うれゐや

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【その他】 | ナノ





それから、副長室に土方が一人でいる時に男・魘魅は数度やってきた。


何をするでもない。
時折、土方が万事屋二人や彼に近しい者たちの近状を独り言のように語る。

酒を飲むでもない。
顔を会わせるでもない。

ただ、障子越し。

途中、真選組から過激攘夷党誠組に転身する際、馴染みのある屯所を引き払って場所を変えたが、それでも男は訪れつづけた。


5年の時が流れ、
そして、今宵も暴風雨のなか男は現れた。

いつも通り。
庭に面した廊下は雨風が吹き付けていたが、構わずそこに座り込む。

土方は文机から離れ、障子に近づいた。

いつも通り。
障子越しに座る男の影を見る。

随分と変わってしまった気配。
けれど、この5年間、土方とて、ただ近藤救出のためだけに攘夷活動をしてきたわけではない。
震える手を叱咤して障子に手をかけ、一気に左右に引き開けた。

編み笠を被り、マント姿の男。
驚いて、思わずと言った風に仁王立ちする土方を見上げていた。

初めて、直に目にする男はマントに呪符めいたものがこれでもかとばかりに縫い止められ、大きな数珠を首から下げていた。
そして、顔には包帯が巻きつけられ、唯一右目だけが鈍い緋色に光る。

その姿に息を飲みつつも、さらに観察する。

記憶の男よりもやや薄くなった体つきと、人らしい生活を決してしてきたとは思えない薄汚れた姿。

男の手が廊下に一度置いた錫杖を掴み、立ち上がりかけたのを土方は咄嗟に錫杖を踏みつけて止めた。

「よう。糖尿が悪化して動きが鈍くなったんじゃねぇのか?」

ぎぎぎぎ
やけに硬い動作で、朱い瞳が土方を再び見上げる。

包帯で隠れた口元から確かに男は土方の名を呟いた。

「なんだ?自我が残ってんじゃねぇか。なら話は早ぇ。中に入れ」

促すが、男は動かない。

「入れっていってんだ。部屋ん中が濡れんだろうが」

用がある。
そう言って、顎で示せば漸く男はのろのろと土方の部屋へと足を踏み入れたのだ。



障子を閉じれば、幾分音は小さくなったものの、やはり風の音が耳につく。

隠し事を実行するには御誂え向きな晩だなと小さく土方は嗤った。

「笠くらい外せや」

促せば、ゆるゆると顎で結んだ紐を弛め、マントも下ろす。
トレードマークともいえる、銀色の天然パーマは包帯で包み込まれ一房も見当たらない。
土方は手を伸ばして、巻かれた包帯に触れようとすれば、男は後退り拒否する。
だが、それを赦さない。

「感染りゃしねぇ。大丈夫だ」

ゆるゆると坂田の首が横に振られる。
そしてやはり呪符で巻かれ、一切の皮膚を隠した手が土方を軽く押しやろうと動いた。

強引に一歩近づき、指で端を引っ張る。

汚れた布の奥から肌が、髪が、顔が、
一巻きごとに姿を表し、土方は息をのんだ。

銀色の髪は白詛感染者のように輝きを失っていた。
頬は少し痩け、陽にずっと当たっていなかったためか病的と表するのが一番近い青白さだ。

死んだ魚のような目は落ち窪んではいたが、しかし鈍く光を残している。

「土方…」

声が変わっていた。
だが、己の勘を疑うことをしない。

「何もいうな、万事屋」


5年前は下ろしていた土方の前髪は上げてセットされるようになった。
二十代から三十路に入り更にしがらみは増え、多くの仲間を失った。

幕府から支給されていた黒を金モールで縁取った洋装を着る仲間はいない。
それどころか真選組と呼ばれた集団は今はない。
近藤救出に残った頑固者だけだ。

「万事屋」

土方の声は掠れていたから、室外の風の音で男の耳に届いたかわからない。
それでも、5年間。
口にしなかった言葉が伝わればいいと伝えた。

どんっと強く坂田の胸を押し、間髪入れずにその上に乗りあげる。

完全に露わになった坂田の面には梵字のようなものが不吉に浮かび上がっていた。
何か言いたげな目がうっそりと土方を見返してきた。

視線の意味を土方は理解しながら、腰紐に手をかければ流石に驚いたのか坂田の動きが大きくなる。

「テメーを寄越せ」

別段、姿を消す前に何を語り合ったわけでもない。
互いの事を腹の底でどんな風に見ていたのか、
どんな風に焦がれていたのかなんて面に出したことはない。

無言の5年間だけだ。
無言の5年間だったからこその確信。

坂田銀時という男が己の業を恐らく背負うために。
坂田銀時という男の護りたいものから危険を少しでも排除するために。

変わっていく世界。
笑わなくなった子どもたち。
病に倒れ、また一人一人とみる事さえ叶わなくなる顔、顔、顔。

彼の絶望と矜持。

そんな彼が土方の元を密やかに訪れつづけていた。
助けを乞う訳でもなく。

それが答え。

そして、一世一代の賭け。


掌全体で触れれば、冷たかった坂田の頬に土方の体温がほんの少し移っていく。

「銀時」

初めて名を呼べば目を見開いて驚き、すぐに困った顔をされる。
拒絶はないと、土方はほくそ笑み、唇を寄せた。

かさついた唇同士が一度重なれば、後は衝動のままに。

互いの唾液を交換するような舌の差し抜きを繰り返しながら、身に纏うものをはぎ取っていく。
土方が全身に描かれた紋様を指で、舌でなぞれば、銀時の手が土方の髪を撫で上げる。

けして短くはない5年。
けして長くはない5年。

世界は変わり、立場が変わり、見目を変え、それでも生きていく。

生に縋るということは性にも通じるものがあるのか、
はたまた、ただ目の前の男が愛おしいだけなのか。

難しいことはあとほんの少し先の未来に置いて。

15年前は男を受け入れるなんて、思いもしないただのバラガキ。
5年前は近藤を押し上げるために立ち上げた真選組を護り、そして一人の男の背に焦がれた。
そして、今。
近藤を手に取り戻すべく行動しながら、焦がれていた男の果てを身に受ける。

快楽を引き出すべく、互いの中心を擦り上げ、舐めあげ、荒々しく解される。

土方にも、銀時にも加減など分かるはずもなく、
ただ先端から零れる蜜の量から、吐息から興奮の度合いを察するしかない。

武骨な指が土方の蕾を押し広げ、灼熱が宛がわれる。

その段になって、銀時の動きが止まった。

見上げれば、やはり苦しそうな顔をしたままだ。

「この世界に存在しちゃならねぇモンなんてねぇんだ」

似た者同士とはよく言ったもので、土方の予想は違っていなかったらしい。
息を飲む音が、銀時の口元から聞こえ、強張った身体が緩んだかと思えば、一気に土方の中に銀時が埋め込まれた。

衝撃に目の前が一瞬白くなったが、声は飲み込む。

「ん…ん…」

初動とは打って変わって、ゆるりゆるりと押し込まれた体温を馴染ませるような動きが暫く行われ、土方の屹立に指を絡められ、徐々に一度萎えたものも起き上がり始める。

「…ッあ…ッ、アア…―――ッ」

出来るだけ接触面を増やしたいとばかりに深く繋がったまま背が軋むほど抱き締められ腰を揺らされる。

銀時は声は発しない。
ただ吐息だけで土方を呼び続けていた。

「…ぁ……っ…………は……」

獣のような息遣いだけだ。
徐々に突き上げる動作が大きくなり、土方自身も無意識に腰が揺れてしまう。
しがみ付くように銀時の背に爪を立て、その皮膚に傷を刻み込む。

ごうごうと吹き荒れる雨の音が全てを隠してくれる。
今だけだと、理性を手離すつもりで。

ただ貪りづつけ、やがて、土方は意識を飛ばした。






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