『密やかに』
<2月6日>
あんぱん生活8日目。 毎回思うが、張り込み中に行ってしまう、この『願掛け』 今回はもうやめよう止めようと思うのに、ついつい、気が付けば手元にはあんぱんしかない生活。
武装警察真選組の監察などという因果な商売をしている自分は、 最前線できったはったの真剣勝負を行うことはあまりない。 まぁ、危険がないというわけでもないわけだが。 基本、皆が自分を称する特徴と同様の地味な仕事だ。
こうやって、何日も身元を隠し、目立たないように気を付けながら張り込みをしたり、 変装して、数か月単位で、怪しい施設や関連の組織に潜入したり。
派手な仕事ではない。 そして、その功績を讃えられるようなことも滅多にない裏方。
「なんだかなぁ・・・」
今の仕事に、別段不服があるわけではない。 一応、公務員だし、多少の危険はあるが、給料だって悪くない。 休みが不定期である点が難点だといえば難点だが、捜査にキリさえつけばまとめて取れないこともない。
職場の人的環境は最悪かもしれない。 時々、本業はなんなのかわからなくなるようなストーカー局長。 剣の腕はぴか一なくせに、何かとバズーカーをぶっ放す若き一番隊隊長。
そして、何かとすぐに自分を手足につかい、 ストレスの捌け口にしてくるマヨラー副長。
ぼんやりと目標を観察する。 今回の張り込みは指名手配の攘夷志士がよく出入りしているという商家の張り込みだった。 商家の裏口側を見ることが出来る部屋を借り上げて、そこに詰めていた。
(そういえば…)
昨夜から頭が重たい。 背中からぞくぞくと寒気もしている。 屋外での張り込みよりは数段マシではあるが、常に少し障子を開けて外をみている状態なので、足元から良く冷える。
(まずいなぁ)
具合が悪くなってくると、思考も悪い方に流れていくものだった。
(そういえば、伊東の事件の時にも、俺いつの間にか葬式あげられてたなぁ…) 死体ないのにもかかわらず、いつの間にか死んだことにされていた事を思い出す。
(ここで、肺炎とかになっても誰もしばらく気が付かなくって…)
ぐらぐらとし始めた脳は一度が悪い方へ動き始めると停まらない。 潜んでいるのだから、当たり前なのだが、 こんなところに籠って、あんぱんだけ食していると… また、誰にも気づかれずに…
「…あれ?…」 ぐらりと視線が暗転をした。
ボソボソとなにやら、遠くで聞こえる。 「…じゃあ・・・・頼むぞ」 しゅんしゅんと、やかんがストーブの上で湯気をたてる音。 ポカポカとした布団。 ぼんやりと薄目をあけると、自分がいるのは、やはり張り込みをしていた部屋には違いないが、眼前には、商家の裏口は見えず、古く、暗い木目の天井が広がっていた。 声の聞こえる方に、目を向けると少しだけ開いた、ふすまの先に黒い影が見える。
「あ…」 しゃべろうとして、自分の喉が酷く掠れていることに気が付いた。
(副長?) 直属の上司しか、自分の居場所を知るはずないのだから、そう思って間違いないだろう。 まだ、はっきりと活性化していない脳みそだが、それくらいは予測出来た。
一度、携帯が閉じられる音がして、部屋を覗く気配がした。 起きていると知れるのも何故か戸惑われて、咄嗟に狸寝入りを決め込む。
こちらの様子をうかがっているのか、しばらくそのまま動かなかったが、 また静かに、今度は完全にふすまが閉められる。 閉められはしたが、声はやはり漏れ聞こえてくる。 聞きなれた、低い声。 だが、その声色は仕事中の彼ほどの張り詰めた空気を含まず、 そして、ぶっきらぼうな物言いは変わらないものの、 何処か、甘さが秘められていた。
(職業病だな)
話の内容を切れ切れからでも話しの内容を予測し補い、 声の変化で相手への思いまでも読み取ろうとしてしまう。
上司の通話相手はきっと、かぶき町で万事屋業を営む坂田銀時だろう。 本来、明日から非番の上司は、外泊の前に張り込みの状況を確認に来て、 風邪でぶっ倒れている自分を見つけてしまったというところか。 急遽、恋仲の元へ遅くなる旨でも連絡を…。
布団に包まって、深く息を吐く。 吐いた息は妙に熱くて、布団の中の二酸化酸素を無駄に増やした気がして、息苦しい。 それでも、顔をあげたくなくて、潜り込む。
静かに再び襖が開いて、人が入ってくる気配が、 そして、窓辺に座る気配がした。
そっと、寝返りを打つ振りをして様子を見る。
土方は、いつも山崎が座って張り込みをする場所に腰を下ろした。 そして、細く開けた窓から、外を眺めている。
(副長?)
旦那の元へ行かないのだろうか? 不思議に思いながら、そのそばに置かれたモノをみて、息をつめる。
飾り気のない、スポーツ用品店の包装。 筒状のそれは、大きさから察するに、バドミントンのシャトル? リボンなど、何もついてはいないが副長の物でないことは明らかで…。
今日は2月6日。
自分でさえ忘れていた。 地味だと、存在さえ忘れられがちな自分ではあるが、どうやら上司は自分の生まれた日を覚えていてくれていたらしい。 この人は時々、人を甘やかせるのがとても巧い。 それは、無意識の産物なのだから、たちが悪いことこの上ないことも多いのだが。
(旦那。すみません。今日ぐらいは土方さん貸してくださいね)
もう少し、その怜悧な横顔を眺めていたいのに、また上がってきた熱の為か、瞼が重たくなってくる。
視線に気が付いたのか、土方の顔がこちらに向けられた。 密やかに、そして、困ったように笑う上司の顔が、 それでも穏やかであったので、山崎は意識を手放したのだった。
『密やかに』 了
ジミーハピバ!!
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