】 「トシ!聞いてくれ!!」 武装警察真選組の屯所に設置された食堂で局長である近藤勲は、朝食を食べていた副長・土方十四郎の隣に座りながら嬉しそうに話し始めた。 「今朝は素晴らしい夢をみたぞ!なんとあのお妙さんと祝言をあげる夢だ! 明け方近くに見る夢は正夢というから!間違いない! やはりお妙さんは俺の運命の女神さまだ!」 「いや…近藤さん…夢は夢だろうが」 「もう!トシは現実的だなぁ!ロマンだロマン!」 そんなことを言い出したら、明け方近くまで仕事をして仮眠のような睡眠をとる自分の夢はいつだって正夢ということになってしまうのだが。 しかし、正夢になるのなら今のようなストーカー行為との呼べる求愛行動に走らずとも大丈夫だよな?と言ってやるべきだったか。 そんなことを考えながら、味噌汁を一口口に運んでいると、盆を持った沖田が欠伸をしながらはす向かいの席にやはり座り話に入ってきた。 「近藤さん。そいつぁ正夢にちげぇねぇでさぁ」 「総悟!おはよう!そうか!お前もそう思うか!」 ニコニコと沖田の言葉に近藤は破顔する。 まぁ、近藤さんが気分よく過ごせるならそれでいいかとマヨネーズをしゃけの上に乗せながら、馨しい香りにささやかな喜びを感じることに専念することにした。 「なんでぇ土方さんはご不満なんですかい?」 目聡く沖田は今度は土方に声をかける。 どうやら、それとなく会話から離脱しようとしたことに気が付かれたらしい。 「別に。解釈はそれぞれだからな。ただの願望って線も捨て切れねぇだろう?」 夢占いなんて充てにならないと正直なところ思っている。 自分の中の欲求、迷いそんな無意識下の精神状態が現れると何かの本で読んだ。 「まぁ器の小せぇ人間の解釈でさぁ。 で?土方ムッツリはどんな願望現れた夢みたんです?」 「…昨夜は夢は、見てねぇよ」 「トシ!嘘はいかんぞ?ここは正直にだなぁ」 何を想像したのか、近藤は鼻の下を延ばした顔で土方を覗き込んでくる。 「近藤さんアンタまで!嘘じゃねぇよ。夢なんて、とんと、ここんとこ見てねぇ。 気が付いたら朝だよ」 「トシ、疲れてんだなぁ」 「そう思うなら、ちったぁ仕事してくれよな」 食後の茶を飲み干し、苦笑しながら、立ち上がる。 今日も長い一日が始まるのだ。 「なるほど…夢ですかぃ」 盆を返却しに向かう土方の背に呟かれた声を気に留めるものはその場にはいなかった。 【一夜目】 明け方まであと数時間。 それでも眠らなければとついた布団の中で土方は夢の中を揺蕩っていた。 自覚夢。 柔らかく、 柔らかくふわりと背から抱きとめられる。 ただ、背にあたる感覚自体が柔らかいという訳ではない。 腹の前で結ばれる手も決してか弱い物ではない。 自分と恐らくそれほど変わらない体格の。 けれでも、自分よりもしなやかに、均衡についた筋肉。 男所帯の真選組でもこれほどバランスの良い体躯のものはそうはいないだろうと 筋肉が付きにくいことを秘かに憂いていた土方は素直にうらやましいと思う。 それはこれが夢だからだろうか。 背に在る人物は近藤ほど大柄でもない。 この腕は誰だろう? そして、なぜ自分は大人しく「ここ」におさまっているのだろう。 無理やりおさめられたわけではない。 逃れようと思えば容易に叶う力加減。 だらりと下ろしたままであった腕をのろのろと持ち上げ、 土方は組まれた相手の指に自らのものを沿わせてみた。 くすぐったいのか、相手の腕がぴくりと動く。 面白くなって意識的に少し爪を立てなぞると、腕の方に力が入り、ぎゅっと身体が引き寄せられた。 首にかかる相手の吐息までやけにリアルだ。 「ぁ…」 吐息とともに唇が耳の後ろに触れ、一気に体温が上がる。 唇の位置が少しあがり、耳朶を甘噛みされた。 ・ ・ ・ 「副長!!お休みのところすいません!!」 一気に覚醒し、本能のままに枕元に置いた愛刀を手に取って起き上がった。 「何事だ?」 「ターミナルで爆発物が見つかったとのことで…」 起こしに来た隊士は障子の向こう側で控えたまま報告をした。 「すぐに支度する。車用意しとけ。準夜勤だった五番隊をそのまま向かわせろ!」 夕べのシフトを思い起こしながら、時計を見る。 午前6時。 ほんの2時間ほどの睡眠だったが、昨日の近藤たちとの会話のせいか やけに気にかかる夢を見たものだ。 そんな風に奇妙な1週間は始まったのだった。 【二日目朝】 かぶき町で万事屋を営む坂田銀時は珍しくその日は午前中のうちから活動を始めていた。 活動、といっても仕事を探すという名目の元街を歩き回っているだけ、そういってしまう方が正しい。 元々閑古鳥泣く万事屋稼業ではあるが、ここのところいつも以上に依頼がぱったりと途絶えていたために従業員でもあり万事屋のツッコミ要員でもある新八に追い出されたのだ。 「社長をこき使いやがって…」 それを別としても銀時の機嫌は決して良いとは言えなかった。 明け方、途中まではいい夢を見ていた。 現実では到底掴めそうにないと諦めていた宝を抱き寄せていた。 それが不意に消え去り、まっしろい空間に残されて絶望に打ちひしがれている間に新八に叩き起こされたこと。 朝からテレビはターミナルに仕掛けられた爆発物の事で各局で報じられ、 大好きな結野アナのブラック星座占いもかなり時間を削られたこと。 中継で映し出された見慣れた黒い真選組の隊服のこと。 それを率いて指示を出している咥え煙草の男のこと。 正確にはソイツが怪我をしたことを隠したまま動き回っていること。 気に食わないことが積み重なって機嫌が悪かった。 積み重なっているように見えて、本当は一つのことなのではあるがと銀時は自嘲気味に息を吐く。 一つのこととは真選組の副局長のこと。 真選組のことになど、多少縁があろうとも口を出すことじゃない、関わるべきじゃない。 そんなことは銀時も百も承知だ。 ただ、土方十四郎という男を、 意地っ張りで、チンピラ然とした態度の、ガラの悪い男を、 茨の道をまっすぐ見据えて、走り抜けようとする男を好ましいと思っていた。 好ましい。 タダの腐れ縁の間のモノとしては随分色々なモノを含みすぎている銀時のその言葉。 「そりゃ気が付くわきゃねぇよな」 本人にも周囲の人間にも語ったことも漏らしたこともない。 勿論、土方が気が付いている様子はない。 顔を合わせれば、つまらない事で言い争いになり、張合い、最後には殴り合いさえする。 そんな喧嘩ばかりの間柄なのだから。 けれど、青灰色の瞳の奥に自分と同じ熱が隠れている気がして、 それを引き出したい期待と、 引き出してその先どうするのかという不安。 そんな相手が怪我をしていると気が付いてしまえば、気にかかり、イライラは募り… 「昨夜の夢も良いところでアイツ消えちまう夢だったしよ…」 明け方の夢は正夢になるという。 後ろからふんわり抱き締めた腕の中から消えてしまった土方。 そして土方の怪我。 だからもう一度夢の方も仕切り直しと朝から二度寝を決め込んでいたのに、ダメガネに「仕事の一つも取ってこいや!」と万事屋を追い出されていたのだ。 機嫌も悪くならぁとひとりごちた時だ。 「おや旦那じゃないですか」 銀時は真選組の一番隊隊長に声をかけられた。 「おー総一郎君じゃん。なんだ忙しいのかと思ってたのに、オメーは相変わらずだなぁ」 「今日は非番でさぁ。現場にはマヨ野郎でしっかり働いてますぜ」 「みたいだねぇ」 目の前の青年にあたっても仕方ない。 むしろ余計なことを言って茶々を入れられるのはよろしくない。 相手は勘だけはいいサディスティック星の王子さまであり、弄れるネタには敏感すぎるほど敏感だ。 それが分っていたから、いつも以上にいつも通りに自分で聞いておいて興味なさそうなふりを心掛けていたのだが、沖田のセンサーに引っ掛かってしまったようだった。 「なんでぇ。旦那、ご機嫌斜めですねぃ」 「まぁね。今朝はオメーらのお陰で結野アナ映る時間短くなってっからね。確実に! どうしてくれるんですかコノヤロー」 「代わりに土方のニブチン野郎の顔朝から見られて嬉しかったんでしょうに」 「はぁぁぁぁぁぁぁ?何言ってくれちゃってんの。 あんな瞳孔開きまくった好戦的な野郎の顔なんぞ朝からみたい訳ないだろうが」 何処まで感づかれているのか微妙な所だが、あくまで、土方と自分の機嫌の悪さは関係ないという主張を貫き通しておく。 「そうですかい?じゃあそういうことにしておいて差し上げます。おっと噂すりゃ…」 「あ?」 沖田の視線の先をたどると、路上喫煙に眉を顰められていることを気にするでもなく堂々と煙を吐き出しながら、土方が不機嫌全開の顔でこちらに向かってきていた。 「じゃ、旦那近いうちに面白いことになると思うんで!楽しみにしててくだせぇ」 「いやいや!お構いなく!」 あのドS王子が、わざわざ恋のキューピッド的なことをするはずもなく、 ということはかなり高い確率で銀時と土方を引っ掻き回そうとしていることは間違いない。 「おい!総悟!てめ!非番でも始末書は…」 銀時の言葉に返事をするでもなく、さらに土方が自分を捕まえることの出来るかどうかの微妙な間合いで沖田は身を翻し、そのまま姿を眩ました。 「オイオイ、頼むぜ。ホントに勘弁してくれよ」 その消えた路地を眺めながら小さく呟く。 正直な所、今回ばかりは本気も本気なだけに慎重に行きたいのだ。 横槍は勘弁してもらいたい。 (気ぃ締めていかねぇと…) 沖田に逃げられてしまったものの、特に走って追うでもない土方に視線を移し、もう一度自分の中のテンポを普段のものに軌道修正した。 「朝から一騒ぎあったようだけど、税金泥棒がそれなりに働いてきたのかよ?」 「うっせ!ニュース見たんなら、問題なかったの知ってんだろうが!この天パー」 「おう!そのニュースのおかげで結野アナを鑑賞する時間が短くなって大迷惑だ! 慰謝料払えコノヤロウ」 いつも通りのやり取りを心がけながら、沖田の悪戯が既に発動されていないか土方を観察する。 「阿呆。お天気お姉さんの映る時間なんて毎朝ほんの数分のことじゃねぇか! こっちは朝から誤報に走らされて、それでも成果あげてんだ! 勝手な事いってんじゃねぇ!」 少し、ほんのコンマ数秒の間を開けて、やはりいつも通りの文句が返ってくるが そこに違和感を感じた。 「オメ…」 「テメーなんぞと話してる時間ねぇんだよ」 ニュースに映し出された土方は微妙に左肩をかばっていた。 先ほどの違和感は謀によるものなのか、それとも怪我によるものなのか。 迷っているうちに、土方はさっさと巡察のルートへ足を戻し始めた。 どちらにしても、それを引き留めてまで問いただすことは自分たちの『距離』ではない。 苛々とした感情のまま、天然パーマを一度掻き毟って、それを手ぐしで戻してから、 銀時もまた再びかぶき町を歩き始めたのだった。 『朝な夕な 序・一日目』 了 (8/12) 栞を挟む |