うれゐや

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【その他】 | ナノ





緋色に染まる廃墟に土方は足を踏み入れていた。

銀時と躰を結んだ数週間のちのことだ。
『珍宝』と名乗る男が現れた。
間近で見る男からは確かに銀時の気配がする。

土方は驚きつつも、銀時が何を待っていたのかを知る。

「本当にトンデもねぇことばっかり思いついてくれるぜ…」

じゃりじゃりとブーツが瓦礫を踏みつけ、耳障りな音をたて続ける。

かつてターミナルと呼ばれた巨大な建物は荒れ果ててしまった。
ここをたくさんの人間が訪れ、行き来し、良くも悪くも繁栄し、
この場所から他の星へと逃げて行った。

高性能を誇っていたシステムは破壊され、空洞をあちらこちらにつくりだし、いつ倒壊してもおかしくはない。

黄昏時の色は朝焼け以上に色々な感情を呼び覚ますものだと一人哂い、足を動かし続ける。

剣戟の音はすでに止まっていた。
闘気も完全に消えている。

ひゅうひゅうと。
空洞の建物で風鳴りが起こる。

声が聞こえた。

聞き覚えのある『坂田銀時』の声が二つ。

「俺を殺れんのは、俺しか、いねぇ」

魘魅と呼ばれていた現在の銀時の声が途絶え、一つの気配がその場を離れる。

やがて、ターミナルから光の帯が立ち上り、辺りを白く染めた。




「おい…」
低く呼びかける。

階段であったらしい場所に座り込み俯いた白い頭。
ぴくりともしない。
まるで事切れたかのように動かない。

「おい、クソ天パ!」

もう一度呼ぶ。

胸に木刀を打ち込まれれば、死んでいてもおかしくはない。

それでも、と土方はブーツの踵で項垂れた身体を蹴り上げようと足を繰り出した。
否、繰り出そうとして出来なかった。

「…死人に…とどめ刺す気ですかコノヤロー」

靴底は呪符にまかれた手に止められ、力はないものの声が返る。

「狸寝入りしてんじゃねぇよ」
「もちっと色っぽい起こし方をだな…って、ってアレ?」

銀時に抜かれた木刀の後から血は流れているものの、心臓が動いていることに気が付いたらしい。
避けるつもりは銀時にはなかったはずだ。
だが、達人の本能か、銀時の体内から逃げ、新しい器へ移動しようコアが動いたためだったのか。
胸を貫かれたものの、辛うじて急所は外れているようだ。


「…アレ?」

着物を左右に開き、己の腹を確認する様を見ながら、土方はほくそ笑む。

「消えたか?」
「消えてる…」

体中に描かれていた梵字のような文字がどんどん薄れていくのが、土方からも見えた。
過去からやってきた銀時の木刀に塗っておいた薬がどうやら時間差で効き始めたらしい。

「え?」
「テメーはこれで仕舞ぇにするつもりだったんだろうがよ、そうは問屋がおろさねぇよ」
「いや、え?なに?夢オチ…とかそんなオチじゃねぇよな?」
「違ぇよ。現実だ。少なくとも自分たちにとってはな」

久々に煙草がうまいと思い、徐々に色を変えていく世界を眺める。


タイムマシンを使って、過去を、未来を変える。
荒唐無稽すぎる計画。

技術があったとして、それは大きく世界を歪ませる。
歪ませてでも、引き寄せたかった未来。
己自身の存在を全て消し去っても、笑っていてほしかった人々。

「呪われた因果を断ち切るだけじゃ、テメーの願いはかなわねぇよ」

5年前、銀時を見失って迷った身近な人々。
5年前、爆発的な白詛の流行で失われた沢山の人々。

銀時が白詛のキャリアであったことは一因にしかならない。
もしかすれば、他の要因で未来は崩壊していたかもしれない。

IFと唱え始めればきりがない。

土方は想う。
どんな未来だろうと、自分たちは抗う。

銀時が己の存在を時空を超えて消すなら、きっと彼を取り戻す。
銀時が魘魅という器を己で消させようとするなるならば、彼自身を取り戻すために皆で他の方法を考える。

どこか別の時空の自分たちが、必然的に。

「だから、テメーが壊しちまった世界でもテメーに生きていてほしいと、
 苦しんで、迷った年月分、この世界に戻ってきてほしいと思う人間がいる限り
 物語は終われねぇ。いや終わらせねえ」

5年間。
いや、傭兵部隊・星崩しが横行していた時代から彼らによって滅ぼされかけた他の星の者達もただ指をくわえてみていたわけではない。
対抗策は講じられていた。

15年前に殲滅されたものだとされ、眠っていた技術。
さらに見つけ出しても、人間の遺伝子情報を得て進化、変質したナノウィルスに対しての決定打が得られないために滞っていただけ。

土方はだから手に入れた。

核ともいえるオリジナルの遺伝子を。

蠱毒とはそも、一つの器に複数の毒素を持つものを放り込み、殺し合いをさせる。
その中で一番最後に生き残った生物の怨嗟を使うのだ。
銀時という最強の鬼の中で生き残ったナノウィルス。

あの嵐の晩、爪に残った血液と皮膚。

それを開発に協力的な天人に手渡した。
橋渡しをしたのも、銀時を金時と呼ぶ貿易商人。

「すべて間に合った」

出来上がった薬の被験者には志村妙が手を上げてくれた。
一度息を引き取りかけたように見えたあと、色素が戻り始めたと報告をうけている。

量産化すれば、多くの命を取りこぼさずにすむ。

ざっくりとした説明を固まったまま聞いていた銀時が大きく息を吐いた。

「じゃ、何か?俺がしたことすべて無駄足?」
「違う。テメーが動いたからこそ、皆が動いた。
 テメーが結んだ縁だからこそ、誰も彼もが手放したくねぇって思った」

だから、未来は変わり、その代わりいくつかの可能性に枝分かれして別次元で並行して存在することになってしまった。

どれが欠けても、だれが欠けてもならないとばかりに。
銀時が味わった絶望さえ、必要不可欠な要素だったと。

「で?俺の純情は踏みにじられたわけだけど?」
「あ?」

土方は言葉の意味を捉えかけて、小首を傾げる。

「オメーは俺からデータ取るためだけにあんなこと出来ちゃうんだ?ふぅん?」
「な…」
しばしの間、貧血を起こしかけているのか青いながらもニヤニヤとしている男の顔を眺め、突如、理解した。

「まぁ…その点は追々お仕置きしていくとして…だな…」

ぐらりと銀時の身体が傾ぎ、慌てて土方は駆け寄り抱きとめれば、視界に銀色が拡った。
腕に、肩にかかるずっしりとした重さ。
忌まわしい『白』の影は消え失せていた。

この世界で、また歩いていく。

「ただいま」

ぼそりとくぐもった声が肩を湿らせるから、声には出さずに空に向かって土方も応えた。


おかえりと。



『終わりのない物語』 了 





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