雨が降っている。 強い雨。 嵐と呼ぶにふさわしい天気。
ごうごうと。 雨と風が音をたてて襲い来る。
武装警察真選組の副長・土方十四郎は自室で書面を睨みつけていた。
どうどうと。 風に飛ばされて、看板やごみ缶が飛ばされているのだろう。 鈍い音も時折耳に入ってくる。
土方の携帯は鳴らない。
それは今見廻りに出回っている隊士達からの報告がないということでもあり、問題は何も起こっていないということ。 ストーカー行為をこじらせて捕らわれの身になってしまった局長の引き渡しについてよい返事が松平からまだ来ない、ということでもある。
これまでであれば、土方自ら市中に出回り風雨に晒されながら指揮を執っていた。 だが、今は近藤が、大将がいない。
近藤はこんな思いをしながらいつも自分たちが討ち入りから戻るのをジリジリと待っていたのかと『御旗』としての重さを痛感し、そしてやはり自分には向いていないとおもう。
ばさばさと。 庭の木が折れたのだろうか。 葉擦れにしては幾分大きな音が鳴る。
そうして、土方は紙束を机上に置きひとつ息を吐いた。
「…テメーか…」
障子の向こう側に影が映る。 編み笠を被るマント姿の男。 気配は最少。 土方が気が付けばよいと明らかに意図された気配の加減。
男は話さない。 ただ、静かに土方の部屋の前に座り込み、 ただ、じっと俯いているだけだ。
その男が現れるようになったのは、万事屋坂田銀時がふらりと姿を消して数か月後のことであった。
やはり、ひどい雨の晩。
男は現れた。 うっそりとただ中庭に立ち、副長室の様子を窺っているのに土方は気が付き攘夷浪士が寄越した刺客かと思って刀を抜いて構えた。
けれども、いつまでたっても男は動かない。 相手に敵意はない。 殺気もない。
さて、どうしたものかと迷いつつ、障子に手をかけたところで男は初めて声を発した。
開けるなと。
何者かと問えば、言えないと。
けれど、土方の勘が告げていた。 男の正体を。
ふらりと姿を眩ませた見知った顔だと。 坂田銀時だと。
土方は障子に軽く背を預け座って、愛刀を脇に置いた。 それに気が付いたのか、障子越しに男も座り込んだのが感じられた。
「ずいぶんと参っているようじゃねぇか」
話しかければ、少しだけ気配は動いたが、返事は返らない。
木枠から相手の体温が伝わるはずはない。 けれど、何か伝われば、何かが伝わってくればと願う。
坂田銀時と土方は腐れ縁だとしか言えない関係だ。
密かに、土方は坂田のことを好ましいと思っていた。 男同士で何をと、自分でも血迷ったかと何度思ったかしれないが、気が付けば恋慕の目で見ている自分を否定できない状態だった。 これまで、それを口に出したことも、態度で示したこともない。
女好きを、下ネタを口にする坂田という男と同じような体躯の、柔らかさの破片もない自分に勝算があるはずもなく、また、スタート時点から意地の張り合いで始まった関係は今更修復する術もなく。
共闘できれば共闘をする。 街で会えば、つまらない意地の張り合いでお互い罵り合う。 つかず離れず、それでいいと。
そんな坂田が気にかけている万事屋の子ども達の前から姿を消し、ひっそりと自分を訪ねてきた。
普段の意地を捻じ曲げてでも、土方の、真選組の手を借りたいとやってきたのかと思っていたが、何も語らない。 名さえ名乗らない。
ただ、そこにいた。 障子一枚隔てた先に。 姿を見せることを拒み、ただ、そこにいた。
だから、土方もそれ以上何も言わない。 何かに巻き込まれているにしても、土方の知る『坂田銀時』であれば己の決着は己でつけようとするだろう。 彼の生死に心を痛めているたくさんの人々がいることは知っている。 それでも、それを伝える事は彼は望まない。 何があったにせよ、自分もきっと同じだから。
土方は一つだけ質問する。 なんと呼べば良いかと。
男はやはり少し迷って、ぽつりと答えた。
魘魅、と。
(4/8) 前へ* 目次 #次へ
栞を挟む
|