うれゐや

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【シリーズ】 | ナノ

『月の名前 十三夜』



「おま…」

連れ込み茶屋の廊下に片膝をついて、目を見開き、こちらを見上げる銀時がいる。

「女としけこむにしちゃ、ちっと色気のない部屋だと思うが?万事屋」
そう言って、銀時と共に宿に入ってきた女をみて笑って見せた。




時間を少し遡る。

土方は追っているテロリストが今日明日この界隈で大きな商談をするという情報を掴んで、一昨日からこの宿に潜り込んでいた。
漸く動き出した二日目の宵五つ。
土方たちの『予定通り』、捜査対象は階下に部屋をとった。

空気を入れ替えるふりをして、窓を開け、外に張り込んだ隊士へ合図する。
すぐさま、密やかに部下は動き出した。
あとは、と眼下に目を向けると、女連れの銀時が長谷川元局長と話している様子が見て取れた。

3階からでは女の顔は見えなかったが、背の高いすらりとした女だと思う。
長谷川から逃れるように手を引き、一度は立ち去ったものの、事もあろうか、この宿に入ってきたのだ。

坂田銀時が『吉原の救世主』などと呼ばれていることは土方も聞き及んでいる。
ホームであるかぶき町ではなく、この吉原をそぞろ歩いていても奇妙な点はない。

それでも、ピンポイントで真選組が百華の目を掻い潜って張り込む真っ只中にやってくるとは、どれだけ事件に巻き込まれやすい体質なのか。

土方は大きく息を吐く。
ここを使うということは、商売女を買ったわけではないだろう。
『万事屋』としての仕事である可能性も捨てきれないが、銀時さえその気になれば相手などいくらでもいるに違いない。
やはり、訳あり女との逢瀬…

そこまで、考えて、締め付けられる胃の痛みに気がついた。

きりきりと。
じわじわと。
臓腑が、
心臓が痛む。
決定的なものではなく、侵食される、そんな痛み。

痛みは音を伴うような気がしたが、実際に鳴っているはずもない。
土方の鼓膜は静かに宿の中を移動する音を拾い上げて、意識を引き戻した。

小さな宿だ。
捕縛すべき対象が2階を借りきっている以上、銀時達が土方の居座る3階にやって来ることは必至だ。

それは嫌だと思った。
そんな自分に言い聞かせる。

銀時が誰と一緒にいようが、連れ込み宿に入ろうが、土方には関係ないと。

惚れたのだと、追いかけてくることがこの十月で当たり前のようになっていた。
つれない態度を取り続けた土方は、いよいよ、見限られたらしい。

「見限る?」
己の思考に戸惑う。
見限るもなにもないはずであるのに…

階段が軋む微かな音と、自分の心臓。

(今のままでいたいと自分で願ったはずなのに…)

目を閉じて、気配に意識を集中するが、足音は止まった。
3階まで、いつまでも上がってくる動きがない。



「…まさか…」

銀時がやってきた目的。
一つの可能性に思い至り、得物を引っつかんで、部屋を飛び出した。
居続けを不自然に思われないようにと自堕落に纏った襦袢姿に逡巡したのは一瞬。


たどり着いた2階では案の定、バイヤー達がいるはずの部屋の襖が大きく開け放たれ、激しい物音が響いていた。


「あんのクソ天パ!」

本当に、事件に首を突っ込むのが得意だと思いながら、銀時に押しやられるように廊下に出てきた女をみて、息を大きく吐く。

化粧でごまかしてはいるが大きな顔の傷、手にしたクナイ、何より闘いへの気構え。

紛れもなく百華の頭・月詠だ。

阿片の充満した部屋に戻ろうとする銀時と、援護体制に入ろうとする月詠に、安堵する自分を嫌悪しながら、土方は声をかけた。

自分自身への皮肉を込めて。

「女としけこむにしちゃ、ちっと色気のない部屋だと思うが?万事屋」





「百華の。こちらは囮だ。三軒先の茜屋の方が本命のようだぜ?」
突然現れた土方の言葉に月詠がビクリと肩を揺らす。

「ぬし…何者じゃ?」
「ちょいと、この薬取り扱ってる奴らに用がある人間で、そこの腐れ天パの知り合い
 ってとこだな」
煙管から煙を吐き出しながら、ちらりと銀髪に視線をなげる。

「囮といったな?」
「あぁ、あんたらが宿に入るほんの少し前にお行儀悪く、窓から抜け出していきやがった」

土方がいたことに勘付いていたとは思えないが、バイヤーはこの場に用心棒一人と女達、繋がりを絶とうとかまわない程度の客を残して出て行っていたのだ。

そのことは、窓越しに部下に伝えている。
隠密に、斎藤達、別動隊が捕縛に動いているはずだ。
あまり、今は『吉原』と事を荒立てたくないから、『真選組』ではなく、対立する組織を装って動くよう指示している。
そして、土方は捕り物に参加せず、騒ぎが収まる頃にひっそりと吉原を抜けるつもりでいたのだ。


懐の携帯がマナーモードで鳴った。
通話ボタンを押せば、部下からの任務完了の報告。



「テメーがいま打ち合った野郎も窓から逃げてたみてぇだが、うちのもんが捕らえたらし…」
「もしもし?」
銀時がゆるゆると口を開いて、土方の言葉を遮った。

「あ?」
「なにそんなエロい格好して歩きまわってんですか?!コノヤロー」
「はぁ?エロいってなんだよ?」

女物の襦袢なぞ、どこの遊び人だと衣装を用意した山崎に自身もツッコミを入れたのは確かだが。

「いやいや、まずいよ?そんな格好でウロウロしちゃ襲って下さいって言ってるようなもんでしょうが」
「阿呆か!誰が襲うか!」
「襲うよ?いやむしろ襲わせて下さい。女郎屋ごっこしたいです」
「その沸いた頭、どうにかしろや!」

あぁ、いつもどおりの万事屋だと再び安堵する自分が苦々しい。

「だって、その格好は反則だろうが」
「こりゃ、山崎がこの方が場に合ってるとか言って用意したもんで…」
「ジミー、グッジョブ。じゃなくて、あいつもそのエロいの見てんの?」

後で締め上げてやる…とブツブツ言っている。


「おい…」
それまで、ジッと話の流れをみていた月詠がようやく声を発した。

「な?月詠もそう思うだろ?色気振り撒きすぎだよな」
「…確かに、売れっ子の陰間でもなかなか出せん色気じゃが…」
「陰間ってなんだゴラァ。褒めてねぇだろうが!」

急に話を振られた女は、戸惑いながらも生真面目に答えてくる。

「ほら、生粋の吉原育ちもこういってんだし…部屋あっからこのまま上の階にさ…」
「テメーは!これまでの殊勝さどこにやりやがった!?俺の胃の痛み、どうしてくれるんだっ」
さりげなく、腰に手を添えられ、上の階に誘導しようとする銀時に思わず口が滑ってしまった。

「は?胃?」
「な、なんでもねぇ!」
「なんでもないことないよね?土方く〜ん?」
うっかりドエスセンサーを発動させてしまった失態に土方は気を取られていた。

「土方?真選組の?」

月詠の問いに、振り返ってしまったのだ。
自分に気がついていない様子をいいことに、このまま引き上げようと思っていたにも関わらず。

「いや、あの…」
ズイッと女に顔を近づけて、凝視される。

「確かに…この顔は土方十四郎。何故、ぬしが?」
「覚えていて下さって光栄…」

「ふざけるな」
一蹴され、銀髪に目を向ければ、気まずそうに肩を竦められた。

「取り敢えず着替えて来てもいいか?」
小さく舌打ちをして、ひらひらと薄い襦袢の袖をふってみせる。

「銀時、責任もって店の方へ連れてこい」
「へ?俺?」
「そうじゃ、ぬしの『知り合い』なのだろう?きっちり説明してもらうぞ」

月詠は襦袢姿の土方と首をコキコキと鳴らす天然パーマを月詠に見比べ、深い深い溜め息をついた。

「あ〜わかったわかった。土方悪いけど、ついてくから」

女の視線を背に受けながら、銀時と共に3階へと撤収の為に移動したのだった。






「なぁ」
律儀にも部屋までついて来た銀時は、入口に近い壁にもたれ掛かりながら、話し掛けてきた。

「あのさ…その…」
「あんだよ?」
この男にしては歯切れの悪い話し方だと思った。

「あ〜、さっきの…」
「あ゛?」
いつもの着流しに着替え、帯を締めながら、振り返る。

「胃が痛いって話」
「あぁ…またテメーが絡むと話がでかくなるから、後始末が大変だってことだ」

言い訳だ。
たいしてうまくもない言い訳。
だから、荷物をまとめるふりをして、銀時に背をむける。

「にしては…あれ?この場所…、オメー、俺らが長谷川さんと話してんの上からもしかして見てたりした?」
「…見て…ねぇ」
喉の奥に小骨が刺さったような違和感。

「ふぅん」
「見てねぇって!」
意味ありげな声色に思わず、声を荒げてしまう。

「そっか」
「だからっ」
振り返ろうとして、それは妨害された。
後ろから抱きすくめられて、息をつめた。
だが、それは僅かな時間の出来事で、するりと腕は離れていってしまう。

「…さて、本当に襲っちまいそうだから、下で待ってるわ」

一足先に部屋を出ていった。



「…くそっ…」

悪態は立ち去った銀時へ向けられたものではない。
己の中から零れそうになる『何か』に対して、であったのだ。





その後、銀時に連れられて、吉原の一画に出店する一軒の茶屋に土方は出向いた。

「あ、銀さん。いらっしゃい」

気さくな声色で迎えたのは、年端もいかない少年であった。
一人前に、店番をしているようだ。

「月詠ねぇちゃんが、すっげぇ機嫌悪いんだけど、なんかあった?」
「あ〜。まぁ、うん。あったといえば、あった…かな。奥?」
「奥。かぁちゃんも一緒。お客さん?」
そこでやっと少年・晴太の視線が土方に向けられた。

「邪魔する」
「…あんたが『トシちゃん』?」
数秒の間の後に少年は徐にそう尋ねてくる。

「は?」
「だって神楽が…」
「晴太!!」
奥の障子が開いて、すっかりメイクも落とし、いつもの煙管を片手に持った月詠が現れ、少年の言葉は途切れた。

「こちらへ」
促され、後ろ髪引かれながら、振り返れば、何やら納得顔の銀時が晴太の頭をグリグリと掻き回していた。





奥の間には、女主人が一人座していた。
キツイ面立ちではないが、凛とした印象の女だと思う。

「話は月詠に聞きました。真選組副長土方十四郎様でございますね。
 私、この店主を勤めまする日輪と申します」
「日輪殿、面をあげてくれ。今日は土方十四郎一個人として伺ったと思ってほしい」

深々と三つ指をつく、元花魁に声をかけた。

「一個人…」
「そうだ。今回のことは、というか、最近吉原で調べ回っていたのは、俺の独断で、
 組には関係ない」
「後ろはないと?」

うなづいてみせる。

秋口から、土方は山崎を始め、直属の監察部隊を吉原に配置していた。
ただ、それは本来のテロリストの摘発だけが目的とは言い切れない調査も含んでいた。

宇宙海賊春雨相手に表立って、今のところ動く組織はないが、目の前にぶら下がる利権のおこぼれにあずかろうと、様々なものが動き出している。

攘夷志士を名乗るテロリストしかり。
宇宙貿易商しかり。
武器、麻薬の密売人しかり。
そして、幕府の人間しかり。

それらは、土方に、いや真選組に利を及ぼすことはないと判断している。
下手にどの勢力に力をもたれていても、厄介なだけだ。
かといって、おおっぴらにどの組織とも、対立するわけには今はいかない。


「百華の力を借りたい」
単刀直入に申し出る。

「なにを…」
日輪の隣に控えていた月詠が身を乗り出すが、それを制された。

「俺は正直な話、ここの治安について実権云々を握るつもりも、
 まして権力争いに巻き込まれるつもりもない」
けれども、テロリストが下手にこの地で力を持つことも良しとしない。
一部の商人がアンダーグラウンド的な意味で力を持つことも。
政府中枢部の人間が水面下で力をもち、真選組の後援者でもある松平の力を殺ぐことも。

だから、今のパワーバランスを崩したくなかったのだ。
真選組が煙たがられていることを知りつつ、土方の独断で潜入していたのはこのためだった。

「制裁の主導権はこれまで通り、そちらに。ただ、情報の共有体制をまずは作りたい」
本来はこの、申し出をするのはまだ先のつもりであった。

吉原の内情が分るまで、日輪たちに不信感を煽らせない様なお膳立てをしてからだと思っていたのに。

店先で、少年となにやら馬鹿を言っている銀時の声が漏れ聞こえてくる。

(あんのバカのせいで…)
否、土方自身もわかってはいた。

本来ならば、宿で、土方はただ傍観していればよかったのだ。
銀時と月詠が阿片いっぱいの部屋に入ろうと、囮の用心棒が一人いるだけだ。
二人の実力ならば、さほど、大きな危険があったとは思えない。

にも関わらず、姿を現してしまったのは…

「こちらにメリットがあまりあるとは思えませんが?」
冷ややかな女の視線が射抜くように、挑むようにこちらに向かってくる。

「そうでもないと思うぜ?今回の一件といいい、アンタたちは上の情報に聡いとは言えない。
 逆に俺たちは吉原の踏み込んだ部分までは入り込めない。
 けど、お互いに追い出したいものと捕まえたいものは一致しているはずだ」

あくまで、俺一個人の謀だと、口調を崩し、不敵に笑ってみせる。

春雨が、
高杉が、
いずれはこの地にも目を向ける。
いや、もう手は伸びているのかもしれない。



沈黙が。
清廉な水仙の香りと共に流れた。

「わかりました。救世主の目を信じましょう」


そうして
ゆっくりと、低くそう口に出されたのだった。






月が出ている。
十三夜。
満月というには、少し物足りない夜空だった。

静かな夜だ。
日中は比較的暖かい一日だったが、やはり深夜に近い時間ともなれば、かなり冷え込んでくる。
着流しに、羽織りだけではさすがに寒い。
土方は、ぶるりと身体を震わせた。

「なぁ」
日輪の店をでてから、何を話すでもなく、並んで歩いていた銀時がぽつりと声を発した。

「大丈夫なのか?」
問いは、途中で抜けた仕事のことなのか。
それとも、百華との交渉のことなのか。
どちらもなのか。
土方には、判別出来かねたが、結局のところ、返答に変わりはない。

「大丈夫だ」
「なら、いい…」
煙草を吸おうと、懐に手を入れかけて、紙煙草は今日は持っていないことに気がつき、ため息をつく。
コンビニで買うにしても、もう少し先まで歩かねばならない。
聞こえるか聞こえないか、微妙な大きさで舌打ちして、落ち着かなさに下唇を指で引っ張った。
隣で小さく笑う気配がしたので、睨みつける。

「なんだよ?」
「いや、そういや、月詠も煙管くわえられないと、爪とか噛んでたなと…」
そんなに、口寂しいかねぇ…とまた、押し殺したように笑われた。
ちくりとまた痛みが走る。

「テメーだって糖分補給だとかいって飴とか団子だとか四六時中なんか喰ってんだろうが」
「いや、いつも食べてるわけじゃないからね?加減できてるからね」
「あぁ、金がねぇのか…」
「ちげぇよ。いや違わねぇのか?じゃなくて、口寂しくて糖分摂るわけじゃないから。
 オメーらの煙草と違って、栄養だから!身につくもんだから」

「ふーん」
『オメーら』と一括りにされたのに、また痛みを感じる。

「あの女…いや…」
「あ゛?」

立ち止まり、銀時をみる。
大門を抜けたあたりから、街灯は少なくなり、唯一強い明かりと化した月の光が銀色の髪に反射していた。


一歩踏み出す。

「な…」

懐に届く距離まで、踏み込んで。

舐めてみた。


「いつも食ってるわけじゃねぇってくせに、甘ぇぞ?」

言ったあとで、自分の行動に一番驚く。
口元を舐められ、放心状態の銀時を置いて、慌てて、歩きだした。

「は?はぁぁぁぁぁ?!」

素っ頓狂な叫び声が、既に距離が開きはじめた土方の背中に響く。

別に逃げるわけじゃない。
あの角を曲がれば、山崎が車で迎えに来ているはずだから、
だから急ぐのだ。

吉原とのこれからの連携についてのシナリオを再構成させなければだとか、
今日は捕らえた売人たちの取り調べに徹夜になりそうだとか、
真選組の副長へと戻るよう、気持ちのギアを無理矢理切り替えようと
勢いよく頭を横に振った土方であった。




『月の名前−十三夜―』 了






【蛇足的な…号外】


そんな夜空の下、日輪は自分の店を連れだって出て行った男二人を、通りまで車椅子で出て、そっと見送る。

白と黒の背が徐々に遠ざかる。

「月詠」
「なんじゃ?日輪」
車椅子を押して、同じように見送った妹分を見る。
月詠は懐から、煙草用品をだし、煙管に火を灯す。

「対のようね」

相変わらず手放せない月詠の煙管から、ゆらゆらと空に昇る煙の行方を二人は目で追った。

「そうじゃな」

姉貴分が言いたいことを察しているのか、女は頷き、車椅子を室内へと向けたのだった。











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